13 奇襲
闇の中をサルラの軍勢が進んでいた。音を立てぬよう、静かに森を掻き分け進む兵の数は、およそ百五十。ほとんどが熊の姿をした魔獣だった。巨体に似合わぬ軽い身のこなしで、粛々と行軍してゆく。
その隊列の中程に、一際大きい姿があった。体中に幾つもの大きな傷痕を持つ五十がらみの男。顔は人間だが、頭の上にある耳とその体格、毛の生えた巨大な手足は熊の魔獣のものだ。その男が、傍らに居る小柄な兵士に話しかけた。
「ブルムよ。グランドールの兵は、ミルドへ向かっているのだろうな?」
ブルムはサルラの参謀である。熊の魔獣としては小柄で、隊列の中で唯一鎧を身に着け、兜まで被っている。他の兵士は己の体に自信があるのか、みな軽装だ。
ブルムは顔を上げた。兜は顔の部分がむき出しのタイプなので、素顔で己の主人を見上げた。
「はいグリズラ様。半数の兵がドランを出て、ミルドへ向かったのを確認しております」
「くくく、バカな奴らだ」
潜入させたスパイがグランドに毒を盛る。グランドールの上層部が慌てふためくところへ、ミルドが攻め込むとの情報を流す。グリズラは密かにミルドと結託し、陽動を依頼してあった。ミルドはグランドールの兵をおびき寄せるだけの役目だ。
「毒でグランドを殺すのは難しいだろうがな。だが、何日か倒れててくれりゃあ、それでいい。その間に、このグリズラ様がグランドールを奪い取ってくれる」
「ふふふ、楽しみですな。どうせ奴ら、次の頭領も決めていないに違いありません。今頃、上を下への大騒ぎのはず」
「ドランに詰めている兵はおよそ四百。その半分がいなくなったのなら、二百。グランドがいなければ、烏合の衆よ。簡単にひねり潰せる」
「しかも、我らには援軍もありますしな。本国を出発した兵は二百。これも、いずれ追いついてきましょう」
グリズラは思い出したように訊いた。
「町の門は開いているのだろうな?」
「我々が送り込んだスパイが開ける手はずになっております」
「ああ、確か女狐だったな……」
「はい。一年に亘って潜入させた成果がやっと出ました」
「なかなか良く働いてくれたな。グランドによく毒を食わせたものよ」
「何でも奴の好物に混ぜたとか。辛さを強めにしたので、味が分からなかったのでしょう」
グリズラは爆笑した。
「わははははははははは! バカ犬が! いやいや、本当に大した女だ! だが……」
グリズラは顔をしかめた。
「我々の情報も知りすぎたな……」
ブルムは牙を剥きだして、酷薄な笑みを浮かべた。
「この戦いが終わりましたら、あの女は始末します。そしてこの戦いは、正面突破、正々堂々と力で相手をねじ伏せた、という記録を残すようにしたいと」
グリズラは、にやりと笑った。
その時、前方から一人の兵士が走って来て報告した。
「先頭が森を抜けました。町の門は開いております」
「よし! ゆくぞ!」
グリズラの号令に、サルラ軍は雄叫びを上げながら走り出した。百五十匹の魔獣が一気に森から抜け出し、ドランの町へと駆ける。
町を囲むのは石で出来た高い壁。だが、出入り口の門が大きく開いている。これでは頑丈な壁も、何の役にも立たない。
隊列も組まず、百五十匹はバラバラに門へと飛び込んだ。門の内側は広場になっていて、そこから道が真っ直ぐに続いている。
広場の中央で、一旦兵は足を止める。その兵士たちに向かって、グリズラは大きな声で指示を出した。
「真ん中の道を行くぞ! 狙いはグランドの屋敷だ!」
うおおおおおと熊の魔獣たちが鬨の声を上げる。
だが、町は静まり返ったままだった。
確かに深夜だ。
だが人影が一つもなく、町の明かりも消えている。
これだけ大声を出しても、顔を出す者が一人もいない。
ブルムの胸の中に、言いようのない不安がわき上がった。
「グリズラ様! 何か変です!」
「何がだ!?」
グリズラが吠えるように訊いた。
「いくら何でも静かすぎます、これは……っ」
「だから奇襲が成功したということだろうが! 貴様は何を──」
そのとき背後で大きな音が響いた。
「な──」
グリズラとブルムが振り返ると、街の門が閉じられていた。サルラの兵士たちも当惑した様子で、閉じられた門を見つめていた。
「おい……俺たち、閉じ込められたんじゃねえか?」
「ちょっと待ってくれ……どういうことなんだよ、これ」
先程までの、殺戮への期待感と高揚が、緊張感と恐怖にすり替わってゆく。
ブルムは冷や汗を流しながら、大声で叫んだ。
「うろたえるな! きっと送り込んだスパイが門を閉じただけだろう! いずれにしろこの町の連中は皆殺しにするのだ! 都合がいいではないか!」
そのとき、門の上に人影が現れた。
「皆殺しにされるのは、お前らの方だぜ! サルラの熊野郎ども!」
「な……」
その人影は月光を背に、サルラの軍勢を見おろしていた。
グリズラは轟くような叫び声を上げた。
「なんだテメェはぁああ!?」
月夜に光る毛をなびかせ、その人狼はにやりと笑った。
「オレはグラシャ! グランドールのグランドの息子! このグランドールの頭領だ!」
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