ワンデー・アイエイトハー
一之瀬ゆん
1
自分の女子力というものがマイナス値に到達しており、その代わり、イケメン力がマッハで宇宙を飛び越えるくらいプラス値であるのだということを理解するのに、そう時間はかからなかった。
中高一貫の女子校に在籍していたわたしは後輩や先輩から幾度となく憧れの手紙をもらっていたし、時には「好きです」という言葉で百合の世界に導かれそうにもなった。
「本当にさくらって、そこらの男より男前だよね」
何度言われたか分からないセリフは、いつしかわたしを縛るようになった。
本当はスカートだって穿きたいし、四六時中甘いものだって食べたい。お肌だって白くて透き通った瑞々しいものに憧れているし、スクラブやボディローションでお手入れだって欠かさない。
でも、わたしは「男前キャラ」だから、そういうことはできないし、表立って主張してはいけないような気がしていた。
ナンパされて困っている子がいれば助けたし、重たいものだって持ってあげた。スポーツは大好きだから助っ人に呼ばれればいつだってコートに参上したし、運動神経は悪くない方だから勝利に導くことも多かった。成績は常に1~3位をキープしていたし、人見知りしない性格が幸いしてか、後輩から先輩までとにかく友達と呼べる人が多かった。
慕われることを煩わしく思ったことは一度もないし、そうやって好きだと言ってくれることはとても嬉しい。わたしもみんなのことを好きだから、マニキュアをして爪先から“女の子”を主張しているあの子も、好きなひとと遠距離恋愛なのが寂しくて憂いているあの子も、お化粧の乗りが悪くて不機嫌になっているあの子も、みんな守ってあげたい、わたしが守ってあげなきゃなんて思っていた。
だって、わたしは男前キャラだから。
元々、男兄弟の中で育ったのみならず、近所も全員男の子ばかりだったわたしは、女の子の遊びを知らなかった。ドッジボールやケイドロ、プレステやプロレスごっこ、野球やバスケ、レゴやプラモ、そういうことばかりをして過ごしてきたから、こうして大学生になって女子高から解放されてもなお、ずいぶんと勇ましい性格に育ってしまったということを決して否めない自分がいる。
その一方で、せっかく解放されたのだからという思いで、女の子らしいオシャレをしたいという欲が、うずうずと顔を出していた。
マニキュアだって、ぷるんと誘うようなグロスだって、入念なお肌のお手入れだって、なんだってしたい。ミニスカートだって穿きたいし、オフショルダーのちょっとセクシーなニットだって着てみたいし、シフォンのブラウスだって、シャーベットカラーのレース付きのブラジャーだって、時にはえっちなネグリジェだって身に着けたい。
でも、それを相談できる友達は、わたしにはいなかった。
そうだ、慕われていたはずなのに、わたしは本音を打ち明けることのできる友達ができなかった。女の子らしいものが好きなんだよって言える人がどこにもいなかった。
今の大学にはもう、あの女子高での知り合いなんて一人もいないし、いたとして出会うこともないだろうと分かってはいるのに、なぜか女の子らしい恰好をすることに罪悪感のようなものを感じてしまって、結局何もできてはいなかった。
変わりたい。ちょっとで良いから、わたしも女の子らしくなりたい。
そんなことを思って通い始めた美容室は、女の子が読むような華やかな雑誌に掲載されることも多い、きらきらとしたところだった。白いアンティーク調の外観はとてもオシャレで、初めて来たときは、予約していたにもかかわらず帰ろうとしてしまったけれど、入り口で立ち止まっているわたしに気がついた美容師さんに呼び止められて、結局そのまま切ってもらった。
あれがもう、1年前になるんだなぁ。
「ふふ、今日はどんな髪型にするの?」
「整えてくれるだけでいいよ」
「あら、そんなこと言って。さくらちゃんは、その髪型以外を提供できる技術があたしにはないって言うのー?」
むー、と頬を膨らませたその人は、佐久間
ウェーブがかったロングヘアーはふわふわとしているハニーブラウン。カチューシャはリボン付きでとてもかわいい。スッと通った鼻筋は朝陽さんの美しさを際立たせるし、まんまるとした大きな瞳は色気を感じさせる。
そう、何を隠そうこの人、身体的には“男性”である。でも、かもし出す雰囲気はどう考えても女性で、口調もとっても柔らかで女性的であるから、朝陽さんは“そういうひと”なのだと思っている。実際、朝陽さんの女子力の高さはわたしなんかでは足元にも及ばないほどで、とてもかわいらしいひとだと思わざるをえない。
「ちがいますよ、朝陽さん。あなたの技術が低いなんてありえるはずがないでしょ」
「じゃあたまにはウェーブかけてハニーカラーにしてお化粧もしちゃいましょう?」
「……そんなのわたしには似合わないからいいよ」
「あら、出たわね、さくらちゃんの“男前キャラ”」
「引っ掛かる言い方だな。わたしのどこが“キャラ”だって言うんですか」
「そうやってごまかそうとしちゃうところかな」
にこにこ。可愛らしい笑顔でそんな毒を吐く。このやろう、と思い鏡越しの後ろの“彼女”を睨めば、「可愛い顔が台無しよ」と言われてウインクを飛ばされてしまった。
朝陽さんは黙っていれば可愛くてきれいで女の子らしいのに、口を開けばこんなにも意地悪だ。それでも憎めないのは、ふわふわとした雰囲気が女の子そのもので、なんだか守ってあげなきゃ、という気持ちになるから。
「今さら女子力なんて必要ないよ、わたしには無理でしょ」
「どうして?」
「いつも言ってる。わたしには似合わない」
「プロのあたしがさくらちゃんに似合うって言ってるのに」
「ああ言えばこういうんだから」
「でも、さくらちゃんが押しに弱いの知ってるから、このまま言い続けたらそのうちしてくれそうね!」
「なんか意地でもしたくなくなってきた!」
「そういうところ、可愛いわよね」
「もう黙って!」
「はいはい」
かわいい、なんて言われたことがなくて、頬に熱が集まっていくのを感じてしまった。隠すために
なんだか
うるっさいな! 睨めば、「睨んでもかわいいんだから」と言われて取り合ってもらえない。まったく。そう思うけれど、にこにこと可愛い笑顔を見せられては、怒る気も失せるというもの。そもそも、こんなにもほわほわとしていてかわいらしい女性を怒れるわけがない。
「朝陽さんが男だったらぶん殴ってた」
「……へぇ」
「、え、なに」
「ふふ、んーん、なぁんでもないわよ」
突然の朝陽さんらしくない低い声にびっくりして鏡越しに彼女を凝視すれば、にっこりとした笑顔で「なんでもない」と言われてしまった。なんか釈然としないけれど、まぁいいか。
胸元までかかる髪を綺麗に整えてもらって、わたしは美容室を出たのだった。あ、そうだ、今日は帰ってケーキでも食べよう。お気に入りのケーキ屋さんに寄って帰ったわたしは、その日ケーキを堪能した。
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