二人のアルビノ
「ちょっと顔貸して」
その日の昼休み、僕は雅さんに校舎の屋上へと連れ出された――いや、拉致されたと言ってもいい。昼休みに入った途端、彼女はつかつかと僕の席までやってきて、冒頭の言葉を呟いたかと思うと、突然僕の手首を掴んだ。そして、理由を尋ねる間もなく、僕はそのままグイグイと屋上まで引っ張り出された。選択の余地は全くなかった。
「ちょ、あの、雅さん?」
声をかけても返事はない。屋上に着くと、そこには既にレイさんが待っていて、やあ、と手を上げながら爽やかな微笑をこちらに投げかけてきた。
「昨日ぶりだね、モーリスくん」
昨日ぶり。
そういえば、昨夜は二人とロザリーの会話についていくのに手いっぱい(いや、それでもチンプンカンプンだったが)で、助けてもらったお礼を言いそびれていたことを思い出した。僕はその場に直立し、二人に深く頭を下げる。
「あの、昨夜は、危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」
「いいのよ、別に。あなたを助けたわけじゃないし」
「雅、そんな言い方しなくたって……」
「呼び捨てしないでって言ってるでしょ、レイ」
ハンロ高校の制服に身を包み、お笑いコンビのように昨日のやりとりを繰り返す二人は、一見すると、美男美女同士とてもお似合いのカップルのように見えた。
黒い制服に身を包んだ白皙の美男子レイデオロさん、そして、昨日のゴシックドレスとはうってかわって、クリーム色のブレザーにグレーのスカートを纏った雅さん。
近くで見ると、二人とも身長が僕よりずっと大きいことに驚いた。レイさんは僕より頭一つ分以上大きくて、180センチ代後半ぐらい、もしかしたら190センチを超えているかもしれない。
雅さんも少なくとも180は超えており、モデルのように腰の位置が高くて、短く切られたスカートからはスラリと長い脚が伸びている。スレンダーでとてもスタイルがよく、顔の小ささも相俟って、八頭身どころか十頭身ぐらいはありそうだ。しかも、後頭部に結っているおだんごのため、実際の身長以上に大きく見える。
二人とも、今日は髪を瞳と同じ色に染めていた。雅さんは落ち着いたスカイブルーに、そしてレイさんは目にも鮮やかな朱色に。
「あの、お二人は、付き合ってるんですか?」
僕が尋ねると、雅さんは白い額に青筋を立て、声を荒げて否定した。
「な、なんでそうなるの!? レイとは別に何でもないわ!」
レイさんも苦笑を浮かべながら追従する。
「僕はね、ブランボヌールの中で唯一雅と同い年だったから、ボディーガードに選ばれただけなんだよ」
「そうそう。でなきゃ、なんでこんなトロい奴と。何度言っても呼び捨てが治らないし……モーリス、あんたも、私を呼ぶときはちゃんと『ミヤビ様』と言いなさい」
「えっ、様、ですか?」
「そうよ。私はブランボヌールの中でも最強のマナ使いなんだから」
雅さん……もとい、ミヤビ様はそう言って胸を張る。
「ごめんねモーリスくん、雅は小さい頃大富豪の御令嬢だったから、未だにお嬢様気質が抜けないんだ」
「そんなことより、話はレーヌ・スターリングよ。まさかあの女までこのハンロ高校に転校してくるなんてね……」
そう、朝のホームルームの時、スピネル先生に連れられて入ってきたもう一人の転校生レーヌ・スターリングは、紛れもなく、昨夜僕とロザリーを襲撃したあの黒いローブの女だった。しかも、あろうことか、彼女は僕の隣の席につくことになったのだ。
僕の席は教室の一番後ろ、教壇から見て右側の窓際の席。ラニたちと話していて気付かなかったが、今朝登校したときには既に教室の机の配置が若干変わっていたらしく(三人も転校生が来るんだから当然だ)、僕の隣の席は空いていた。そこにレーヌ・スターリングが座ることになったのだ。ミヤビ様とレイさんの席は一番後ろの通路側、僕たちとは反対側になった。
ちなみに、ジュエラー・シンハライトことロザリーの席は僕の前だ。
制服姿のレーヌはエキゾチックな雰囲気に満ちていた。
褐色の肌とクリーム色の制服の鮮やかなコントラスト、そしてブラウンの大きな瞳。やや幼く見える顔立ちながら、同い年とは思えないほどグラマーで、そのギャップがまた男心をくすぐるというか、なんというか。
女優のように綺麗なロザリーとも、モデルのようなミヤビ様とも全然違う、グラビアアイドルのようにカワイイ女の子だった。
レーヌは、何食わぬ顔で僕の隣の席に座った。まさか、僕が昨夜彼女に襲われたモーリス・ディサイファであるということに、気付いていないわけはないと思うけれど……。
「私たちはここで能力を使って身分をバラすわけにはいかない。だから、学校ではレーヌに手出しできないわ。でも、相手もそう思っているかどうかはわからない。校内だろうと構わずに仕掛けてくる可能性もある。ロザリーが普段あんまり登校してこないことが、不幸中の幸いってとこかしら」
そう、そういえば。僕はふと思い立って二人に尋ねる。
「あの、お二人もロザリーと同じアルビノなんですよね? こんな昼間に外に出て、日光に当たっても大丈夫なんですか?」
すると、二人はきょとんとした表情で僕を見返した。
「えっ、今更? ……まあいいわ。じゃあ、ちょっくら種明かしをしてあげましょうか」
ミヤビ様がそう言ってパチンと指を鳴らすと、それぞれ違う色に染まっていた二人の髪が、みるみるうちに昨夜と同じ白銀色へと戻っていった。
「わっ、こ、これ、手品ですか?」
「ふふん。これが光のマナの初歩的なワザ、『擬態』よ。光を遮断し、別の色を見せる。これぐらいなら、あんまり光の素質がない私たちにもできるわ。ロザリーだって、今でもこれぐらいは使えるんじゃないかしら?」
『擬態』――光を遮断し、別の色を見せる。それはきっと、グリーンフォレストのアジトに潜入したあの日、ロザリーが自分と僕にかけた光学迷彩的なワザと似たようなものなのだろう。
二人の髪が再び、一瞬にして瞳と同じ色に染まる。ロザリーの魔法だけでもとんでもなく驚いたのに、同じ力を使える人が周りに二人もいるなんて……。
「た、たしかに、ロザリーは体が透明になるワザを使っていました。アルビノって、みんなそのびっくりマジックができるんですか?」
「マナの力に目覚めたアルビノなら、訓練すれば使えるようになるわ。私たちアルビノは、普通の人間と比べてマナとの親和性がはるかに高いの。その中で、特にその素質がある者だけがマナの力を使えるようになる。それぞれが持つ素質に合った力をね。素質を持つのは、アルビノの中でも1~2%ぐらいかしら」
「素質……?」
そういえば、さっきミヤビ様は『光の素質がない私たち』と言っていたっけ。
「そう。自然に流れるマナを自らの力として使役する以上、何でもかんでも好きな力を使えるわけではない。人それぞれ、扱える力には向き不向きがあるの。例えば、私は水、氷、そして風。レイは火。スターリング一族が扱う呪術は、闇の力ね」
「なるほど……」
「ただしモーリス、あなたの恋人、ロザリー・アルバローズだけは例外」
「……えっ?」
「私たちの得ている情報では、ロザリーが扱うマナの力には素質による制約がないはずなの。だから、私たちと共に力の扱い方を覚えれば、彼女はきっと、世界を変えることすらできる。彼女が九年前、そして一週間前に起こした爆発事故のエネルギーは、常識を超えたものだわ。火の素質を持つレイでも、あれだけ大規模な爆発を起こすことはできない。だからこそ、彼女はその力を磨き、自らコントロールできるようにならなければならないの」
一般人の僕から見ればミヤビ様もレイさんも常識を遥かに超えているんだけれど、ロザリーはそれをさらに超えているのか……。僕にはもはや想像もつかない世界で、なんだかロザリーがとても遠い存在のように思えてしまう。
しかし、今のミヤビ様の話の中で、僕には少々腑に落ちないことがあった。
「でも、じゃあ、どうしてあのレーヌ・スターリングは、アルビノでもないのにマナの力を使えるんですか?」
「いい質問ね……それは、スターリング一族が代々受け継いできた特殊なスペルによって、闇のマナの力を引き出しているからなの。あんたも昨夜聞いたでしょ? レーヌが力を使う時、必ず事前にブツブツと何か呟いているのを」
「え、ええ、まあ……」
「それが、スターリング一族だけに伝わる秘術の呪文。レーヌの体に刻まれた術式――つまり刺青と、あいつが唱える呪文の組み合わせによって、闇属性のマナの力を操っている。闇のマナは私たちアルビノが扱うマナの力とは対極にある存在で、スターリング一族にしか操ることができないの。先代が死んでレーヌの代になってから今まではずっと大人しくしていたんだけど、ロザリーの噂を嗅ぎ付けて、ついに動き出したって感じかしら」
「は、はあ……」
僕のしょぼい頭では何が何だかさっぱりわからなかったけれど、とりあえず、ロザリーがすごいこととレーヌがやばいことだけはよく理解できた……と思う。
「だからモーリス、あんたもレーヌには気をつけなさいよ。あいつらスターリング一族は、目的のためなら手段を選ばない。くれぐれも身辺に注意するよう、あんたからもロザリーに伝えておいて。そして、私たちのブランボヌールに絶対入れとは言わないけど、せめて力の扱い方を彼女に教えさせてほしい。その力をどう活かすにせよ、彼女にとって決して無駄にはならないはずよ。私たちが直接言っても聞く耳を持たないだろうから、モーリス、あんただけが頼りなの」
「ええっ、僕がですか?」
「うん。あたしがこうして頼んでるんだから、まさか断ったりしないでしょうね?」
頼むっていうより脅迫に近い言い方じゃないか……。
ここできっぱり『無理です』と言えたらよかったのかもしれないけれど、僕は何も言い返すことができなかった。それは、二人の目がとても真剣で、嘘を吐いているようには全く見えなかったせいもあるかもしれない。
しかし、ダイヤモンド侯爵にはロザリーの任務への同行を命じられ、マナ研究所からは研究への協力を求められ、ロザリーからは彼らのことを口止めされるし、二人からはロザリーへの口添えを頼まれるしで、何が何やら、僕の頭はすっかりパニック状態。一般人の僕に対して、そんなに多くを求めないでくれ! ――そう叫びたい気持ちだった。
ところで、ミヤビ様の話を反芻するうち、ふと新たな疑問が湧いた。
「あれ、そういえば、昨日ミヤビ様も技を使う前に何か言ってませんでしたっけ? あれも呪文みたいなものなんですか?」
「いいえ。私たちは呪文の詠唱なしで力を使うことができるわ」
「じゃあ、あの言葉は……?」
しかし、ミヤビ様からの返事はない。戸惑っていると、レイさんがまたしても苦笑を浮かべながら言った。
「あれはね、雅のポエムなんだよ……」
「え、ポエム?」
ポエム……ってあの、詩という意味のポエム? 中二病みたいなやつがよく書いたり呟いたりしている、あの?
するとミヤビ様は、フッ、と小さくクールに笑ったあと、キメ顔を作ってこう答えた。
「だって、その方がエレガントじゃない?」
!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!
放課後、僕はいつもの帰り道を、やや足早に歩いていた。
昨夜はスターリング一族の襲撃のせいで帰りが少し遅くなってしまったし、家についてからも妙に神経が昂っていて、あまりよく寝付けなかった。その上、朝のホームルームでやってきた転校生の衝撃と隣にレーヌ・スターリングが座っている緊張感から授業中も全く眠れず、昼休みはミヤビ様に拉致られて休むことができず。要するに、昨夜から今日まであんまり寝ていない。だから、早く家に入って、自分の部屋でゆっくり眠りたかったのだ。
だが、家の近くの小さな路地に差し掛かったところで、僕は突然横道から出てきた小さな黒い手に口を塞がれ、わけもわからぬまま、家と家の間の暗い路地へと引きずり込まれた。
「んーっ! んーっ! むぐむぐ!」
必死で叫ぼうとしているのに、僕の声は相手の手のひらに遮られ、小さな呻き声にしかならなかった。
夕暮れ時の閑静な住宅街。狭い路地に人目は及ばない。僕はそのまま仰向けの状態で地面に押し倒され、そして、僕の体に馬乗りになった黒い人影を見た。
「しっ。黙って。おとなしくしてくれたら、あなたに危害を加えるつもりはないわ」
僕の体は完全に抑え込まれ、全く身動きがとれない。目の前にブラウンの大きな瞳、そして胸のあたりにクッションのような柔らかい感触が二つ。その体からは、ハーブのような、或いはお香のような、何かとてもいい匂いがした。
そう、それは僕が最も恐れていた、そしてミヤビ様が警戒していた相手、レーヌ・スターリングだったのだ。
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