02 まだ見ぬ大陸へ
廃棄されたはずの魔王サタンが蘇って、既に二週間以上が経っていた。
サタンが蘇った原因は依然として不明だが、クリスマスに適用された修正プログラム『Santa―X』と無関係とは思えない、堂巡はそう考えていた。
だが、この修正に一体何の意味がある? それともこれは新たなバグなのか?
疑問は尽きない。
しかしその疑問に答えてくれる人など、どこにもいない。
自分たちで答えを見つけ、自力で問題を解決しなければ、生き延びることは出来ない。
しかし状況は最悪だった。
朝霧の指に嵌められた呪いの指輪は、日々朝霧の体を蝕み、朝霧の美しい肌に呪いの文様を広げてゆく。堂巡が最後に確認したのは二の腕までだったが、今は左腕どころか、体にまで呪いが進んでいる可能性が高い。
──あの呪いの文様が全身を覆い尽くしたとき、朝霧は死ぬ。
その言葉を心の中で繰り返す度に、堂巡の焦燥感が増してゆく。
一刻も早くサタンを倒し、朝霧を死の呪いから解放しなければならない。
だが、魔王城インフェルミアと魔王軍ヘルランダーは、今やサタンの支配下だ。
唯一の相談相手である哀川愁子は、そのインフェルミアにいる。哀川の無事も確認したかったが、テレポートでインフェルミアへ移動した瞬間、ヘルランダーに取り囲まれてしまうだろう。
そんな追い詰められた状況の中でも、救いはあった。
それが今、旅を一緒にしているヘルゼクターたちだ。
四人の信頼出来る部下。この四人がいるのといないのとでは、精神的にも、現実に採りうる選択肢としても、大きな差がある。しかし如何に一騎当千のヘルゼクターがいるとはいえ、たった五人では魔王軍と戦争は出来ない。
魔王軍──いや、いまやサタン軍となったヘルランダーたちと戦うには、新たな軍が必要だ。しかしバルガイア大陸中を探し回ったが、未だに新たな軍を組織する目処は立っていない。
そんな状況でグラシャが放った一言は、堂巡に新たな希望を与えた。
『んだから! オレの実家があんだよ!』
──そうか、縁故を頼るという手があったか!
困ったときに当てにするのは親類縁者。家族に宿題を手伝ってもらったり、就職の世話を頼んだり、ノルマを達成できない営業マンが商品を買ってくれないかと頼んだりと、頼まれる方は実に良い迷惑だが、それも人の世のしがらみというものだろう。
堂巡は魔王の鎧の下で、ほくそ笑んだ。
──うん。やっぱり他人と関係を持つと、必要のないものまで背負わされ、犠牲者となる。できるだけ他人とは関わりを持たずに生きてゆくに限るな。
そんな犠牲者が船室のソファで不機嫌そうに横になっている。
「ったく……何であんな家に帰らなきゃなんねーんだよ……」
グラシャの案内でインゼル村へ辿り着いた一行は、ゴランド大陸行きの船を探した。するとまさに定期便が出港するところだったので、嫌がるグラシャを引きずって慌てて飛び乗ったのだった。
「まあそう言うな、グラシャ」
二人掛けのソファに一人で座っているヘルシャフトが、グラシャをなだめた。
「……ちっ」
グラシャはごろりと寝返りを打つと背中を向けた。
船室は貸し切りなので、他の乗客は入ってこない。広さもそこそこで、五人がくつろいでも窮屈な感じはない。フォルネウスは空中に浮かんでいるが、アドラとサタナキアはそれぞれ一人掛けのソファに座っていた。
「グラシャよ、今はわずかな縁でも大事にしたいのだ。どんなつながりで、サタン軍への突破口が開くか分からん。それにお前の出身地ならば、これから行くのは魔獣の国と思ってよいのだろう?」
「……ああ。そうだよ」
「ならば尚更だ。魔獣の戦闘能力の高さは俺が言うまでもあるまい。生まれ育った場所なら、お前の家族だけではなく知り合いもいるのだろう?」
「そりゃあ……まあな……」
「それならば力を貸してくれる者もいるかもしれん」
「王様、期待を裏切っちゃ申し訳ないから言っとくけどよ……あの国でオレに力を貸す奴は誰もいないぜ」
──なに?
何か曰くありげな物言いに、堂巡は心の中で首をひねった。
他のヘルゼクターたちもいぶかしげにグラシャを見つめている。アドラはメガネのブリッジを押し上げながら訊いた。
「何をしでかした? 全国民に恨まれるようなこととなると想像も出来んが」
「そんなんじゃねえよ! そうじゃねえけど……」
サタナキアが心配そうな表情で立ち上がると、グラシャに尋ねた。
「例えば、例えばの話ですよ? まさか……グラシャのせいで国土の何分の一かが不毛の地になってしまったとか──」
「んなわけあっかよ! 恨まれるとかそういう次元の話じゃねえぞ! どうすりゃどんなことが出来んだよ!? どんな疫病神だ!」
サタナキアはショックを受けたようによろめき、ぺたんと腰を落とした。
「や……疫病神……」
そのまま膝を抱え、三角座りで何事かをぶつぶつと呟き始める。
「あーわかったんだもん♪」
元気よく手を上げるフォルネウスに、グラシャはぎくりと毛を逆立てた。
「きっと、みんなのごはんを食べちゃったんだもん。怒られるから、戻るのが嫌なのに違いないんだもん。食べ物の怨みは怖いんだもんっ」
得意そうに胸を張った。
アホの子を見るような顔でグラシャは黙り込んだ。返事をする気力もないらしい。
「グラシャよ」
ヘルシャフトが声をかけると、グラシャはばつの悪そうな顔を向けた。
「何か訳ありなのは分かった。もしお前がどうしても嫌だというのならば、ゴランド大陸に行くのをやめても良いぞ」
「王様……」
グラシャは一瞬少年のようにあどけない顔を見せる。しかしすぐにいつものふてぶてしい顔に戻ると、耳の後ろをかいた。
「別に、戻ることくれえ、オレは何でもねえよ。ただ、期待には応えられないってのを、あらかじめ言っておきたかった。それだけだ」
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