第一八節 V.S.『自分自身』Select_Menu.
「……、よりによって話す場所は此処なのか」
「ええ、と言うより、まあ私の依り代の希望ですねー」
コクトは
彼等が居たのはジャパリパーク旧事務所、コンテナだ。
その中はコクトが整理する前の……所謂、まだプロジェクトが開始して間もない時の風景だった。
中には誰もいない。
それこそ、好都合であれ悪都合であれ、コクトの席は無かった。
「いやー、しかし、此処まで完璧にセッティングされますと、驚きますねー」
「どういう事だ?」
「この世界ですよ。いや、正確には心象風景、死んだ人間が地獄とか天国とかでは無く別世界に行くなんて、程々あり得ませんしねー」
「心象風景……これがか?」
「もっと正確に言えば、思い入れが強すぎて、無意識に形成された貴方の風景。所謂、罪の意識に囚われすぎて無意識に自分と誰かを切り離して幸せになったんじゃないかって言う理想から産まれた風景ですね。ま、貴方の意識的な部分がそれを望んでなかったというか、見たくなかったというか、変な所で相反してますからね、貴方の心は」
「……でも、間違いでも無いだろ」
「そうかも知れませんねー。此処まで完璧な世界で無くても、もしかしたら良い世界にもなってたかも知れない。でもそれって結局確率的な話になりません?」
「……、」
彼は黙り込む。
もはや、この場に来て言う事など何も無いのだ。
この景色が変わらないのが良い証拠だ。
心象風景と言うなれば、己の考え方一つで世界を変えられる。言ってしまえば想像の世界だからこそ、自由自在に本来は変えられる。だが、それが変わらないのは、終わってしまった事と、そうである事が一番だという無意識な脅迫概念が彼を押し潰してしまっているのだろう。
「もー、黙り込んだら私の一人談義じゃ無いですかー。折角こんな再会が出来たんですからー楽しみましょうよー」
「……、」
「黙りですかぁ……そういうの善くないと思いますよ~。まるで会社ではいとかすみませんとかを言うだけの無機質な機械化されても困るんですけどー。妹さんが泣いちゃいますよー」
「……、」
「むー……」
コクトは、やり場の無くなった感情が消えていた。
もう、何も無いこの世界で何を思えば良いのかも解らない。
死んでいるという現実だけが、より一層彼を追い詰めていた。
「ぶーぶー、研究者なら研究者らしく詳しく聞いてきたりしないんですかー?」
「……今更、どうにもならないだろ」
「あ、喋った……コホンッ。そうですかね? 案外どうにかなるかも知れませんよ?」
「どうにもならないよ。それこそ、君が一番解ってるだろ?」
「んー、確かにそうですけど、そういう観点で話したい訳ではないんですよね」
「……は?」
コクトは、首を傾げた。
櫻の姿を使ったサンドスターの中核思念体は、コクトの顔を覗きニヒヒーッと笑ってみせる。
「そもそも、この終わった世界でーとか、死んでしまったからーとか、多分根本的に違うと思うのですよ」
「……つまり?」
「だって、そうじゃないですか。貴方は今までの道を自分で否定して、努力も無駄にするんですか? そうなったとは言え、もし別の世界でこの子は救われているー、とかいう現実逃避して何か楽しいんですか?」
「……、」
「それこそ、今まで自分の頑張ってきて、色んな人と頑張ってきて、汗と涙を詰め込んで作り上げてきた物を、空からチャラーっとやってきた神様に全部壊されて、それだけですか?」
「どういう事だ?」
「だーかーらー、そもそも、貴方が誰かを否定してしまうこと自体が間違いなんですよ」
「……、」
コクト黙したままだ。
きっと、彼はいつもの彼であれば解答は解る。
でも、それも今の彼であると、そこに至るには難しい。
それでも。
「だって、貴方の同僚の方々が知恵と技術を絞り出して一緒に歩んできてくれたんでしょう? その結果、このジャパリパークという世界を作り上げて、そしてその努力で人とフレンズとの融和を成し遂げたではないですか。なのに、今更そうしなければ善かったなんて、都合が良すぎませんか? 今まで頑張ってきた人たちの努力を、水の泡にしてまで手に入れたい幸せがあったんですか?」
下唇を噛み締める。
そうだ。
そうだとも。
誰よりも、彼奴らの努力を知っているのは彼だ。
だが、それよりも、彼女は根本的な話を切り出す。
「というか、何で貴方は自分の優先順位をいつも下にするんですか?」
「……は?」
思い掛けない質問だった。
そんなこと、考えた事無かった。
「それは……、俺が彼奴らの人生を滅茶苦茶にしてしまったんだ。当たり前だ。なんで俺の人生を棚上げしなきゃ行けないんだ」
「それこそ、間違いじゃないですか」
「何でだよ……だって、俺は……」
「根本的に間違ってるんですよ。貴方が誰かを幸せにしたいと思うなら、貴方のことを幸せにしたいって思う人が居る筈なんですよ」
「……は?」
情けない声だった。
今にも泣きそうな、震えた声でコクトは返す。
「貴方が誰かに優しくして、そして、その誰かが貴方に協力する。それって、探究心だからとか見返りだからとかじゃなくて、根本的に幸せになって欲しいって言う善意があって貴方の周りに人が集まってることもあるんですよ? それこそ、研究員達だって別に幸せになって欲しくない人にこんなに尽力する訳無いじゃ無いですか。手を貸す訳無いじゃ無いですか」
考えた事も無かった。
当たり前のようにその選択肢を切り捨てて、誰かのためだけに生きてきた。自分が罪人だからって、幸せになっちゃ行けないからって、そう思い込ませて進んできた。
「……だったら」
弱々しく、彼は言った。
「だったら、俺は……どうすれば良かったんだよ」
コクトは、震えた声で、弱々しく零していた。
そんな彼を見て、彼女は――櫻は――優しく返した。
「兄さまの、本当にやりたかった事って、何なんですか?」
*
解答は、きっと……。
子供のような言葉だった。
*
「俺は……、当たり前の、普通の人生を歩みたかった。あんな大企業の王様のような席に何て、座りたいなんか思わなかったさ。だって、誰かがやらなきゃ行けないってなって、自分がやるしか無いんだって思ったんだ。でも、そんな事したいなんて思った事無かった。普通で良かったんだよ。普通に生きて、普通に家族と平和な中で笑ってて。別に大きな物を背負い込んで生きたくなかった。別に所長じゃ無くて、普通の研究員になって、フレンズを遠くから見つめて微笑んでるだけの平社員でも良かったよ!! それこそ戦いたくなんて無かった!! 誰かのために命を投げ捨てて戦うなんて馬鹿げてるさ!! でも、誰かが泣いてるのは嫌だったんだ!! 自分でも馬鹿みたいだよ!! でも……、それでも、だかに近くに居て欲しかったんだ。一人が怖かった。誰かが隣に居てくれるだけで嬉しかった。そんな当たり前の、平穏な日常の中で生きていたかった。なのに、それはいけない事なのかよっっ!! 世界も、皆も馬鹿げてるさ!! 命なんて一個しか無いんだぞ!! もっと大切にして生きていれば、戦争なんて起きなかったはずだ!! 話し合えば、争いなんて起きなかったはずだ!! 綺麗事でも、そんな世界を求めて何が悪いんだよ!! 汚い生き方なんてしたくなかった!! 豪華で無くても良い、唯当たり前な生きていける生活が欲しかった……。そんな事言ったら、ミタニとか、セシルとか、レイコとか、カイロとか、櫻もだ。あんな戦いに身を投じるような生き方なんてせずに、和気藹々と過ごして、フレンズと偶に遊んで、頭の痛くなる仕事なんて上司に放り投げて、パークでフレンズと触れ合っていたかったよ。なのに、逃げられなくなって……逃げ場所が無くなってて、大切な人が消えていって、無くしたくないと思って頑張ったのに、色んな物に裏切られて……、こんなの馬鹿げてる!! 何で俺ばっかりこんな苦しい目に遭わなきゃいけないんだよ!! こんな生き方なんて最初っから真っ平御免だったさ!! 誰かと明日を笑っていられるような生活だけが欲しかったんだ!! でも、色んな人が傷ついてて、色んな人が泣いてて……。助けたくて、何とか取り憑く取った言葉で明日に希望を持って貰って。そうやって、ギリギリで頑張ってきたさ。もうこれ以上は不幸がないようにって祈ってたさ!! なのに、今度は何だよ!! 未知の生命体!? 宇宙からの侵略者!? そんなの知りたくなかったさ!! そんな物来て欲しくなかった!! 居て欲しくなかったさ!! でも、綺麗事で済まされないで、色んな悪が色んな所から湧き出してきて……どんどん苦しくなって、やらなくちゃって自分を追い詰めてきたよ。それこそ、俺はまだ子供だったんだぞ!! 何で戦争なんか行かなきゃならないんだよ!! 何で産まれて直ぐ捨てられなきゃいけなかったんだ!! 医者なんてやりたくなかった!! そんなことになるなら、もっと別の方法が!! 櫻が救われて良い方法だって合ったはずだ!! なのに、全部背負い込まされて、全部任されて、子供のままでいられなくなってて……。別に青春を謳歌したいなんて思ってないさ。其処まで高望みなんてしてない。けど、だけどさ、普通の人生って、送っちゃダメだったのか? 当たり前のように生きて、当たり前のように登校して、俺の歳だったらもっとマシな生き方をしてる人間だって居たはずさ。そうさ、こんな生き方してるような奴世界中を探しても居ないはずさ。……別に、褒められたい訳じゃ無い。でも、でもさ、普通に生きてちゃダメだったのか? 別に不便なんて少し合っても良いさ!! そんな事言ったら、ミタニもレイコもセシルもカイロも、彼奴らと笑い合って、仕事して、その辛さを分ち合ってまた笑えたら嬉しかったさ!! でも、普通な生活を求めてたらこんな出会い出来なかったさ!! そうさ、嬉しかったよ!! 彼奴らと会えて嬉しかった!! 櫻と会えて嬉しかった!! 先生と会って嬉しかった!! どんなことを願っても、あの出会いだけは、あの数々の出会いだけは嘘じゃ無かったさ!! なんだったら、もっと別の方法が在った筈なんだ!! ……何でだよ。何でこんな重いもの背負って生きていかなきゃならなかったんだよ!! 嫌だったよ!! 嫌だったさ!! でも、そうしなきゃ何も変えられなかった!! そうしなきゃ何もかも終わってたさ!! だったらこんな子供みたいな奴に世界の命運なんて託さないでくれよ!! そんなもん来ないでくれって今言いたいさ!! でも、どうしようも無かった!! 気が付いてみればもう決まってたさ!! ……もう、自分が何を言いたいのかも解らないよ。でも、こんな人生じゃ無くても良かったはずだ。アイツは、俺達の積み上げてきた物を横から全部掻っ攫ってった。そんなの、あんな力に、どうすれば良かったんだよ。あんな力と戦うくらいなら、こんな重いもの背負うくらいだったら!! もっとマシな生き方の中で、彼奴らとも、お前とも別の形で会って、こんな汚れも痛みも無い場所で、唯笑ってるだけで良かった!! それだけだよ……。本当に、欲しかったんだよ。別に不便でも良い、でも、誰かと、普通に笑ってられる、そんな当たり前の物が欲しかったんだ。俺は、誰かにそばに居て欲しかった。一人にしないで欲しかった。そうすれば、きっと、話せた筈なんだ。苦しいことも、辛いことも。切り捨てるんじゃ無かったって後悔してるよ。でも、それでも、本当に一番に欲しかったのは、物でも……高価なダイヤとか、高級料理とか何かじゃ無くて……横に居てくれる誰か。そうさ、こんな生き方をしてきたけど、今も、本当に欲しいと思ってるよ。でも、そうも言ってられない。あっちじゃ、他の誰かの隣に居てくれる人たちまで消えてしまう。そんなの嫌さ。そんなの嫌に決まってる!! だったら、だったらさ……、せめて、明日出会う誰かとか……もう、さ。独りは、嫌だよ……。独りで生きていくなんて、辛くて、苦しくて、誰も頼れなくて、自分しか居なくて……。そんなの嫌だよ。あの世界が無くなったら、誰もいなくなるんだろ? ……嫌だよ。帰りたい。俺は、壊れていない、あの世界に帰りたい。失った物はあるけど、辛い物もあるけど、やっぱ、それでも、一緒に頑張ってきてくれた仲間達との結晶なんだ。そして、それ以上に、今生きてる誰かに会いに行きたいんだ。一人になる世界なんて、誰もいなくなる世界なんて……。俺は、嫌だ。帰りたい。傲慢と言われても、欲張りと言われても構わない……でも、それでも。誰かに会いたいんだ。独りで、こんな苦しい世界の中で生きてるなんて嫌だ。会いに行きたいんだ……俺は、あの場所に帰りたい……」
*
「そうですか……」
櫻は、コクトの頭を優しく撫でていた。
思念体かも知れない、でも、彼女でもある。
ただ、そんなこと関係なかった。
彼は、帰りたい。
会いたい。
ただ、本当にそれだけだった。
小さな少年の、ちっぽけな願い。
その言葉を聞き届けた少女は、優しく彼を撫でながらに、言った。
「なら、取り戻しに行きましょう」
「……無茶だ。もう死んでいるんだぞ? 今更何が出来る」
涙をこぼしていた。
どれだけ叫んでも、何かが変わる訳じゃ無い。
でも。
彼女は、そんな現実を振り切って、言っていた。
「諦めるには、まだ早いんじゃ無いと思うのですよ。だって、そう決心したんでしょ。だったらもう、死んだも生きたも関係ないじゃないですか」
「あるさ。何も、何もできない」
「でも、此処で投げ捨てるの?」
「そんなの出来る訳無い……嫌だ。それだけは嫌なんだ」
「……だったら」
彼女は、彼が立ち上がれるように、腕を引く。
成されるがままに、立ち上がるコクト。
彼女は、優しい笑顔のままに言っていた。
「何かが、変わるかも知れない。解りきった世界でも、変えようとすることは、間違いじゃ無い。だから……」
いつの間にか、忘れていた。
絶対的な条件下でも、何かを覆そうと初めて来たのは、いつもこの場所からだった。
何かが変わるかも知れない。
ただ、本当にそれだけしか無い。
でも、それでも、少年は迷い無く信じていた。
繋がれた彼女の手を放し、彼は進み出す。
色んな物を失ってきた。
でも、彼等の努力を無駄なままに出来ない。
だからこそ、コクトは歩み出した。
そうだ。
いつも、此処から始まった。
この扉を開けて、色んな場所へ走り回った。
なら、それなら。
「決着を付けてくる」
ドアの開閉の音が、簡素に響き渡った。
*
「行っちゃいましたか」
櫻の肉体を使った思念体は、彼を最後まで、その背中を見守っていた。
「本当に、世話が焼ける人ですね」
小さく息を吐き捨てる。
それでも、彼女は最期までその扉を見続けて、そして、思っていた。
「『帰りたい』……ですか。初めて、あの人の弱い所を見たような気がします」
切なそうな、哀しそうでもあって、それでも、最愛の兄を見届ける。
そして彼女は、薄らと光の粒子となり消えながらに、今は閉じた扉の先に、語りかけていた。
「これで、さよならなんて言いませんよ」
切なる、小さな願いを込めて、少女は……過ぎ去っていった扉の向こうに向かって言っていた。
「兄さん、行ってらっしゃい」
*
理由の無い悲劇を与え続ける世界を相手にして、それでも汝は挑むのか?
▽Continue.
▽Exit.
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