第18話 己の天を信じて

「ふふ、殿下の腕で私に勝てますかな」


 ダルコが声も発さずに飛び掛かって来た。あっと言う間に距離をつめたダルコが、上段から剣を振り下ろした。

 垂直に光り落ちる一閃はまさに朝の落雷。凄まじい速度でリューシスの脳天を砕くかと思われた。

 だが、目を剥いたリューシスは鋭く剣を斜め上に走らせると、その強烈な斬撃を弾き飛ばした。


「何?」


 ダルコは驚いた。これまで彼に向かって来た敵は、大抵が今の一撃で沈んで来た。

 ところが、大した腕は無いと思っていたリューシスが、それを弾いたのだ。


 そして次は、リューシスが斬りかかった。

 これもまた、鋭い右からの水平の一閃。

 だがダルコは流石である。さっと数段飛び下がってそれを躱した。

 しかしその時、リューシスの左手がすでに金色の光を纏っていた。


天法術ティエンファーか」


 忌々しげに言ったダルコに、リューシスは左手を振った。

 すでに直径二十セーツ(cm)ほどとなっていた光砲が、うねるように飛び放たれて行く。

 ダルコは左に飛んでそれを躱した。だがそこへ、低く跳躍したリューシスが上段からの一撃を振り下ろしていた。


「しゃらくさい」


 ダルコは剣を走らせ、軽々と跳ね飛ばす。


 そして、二人は激しく打ち合った。


 目まぐるしく体勢を変えながら、時にリューシスの天法術ティエンファーが飛び、ダルコの巧みな蹴り技などが炸裂し、剣花は互いの衣服を焦がすようであった。


 二十数合目の後、二人はぱっと左右に弾けた。

 ダルコは剣を右肩の上に立てて笑った。


「やるではありませんか。殿下は戦場での采配に長けているだけで、個人的戦闘力は大したことはないと思っておりましたが、間違いでしたな。正直、ここまでやるとは思っておりませんでしたぞ」

「人はいざとなると何倍もの力を発揮するもんだ。覚えておけ、戦場で役に立つぜ」

「はは、そうですか。では、私もお教えしましょう。地力の伴わない勢い任せの力は脆く崩れやすいと言うことを」


 ダルコは不敵に笑った。リューシスの腕を褒めたものの、彼にはまだまだ余裕があった。

 だが、ふと気付いてその余裕が消えた。


 ちょうどその時、なんとバーレンとネイマンの二人が配下の兵士達全員を斬り倒してしまったのである。

 バーレンとネイマンは、生々しい鮮血に濡れている剣を提げたまま、悠然とダルコに近付いて行った。


「ダルコ殿、流石に選りすぐりの精鋭と言うだけあって、なかなか楽しめました」

「さあ、次はいよいよ七龍将チーロンジャンの腕のほどを見せてもらおうか」


 ダルコは舌打ちした。


「甘かったわ。貴様らチンピラから片づけるべきであったな。だが少し腕が立つからと言って思い上がるなよ。俺が何故この若さで七龍将チーロンジャンになれたか教えてやろう」


 と、剣を構え直したが、すぐにまた何かに気付いて剣を下ろした。

 そして、高らかに笑った。


「ははは……俺が出るまでもなかったか。残念だったな」

「何?」


 訝しんだリューシスであったが、彼もまたすぐに気付いて顔色を変えた。

 地鳴りのような音が響いたかと思うと、まるで戦場の一部隊のような兵士の一団が三方より現れたからである。


「やっと気づいてこっちに来たか。機転の利かない連中よ。罰さねばならないな」


 ダルコは笑った。


「くそ……」


 リューシスは唇を噛んで見回した。

 こちらへ槍の穂先を向けている兵士達、ざっと見て百人以上はいる。

 バーレンとネイマンが、いかに世に冠絶する豪勇を備えているとは言え、百人を同時に相手にできるわけがない。

 流石のバーレンとネイマンも、厳しい表情で三方を睨み回していた。


 ――どうすればいい? どうすれば……いや、こんな状況じゃ策も施しようがない。


 リューシスの心に絶望が忍び寄る。


「ふふ、頑張ったが残念でしたな、リューシス殿下。そしてハンウェイ人のチンピラども。さあ、処刑の続きをいたしましょう」


 ダルコが勝ち誇った笑みを見せた。


「殿下の首を取った後には丞相チェンシャンに報告しておきますが、何か言うことはありますか?」

丞相チェンシャンだ? そこは皇帝陛下エンディービーシャーじゃねえのかよ? てめえの主君は一体誰なんだ?」


 リューシスの言葉が鋭く飛ぶと、ダルコは一瞬言葉に詰まったような表情を見せたが、すぐにせせら笑い、


「戯言を。さあ、者ども、やれ! 殿下とチンピラどもの首を取るのだ!」


 と、高らかに命令を下した。


 およそ百人の兵士達が、それぞれ叫び声を上げながら一斉に三人に向かって行った。


 リューシスは覚悟を固めた。


「仕方ない。斬って斬って斬りまくり、血路を開いてやる。バーレン、ネイマン、いいな!」

「おう!」


 リューシスの悲壮な覚悟に二人が吼えた。

 三人はそれぞれ背を守り合うように立ち、応戦の構えを取った。


 しかしその時である。


 突如として、城門が割れるように開いた。かと思うと、その城門の間から、勢い良く騎馬の一団が雪崩込んで来た。


「殿下を御救いせよ!」


 その騎兵隊の先頭を駆けながら叫んだのは、イェダー・ロウであった。

 続いて地鳴りと土塵の中から駆け込んで来た騎兵らは、皆、リューシスの親衛隊の者たちであった。


「近衛軍が相手だろうが臆するな、やれ!」


 駆けながらイェダーの命令が飛ぶと、親衛隊は突入して来た勢いそのままに、咆哮しながら一斉に眼前のダルコ旗下の兵士達に襲い掛かった。


 突然の騎馬隊の乱入に、兵士達は狼狽えていた。

 加えて騎兵らの一斉突撃である。親衛隊の者たちが馬の頭を突っ込ませ、槍の穂先を突き入れ、剣を振り回すと、ダルコ旗下の兵士らはまるで人形を倒すかのように倒れて行った。


「イェダー! お前たち!」


 リューシスが小躍りして歓喜の叫びを発した。バーレンとネイマンも会心の声を上げた。

 イェダーがそれに気付き、馬を走らせて来た。


「殿下、ご無事でしたか!」


 イェダーは、ほっと安堵の笑みを見せた。

 リューシスも嬉しそうな笑みで答えた。


「危ないところだったけどな。よく来てくれた、俺が女だったらお前に惚れてるぜ」

「ははは……遅くなって申し訳ございませんでした。バーレン、ネイマン、お前らも無事だったのか」

「美味しいところに現れやがって。てめえが来なくても俺達で何とかしたのによ」


 ネイマンは笑いながら減らず口を叩き、バーレンは呆れ混じりながらも笑みを見せた。


「あれほど来るなと言ったのに来たのか。知らないぞ、この先どうなっても」


 リューシスも同調して言う。


「そうだ、いいのか? ユーエンさんとコウアンに会えなくなるぞ」

「いいえ。嫁と息子は生きてさえいればいつか必ず会えます。だが今ここで動かなければ、殿下には永遠に会えなくなってしまいます。じゃあどうすればいいかは明白ではございませんか?」

「だが逆賊になるんだぞ?」


 バーレンが重ねて問うと、


「知ったことか。殿下のいない世に俺の道はない」


 イェダーはきっぱりと言った。そしてリューシスに向かって、


「のんびり話している暇はない。さあリューシス殿下、急ぎご指示を」


 リューシスは頷くと、まず聞いた。


「どれほどが集まった?」

「およそ百七十人。皆、自然と集まりました。ですが申し訳ございません。龍場ロンチャンの警備はやはり厳重で、龍は奪って来られませんでした。馬のみです」

「それは仕方ない。気にするな。馬があるだけでも十分だ」


 リューシスは早口に言うと、


「目の前の敵はもうこれだけ叩けば十分だ。これ以上ここにいれば加勢が来てしまう。そうなれば俺達には不利だ。このままアンラードから脱出するぞ、外城の城門を目指せ!」

「承知しました」


 イェダーは頷くと、


「では皆、早く馬に」


 イェダーは、部下に命じて余分に連れて来ていた馬を引かせて来た。

 だがその時、遥かな頭上より猛獣の唸り声が響いた。


 見上げれば、そこには太陽輝く蒼天を背に駆け下りて来る白い飛龍フェーロン。リューシスの愛龍であるバイランであった。

 リューシスは驚喜して手を振った。


「バイランじゃないか、よく来てくれた! でも何故わかった?」


 バイランは凄まじい勢いで駆け下りて来て数人の敵兵を突き飛ばすと、そのままリューシスの前に着地した。


「僕が急いで連れて来たんだよ」


 その頭の二本の角の間から、一匹の豹柄模様のマーオンが顔を出した。シャオミンであった。


「よくやった! お前は本当に神の猫だ!」


 リューシスは喜びながら言うと、バイランの背に飛び乗り、固定ベルトを装着した。

 バーレンとネイマンは、すでにそれぞれの馬の鞍上に身を移している。


 見ればその時、ちょうどリューシスの親衛隊らが粗方の敵兵を駆逐していた。


「よしいいぞ。皆聞け! 目の前の敵にはもう構うな! 俺達はこのまま外城の城門を突き破り、アンラードから脱出する!」


 リューシスが火のような熱い号令を飛ばした。


「おおう!」


 親衛隊兵士らは、怒号に近い声で応える。


「遅れを取るな!」


 リューシスが右手に長剣を抜いて掲げ、バイランの横腹を蹴った。

 後にバーレン、ネイマン、イェダー、そして親衛隊約百七十人が地鳴りを響かせながら続く。


 一団、熱い炎の集団となって内城の西門を潜り抜け、外城地区に出た。


「おのれ、逃がすな! 追えっ! 笛と鐘を鳴らせ!」


 ダルコは激怒しながら指示を飛ばしたが、自らの乗馬に跨ると、一転冷静さを取り戻し、鼻で笑った。


「丞相の指示ですでに外城の城門全てに三百ずつの兵が向かっている。殿下がどこに向かおうが逃げられるものではないわ」

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