復讐の青い炎

 翌朝、いつものように登校すると、クラスには二つの人だかりができていた。

 一つは僕の隣、レーヌの席のあたり。そしてもう一つは、反対側のレイさんの席の周りだ。レーヌの席に集まっているのは男子、レイさんの周りに集まっているのは女子、という違いはあるものの、人数的には五分五分という感じ。女子に囲まれるレイさんの隣で、男子に囲まれるレーヌをジト目で睨みつけながら、脚を組んで椅子にふんぞり返る不機嫌そうなミヤビ様の姿が見えた。


「おう、モーリス」


 僕の姿に気付いてラニがこちらに駆け寄ってきた。


「すげえな、あの転校生二人。すっかりクラスの人気者になっちまったぜ」

「あ、ああ……みんな美男美女だからね」


 ラニは感心した様子でレーヌとレイさんの周りに集まった人だかりを眺めている。世話好きなラニのことだから、きっと彼らがクラスに馴染めるかどうか心配していたのだろうけれど、それは杞憂に終わったらしい。

 ただ、ラニが『あの転校生二人』と言ったことからも明らかなように、三人のうちミヤビ様の周りにだけは誰も集まっていない。ミヤビ様もかなりの美人なんだけど……?


「しかし、男子人気は完全に偏ってるな。向こうのレーヌ・スターリングのほうが話しかけやすいから、皆あっちに行ってるみたいだぜ。それに、レーヌのほうは、これだし」


 ラニはそう言って、胸のあたりで手を丸く膨らませるように動かし、つまりボインのジェスチャーをして見せた。昨日の放課後、僕の胸と腕に当たった彼女の胸の感触が思い起こされ、僕は慌てて話題を変えた。いくら仲のいい男のクラスメイトとはいえ、人前でもっこりするのは恥ずかしいじゃないか。


「で、でも、雅さんだってすごい美人じゃないか」

「ああ、まあ美人なのは認めるけどよ、ありゃあダメだ。三高だもの」

「三高って?」

「高慢、高飛車、高身長」

「ぷっ……」


 高慢、高飛車、高身長。ミヤビ様の特徴をあまりにも正確に表したそのフレーズに、僕は笑いを抑えきれなかった。面白いだけじゃなく、語呂が良すぎる。一度聞いたら忘れられなくなるやつである。今年のハンロ高校流行語大賞にノミネートしそうな勢いだ。

 それに、スレンダータイプのミヤビ様は胸の方もスマートで、男子人気でレーヌと差がついてしまったのは、そこら辺の事情もあるんじゃないだろうか、と勝手に想像してみる。


 と、まあそんなことをラニと話していると、僕たちの視線に気付いたらしいミヤビ様がガタンと椅子を鳴らして立ち上がり、明らかに不機嫌そうな表情でつかつかとこちらへ歩いてきた。ただならぬ気配を感じたのか、ラニも小声で『やべっ』と口走ったが、時既に遅し。ミヤビ様はすぐに僕たちの目の前までやってきた。僕より背が高いラニよりさらに大きいミヤビ様に見下ろされると、まさに蛇に睨まれた蛙のような気分になってしまう。

 ミヤビ様は眉根を寄せ、腰に手を当てて声を荒げる。


「ちょっと、何なの? さっきから人を見ながらニヤニヤしてさ」

「お、おはよう、ミヤビ様……あの、別に、何でもないんだよ」

「え、モーリス、お前この転校生と知り合いなの? それに、ミヤビ『様』って……何? その呼び方」


 ラニが怪訝そうに僕とミヤビ様を交互に眺める。ラニが結構大き目な声で『ミヤビ様』という言葉を繰り返したせいで、クラスメイト達の視線が一斉に僕とミヤビ様に集まってしまった。

 ……あれ、これ、もしかしてヤバかった?


「あ、あの、ミヤビ様っていうのは、彼女が……」

「ストップ! ストーーーーーーップ!!」


 説明しようとした僕の口をミヤビ様の白い手が塞いだ。彼女はそのまま僕の耳元に口を寄せ、誰にも聞こえないような小声で囁く。


(あのね! 人前でその呼び方はやめてよ! 変に思われるじゃないの!)

(え、えっ、だって、様をつけろって言ったのは君の方じゃないか!)

(時と場合を考えなさいよ! 周りに他の人がいるときは普通に『雅さん』でいいから!)

(は、はあ……)


 ひそひそと話し合う僕たちを、ラニは不思議そうに眺めていた。



!i!i!i!i!i!i!i!i!i!



 昼休み、僕は昨日と同じように『ちょっと顔貸して』とミヤビ様に屋上まで連行された。ただ、今日は屋上にレイさんの姿がなく、つまりミヤビ様と二人きりで昼食をとることになった。レイさんはどうやらクラスの女子たちと一緒に昼食をとることにしたらしく、といって一人で弁当を食べるのも寂しかったようで、僕が連れ出されたのはつまりそういう理由らしかった。


「ったく、どいつもこいつも……」


 ミヤビ様はクラスの男子のほとんどがレーヌに群がっている現状に大いに不満を抱いている様子で、上の台詞を少なくとも三回は口にしたと思う。何もそんなところまで張り合うこともないと思うんだけど。まあ、もしかしたらそれには、女子に囲まれてあまりミヤビ様の相手をしないレイさんへの怒りも込められているのかもしれない。

 ミヤビ様の弁当は三段にもなる重箱のとても立派なもので、おかずもびっしり詰まっていた。量にすれば、母親が作ってくれた僕の弁当の倍はある。

 卵焼き、きんぴらごぼう、たこさんウインナー、プチトマト、唐揚げ、他にも色々。ご飯には黒ゴマがかかっていて、口の中に物凄い勢いで唾液が分泌されてきた。


「すごいね、その弁当。お母さんが作ってくれたの?」

「お母さん? まさか。私はこっちに来てから一人暮らしよ」


 あ、そういえばミヤビ様は他の国から来たんだっけ。


「そうなんだ。じゃあ、誰が?」

「自分で作ったに決まってるじゃない」

「えっ、ミヤビ様、料理するの?」

「何よ、それ。バカにしてんの? 私だって料理ぐらいできるっつーの」


 ミヤビ様はそう言うと、アヒルのように口を尖らせた。

 彼女の意外な素顔に、僕はとても驚いていた。ラニが三高と称していたように、超然としたミヤビ様の佇まいからは家庭的なイメージを全く連想できなくて、料理はもちろん、家事全般が苦手なタイプなんじゃないかと勝手に思っていたからだ。

 昼食をとりながら僕は、昨夜ロザリーと電話で話した内容を彼女に伝えた。


「そう。つれない返事ね……ま、でも、直接話すつもりがあるならその方が手っ取り早いし、一歩前進ってとこかしら」

「それと、実は昨日、レーヌとも少し話をしたんだ」


 レーヌの名前を出した途端、ミヤビ様の眼光がキッと鋭くなった。


「彼女、普通の女子高生になりたがっていたよ。シャダイ王国に来たのは勉強するためで、ロザリーを襲ったのは、部下がどうしてもって聞かなかったからだって」

「はあ? そんなデタラメを信じてるわけ? あんた、救いようのないバカだね」

「ばっ、バカって……」

「どうせあんたも、あのレーヌの色香にコロッとやられたクチなんでしょ」

「違うってば……あのさ、彼女はそんなに悪い人間じゃないと思うよ」

「『思うよ』ですって? モーリス、あんたあいつらの何を知ってるっていうの? スターリング一族がこれまでにどんな酷いことをしてきたか、知らないからそんな世迷言が言えるんだ」

「じ、じゃあ、教えてくれよ。僕にもわかるようにさ」

「いいわよ。教えてあげましょう。あいつらはね、アルビノの力を得るためなら、何だってする」


 某国の貿易商の家庭に生まれた私は、優しい両親とわんぱくな弟に囲まれて、何不自由なく暮らしていた。私の家は湖畔に建てられたとても綺麗なお屋敷で、辺りには鬱蒼とした森が広がっていて。湖には小さな手漕ぎのボートがあってね、お父様は日傘を差した私を乗せてよくボートを漕いでくれた。

 先天性白皮症を持った私の体を、家族はいつも労わってくれたし、雪のように白い私の肌を、みんな綺麗だと褒めてくれた。だから、この体質をハンディだと思ったことは一度もなかったわ。

 私がマナを扱う能力――幼い頃のロザリーがテレビで見せていたテレキネシスと同様の――に目覚め始めたのは、九歳になったあたり。ロザリーよりは遅かったけれど、これは素質を持つアルビノの中でも極めて稀な早さなのよ。天才魔法少女ロザリーが表舞台から姿を消したこともあって、私の両親は『第二のロザリーになれるかも』と私の才能を喜んだ。


 そんなある日。私が十歳の頃ね。

 最初に異変を知らせたのは、執事のオリビエだった。昼間、屋敷の周りに不審な人影がうろついているってね。けど、お父様は大して気に留めなかった。不審者がうろつくなんて、別に珍しいことでもなかったからね。


 でもね、それがスターリング一族の連中だった。そして奴らはその夜にやってきたの。

 あれは忘れもしない、秋の終わりの、とても肌寒くて霧の深い夜だった。

 部外者の侵入を告げるベルが鳴り響く屋敷の中で、両親はまず私と弟を物置に隠した。自分か家人が声をかけるまで、何があっても絶対にここから出てはいけないよ――そう言い残してね。


 そこから先は、まさにこの世の地獄だった。屋敷のあちこちから使用人たちの悲鳴が上がり、ついにはお父様とお母様も……。

 私たちは抱き合いながらずっと物置の中に身を潜めていたけれど、見つかるのは時間の問題だった。


 その時、突然、方々から野太い男の悲鳴が上がり始めたの。それはうちの使用人たちやお父様とは明らかに違う男たちの声。そして、悲鳴に交じって『ブランボヌールが来た』という言葉が聞こえてきた。

 誰かが助けに来てくれた――そう思った。でも、その油断が命取りだった。一瞬気が緩んだ私は、弟を抱く腕の力を抜いてしまったの。ぐったりしていた弟は、体の支えを失って物置の扉にもたれかかり、その弾みで扉が開いてしまって……。

 運の悪いことに、開いた扉のすぐ向こうに奴らがいた。


『いたぞ! アルビノの娘だ!』

『よし、こいつを攫ってすぐに退却するぞ!』

『弟はどうする?』

『邪魔になるだけだ。殺せ!』


 ……この後のことはあまり思い出したくない。奴らは私の目の前で、あっけなく弟の命を奪った。私はその場で喉が壊れるかと思うぐらいの大声で泣き叫んだけれど、スターリング一族の手下の男に口を塞がれて、私の体はゴミ袋みたいにひょいと抱え上げられた。そしてそのまま、屋敷から連れ出されるところだったの。


 でも、私を抱えた男が屋敷を出た瞬間、周囲にはらはらと木の葉が舞い始めた。そしてその直後。


「ソング・オブ・ウインド!」


 凛とした女性の声が響くと同時に、風の刃を纏った木の葉が華麗に舞い踊り、男たちを切り刻んだの。私は驚いて目を瞑った。


「助けに来るのが遅れてごめんなさい。でも、貴女だけでも救うことができてよかった」


 私が次に目を開いた時、私の家族の命を奪った男たちの体は壊れた人形みたいにバラバラにされていて、私の目の前には、美しいアルビノの女性が立っていた。乳白色の霧の中に浮かび上がる白い姿は言葉では表現しきれないほど幻想的で、私は自分の置かれた状況も忘れてうっとりと見惚れていたわ。髪の長い、白いワンピースの、とても綺麗なお姉さん。

 彼女は私の目の前まで来て、こう言ったの。


「私の名前は藤咲桜。あなたを救いに来た」


 その日から、私はブランボヌールの一員になった。



「――と、まあこんなわけよ。どうだった?」


 ミヤビ様の隠された過去。スターリング一族のあまりのむごさに、僕はしばらく言葉を失っていた。アルビノの命を狙うだけでも恐ろしいのに、アルビノじゃない家族や使用人まで皆殺しなんて――。


「ひどい話ですね……」

「今更改心しましたなんて言われても、はいそうですかと許すわけにはいかない。あいつらを完全に根絶やしにしないと、私の気が収まらないの。それに、家族だけじゃない。奴らは桜姉さんまで……」

「桜……姉さん? あの、さっきの話に出てきた、ミヤビ様を助けてくれた人ですか?」

「そう。桜姉さんは、私の前、ブランボヌールの初代リーダーで、私に力の使い方を教えてくれた人。そして、あのレーヌ・スターリングの父親に殺された――」

「えっ……」

「私の命を救ってくれた恩人であり、師でもあった桜姉さん。先代から力を引き継いだあのレーヌ・スターリングが使う呪術には、強力なマナの使い手だった桜姉さんの力も込められている。だからね、私は必ずあいつを殺して、仇を討たなければならないの」


 そう話す彼女の青い瞳には、時を経ても癒えることのない悲しみと、時を経るほどに激しく燃え上がる憎しみが宿っているように見えた。話せばわかるのではないか――一瞬でもそう思った自分の浅はかさが、僕は猛烈に恥ずかしくなった。


「……なんか、ごめん。君とスターリング一族の間に、そんなことがあったなんて、知らなかったものだから」

「いいよ、別に謝らなくても。……なんでかな、私もちょっと喋りすぎた。ごめんね、この間知り合ったばかりのに、こんな重い話しちゃってさ」

「そんなこと、僕は全然気にしてないよ。でも、ミヤビ様とレーヌの……スターリング一族の間にどうしようもないほど深い因縁があったとしても、戦わずに済む可能性があるなら僕はその方がいいと思うし、その希望を捨てたくない。今すぐレーヌを許してやってくれなんて言わないけど、でも、もう少しだけ、待ってもらうことはできないかな……何よりも、ロザリーのために」


 ミヤビ様は僕の言葉に不満げな顔をしたが、すぐに諦めたような苦笑を浮かべ、


「あぁもう。好きにすれば? ほんっと、バカなんだから」


 綺麗に巻かれた卵焼きを頬張りながら、そう答えた。

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