第29話 リューシスとシーザー

「リュース?」


 シーザーは、鋭い緑の眼光をじろりとリューシスに向けた。


「何者だ? ここで飛び出して来るとは、場合によっては斬られることを覚悟の上であろうな?」

「俺はこの子、イーハオの知り合いだ。いや、身内みたいなもんだ。だからわかる。このイーハオは覇王の玉璽を盗んでなどいない」


 リューシスが言うと、シーザーの背後の部下達が進み出て怒鳴った。


「貴様、ラヴァン将軍に向かってその口の聞き方は何だ! 無礼であるぞ!」


 だが、シーザーは「まあ待て」と言って彼らを制すると、リューシスを見て鼻で笑った。


「何を言うか。お前が見ていないところでやっているかもしれんぞ。子供の癖に腕利きのスリだったそうではないか」

「確かにこのイーハオはスリをしていた。だが、イーハオは三日前から心を入れ替え、スリはもうやっていない。今は旅館で真面目に働いている」

「笑わせるな。たった三日前からではないか。人の性と言うのはそう簡単には直らん」


 シーザーは冷笑した。


「かも知れないな。だが、そもそもこの子の言う事を冷静に聞いていれば、どう考えても濡れ衣だとわかるんじゃないか? ガルシャワの名将シーザー・ラヴァンともあろう者が、これしきのことも見抜けないのか?」

「しかし、現に覇王の玉璽バーワン・ユーシは消え、このイーハオと言うガキが売り払った証書がある上に、街外れで商人とやり取りしていたと言う目撃もあるのだ」


「それがまず怪しい。目撃したと言うのは誰なのか、確かめたのか? 証書、証書と言うが、本当にこのイーハオの物なのか? 玉璽を盗んだ真犯人が、イーハオが有名なスリであったのを利用して、イーハオに罪をなすりつける為に、隙を見て帯にこっそり入れたんじゃないのか?」

「それは俺も考えた。しかし、今ある判断材料では、まずこの子供を徹底的に調べるのが道理だろう」

「ならば、他に真犯人がいることも考え、同時に真犯人も探すべきじゃないか?」

「…………」


 シーザーは、無言で睨むようにリューシスの顔を見つめた。

 やがて、ふふっと冷笑した。


「ならば、お前がその真犯人を連れて来い。盗まれた覇王の玉璽バーワン・ユーシと共にな」

「何だと……」

「先程言ったな? お前はこの子供の身内のようなものだと。ならば、今までこの子供が犯した窃盗の罪を償う意味も含めて、お前がその真犯人を連れて来い」


 リューシスは唇を噛んだ。


「できぬと言うならば、このガキはここで斬る」


 そう、冷たく言い放ったシーザーを、リューシスは鋭く睨んだ後に、イーハオの顔を見た。イーハオは、腫らした顔でリューシスを見つめていた。

 リューシスは、再びシーザーを見て頷いた。


「わかった。いいだろう。じゃあ俺が真犯人を捕まえて連れて来よう。その玉璽と共にな」


 シーザーは、彫刻の如く美しい顔をにやりとさせた。


「よく言った。だが、ダラダラとされても困るので、期限を設ける。三日だ。三日以内に真犯人を捕まえ、更にソウセンを見つけて玉璽を取り返して来い」

「三日……」

「それができない場合、もしくは三日を過ぎたならば、このガキはただちに斬る。連帯責任としてお前も共にだ」

「何……」


 リューシスの顔色が変わる。


「聞けば、このガキはすでに両親の無い身だと言うではないか。ならば身内同然と言うお前が連座するのは当然だろう」


 リューシスは唇を引き結び、


「わかった、いいだろう。だが、真犯人と玉璽を持って来たら、必ずイーハオを解放しろよ? すぐにだ。いいな?」

「約束しよう」


 シーザーが頷くと、イーハオが、


「リュースさん、大丈夫?」


 と、不安そうにリューシスを見上げた。

 リューシスはイーハオに笑いかけた。


「大丈夫だ、安心しろ。必ず真犯人を連れて来てお前を解放してやるからな」


 その横顔を、シーザーは意味深に観察するように見つめた。

 その時、一人の者が進み出た。


「ラヴァン将軍」


 声の主は、元ローヤン帝国クージン駐屯軍総司令官、ヴァレリー・チェルノフであった。

 シーザーはヴァレリーをじろりと見た。


「お前はヴァレリーと言ったな。何だ?」


 ヴァレリーは軽く頭を下げて、


「私も彼に協力して宜しいでしょうか?」

「どうした、突然?」

「この状況で、その少年を救おうと進み出て来た彼の勇敢さと心意気に心を動かされたのです。それに、私もその少年が犯人とは思えませぬのです」

「ほう……」

「是非とも、彼に協力させてはいただけませぬか? それによって真犯人を捕まえることができ、玉璽も取り戻せるならば、悪いことではございますまい」


 シーザーは、緑玉エメラルドの如き瞳でじっとヴァレリーの顔を見た後、頷いた。


「よし、いいだろう、許す。しかし、兵士を連れて行くのは許さん。協力するならお前一人でやれ。理由はわかるな? 兵を連れて動き、どさくさに紛れて反乱など起こされてはたまらんからな」

「承知いたしました。ありがとうございます」


 ヴァレリーは、ガルシャワ風に右手を胸に添えて頭を下げた。

 シーザーは、リューシスを振り向いた。


「では、リュースと言ったか。三日後の日没までに、真犯人と玉璽を俺の前に見せろ。それまでは、このガキはこちらで拘留する」

「わかった。だが、一つ頼みがある。その証書は貸してくれないか? 何か手がかりになるかもしれない」

「いいだろう」


 シーザーは、リューシスに証書を手渡した。

 その後、シーザーは兵士らにイーハオを連行させ、自らも去って行った。

 ベン・ハーベンも彼らと共に歩き去って行ったのだが、彼は去り際に振り返って立ち止まると、リューシスの顔を凝視した。何かを思い出そうとしているような表情であった。だが、思い出せなかったのか、小首を傾げると、先に行った一行の後を追いかけた。

 こうしてシーザーとベン・ハーベンらが去ると、集まっていた見物人たちも、口々に何か言いながら散って行った。


 後に残ったリューシスとネイマン。そして元クージン駐屯軍総司令官ヴァレリー・チェルノフ。


「チェルノフ将軍、ご協力いただけるとのこと、感謝します」


 リューシスが、ヴァレリーを向いて軽く頭を下げた。

 ヴァレリーは微笑んだ。


「いや、貴殿の勇敢さに心を動かされたまで。それに、私もイーハオが玉璽を盗んだとは思えなくてな。無実の罪をなすりつけられて斬られるのは黙って見てられんからな」

「ありがとうございます」


 すると、そこへ、もう一人の聞き覚えのある声がかかった。


「俺も協力しようか」


 その声の方を振り向けば、四方に散って行く人の群れの中、動かずにいる五人の男がいた。

 その真ん中にいる男が進み出た。アーシンであった。

 アーシンはにやりと笑った。


「ずっと見ていた。流石だな。俺もその義心が気に入った。協力するぜ」


 リューシスは、アーシンの顔を観察するようにじっと見つめた。


「…………」

「どうした?」


 無言のまま何も言わぬリューシスを不審に思い、アーシンは訊いた。

 ネイマンが進み出て鼻で笑った。


「お前のような素性の知れねえ喧嘩中毒の協力なんていらねえってことだ。帰れ帰れ」


 しかし、リューシスはそこで口を開いた。


「いや、ありがたい。では協力してもらおうか」

「ええ?」


 ネイマンが大きな眼を更に丸くしてリューシスを見た。

 そのリューシスが言う。


「俺達だけでは無理だ。それに何か物騒なことが起きないとも限らない。その時の為にも、一人でも多く人が欲しいからな……だがアーシン殿、本当にいいのか?」

「もちろんだ。俺もさっきから騒ぎを見ていて、あの子供が犯人とは思えなくて、もどかしかったのだ。そこのギョロ目筋肉馬鹿との勝負はその後にしよう」


 アーシンが言うと、ネイマンは呆れた顔で溜息をついた。

 アーシンは、背後の四人の男を指差した。


「この四人は俺の……まあ、仲間みたいなもんだ。こいつらも協力する。人数が多い方が良いだろう」


 四人の男達は、無言のまま静かに微笑して軽く頭を下げた。


「それは助かるな。宜しく頼む」


 リューシスは答えながら、四人の男達を見回した。

 四人共に、眼光炯々にして筋骨隆々。更にその鋼のような全身には隙が無く、一目で尋常ではなく腕が立つ者たちだとわかる。


(仲間と言っているが、この男たちはどう見てもこのアーシンの部下だな。このような男達を従えているとは、このアーシンと言う男、一体何者だ?)


 疑念を抱いたリューシス、単刀直入に訊いてみた。


「だがその前に一つ訊きたい。アーシン殿、貴殿は一体何者だ?」


 するとアーシンは、どこかとぼけるように笑いながら答えた。


「言わなかったか? ただの武者修行だ。こいつらと共に腕を磨きながら大陸中を旅してるのさ」

「そうか……」


 リューシスは、それ以上は聞かなかった。




 そして、ヴァレリーとアーシンらを加えて、覇王の玉璽と、それを盗んだ真犯人の捜索が始まった。

 クージン一の繁華街であるナンジン街の外れに、コンリン楼と言うこじんまりとした酒楼がある。一同は一旦そこに集まり、軽食を取りながら話し合いを始めた。

 リューシスがまず言った。


「どう考えてもイーハオは無実だ。玉璽を盗んだ真犯人がイーハオに罪をなすりつけたんだ。となると、唯一の手がかりであるこの証書も、真犯人が追跡を少しでも攪乱させる為にもっともらしく捏造した偽物だろうし、ソウセンなんて商人も実在しないだろうと思う。」


 リューシスは証書をひらひらと動かして、


「だが、真犯人は玉璽などどうでもよく、単純に巨額の金目当てで、本当にこのソウセンと言う商人が実在して、売り払ったと言うことだって十分にある。だから、真犯人を探すのと同時に、一応ソウセンと言う男が本当にいないのかどうかも調べよう」

「だけど、さっきも、ソウセンと言う商人はこのクージンにはいないって言ってただろう。行商人だとしたらもう他の街に行っているだろうし、探すのは大変だぜ」


 ネイマンが言うと、ヴァレリーも頷いた。


「そう。私は調べには加わっていないが、各街の商人組合が提出している名簿には、ソウセンと言う名は無かったと聞いた」


 リューシスがヴァレリーを見た。


「組合? ヴァレリー殿、探したのは、"商人組合の名簿で"だけですか?」

「詳しくは聞いてはおらぬが、そうであろうな。ここは東西の交通の要衝である故に、商業が盛んで商人の数はかなり多い。となるとそれが一番早いからな」


 この時代、比較的大きな都市では、各職業の同業者組合が存在していた。

 組合は、その職業を生業とする者たちの利益や権利を守る為、また職種によっては技術を守って行く為の団体であり、商人や職人は、基本的にはその都市の組合に入らなければ仕事ができない仕組みになっていた。


 しかし、この世に光があれば必ず闇が存在するように、どんな世界にも闇はある。当然、法外な利益を得ようと、組合に入らずに裏でこっそりと仕事をする者もいた。


「組合の名簿だけじゃ不十分だ。闇で仕事をする連中まで調べられない。それに、ああいう名簿は大体抜けがある上に、偽名を使う者もいる。クージン内の各市場で、ソウセンと言う名を使っている者がいないかどうか、あるいは旅商人でソウセンと言う名を聞いたことがあるかどうかを聞こう。」

「真犯人の方はどうされる?」


 ヴァレリーが訊いた。


「その世界の人間に訊く。裏社会のことは、裏社会にいる人間が一番詳しい」

「ほう……」

「厳重に保管されていたであろう覇王の玉璽を盗み出した人間だ。盗賊としては相当な度胸と腕を持っていると言っていい。それほどの人間なら、その盗賊の世界では有名な人間だろう。そう言う人間に心当たりがないかどうかを、クージンの牢獄にいる罪人たちに訊くんだ」

「なるほどな」


 頷いたヴァレリーに、リューシスが言った。


「ヴァレリー殿、その役目を引き受けてもらえませんか? これは貴方にしかできない」

「わかった。任せてもらおうか」


 ヴァレリーが自分の胸を叩いた。


「それと、当然牢獄だけじゃなく、捕まっていない現役の盗人や賊からも訊かなければいけない。それは、俺とネイマンがやろう」


 リューシスが言うと、アーシンが異を唱えた。


「待ってくれ。現役の盗人や賊がそう言う情報を言うか? ちょっと違うが仲間みたいなものだろう」

「もちろんだ。それ故、チャオリーを使おうと思っている」

「ああ。あの酔っ払いの医者か」


 ネイマンが言うと、リューシスは頷いた。


「アンラー……いや、今はこのクージンにいる、俺の知り合いの医者だ。だが届出をしていない闇医者で、それ故に金の無い貧しい者をタダ同然で診てやったり、逆に高額で罪人や山賊の往診までしてやったりするらしい。それ故に、そのチャオリーは、裏社会の情報にまで通じているはずだ。もしチャオリー自身が知らなくても、より裏社会に詳しいその世界の人間を知っているかも知れない」

「なるほどな」


 と、頷いたアーシンに、リューシスが言った。


「アーシン殿には、さっき言った、各市場へのソウセンについての聞き込みを頼みたい。仲間と手分けしてやれば早いだろう」

「いいだろう、承知した」

「よし、では早速動こう」


 こうして、皆、それぞれの方向へ散って行った。


 リューシスは、早速チャオリーに会いに向かった。

 家を訪ねて行くとあいにく不在であったが、「どうせどこかで飲んだくれてるんだろ」と、チャオリーがいそうな酒場に探しに行こうと外に出たら、ちょうど通りの向こうからチャオリーが歩いてやって来た。


 リューシスの焦燥などつゆ知らず、チャオリーはリューシスを見ると、


「おお、これはこれはリュースどのではありませんか」


 と、呑気に冗談めかして声をかけて来た。

 リューシスは険しい顔で駆け寄り、


「チャオリー、探したぞ。どこを飲み歩いてやがった」


 するとチャオリーは顔をしかめた。


「飲み歩くとは……いくら殿……いや、リュースどのとは言え、少々失礼ですな。私はいつも飲んでいるわけではありませんぞ。今は往診に行っていたのです。私は医者ですからな。これでも元宮廷侍医ですぞ」


 チャオリーは不満げに言った。


「そうか、悪い悪い」


 リューシスはそれをさらりと流し、


「それより訊きたいことがあるんだ」

「何でしょうか?」


 チャオリーは、まだイーハオに起きた今日の騒ぎを聞いていないらしい。のんびりとした顔をしている。


「実はな……」


 と、リューシスがまず事情から説明しようとした時だった。彼はふと、視線を感じて振り返った。

 だが、そこには常と変らぬ住民たちの往来があるだけである。リューシスを見ている者はいなかった。


 ――気のせいか?


「どうされましたか」


 チャオリーが不審そうに訊いた。リューシスはチャオリーに向き直ると、一歩寄って、小声で話し始めた。

 事情を全て聞いたチャオリーは、驚いた後に顔を険しくした。


「なるほど。それで何となく街全体が騒がしかったわけですな」

「それでだ。お前は罪人や盗賊までも診ていると言うじゃないか。誰か、このクージン近辺で、そう言うことをやってのけそうな、凄い奴は知らないか?」

「ああ……そうですなあ……」


 チャオリーは眉根を寄せ、天を見上げて考え込んだ後、


「申し訳ないのですが、ちょっと心当たりがございませんね。しかし、裏社会の情報に通じている人間を一人知っております。ジンバオと言う男で、昔は凄腕の盗賊だったそうですが、今は足を洗って、このクージンで手堅く茶問屋をやっております。しかしそれは表の顔で、裏では未だにその世界と繋がっており、面倒見の良い性格で人望があることから、裏の世界の様々な情報が自然と集まって来て、その世界の情報屋のようなことをやっているとか」

「それだ。そう言う人間のところになら、きっと何かしらの情報が来ているはずだ。早速紹介してくれ」


 そして、リューシスはネイマンと共に、チャオリーの案内でそのジンバオと言う男のところへ向かった。


 そこは表通りではなく、裏路地の中の店であったが、構えはなかかなに大きい店であった。一歩中に入ると、途端に香しい茶の芳香が鼻に抜ける。

 一見穏やかだが目の奥の光が鋭い若い奉公人に訪いを入れると、奥へと通された。廊下を抜け、一室に案内されると、その男は机に向かって帳簿と睨み合いをしていたところだった。


 奉公人が声をかけると、その男は帳簿から目を上げて、にこやかな笑顔を見せた。


「やあ、これは先生」


 六十歳に近いと見える男だった。髪は全て白く、生やしている口髭も白い。しかし、顔は浅黒く、深い皺が何本も刻まれている。目はにこやかに笑っているが、古刀のような凄みのある光がある。それが、このジンバオと言う男がどういう半生を辿って来たかを物語っていた。


「さあ、こちらへどうぞ。今、お茶を運ばせますので」


 ジンバオと言う、元盗賊の年寄りは、チャオリー、リューシス、ネイマンの三人へ座るようにすすめてから、女中を呼んで茶を持って来るように言いつけた。


「その後、お身体の方はいかがですかな?」


 椅子に座ってから、チャオリーが訊いた。

 ジンバオはにこにこと笑って、


「いやあ、おかげさまで健康そのものです。先生にいただいた薬が効果てきめんでしてな。いやいや、先生は誠に名医でいらっしゃる」

「はは、それは良かった。しかしご主人、それに気を良くしては行けませんぞ。甘い物はほどほどに」

「わかっておりますよ」


 ジンバオが笑い声を上げた時、女中が茶を運んで来て、卓の上に置いた。茶と一緒に、砂糖漬けにした梅の実を乗せた小皿も置かれた。このジンバオは、甘い物が大好物で、それによる持病を抱えているらしかった。


「さあさ、遠慮なくどうぞ。一級の茶です」


 ジンバオが笑顔ですすめる。

 ちょうど喉が渇いていたリューシスとネイマンは、


「いただきます」


 と言って、茶を飲み、梅の実を口に運んだ。

 深みのある、それでいて爽やかな緑茶の味が喉を潤し、梅の甘酸っぱい滋味が口中に広がった。アンラード宮中でもなかなか味わえない茶の美味と、それを引き立てる梅の実の甘酸っぱさ、流石は茶の問屋だけあった。


「それで、今日は突然如何されましたか?」


 ジンバオがにこにこと笑みを浮かべながら訊いた。

 そこでチャオリーとリューシスが事情を説明すると、それまでの好々爺の顔が、急に悪相を帯びた。


「なるほど」


 頷いたその目に不気味な光が灯り、にやにやと笑った。

 だが、ジンバオは鋭い口調でこう言った。


「ふむ、事情はわかりました。ですが、私が仮に何か知っていて、その情報をあんた方に流したら、それはある意味仲間を売るようなもんだ。悪いが協力はできかねる」

「…………」

「と、本来なら言うところだが、私の命の恩人である先生の頼みでもある。ここは協力しましょう」

「本当ですか。ありがたい」


 チャオリーが頭を下げた。リューシスの顔も明るくなる。


「ええ。それに、自分が盗みをやっただけならいいが、その罪を他人、しかも子供になすりつけると言うのが気に食わない。盗賊や悪人の世界にも多少は流儀と言うものがある。それを踏み外す奴は少し懲らしめてやらないと行けませんからな」


 と、ジンバオは悪相で笑うと、眉根を寄せて何か考え込んだ。


「とは言うものの、今のところそういうような情報は入って来ていないな」


 ジンバオは呟いてから立ち上がると、部屋の隅の箪笥の引き出しを開けた。

 中から一冊の帳面を取り出し、ぱらぱらとめくり始めた。


「ふうむ……それほどの凄腕を持った男……こいつはできそうだが、罪を子供になすりつけるような奴ではないし……クリメントはすでに足を洗っているし……」


 ジンバオは帳面をめくりながらぶつぶつと呟いていたが、やがて吐息を一つついて、リューシスとチャオリーに向き直った。


「申し訳ございません。今のところそのような情報は入って来ておりませんし、政庁に忍び込んでそんな凄いお宝を盗み出して来られるような人間も、現役ではちょっと心当たりがない」

「そうか……」


 リューシスの顔が曇った。


「ですが、"今のところ"です。うちに来る人間たちを何人か動かし、ちょっと調べてみましょう。少し時間をいただけませぬか?」

「時間……どれほどかかるかな。期限は三日後までなんだ」

「では、明後日では如何でしょうか? 二日あれば、何かしらの情報はつかめると思います。もちろん、その間にも何かわかればお知らせします」

「明後日か……わかった、ではそれで頼む」

「承知いたしました。早速動きます」


 こうして、リューシスはジンバオからの知らせを待つこととなった。

 この後、リューシスはジンバオと色々と話しをしたのだが、ジンバオは確かにその世界ではかなり顔が広いようであり、また、彼本人は元盗賊であるとは言え、信用できる人物であった。

 リューシスは、希望が見えて来たのを感じながら、ジンバオの店を出た。

 だがその瞬間、


「うん?」


 またしてもリューシスは人の視線を感じた。

 しかも、それは一つではない。二人や三人に見られている感覚を受けた。

 リューシスは素早く周囲を見回した。しかし、やはりそこには怪しい人物はいない。いくつかの小さい店、民家が軒を並べるその裏路地には、のんびりと歩いて行くまばらな人影、その間を楽しそうな声を上げて走り回る子供たちがいるだけであった。

 何か変だな、と小首を傾げながら、リューシスは歩き始めた。

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