第117話 暗黒の貌
雨雲の隙間から月が覗き、女性の顔が照らし出された。切れ長だが優しそう目に、小ぶりな唇。
その女性――メイファは、懐かしむような、それでいて悲しそうな、どこか切な気な表情でリューシスを見た。
「しばらくね、リューシス……殿下」
メイファは、言い忘れたかのように最後に”殿下”と付け加えた。
「先生……何故……こんなところで……」
「本当にね。こんなところで会うなんて、私も思いもしませんでした。ですが殿下、話はこの暗黒の天法士を退けた後で。この天法士は極めて危険です」
メイファは言うと、ジェムノーザを睨むように見た。
ジェムノーザもまた、ふうっと息を吐いてメイファを睨んだ。
「リューシスパールの
「そう言うところね」
「メイファか。俺の師から聞いたことのある名前だ、以前、アンラードの
ジェムノーザが左目を光らせて訊いたが、メイファはふふっと笑ってそれには答えず、
「さて……まだやる? あなたの
「……何?」
「
メイファが言うと、エレーナが、あっと言って手を口に当てた。
「もしかして、無駄な殺しを好まないって言ってたのは、本当は
「恐らくその通りだと思います。流石です、フェイリンの王女さま」
メイファはにこりとエレーナに微笑みかけると、再びジェムノーザの顔を見た。
ジェムノーザは舌打ちし、忌々し気にメイファを睨んだ。
「正解だったようですね」
「よく知っているじゃないか。だが喋りすぎだ。黙らせてやる」
ジェムノーザは言い終えると同時、両手を開いて上へ掲げた。
手のひらから黒い煙が空へと昇り、瞬く間に頭上に一塊の雲が広がった。
「
ジェムノーザはにやりとすると、両手を下へ振った。
だがその瞬間、メイファは左手を頭上で一回転させていた。巨大な炎の波が現れて空に燃え広がり、渦を巻いた。振って来ていた暗黒の雨の針は、その炎の渦の中に落ちると呆気なく燃え尽きてしまった。
「吹き荒れろ、
メイファは間髪入れずに右手を下から上へと振り、巨大な竜巻を発生させた。
それを見たエレーナは戦慄に近い驚きを感じた。風の術はエレーナの専門であり、
そんな桁外れの龍捲風が轟音を上げながら空へと昇り、ジェムノーザが出現させた黒い雲を一発で吹き散らしてしまったのだ。
ジェムノーザも再び唖然としたが、すぐに次の
二人の
「そろそろこちらからやらせてもらうわ。そして終わりにしましょう」
メイファは、急に表情を厳しくした。
「
メイファはそう言って左手を下に向けると、ジェムノーザの足元の地面に亀裂が走って割れた。ジェムノーザは瞬時に飛んで落ちるのを避けたが、メイファが右手を突き出すと、そこから沢山の雷気砲が飛んでジェムノーザを襲った。
ジェムノーザは左右に飛んで躱し、また暗黒波を放ってそれらを跳ね飛ばしていたが、一つを捌ききれずに顔を掠めさせてしまった――その瞬間、黒い頭巾が後ろにめくれ、顔を隠していた覆面も剥がれて飛んだ。
ちょうど雲間から月がのぞき、漏れ注いだ月光の下にその顔が露わになった。
「えっ……」
衝撃が走った。
ジェムノーザの素顔を見たリューシス、エレーナ、バーレン、メイファらが、驚愕のあまりに言葉を失った。
特に、リューシスは呆然としていた。
夜闇の中ではあったが、篝火に加えた月光の薄明りではっきりと見えた。
ジェムノーザの素顔。
潰れている右目の下には赤い痣があった。だが、驚いたのはそれではない。
左目、鼻、口、眉、輪郭……そして赤毛混じりの褐色の頭髪にいたるまで――
リューシスと全く同じ顔がそこにあったのである。
「どういうこと……」
エレーナとメイファ、バーレンも言葉が出ない。
リューシスは目を大きく見開いて、自分と瓜二つの顔を凝視していた。
「な、なんだそれは……ジェムノーザ、お前は……何者だ……」
リューシスが声を震わせながら絞り出すように言うと、ジェムノーザは左目を吊り上げて笑い声を上げた。
「見たままだ、リューシス! 自分とそっくりの顔を見て俺が誰だと思う?」
「…………」
「まあ、わからなくて当然か。想像もできないだろう。俺の存在は闇に葬られていたからな。同じ腹から一緒に生まれて来たのによ」
「何?」
リューシスは目の色を変えた。
「俺とお前は双子だからな」
ジェムノーザは無表情にさらりと言った。
時が止まったような気がした。
エレーナ、メイファ、バーレン、その他皆、再び言葉を失った。
「双子だと……」
リューシスは愕然としていたが、ひきつった顔でジェムノーザを睨み、
「そんな馬鹿な……父上からも母上からも……全く聞いたことがない。出鱈目はやめろ」
「馬鹿が。今、俺の存在は闇に葬られていた、と言っただろう。聞いたことがなくて当然だ。」
「…………」
「俺たちが生まれた時……」
その時、重い夜空にカラスらしき鳴き声が大きく響き渡った。
ジェムノーザは眉を曇らせて頭上をちらっと見上げ、
「老師に何かあったか……?」
と、呟くように言うと、リューシスを見て、
「悪いが急用だ。そこの女と決着をつけるのはまだ時間がかかりそうだし、今日のところはここまでだ。」
「待てよ、まだ話は途中だ」
「自分で調べるんだな」
ジェムノーザはにやりと笑うと、黒い背を向けた。
「待ちなさい!」
メイファは鋭く叫ぶと、両手を突き出して氷剣の術を放った。
しかし、二本の氷の刃は宙を虚しく
「双子……双子だと……?」
リューシスは、ジェムノーザが消えた闇を見つめながら呆然としていたが、毒気が再び身体中を回り始めて、呻きながら意識を失って崩れ落ちた。
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