第一九節 V.S.『運命の選択者』Round_Final.

 解答は得た。

 ならば、もはや語る言葉は投棄しよう。


 平和的な仮想世界に興味は無く、正義無き平和に価値は見出せない。

 放棄する罪はこの身で受け止めよう。


 邪悪の権化と相対するは個人の欲望。

 相対する二つが解り合えるはずも無い。


 ならば、結論は決まっている。

 例え勝ち得たとしても、望む世界はやってこない。


 勝利した後に何を獲得し、敗北した後に何を喪失する。

 勝利した後に何を喪失し、敗北した後に何を獲得する。


 もはやその先に待つ勝者と敗者の行く末は、誰にも解らない。

 個人の尊厳など無い欲の戦い。


 条件は理解したか。

 目の前の脅威を理解したか。


 幕は上がる。

 言い訳は要らない。個人の個人による個人のための戦いを、存分に楽しもう。


   *


 中央管理センターは、観測した。

 とある山の火口から、巨大なサンドスターの岩石が噴出したことを。


   *


 グロースは、既に死体となった彼の男の肉体を眺めていた。

 そして寸分。

 まるで、玩具に飽きたかのように、奴は目標をセントラルに変える。


 死体は離れ行くグロースを余所に、草原だった場所にて砂埃を浴びながら風に揺れていた。


 鼓動は止まっている。

 指先など無く、動かない。


 確実に死んだこの身体。


 最早ガラクタ同然のように、グロースは放棄した。


 ――ただ。


 その一瞬、空より……一陣の流星が飛来する。


 パシュゥゥゥゥゥゥゥゥン……ッッ!!!!


 その謎の飛来に、グロースは再び振り返る。

 天空から此方側に向けて飛来するそれは、隕石と言うよりも、まるでサンドスターの核と言うべき物だった。突然の光景にグロースも眼を細める。


 そして、そのサンドスターの核とも言えるそれは……銀蓮黒斗の死体に接触した。


 ビュォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!


 瞬間、その一帯が光で埋め尽くされる。


 波紋のように、コクトの身体を中心に、世界中へと広がる光の輪。

 その光景は、ジャパリパークのセントラルでも、その先の海辺でも、観測された。


 波動のように、波紋のように、その安らぎと安寧を願うような優しい光は、多くのフレンズをも、多くの人々をも……セルリアンでさえも、注目させていた。


 終わりを、終わらせるための、最後の希望。

 今、大地に降り立ち、君臨を世界へと……。


   *


 パーク・セントラルでは、多くのフレンズが戦いの手を止めていた。

 それは、対峙しているはずのセルリアン達でさえも、その光景に釘付けに為れていた。

「……、」

 カコも、ミライも、菜々も……。


「……、」

 サーバルも、カラカルも、オイナリサマも……。


「……、」

 まるで、神の道しるべが如く、世界のその光の放射が続いた。山間から見える、光の波紋は天を渡り、オーロラのように広がる。


   *


 海洋にて、船の甲板に月伽耶古都が駆け観る。

「……っ」

 甲板を掴み、乗り出すようにしてその光景を……ジャパリパークを中心に、闇夜の世界に光を照らす輝きを観ていた。


   *


「人の身で……神の極意に到達することは無い。その全ての人生をどんな生き様に変えようと、人は人で有るはずだった。だが、それでも奴は、か細い身体で……己の試練を超え、最果てへと到達する」


 オフィスの最上階にて、空を駆ける光の波紋を見据え、ソファーに腰掛け世界を見据える男、天宮始童。


「人に成し得るはずも無い神への到達……禁断の果実を手にし、今奴は、玉座に君臨する、か」


 片手にワイングラスを手に取り、まるで祝杯を挙げるかの如く彼は吐き捨てた。


「さぁ、祝おう。新たな神話の誕生だ!!」


   *


 光の波紋を絶えず放射し続けるコクトの身体。

 グロースはやがてその純粋な光を毛嫌い始める。

 身が焦げるような純粋な光の飽和。


 だが、それ以上に奴は目を丸くしてその光景を見ていた。


 最早毛嫌うその光の痛みも忘れて。


 死体は、徐々に形成を元に戻し始める。

 ゆっくりと立ち上がり、失ったはずの両腕と脇腹と……身体中の傷までもが修正……否、

 さらに、それは単純に治るという現象では無かった。

 銀蓮黒斗の肉体は、徐々に嘗ての少年の姿へと変貌させて行く。

 嘗て、この島に到来し、そして、共と歩み続けた、あの面影の姿へと……。


 ビュォォォォォォッッッ!!!!


 ――風を巻き上げ、光を放ち続けるその御身は何者か?

 ――彼奴は、何者だ?


 最早その疑問さえも光が飲み込む。

 そして、その光の放射を最後にして放ち出すと、其処には、殺したはずの、息の根を止めたはずの……あの男が立っていた。


 少年は眼を開く。

 身体中に微かな輝きを灯し、帰還した。


「……、」

 鋭き目と、まっすぐと立つその姿。

 最早、その貫禄は何者にも屈さぬ。

 人の身を超越し、再びこの地に生を宿し、そして、文字通り、帰ってきた。


「……行ってくるよ、櫻」

 彼は何処かに、返すように吐き捨てる。


 そして、邪神たるグロースを睨み返した。


 それは、グロースも肌に感じていた。

 ――アレは、何だ?

 ――最早、我らの知る下等な類人猿では無い。

 ――何故、其処に到達する?

 ――アレは、概念その物か?


 ――アレを、許せない。


 ――傲慢にも、その身でこの極致に至ったその罪を、許す訳には行かない。


 GUUUUUURRRRRRRRRRRRRRRRRRooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!


 今生一番の叫びを上げるグロース。

 その咆哮に怯みもせず、彼は一歩、脚を進めた。

「……っ」


 さあ、決着の時だ。

「もう、ここから先は、背負う物の戦いでは無い」

 宣誓する。

 白衣を背負いながら、その意味と、己の意味を理解した。

「これは、個人の為の戦いだ」

 答えを得た。

 己の、生きる意味も、彼女達の明日への意味も。


 さあ、答え合わせだ。

「フレンズは……その笑顔で、俺の明日への希望を繋いでくれた。あの子達は、其処に居るそれだけで……俺の希望になってくれた」

 ずっと、考え続けてきた。

 彼女達の、生きる意味。

 でも、それは、合理的な言葉でも無く、理性的な意見でも無い。


 でも。

 だけど。


 確かに意味は在る。

「俺に、生きる場所をくれた。人類が、その過ちによって忘れかけている……笑顔、希望、未来、平和、そんな偶像の理想のような絵空事が、意味の無い、理由の無い、出来ないなんて上辺を打ち砕く世界ばしょなんだ。理想を力に、現実を変えてしまうような、協調平和を確かに叶えられるような、皆が忘れてしまった希望を……その意味を、教えてくれる場所だった。フレンズも、私と寄り添ってくれた。挫けそうな時も、彼女達が居てくれた。そして、此処で触れ合ってきた人々もだ。諦めるなと鼓舞してくれて、出来ないことを成し遂げてくれて、色んな物を貰ってきた。失い欠けた希望を教えてくれた。……今もまだ、彼女達の生きる意味は、まだ見つけられてない……」


 ただ。

 それでも。

「でもな、生きてはいけないなんて言う理由は、一つも無いんだ!! 彼奴らが居てはいけないなんて理由も、居なくなって良いなんて理由も、万に一つも無いんだ!! 意味はまだ無いが、それでもあの子達は必要だ!! それも、この先変わった未来でも、あの子達は俺達の友達で、友とは永劫に失いたくない輝きなんだ!! そして、俺達の隣に居て、笑って、泣いて……、痛みを分かち合える最高の理解者なんだ!!」


 ならば、最早解りきったことだ。

 これ以上の意味など無い。

「だから、そんな物を簡単に……何の感情も無く唯の遊びだけのために壊してしまうような……お前だけは、お前だけは許さない!! 彼女達の明日を奪って良い奴なんて一人も居ない!! だから……俺は、彼奴らの明日を護り続ける!! 研究者としても医者としてでも無い。俺個人の理由だ!!」

(そして……、俺がいつか帰る場所を、護り続ける為に……)


 ――


 彼の言葉が、グロースに響く訳も無い。

 ただ、それでも、彼等は互いに理解した。


 コイツは、俺の障害だ。


 だから、此処で……。

 潰すッッ!!


 刹那。

 衝突した。


   *


 コクトの拳。

 グロースの頭突き。


 互いに最早力の加減無く……ぶつかり合う。

 それを合図に、またも地上のセルリアン達は動き出す。


 フレンズとセルリアン。

 その大将同士。


 最早、このパークに無意味な戦いは無い。


 明日へと繋ぐ、聖戦となるだろう。


   *


 力惜しみなく、彼等は衝突する。

 互いにその余波を辺り構わず走らせ、その反動で互いに再び距離を取った。


 ビュンッッ!!

 直ぐさまコクトは横へと駆け出す。

 最早目に見えぬ速度で左右に走り抜けグロースを翻弄する。


 だが、容赦の無いグロースもまた、黒き稲妻を身体から辺り構わずに放射する。

 地面が抉れ、大地や木々を炎で燃え上がらせながら彼を狙う。


 大地も、音さえも無茶苦茶に荒れ狂うような、その乱れ荒れ狂う暴虐。コクトはその中で稲妻を駆け避けてグロースに接近すした。


 そして、突如。

 拳を振り上げ、グロースの横腹に高振動の一撃が放たれた。

 ――――――――――ドォォォォォォォッッッ!!


 ――ッッッッ!?!?

 グロースの巨体は大きく吹き飛ぶ。

 装甲が意味を成さず、奴は地面を抉り吹き飛びながらも浮遊して体勢を整え直した。


「――サンドスター……野性解放オーバーフロー

 コクトは、何かをポツリッと呟く。


 すると、彼の身体はまた視界から消え失せる。

 翻弄するかの如くまた彼は風を切り裂きながらにグロースの周りを駆け抜けだした。


「……そうか」

 そんな風の世界の中で、コクトは密かに呟いていた。身に溢れるサンドスターの白き輝きを眼に、彼は小さく心の中で思い入れたのだ。

(そっか……俺は、認められたのかな? 櫻)


「……らぁっっ!!」

 ――Guuuuuuuuuurrrrrrrrrrraaaaaaaa?!?!


 ガゴォォッッッ!!

 コクトの両拳が、グロースの頭部を割るが如く炸裂する。

 だが、頭を地に着かせられそうな直前で、グロースは再び振り上げてコクトを薙ぎ払う。


「……ぐっ?!」


 地面に叩き落とされながらに、バウンドした身体を直ぐさま整え立ち上がる。

 グロースも蹌踉めきながらに、Grrrr……と獣らしい呻き声を上げてみせる。


「なら、コイツはどうだ?」

 コクトは、両手を前へと差し出し、サンドスターを集約させる。


 光の粒子はみるみるコクトの手元で刃の片を作り上げ出す。

 コクトがそれを握った瞬間……それは確かに具現化された。


 両手に持たれた二本のナイフ。

「さて……」

 バンッッッ!!

 地を蹴り走り出す。


 対しグロースは、大きく牙を剥き出しにグオンッ!! とコクトに噛み付き掛かる。

 ガキィィッッッ!!

 牙と刃は衝突した。

 それだけでは終われない。

 コクトはその交差した瞬間、更にグロースの胴体にねじ込むように、刃を続けて走らせる。

 ギガガガガガギャギャギャギャリギャリッッッ!!


 グロースの装甲胴体に輝く刃を刻みつける。

 その表面では今まで傷一つ付かなかった胴体に斬り跡が走るようになっていた。

(矢張りな。そもそも、態々わざわざ眷属セルリアンを使ってフレンズ達を弱らせたのはコイツ自身が輝きを毛嫌うためだった……なら、コイツがこの瞬間に来たのはジャパリパーク内の大気のサンドスターが弱り切るのを狙っていたから……)


 だが、所詮は傷跡。

 装甲より先に到達はしていない。


(並の攻撃じゃ通らないか)

 ズザザザザザーーーッ!! と、横切り様に急ブレーキを掛けて振り返る。

 対しグロースもその巨体を振り返らせて更にコクト目掛け牙を向ける。

「よっ!」

 だが、直ぐさまコクトも空中へと飛び上がりその牙を回避した。ガゴンッ!! と地面に顔面を突っ込ませながら、起き上がり上空へ飛んだコクトを睨み付けるグロースを、コクトは空中から見つめていた。

「なら、次はコイツだ」

 光のナイフに指差し穴が出現する。

 コクトは指をはめ込みクルクルッと二本のナイフを回すと、ナイフは徐々に変形しサブマシンガンのような形に変形された。

 照準をグロースへと合わせ……、


 バババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババッッッ!!


 乾いた音がグロースへと降り注いだ。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッ!!


 降り注ぐ光弾の雨に、グロースは特に傷を負う事は無かった。

「流石に出鱈目はダメか」

 落下してくるコクトに対し、グロースはバコォォ……と、口を開けて待機する。

 そのまま落ちればコクトは何不自由なく食されて終わるだろう。

 だが、彼もまた、マシンガンをグロースの口元に投げると、更に光は変形して、グロースの口元前で足場のような円状になる。

「ほっ……!」

 足場を伝い、コクトはその危機を脱すると、直ぐさまグロースと距離をとった。


(サンドスターの直の攻撃は……、通してくれる程やわじゃ無いよな……)


 不敵に笑う。

 睨み合い。距離をとり。動ける姿勢のまま。


(全てのモーションより再演算。……光弾、光刃、共に装甲を抜けず、傷口に突き刺したとしても、そんな細やかな攻撃をさせてくれる程優しくも無い……となると、上回る攻撃力が必要か……)


 互いに睨み合い、硬直する中で、コクトは大きく息を吸い込み、そして、前傾姿勢から立ち上がる。

「成る程……お前を倒すには、どうやら出し惜しむ必要は無いらしい」


 睨み付けてくるグロースに対して、コクトは三度睨み返す。


「……なら、もはや加減は必要ない……そして」


 飛ばされた先で、コクトは脚を踏み締めた。

 そんな彼目掛け、グロースは不安定な頭を振りかざし、身から放出する黒い稲妻を辺り構わずぶちまける。


 地面が抉れ、大地が燃え、木々が折られる。


「覚悟は決まった」

 絶望を見せつけるような奴の暴挙を眼にしながら、コクトは……その全てを胸に……そして、彼の最期の希望に手を伸ばした。


「……イルシオン」

 その言葉は、騒がしくも荒れ狂う大地にて小さく吐き捨てられる。

 そして、コクトは、本当の意味で、到達する。


「――Deusデウス exエクス māchināマーキナー

 瞬間。


 今一度、最期の希望が舞い降りる。


   *


 イルシオン。

 中では、プログラムが起動するかのように、多くの歯車が回り出す。

 ゴウンゴウンッ……と音を立てて、あらゆる歯車や機械が、ガタガタガタッと動き出していた。


 まるで死んだ機械が命を吹き込まれたかのように、コクトの言う希望は確かに動き出していた。


   *


 彼が、そう呟いた時だった。


 コクトを取り巻く輝きが、今まで以上に一層に輝きだした。

 白く光る粒子達は……次第に黄金の色へと移り変わり、体内から徐々に膨れ上がるように放ち始める。


 そして、彼は突如として光の柱を身から放出し、再形成されるように光は形となり始めた。

 ギュォォォォッッ!!


 黄金の輝きは、先程の波紋とは違う。

 だが、まるでそれは、華だった。

 光が放たれれば、徐々につぼみのように集約される。蕾は上部でギュルリッと捻れると、黄金の輝きは華開くかのように……溢れ出た。


 パッシャァァァァァァーーーーーーーーーッ!!


 光の華は噴水のように放出された。

 グロースの黒き稲妻さえも、その余波に全てが薙ぎ払われる。


 大気中に光の粒子達が溢れ落ちる。

 幻想か夢か、まるで、幻でも見ているかのような、まさしく黄金の雪景色。


 そして、その中から出てきた彼の姿は、新たな段階へと進んでいた。


 ――rrrrrrrrrrrrrttttt!?!?


 コクトの、背中の腰辺りにサッカーボール程の大きさの歯車が出現し、その中心から三枚の片翼が出現する。赤、青、緑と、その翼は大きく広がり、片翼の天使の様な高潔さはまるで神の顕現を示すようだった。

 腕、腰……更には瞳の紋様としても歯車が出現している。


 それはまるで、世界の秩序を表す歯車ギアのような体現。


Deus ex māchinā機械仕掛けの神


 その名の通り、「機械仕掛けから出てくる神」と称され、解決困難な局面に陥った時、絶対的な力を持つ存在が現れ、混乱した状況に一石を投じて解決へと導き、物語を収束させる。

 本来、劇中などで使われるような言葉であるが、それと同時に詩学では、人間が唯一生み出せた神としても見られている。


 その根底は、全ての物語を収束させる……正に世界最後の切り札。


 そして『時空の氏神』とも称された。


 その圧倒的な迄の力を誇る神としての顕現。

 コクトは……銀蓮黒斗は、到達した。


 彼は、小さく吐き捨てる。

「さぁ……」

 グロースは、その言葉からでさえ感じる威圧感に、身に染みて理解した。

 到達しうることの無い、神々の極致。

 邪神たる身であるグロースでさえも、その危険性を理解できないわけでは無い。

 最早、その眼に映る物さえ変わっている。人の身を超え、禁断の領域に辿り着き、世界を制した神の座へと己の身のみで到達したあの男を、

 ――生かしておく訳には行かない。


 ビュオンッ!!

 誰よりも先に動いたのは、グロースだった。

 牙を剥き出しにし、稲妻を身に黒き刃までも立てて向かい来る。


 最早邪神としての威厳はそこに無く、ただ自分に対する脅威の排除を目的として襲いかかる。


「……話の聴かない奴め」

 その全てを、コクトは受け止めた。


 否。

 正確には、突然空中に出現した幾つもの歯車がその攻撃の全てを防いでいた。

 唯の一歩も動かぬコクト。

 目の前で歯車によって遮られた奴を、彼は片腕を上げて、振り払うようにしてみせる。


 軽く振るった手によって、全ての歯車はグロースを押し戻すように薙ぎ払った。

 ――Grraaaaauuuuuuuu?!?!


「――っ」

 次に、転じてコクトが動き出す。

 多くの歯車を従え、グロースへと一気に近づく。

 その姿を見かねたグロースは、直ぐに口元に光を収束させ出した。


 直ぐさま撃ち放たれた高密度の砲撃。


 バギィィンッッ!!

 だがコクトは、片腕で意図も簡単に薙ぎ払い、減速せずに迫り来る。


 ――ttt!?!?!?

 大きく目を開かせるグロース。


 明らかに人間の臨界を超え、明らかに神話の高みへと登っている。

 最早グロースの目でも追いきれない彼の攻撃は、片足から始まっていた。


 バギィィィィィッッ!!

 顔横を狙った蹴りは、見事に炸裂する。

 グロースの柔軟性の高い首はバヒュンッ!! と吹き飛ばされ、その勢いのままに胴体諸共吹き飛ばされる。

 グロースは頭をクラクラッとさせながらに、コクトに向かって光閃を放つ。

 だが、当たらない。

 最早光その物が残像として移動している世界だ。

 彼等の戦いはまさしく次元を超えている。


 本領を出したグロースもまた、少しずつ圧倒され始めていた。


(しかし、あの光閃の連続使用……察するに、奴のエネルギータンクは無限に近いと行っても可笑しくないのかもな……)

 ビュオンッッッ!!


 コクトの頬を、光閃が掠める。

 彼の眼には、その光閃を一束では無く乱反射のように当たり散らすように放っているグロース。

 コクトはすかさず片三翼を展開し浮遊して避け出す。

「はぁッッ!!」

 片手をブンッと振るってみせれば、彼の背後に出現した歯車が光閃の一つ一つを防いだ。


 そして、一つの大型の歯車がグロースを狙う。

 直ぐさまグロースは空中高くに回避するように飛び上がった。


 コクトもまた、片三翼のみの翼を大きく広げ飛び上がる。

 空中に高く上がる二柱は、その勢いで何度も交差した。


 ガキィィッガガガッッガキィィィンッッガギィッッ!!!!


 劣勢も優勢も無い。

 唯此所に来て、グロースが回避や先に動くという戦闘的な基本動作をし始めたに過ぎない。


 ……否。

 こう言うべきだろう。

 全力なのだ。

 奴等にとって全力を下等生物相手に出すことは屈辱的だ。


 だが、その恥を擲っては死ぬと、本能的に感じてしまっていた。

 そう、それ程に。

 今、銀蓮黒斗という神は危険極まりない。


 何度かの衝突の後、彼等は空中で距離を取る。


 ガポォォ……ッ!!

 グロースは口元を大きく開ける。

 そして、今までとは段違いに口の中に光を収束し始めた。

 更には、体内の稲妻までも其処に集約される。

 集約されて行く黒き稲妻と妖しい光を兼ねた最大火力の光閃。その威力は目に見えるだけでもまだ拡張され、それこそ破壊神の名の一端を滑る者の本来の力に等しいのだろう。


「……成る程、この射線であれば、逃れられないと踏んだか」

 コクトはその行動に、察した。

 彼の後ろ、そう、射線上の先には、セントラルがある。

 避けることは容易いだろうが、その光閃が直撃すればセントラルやジャパリパークでは被害が済まない。最悪地球規模で――コアにまで達し活性化を早め――世界が終わる。


 だが。

 コクトは怯むことは無い。

「……ハァッ!!」


 彼の背中に二つの歯車が展開する。


 片方は時計を紋様とするような。

 片方は歪みを主張するような。


 相反する二つの歯車はその中点で混ざり合い、彼の手元にて再構築される。

 まるで、槍だった。

 歯車の装飾と砂時計などをモチーフとされた異形的なその槍を構える。


 コクトの体内のサンドスターが、その槍先に収束し始めた。

 その槍を振り上げ、まるで太陽のように上空にサンドスターの集合体を顕現させる。


 キュォォォォォォォォ――――ッッ!!


 両者の力の集結は、世界に亀裂を走らせた。

 山の山頂部分は光の結集となりグロースに集結する。

 まるで時空が裂けるかのように、辺りの空間には亀裂が走る。


 大海が荒れ狂い、天候がかき混ぜられる。

 竜巻が吹き荒れ、その影響はジャパリパークに留まらず、世界で観測された。


 ――今此処に、神話の戦いアリ。


 誰かが言った。


 その二神の力は徐々に天と、口元に集結する。


 そして――。


 グロースの口がバコンッ!! と、閉じられる。

 コクトの槍が、グロースに向く。


 強烈なグロースの妖しき光と黒き稲妻の集光閃は、一切の狂い無く破壊と破滅をもたらす力として放たれた。

 コクトの天に現る太陽に勝る輝きは、槍へと還元され、集約された力が槍先から全てを貫くが如く放たれる。


 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!


 衝突する破滅と希望。

 轟音を上げ、激しく激突し、その接点は目も当てられぬ光が弾き飛んでいた。


 コクトは放ち続ける。

 グロースもまた、同じく。


 力のぶつかり合いは、激しさを留まらせず、徐々に大きく凝縮し合う。

 衝突によって飛び散る力の片鱗。

 裂け荒れ狂う時空の歪み。


「……ぐッ!?」

 先に悲鳴を上げたのは、コクトだった。

(流石に定着し切れていない状態では限界があるか……っ!)

 グロースの力は、徐々にコクトの力を押し出し始める。


 ジリジリッ……と、押し出される。

 放つ槍を持つ片腕を、更にもう片方の腕で支える。

(まだだ……)

 限界は此処では無いだろう。

 そう、言い聞かせる。


 なら、何を為るか。

 決まっている。

 絞りきるんだ。


(俺の身に宿るサンドスターを全転換……今ある物を絞りだせッッッ!!)

 ドッッ!!


 力が更に上昇し、元の拮抗までに戻る。

 グロースもまた、力を出し惜しまない。


 皮肉にも、その力の戦いは相反していた。

 グロースは、己の力に加え、空間や実物を己に還元させている。


 だが、コクトは己と、そして『Deus ex māchinā』による神意的な力を吐き出すだけ。


 個人対集結。

 その相反している力。

 だが、それでも。


 コクトの戦いは、独りよがりでは無い。

 きっと、パーク中のサンドスターをかき集めて戦うことだって出来たはずだ。


 なのにそうしなかったのは、至極極端な理由だった。


 ――帰る場所を無くさないために。


 それこそ、己に全て還元した先に未来など無い。

 だから、だからこそ、これは一人の戦いだった。


 誰かのためでは無く、帰る場所に帰るための。


「……ハァァァァァッッ!!」

 更に、力を出すコクト。

 ぞうきんを一滴残さず絞り出すように、自分の首までも締めて。


 衝突し合う光閃の接点では膨大なエネルギーが凝縮と膨張を繰り返す。


 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――――――――――――ッッッッ!!


 そして。


 ――――――――――――――ッッッッッ!!


 その果て。


 彼等の出し惜しむことの無い力の激突は、その接点にて集結した力が暴発した。

 強大な爆発が、バークに響き渡る。


   *


 パークの、その山の上にて、巨大な爆発が発生した。


 まるで核爆発かの如く広がり、パークでは強烈な突風が走った。


 二神は……。


 その爆発の煙の中から、落下していた。

 全ての力を使い切ったかのように、彼等は力なく地上へと墜落する。


 ヒュォォォォォ……


 地面に二つのクレーターを創り、落下した二神の肉体。

 だが……。


 その二神とも、

 クレーターから風を切り飛び出し、対峙する。


 コクトは槍を構えて振りかざし、グロースは牙を剥き出しに噛み付こうとする。

 ガンッガンッガンッガンッ!! と、連鎖的に衝突し、互いの身体に傷を付ける。


 今まで以上に巨大な身体で俊敏に動くグロースに対して、コクトも脚を緩めない。

 どんな傷が互いに付けられようとも、痛む動作など放棄し、槍、牙、光弾、歯車、その全てをぶつけ続ける。


 その消耗的な激突の連続。

 響き渡る刃と牙の衝突。

 槍の一振りで及ぶ乱気流。

 牙の衝突で軽いクレーターが幾つも作られる。


 コクトは、更に片翼を使い風を使えば、グロースは光閃によって諸共吹き飛ばす。黒き稲妻を撃ち放つグロースに対しても、コクトの歯車が護り防ぐ。


 大地は抉れ、森は焼けただれ、山の頂上は既に消し飛んでいる。

 拮抗的な激闘。

 消耗するだけの連続。


 唯それでも、引けない理由がある。


 そして、その拮抗に終止符が、孰れ訪れる。


   *


 幾度とも無い衝突の末、グロースは最後の衝突と同時に距離を開けた。


 グロースは、再度地上にて光の収束を始めたのだ。

 最早、何かを構うつもりは無いらしい。

 先程同様に、そして黒き稲妻は既に消耗しているのか、妖しい光のみを集結させていた。


 対し、コクトは一度息を吐く。

 そして、身体から振るい出すように幾つもの歯車を出現させる。

(乃ち、これが最後か)

 彼は一人、心の中である一つの決意を抱く。


 と言うのも、彼は既に限界が近かった。

 彼の目測では、本来『Deus ex māchinā』は体現させる物では無かった。イルシオンに付与させ、世界を維持する秩序の神として君臨させることを目論見としていた。それ故に、グロースとの決着は以前の状態で行うことが好ましかったのだ。

 だが、現在は、既に根本から変わっていた。

『Deus ex māchinā』の完成を待たず、そして、己が欲望のために、今此処で力を手にし戦っている。

 彼は、その意味を良く理解している。

 だからこそ、これが最後と言えたのだ。


 歯車は、槍先に結集し、その刃先にて光の線が歯車を貫く。

 まるで、リングのように、槍先から出た光は歯車を経て新たな強大な光の槍へと変貌する。


 コクトは片手で、真っ直ぐに構え、グロースを見据えた。


 そして、寸分の静寂が流れた。

 集中力が跳ね上がる。


 互いに獲物を捕らえる。

 真っ直ぐに、敵だけを見つめる。


 そして、火蓋は、切られた――。


 バンッッッッ!!

 ビュォォォォォォッッッ!!!!


 コクトは、槍を前に突き刺すように駆け出す。

 グロースは、光閃を躊躇いなく放つ。


 槍は、光閃を分断して弾いていた。

 ジュゴォォォォォォォォォォッ!!


 コクトの脚はその勢いに飲まれ掛けながらも、真っ直ぐと前に進む。

「……ッッ!?」

 力押し。

 そう、互いに力押しだ。

 コクトの槍がグロースを貫くか、グロースの光閃がコクトごと消し炭にするか。


 今、正に彼等にとっての最終決着を望む激突が行われていた。


「くっそ……ッッ!!」

 コクトの片腕が悲鳴を上げる。

(もう、体内のサンドスターがギリギリか……ッッ!!)

 徐々に、進んでいた脚が引き戻され掛ける。

 それでも彼は、踏み抜いた脚に、耐え抜かせようとする。

 諦めきれない。

 唯その一つだけの感情だけで、必死に喰らいつく。


 それでも、それであっても……矢張り限界という言葉は非情な現実を恐ろしくも痛々しく実感させてくる。


「まだ、まだだっ!!」

 気力だけだ。

 もう、それ以外に何も無い。


 だった。

 そうだった。

 筈だったんだ。


「……ぇ」

 ふと、背中に暖かい物を感じた。


 急に泣き出しそうな顔で、彼はした唇を噛み締める。


 その、暖かい懐かしさに、嬉しそうで、泣き出しそうな顔になってしまっていた。

『どうしたァ、そんな所でへこたれてんのかよ?』

 ――カイロ。


『諦めるには早過ぎまスヨ、コクトサン』

 ――セシル。


『そうよ。私の見込んだ男は、こんな所じゃ折れないのよ』

 ――レイコ。


『ふん。矢張り、手の掛かる子供だのぅ』

 ――ミタニ。


「……あぁ、言いたい放題言いやがって」

 苦しいはずなのに、嬉しかった。

 嬉しくて、その背中を押す手が優しくて、泣き出しそうだった。


 そして。

『兄さん』

 背中に、誰かが寄り添うような、暖かみもあった。

『――諦めないで』


「そうだな」

 眼に、光を取り戻す。

 また、足が一歩、また一歩。

 前に進む。


「そうだ。まだ……まだ俺は諦めてなんかいない!!」

 夢がある。

 ちっぽけで、それでも、彼なりに欲深な感情の精一杯の夢。

 その思いを、願いを、叶えるために――諦める訳には行かない。


 一歩。

 また一歩。

 気持ちを力に変え、歩き、走り出す。


 その光閃との衝突の最中、コクトは大きく目を見開き、敵を見据えた。

 そして、光閃を薙ぎ払うかのように槍先を振り回し、投げ飛ばされた光の斬撃によってグロースの光閃は掻き消された。


 パゴォォォォォンッッッッ!!

 ――Grrruutttt!?


 グロースは、押し込まれる力に、解き放った光閃が途切れてしまう。


 飛び散った光の粒子が辺りに飛び散り、目の前でそれを薙ぎ払い迫り来るコクトの姿が見えた。

 彼は、迷わず進む。


 だが、グロースの目に映ったのは、砕け散った槍だった。

 コクトの身体も、『Deus ex māchinā』の効果が切れたのか、元の少年に戻っている。


 それでも彼はグロースに向かって走り出している。

 少年の足で。


 ――GRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!


 これを好機と捉えたのか、グロースは牙を尖らせコクトに噛み付こうと飛び出す。

 牙を向け、照準を合わせ、牙を剥き出した。


 ――が。

 遅すぎた。

 そうだ。

 何故奴が、片腕だけで槍を持って突進したのかを今一度考え直すべきだった。


 一瞬、もう片方の腕が後ろにあることに気が付いた。

 そして、その背中から小さく光る鈍い色があることに気が付いた。


 気が付いただけで、もう、遅かった。


 最後の切り札は、常に隠される。

 そうだ。

 彼は、その人生の中で、最初の師に教え説かれた……彼の始まりを、そこに……ッ!


「――一刀流」

 接近したグロースに向けて、彼は小さく吐き捨てて、その足に最期の力を振り絞る。


 人の身で起こす、奇蹟の一刀。

 軌道線は、刹那の中で――綺麗な一閃を描いていた。


「――桜」

 刹那。

 全てを断つ一刀が、その全てを切り裂いた。

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