電気仕掛けの砂時計
白Ⅱ
第1話
新宿駅には黒い稲光を纏った豹が。彼(或いは彼女か)は猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしていた。
人々はそれが自分たちの靴音だと知っているから無視している。その冷ややかな態度と言ったら、電車が轍を削る音をまるで甲高い声の鳥の悲鳴のように鋭くさせる。
この駅の夜明けは日付の変わる時と同じく知られることなく起こる。
一度朝になれば、まるで飲むほどに醒めていく酒が湧き出るがごとくコンコンと人々を吐き出す。
終わるタイミングを逃した詩のように次々とイメージが書かれていく。それが人か或いは駅か、はたまた何らかの意思が疲れきるまで続くのだ。
新宿駅はイメージの源泉だ。
中央改札から流れ出る硝子の靴音は、まるで川に沿うように目的の場所に澄んだ音を鳴らしながら向かう。
雨は鉄をみしみしと軋ませながら軽い賄賂を夏の新緑に渡す。
小さなリスの金色の群れが電車に吸い込まれていくのを遠くの雷が見ていた。
駅の周辺にある高層ビル群は人の動きを楽器を奏でるようにコントロールする。そのメロディーは新宿という街が楽団である証拠であり、私がこの街を愛する理由でもある。この音楽を聴くことが出来る人間は思いのほか少なく、多くの人々は自分の靴音の美しさを知らない。
電車の車輪が線路を削る鉄と鉄の摩擦する音は最新の素粒子物理学によると灰色のカラスの羽ばたきが生む猫の欠伸に関係するらしい。
空の星々は地に落ち。星はビルの蛍光灯の中に住みかを移した。
地上の星々を空から眺めるハシブトカラスは猫のアクロバティックな小指の動きをまねしたいと常々思っているが、うまくいったためしがない。
森々と時計が容赦なく時を刻むために働くウサギがいるという噂が構内にささやかれたのは二週間前からだ。そのウサギを捕まえた者には新宿駅の中で最も正確な月の懐中時計が与えられるという。
ある日、午前零時の駅内で、せわしないウサギが時計に追いかけられて跳ねていた。右に耳を向け、左に時計がチクタクと駅が眠るのだ、準備しろとウサギは駅に住むほかの動物たちに言って回った。そうして駅は眠るが、月の懐中時計を持つウサギだけは朝の準備をして最後まで眠らない。
新宿の地下には星座が埋め込まれている。その地下街の全貌は誰も知らず、今日もそれとわからずに多くの人々が星の道を歩いているのだ。
それについては私もつい先日気づいたばかりである。
しかし、好奇心の強い豹の子供たちにとってそれは公然の秘密であったらしい。
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