15 激闘(2)

 突然、サルラ兵の頭が矢に貫かれた。


「っ……が!?」


 まるで、突如として角が生えたかのようだった。何処からともなく飛来した矢が、サルラ兵の頭を貫いていた。


 二人のサルラ兵じゃその場に倒れると、光の破片となって砕けて消えた。


 グラシャは目を見開いて、矢が飛んできたと思われる方角を見つめた。魔獣の目でも届かない彼方。町で一番高い鐘楼の上で、銀の髪をなびかせたダークエルフが弓を構えている。その赤い瞳には、別のサルラ兵がグラシャの背後に迫る姿が映っていた。


「まったく世話が焼けますね」


 サタナキアは再び弓を引き絞った。指から離れた矢は、真っ直ぐにサルラ兵の体へ飛んで行く。


「──!!」


 しかし、今回はサルラ兵を倒すことが出来なかった。その兵は強固な兜と鎧を身に着けている。その兜が、サタナキアの矢を弾き返していた。


 ──しまった!


 サタナキアはすぐに次の矢をつがえる。しかし、魔法を使った矢でなければ、あの鎧は貫けない。しかしそれでは、グラシャごと貫いてしまう可能性があった。



 鎧を着たサルラ兵、ブルムがにやりと会心の微笑みを浮かべる。


「ふふふ、鎧を着た私を臆病者と呼ぶ者もいましたが……用心深いのも悪くはないでしょう? グリズラ様」


「ふ、ふ……まったくだ」


 グリズラとグラシャの腕の力は、お互い限界に近付いてきている。滝のような汗を流し、腕の筋肉が痙攣していた。


 ブルムの剣のように長い爪が、グラシャの腕に突き付けられる。


「まずその腕、斬り落としてくれよう」


 残虐な微笑みを浮かべ、ブルムが腕を振った。


「──あれ?」


 ブルムの腕が、すっぽ抜けるようにして地面に落ちた。


 何が起こったのか理解出来ない、そんな顔でブルムは呆然となくなった己の右腕を見つめた。


「その鎧、継ぎ目の隙間が広すぎる。役に立たんな」


 赤い剣を構えた執事風の男が、ブルムに並んでいた。メガネの奥に光る冷たいまなざしがブルムを見つめている。


 手に持った剣がブルムの首に当てられた。サタナキアの矢を防いだ兜だが、正面からは顔も首もむき出した。


「それに随分と首が斬りやすい」


「や、やめ──」


 それがブルムの最後の言葉だった。


 アドラは剣を華麗に振って血を飛ばすと、グラシャに背を向けた。


「さっさと倒せ。あまり手こずると、グランド殿が嘆くぞ」


「て、てめぇに言われなくたって……つか、親父は関係ねえ!」


「……一族は大事にするといい」


 呟くような一言は、はっきりとは聞こえなかった。


 ──アドラ?


「おい、いま、なんつっ──」


「いいから、さっさと片付けろ」


 イラついたような声の後で、離れてゆく足音が響く。


「お、おう!」


 グラシャは渾身の力を込めた。グリズラも目の前で腹心を殺され、怒りは頂点に達していた。


「貴様ら……許さん! 絶対に、許さんぞおおおおお!」


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!」


 グラシャが大きく吠えると、グリズラの体が浮かび上がった。


「なにぃ!?」


 そのままグラシャはグリズラの体を空に放り投げた。


「バ……バカなっ!?」


 グラシャも、自ら投げ上げたグリズラ目がけて大きく跳躍。空中で落下に移ろうとするグリズラを捉えた。


「いくぜぇええええええええええええ!」


 グラシャは獣化して何倍にも太くなった腕でグリズラを殴り付ける。右、左、そして蹴り。空中で、まるで重力がなくなったかのような連続コンボ。現実の物理法則を無視した攻撃だった。


「ぐおおおおおおぅ!」


 そして最後の一発が叩き込まれたとき、グリズラの体は吹き飛び、町の門へと叩き付けられた。


「がはっ!」


 口から血を吐き、グリズラが苦しげにうめく。


「く、くそ……」


 立ち上がろうとしたとき、急に背中の支えがなくなった。


「門が……!?」


 門が開き始めた。グリズラの目に喜びの光が差す。


「援軍か! よし、これで勝──」



「待ち人来たりて 王は詰むチェックメイト


 狡猾にして愚かな王よ


 嘆くがいい! この魔王オレと戦う己の不運を!」



 グリズラは脂汗を流しながら、黒い鎧を着た巨体を見上げた。

「て……てめぇが……」


 腕を広げると風が渦巻き、マントが炎となって地面を走った。

 兜の中の目が赤く輝く。



「バルガイアの覇者にしてインフェルミアの主! 魔王ヘルシャフト!!」



「く……くそ……何で……」

 グリズラはふらつく足で立ち上がった。


「先に出発した兵は俺が率いていた。そして、向かった先はミルドではない」


「まさか……」


 ごくり、とグリズラの喉が鳴った。


「想像通りだ。お前たちの増援部隊を殲滅して戻って来たところだ」


 思わずグリズラは後ろによろけた。


 両軍の兵士たちも戦いの手を止め、二人の話の行方を見守っていた。


「お前の負けだ、グリズラ。降伏しろ」


 グリズラの歯がぎりぎりと音を立てた。


「そうは……いくか」


 広場を振り向き、己の兵に向かって叫んだ。


「グランドがいない今こそ好機なんだ! 今しかねえ! グランドールの兵だってかなり減ってんだ! 戦力なら、まだまだ五分だぜ、てめぇら! ここが踏ん張りどころと──」


 入り乱れた両軍の間を、真っ直ぐ進んでくる大きな影があった。


「誰がおらぬと言うたか?」


「──な」


 思わずグリズラはあっけにとられた。


 グラシャも驚きに目を見開く。


「……親父」


 それは巨大な狼の魔獣。グランドールの頭領、グランドの姿だった。顔色も良く、口元に不敵な笑みを浮かべている。


 はっと我に返ると、グラシャは叫んだ。


「な、なんで、元気そうなんだよ!? 昨日は死にそうだったじゃねぇか!」


 グランドの後ろから、一人の少女が申し訳なさそうに姿を現した。


「シルヴァニアが解毒薬を飲ませてくれたからの。この通りぴんぴんじゃ」


「ぐ……く……シル……ヴァニア」


 グリズラの噛みしめた歯茎から血が流れた。


 グランドは涼しい顔で、まるで飲みに誘う気軽さで訊いた。


「さて、決着を付けるか? グリズラよ。どちらかが死に絶えるまで」


「……」


 怨みの籠もったまなざしで、グリズラはグランドを睨み付けた。だが、グランドは優しげなまなざしで見つめ返す。


「勝負は決している。貴様の兵を、無駄に死なすこともあるまい。せめて、王としての最後の勤めを果たせ」


 グリズラは崩れるように地面に腰を落とした。


 戦いは終わった。

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