第42話 ローヤンの閃光

 同時に、エレーナは天精ティエンジンを溜めていた両手の平を下に向けた。

 そして、渾身の天精ティエンジンを開放しながら上に振り上げた。


 突如として、敵の騎兵らが駆けて来る地面が激しい音を立てて爆発した。

 広い範囲に渡り、土が天に向かって吹き上がり、敵の騎兵らが吹き飛ばされた。

 これが、天地無法ティエンディーウーファーと言う土の天法術ティエンファーの秘技であった。


 続けてエレーナは、無我夢中で叫んでいた。


「吹き荒れろ!」


 と、両手を振った。


 たちまち、いくつもの小さな竜巻が敵騎兵隊の間に発生した。風の天法術ティエンファーの最高秘術、龍捲風ロンジュエンフォンである。

 竜巻は凶暴に回転し、土を巻き上げ、木の幹をしならせ、枝葉を折り飛ばしながら、敵の騎兵隊を吹き上げて行った。

 そこへ、エレーナ旗下の歩兵五百人が襲い掛かる。


「なるべく馬は狙うなよ! 馬上の騎士チードのみを攻撃するんだ!」


 副官マーサーが、大声で叫びながら自ら手槍を取って向かって行った。


「何という天法士ティエンファードがいたものだ。おのれ!」


 間一髪で術の直撃を免れていたコニーは悔しがり、反撃しようとしたのだが、騎兵にとって森は動きづらい。加えて竜巻がまだ残って猛威を振るっている。

 統制が取れず、騎兵らは混乱の中に右往左往するばかりであった。


 あちこちで横転し、身動きの取れないでいるガルシャワ軍騎兵らが、次々にエレーナの歩兵の刃に倒れて行った。

 

「そう来るならこっちもこの森ごと焼き尽くしてやる!」


 コニーも、炎の天法術ティエンファーを操る人間であった。

 彼は、左手を突き出すと、そこから炎流波イェンリョーボーを噴射させた。だが、森の中は湿度が高いので、その威力は弱く細いものであった。

 しかも、それを見たエレーナが、すかさず両手を突き出した。

 突風が吹き、コニーが発した炎が吹き返されて、逆にコニーらの部隊に降りかかった。

 数人の甲冑、馬に火が付き、ますます混乱が広がった。


「いかん、退け、退けっ!」


 コニーは慌てて命令し、残った兵士らをまとめて森から出ようと退いて行った。

 だが、森から出たコニーは愕然とした。


 そこに、リューシス率いる残りの歩兵五百人が待ち構えていたのであった。リューシスは、五百人の歩兵を率いて森の別方向から更に迂回して来ていたのであった。


「かかれっ!」


 リューシスは長剣を振り上げて命令し、自らも先頭に立って斬り込んで行った。

 エレーナの歩兵隊も追い討ちをかける。

 騎兵本来の力を活かせぬ森の中で、前後からの挟み撃ちに遭い、コニーの部隊はすぐに壊滅した。コニー・ビューラー自身は討ち死にし、残った兵らも散り散りに潰走した。


 ここでの戦いは、エレーナ、リューシスらの圧勝に終わった。

 森のあちこちが流血に染まり、ガルシャワ人騎士チードらが血に塗れた無惨な姿を晒し、馬が悲痛ないななきを上げながら倒れ、無傷の馬も騎手を失ってうろうろしていた。

 戦争の、残酷な現実の一面である。その光景を見ながら、エレーナは放心していた。


「エレーナ、よくやってくれた!」


 そんなエレーナの姿を見つけ、リューシスが駆けて来て下馬し、肩を叩いた。

 エレーナは、そこでようやく極限の緊張から解き放たれ、ひきつった笑みを見せた。


「勝った……?」

「ああ、勝ったぞ。エレーナのおかげだ!」


 リューシスが笑顔で言い、再び肩を軽く叩くと、エレーナは突然狂喜してリューシスに抱きついた。


「やった、やったわ! 嘘みたい!」


 リューシスは一瞬、戸惑って硬直したが、すぐに苦笑いしてエレーナの背中を優しく撫でた。


「だが、戦いはまだ終わってない、これからが本番だ」


 その言葉でエレーナは突然我に返り、顔を真っ赤にして、ぱっとリューシスから離れた。

 エレーナの心臓が、急激に高鳴った。


 リューシスが大声で叫んだ。


「敵の馬がまだ残っている。馬に乗れる者は全員、馬に乗れ!」


 先程の戦闘の際、マーサーが馬を狙うなと命じていたのはこの為であった。


 騎士チードは失ったが、無傷のガルシャワ軍の馬が、あちこちでうろうろしている。

 リューシスとエレーナの兵士らは、それぞれ空いている馬を捕まえて乗った。

 こうして、リューシスは森に引きずり込んで敵の騎兵隊を壊滅させただけでなく、自軍に騎兵隊を作り出すことに成功したのであった。



 ――開戦前、作戦説明の最後に、リューシスはこう言っていた――


「シーザーにジンコウ城の作戦が通用するとは思えない。それ故、ジンコウ城の作戦を仕掛けに使う。ジンコウ城の作戦を使うように見せかけ、ガルシャワ軍を分散させ、その騎兵を切り離して森に誘い込み、撃破した上で更にその馬を奪い、自軍に騎兵隊を作る。そしてその騎兵を使い、ネイマン、ヴァレリーらと戦っているガルシャワ軍主力の背後をつく。これが今回の本来の作戦だ」



 そして――


「行くぞ!」


 リューシスが長剣ロンカーザを振り上げて陽光を弾いた。


 約一千の騎兵隊が、深緑の森と黄土色の城壁の間を疾走した。

 城壁の上には、クージン城内に残っている守備兵が立っていて、弓矢を放って来たが、リューシスらにはほとんど当たらなかった。


 すぐに、ジューハイの森の手前でネイマン、ヴァレリーらと激しく交戦しているガルシャワ軍の後影が見えて来た。




「おのれ、リューシスパール! ジンコウ城の作戦を使うように見せかけていただけか!」


 すでに報を受けていたシーザー。リューシスの作戦の真の狙いを悟り、歯噛みをして悔しがっていた。


「だが、そう簡単に背後はつかせんぞ。まだこの一千人が残っている」


 シーザーは、残りの一千人に、後ろを向かせて迎撃態勢を取らせた。

 この一千人は、長槍を装備している。シーザーは、横に長く整列させて、長槍を構えさせた。


 しかしリューシスはせせら笑った。


「シーザーともあろう者が馬鹿なことを……それとももう諦めているのか……。皆、二手に分かれるぞ! 俺は敵の右側面を突く。エレーナは左側面を突け! マーサー、エレーナを頼む!」


 シーザーの部隊と接触する前に、リューシスらは二手に分かれた。

 リューシス隊は大きく迂回して、ネイマン、ヴァレリーらと交戦しているガルシャワ軍の右手に出て、自ら先頭に立って敵軍の右側面に向かって疾駆した。


 エレーナの部隊では、


「ここは私が出ます。危険ですのでエレーナ様は一番後ろに」


 マーサーはそう言ってエレーナを下がらせると、敵軍の左側面へと疾駆した。


全軍突撃チェィントゥージー!」


 両側からの強烈な騎馬突撃チーマートゥージーが炸裂した。

 この衝撃力は絶大であった。特にリューシスの騎兵隊はガルシャワ軍中の深くにまで突入した。ガルシャワ軍の戦列は分断され、兵士らは大混乱の中に次々と薙ぎ倒されて行った。

 無窮の天地を揺るがす激しい地鳴りの中に、鋭い金属音と悲鳴が交錯する。


 その時、ネイマンとヴァレリーらは必死にガルシャワ軍の攻撃を食い止めていたのだが、そろそろ兵士らの体力も限界に近づいていたところであった。

 だが、リューシスらが敵の両側面に突撃したのを見ると、


「殿下らの側面突撃で敵軍が乱れたぞ! 好機だ、かかれっ!」


 と、より一層激しく兵士らを鼓舞した。

 兵士らは奮い立ち、俄然息を吹き返して猛反撃に転じた。


「両側面からの騎馬突撃チーマートゥージーの上、三方からの包囲攻撃……またも奴の得意な手にやられるとは……!」


 シーザーは美しい顔を怒らせて悔しがった。

 立て直すべく手元の長槍兵一千人を動かそうとしたが、すぐに思い止まり、側近のファーレン・ヤンに命じた。


「リューシスパールだ。恐らく立て直せまい。このままでは全滅し、クージン城すら奪還される恐れもある。すぐに撤退させろ。敵の追撃を防ぎつつ、クージンに退くのだ。クージン城の守備兵にも退却を援護する射撃を行うように伝えて来い!」


 彼の判断は速かった。リューシスの手腕をよく理解しているが故の即断でもある。


 だが、ガルシャワ軍はすでに大混乱に陥っており、撤退指示を出すまでもなかった。


 更に、敵中深くにまで入り込んだネイマン・フォウコウが、第二大隊を率いる将、ヘイロン・ワンを見つけた。

 ヘイロンの周囲には護衛兵が数人いたが、ネイマンは構わずにヘイロン目がけて突進、鬼神の如き勢いで護衛兵らを薙ぎ倒すと、その勢いのままにヘイロンに襲いかかり、豪勇一閃、胸甲ごと深々と斬り払った上で、返す刀で首を刎ね飛ばした。


 これで、ガルシャワ軍はついに崩壊した。

 第二大隊は雪崩を打つように潰走し、何とか堪えていた第一大隊のクラースも、


「ローヤンの閃光と言う渾名は伊達じゃないな、悔しいが流石の一言。無念だがこれまでだ。クージン城まで退くぞ!」


 と、残って奮戦している兵士らをまとめてクージン城への撤退を開始した。


 約一年半前のセーリン川の戦いで、リューシスが飛龍隊の先頭に立って鮮やかな降下突撃を放った様が、当時リューシスが白銀の甲冑を纏っていたのもあって、まるで閃光か落雷のように見えたことから、ガルシャワでは畏怖を込めてリューシスをローヤンの閃光、ローヤンの雷光、と渾名していたのであった。


「追撃! この勢いのままにクージン城を奪還するぞ!」


 リューシスは炎のような命令を叫んだ。

 反乱軍が喚声を上げながら、逃げて行くガルシャワ軍を追撃して行く。


 しかし、ここでシーザーが意地とも言える采配の輝きを見せた。


 クージンの城壁上に、守備兵らが左右に分かれて並ぶのを見ると、手元の長槍兵一千人を横に並べて一斉に長槍を突き出させた。さながらハリネズミの如き槍の壁である。

 こうして反乱軍の追撃を牽制すると同時に、散り散りに逃げて来る兵士らの壁となった。


 そのまま、シーザーの長槍部隊は、反乱軍の追撃を防ぎながら、城壁上の守備兵の弓矢が届く距離にまでじりじりと後退した。

 すると、城壁上の兵士らが一斉射撃を始め、追撃する反乱軍の頭上に矢の雨が襲った。


 それを見ると、リューシスはすぐに追撃を中止させて戻らせた。


「退けっ! それ以上追撃しては危険だ!」


 リューシスは全部隊を下がらせ、再びジューハイの森の手前に集結させた。


「残念ですな。この勢いのまま、クージン城をも奪還できると思ったのですが」


 ヴァレリーが悔しがった。

 リューシスは、血と泥に塗れた冑を脱いで答えた。


「仕方ない。シーザーは流石だよ。あの防御態勢を取られては、あれ以上追撃してもこっちの損害が増えるだけだ。とりあえず、奴らを撃退し、俺達が全滅を免れただけで、もう目的は達成できたんだからよしとしよう」

「そうですな」

「あとは、メイロン城からの援軍を待ち、その数によっては、全軍でクージン城を攻撃すればいい」

「はい。しかし、噂に聞くリューシス殿下の戦術手腕、流石の一言です。感服いたしました」


 ヴァレリーは、まるで少年のように顔を輝かせた。

 だが、リューシスは少し微笑んだだけで、すぐに真面目な顔となり、皆を見回して言った。


「それは違う。今回勝てたのは、天が俺に味方したのと、皆の力と兵士一人一人の働きのおかげだ。ネイマンの豪勇とヴァレリーの指揮能力が無ければ正面から敵を食い止めておくことができなかったし、エレーナの天法術ティエンファーと……」


 リューシスは、エレーナの汚れた顔を見た。


「大きな勇気がなければ、そもそもこの作戦は成立しなかった。それと、マーサーのエレーナへの補佐、そして、兵士たち全員と、集まってくれた市民らの奮戦……今回の勝利は皆の力でもたらされたものだ」


 ネイマンやヴァレリー、そして兵士と市民兵らが、じっとリューシスの言葉に聞き入った。


「皆よくやってくれた……俺達の勝利だ!」


 リューシスが大声で言うと、その後に熱狂的な勝鬨が上がった。


 今回の戦で、リューシスら反乱軍は、総勢約三千人のうち、死傷者はわずかに四百人ほど。対するガルシャワ軍は、総勢約一万人のうち、五千人もの死傷者を出した。

 クージン城奪還までは行かなかったが、反乱軍の大勝利となった。

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