天才魔法少女ロザリー

 昨日までの空模様が嘘のようにすっきりとした冬晴れ。

 僕は体のあちこちに絆創膏を貼って登校することになった。

 昨日の放課後、ロザリーに呼び出されて屋上に行き、短い会話の後で、僕はそこから飛び降りた。その際、僕の体を引き上げたロザリーの薔薇の蔓によって、体中が傷だらけになってしまったからだ。


 改めて自己紹介をしよう。僕の名前はモーリス・ディサイファ。16歳の高校一年生で、次の春には二年になる。髪は茶色、目は二重。鼻はあんまり高くないし、身長も同年代の中では低いほう。イケメンでもお洒落でもパーティーピーポーでもなく、これと言って特筆すべき点のない、普通の高校生だ。……なんか、言ってる自分が悲しくなってくる。


 僕が通っている『ハンロ高校』は、僕たちが暮らすシャダイ王国首都チトセシティのど真ん中に数年前建てられた、まだ新しい高校だ。特に偏差値が高いわけでも低いわけでもなく、かと言ってスポーツが盛んなわけでもなく、当然ながら歴史もない。王族の血を引くダイヤモンド侯爵が道楽で建てたと噂される、校舎が新しくて無駄に豪奢なこと以外、これといった特徴もない普通の高校だ。じゃあ何故僕がここに入学したかというと、僕が入れるレベルの高校の中では、ここが家から一番近かったから。


 近いと言っても徒歩では三十分以上かかるため、普段は自転車で登校しているのだが、この体の状態で自転車を漕ぐのは危険だと判断して、今日は久しぶりにバスを利用することにした。家から最寄りのバス停へと歩き、列に並んでバスを待つ。バスを待っている間も、僕の絆創膏だらけの顔は周囲の注目の的だった。


 それにしても昨日は大変だった。保健室で傷口の応急処置を受け、自転車を押してどうにか家に帰ったはいいものの、家で両親に怪我の理由を説明するのが大変だった。両親は僕に彼女がいることを知っているけれど、まさかこれを彼女にやられたと話すわけにはいかない。帰宅する途中必死で考えた言い訳は『校庭のバラ園に突っ込んじゃって』というもの。想像するとバカみたいな理由だけど、これでどうにか切り抜けることができた――いや、押し切った、という表現の方が正しいかもしれない。


 突然、スマートフォンの通知音が鳴った。

 新着は一件。『Sound true』というコミュニケーションアプリの通知で、相手はロザリーだった。すぐにアプリを開くと、新着のボイスメッセージが一件という表示。僕はすぐに再生アイコンをタップする。


『おはよう、モーリス。昨日は本当にごめんなさい。大丈夫? 学校に行ける? もし歩くのが大変だったら、私が送ってあげるから。何でも言ってね』


 たった一言のボイスメッセージを何度も何度も再生し、いつものように優しいロザリーの声に癒されたあと、僕は録音アイコンをタップした。


「ロザリー、おはよう。大丈夫、ちゃんと歩けるから、気にしないで。ロザリーこそ、今日みたいに日差しの強い日にはあんまり外に出ちゃだめだよ」


 録音アイコンを離すとすぐにボイスメッセージが送信される。瞬時に送信完了の表示が出た。

 このスマートフォンも、実はマナのエネルギーで動いている。


 地球と全ての生命を繋ぐもの、マナ。この不思議な力の存在が発見されたのは、今から二十年前のことだった。

 マナとは、生物から無生物に至るまで、自然界に存在するあらゆる物質の間を循環するエネルギーである。そして、全ての生物には『マナの器』があり、その容量を超えるマナを体内に蓄積させることはできない。マナは激しい運動や精神活動によって消費され、それでも余ったマナは体から自然と放散される。消費されたマナは睡眠によって補充され、覚醒と睡眠がそれぞれマナの消費・補充のスイッチとなっているらしい。


 領内にエネルギー資源を持たず、常にエネルギー問題を抱えていた我が国、シャダイ王国は、このマナをエネルギーとして利用できないかと考えた。

 循環するマナの流れを堰き止め、溜め込んだマナを電気に変換する技術が発明されたのは今から十五年前。つまり、マナが発見されてから五年後のことだった。当時はまだ大規模な設備が必要だったが、年々改良が加えられ、現在では携帯端末に搭載できるほどの大きさまで小型化が進んでいる。僕のスマートフォンは去年購入したもので、マナ変換機構――通称マナ・チャージ機能がついた第一世代の機種だ。


 マナ変換機構が搭載された電化製品は、肌に触れるだけで自動的に充電が行われる。電池切れを気にしなくてもいいからとても便利。今はまだ自然放散する僅かなマナしかエネルギーに変換できないため、用途が携帯端末やリモコンなど消費電力の小さいものに限られているが、技術が進歩すれば、いずれ冷蔵庫やエアコンなど消費電力の大きいものにも搭載されていくだろう。


 ロザリーに話を戻そう。


 全ての生物に『マナの器』があることはさっき説明した通りだが、それは例えば臓器のような物理的な存在ではなく、その原理が解明されているわけでもない。一つの個体が扱えるマナの量に上限があることが発見されて以来、十数年もの間、暫定的に使われている言葉なのだ。

 『マナの器』の容量は、個人差が極めて大きい。僕はマナの容量も平々凡々、むしろ少ない方なのだけれど、ロザリーは常人の数百倍、あるいは数千倍ものマナの容量を持っていると言われている。


 それだけでもすごいことなのだが、ロザリーが特別なのは、自分の体に流れるマナを自由自在にコントロールできることだ。彼女が操るマナの量があまりに膨大なため、昨日のように自然法則を無視した超常現象すらも起こせてしまう。

 そして、ロザリー自身がそのことについて多くを語らないため、彼女のマナに関しては未だに謎が多く、器の容量の上限すら正確には計れないらしい。これは、僕のクラスの担任から聞かされた話だ。


 何故担任の教師がそんなことを知っているのか。

 それは昔、ロザリーが有名人だったからだ。


 彼女は幼い頃から、新エネルギー・マナを自由自在に操る天才魔法少女としてテレビに引っ張りだこだった。ロザリーは、対外交渉において常にエネルギー問題のため譲歩を強いられてきたシャダイ王国の救世主とも成り得る新エネルギー、マナに対する期待を象徴するような存在だったのだ。

 実は僕も、子供のころに彼女をテレビで見た記憶がある。わが国の王室の血を引く伯爵家アルバローズの令嬢だけあって、自由気ままな振舞いの中にも、隠し切れない気品が垣間見えたものだ。

 では何故ロザリーが有名人『だった』と過去形で語らなければならないか……?

 それは、彼女が七歳の時に起こった事件に起因している。


 ロザリーは、両親と共に滞在していた別荘で、テロリストに命を狙われた。その際、両親であるアルバローズ伯爵と伯爵夫人が、彼女を庇って凶弾に斃れてしまったのだ。

 暴発したロザリーの能力によって実行犯は一瞬にして消し炭にされたものの、翌日、過激派の環境保護団体『グリーンフォレスト』から犯行声明が出された。マナの研究は史上最悪の環境破壊であると主張する彼らは、新たなエネルギーとしてのマナが実用、普及のフェーズへと移行した今でも、国内各地でテロ活動を行っている。


 この事件以降、ロザリー・アルバローズの名はメディアから消えた。理由はもちろん、彼女の身の安全を守るためである。


 そして現在。ロザリーは、偽名を使い、身分を隠して生活している。

 学校での彼女の名前は『ジュエラー・シンハライト』。宝石商の両親を持つ大富豪の娘。先天性白皮症という体質のため、毎日学校に通うことはできない――それが、今の彼女の表向きの顔だ。彼女が登校する日は限られているため、僕とロザリーは同じクラスだというのに、あのラブレターを書くまではほとんど言葉を交わしたことがなかった。

 美しく成長したロザリーに、天才魔法少女と呼ばれていた頃の天真爛漫さは残っていない。だから、付き合い始めて一か月後、自分がロザリー・アルバローズであることを彼女に打ち明けられるまで、僕は彼女がジュエラーという名の病弱なお嬢様であることを疑いもしなかった。お淑やかなレディに成長した自分の彼女が、子供の頃よくテレビに出ていたロリっこだったなんて、誰が思うだろう?

 ちなみに僕の両親は、何度か彼女に会っているにもかかわらず、彼女があのロザリー・アルバローズであることに未だに気付いていない。


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