第五節 終末へのカウントダウン The_Final_Trial.
突如。
サイレンが鳴り響いた。
鼓膜を張り裂こうとする警告音が、ジャパリパーク中に、けたたましく鳴り響く。
和やかに談笑していたフレンズ達も、異常なまでの危機感を知らせる音に、半ば身を振るわせて耳を傾けた。
ウゥーーーーン!! ウゥーーーーン!!
「何だ何だ?」
「何かあったのかしら?」
「この音……嫌い」
「良い雰囲気……では無さそうだね」
辺りのフレンズもその不穏な音に、本能的な警戒が働いたのか、ざわざわと響めく。
『緊急事態発生!! 緊急事態発生!!』
そして……。
『パーク・セントラルに向けてセルリアンが進行中! パーク・セントラルに向けてセルリアンが進行中! 数は不定!! だが、目測は万を超える模様!! 臨戦可能なフレンズは即座にセントラルの境にて防衛を求む!! 繰り返す……!!』
悲劇の鐘は……打ち鳴らされた。
*
「動員までの時間は!?」
「セントラル境界までの到達完了まで一時間弱です!!」
「セルリアンの進行状況を含めたセントラル到達時間は!?」
「先鋒の到着は四五分後、予測では先鋒同士の戦いが発生します!」
慌ただしく情報が入り乱れる司令室。
コクトはその中で席に座しジッとモニター群を見つめていた。
顎元に手を当てて、頭を巡らせる。その戦況、状況、情報、それらの統合と精密な整理。更に其処から導き出される予測系統。その全てに意識を張り巡らせる。
(敵は無感情の侵攻軍。それこそ、奴等は感情が無い故に攻撃の手を休める事も無ければ疲れる事も無い。対し此方側は士気こそ上げれば強いが、状態としては未だ上がらないフレンズも多い。数をかき集めたものの、士気はかなり少ない。それこそ、好戦的なフレンズはともかく、突然の事に戸惑うフレンズも少なくないはずだ。意志だ……強い意志が足りない。それも、前線に出て戦えるフレンズが、その情緒によって萎縮する事は穴を開ける事と変わらない。前線の力、中部の支援、後方の司令。個々の力を機能させなければ、この戦いの打破は難しいだろう)
「――先ずは、意志か」
小さく、ポツリッと吐き捨てた。
セントラル側の士気は、突然の出来事に対し困惑を隠せないフレンズが多い。モニターを通してもその戸惑いは手に取るように解る。ザッと見渡すだけでも要所要所で足りない物も見えてくる。
(なら、それなら……)
大きく溜息を吐き捨てるコクト。
元より覚悟は決まっている。
なら、その意志を明確に為るしか無いのだ。
「……、」
*
セントラルでは、戸惑うフレンズが数多居た。
逃げ惑うフレンズに、ガイドが落ち着かせようと大声を上げる。好戦的なフレンズは既に前線に移動しているようだが、七割以上が未だセントラルに留まっていた。
「ど、どうすれば良いんですか~~?!」
「落ち着いて下さい!!」
絶望的な報告に、困惑と葛藤が入り交じる。この状況において、正常な判断ができる者が居ようとも、それを聞き入れる状態では無い。
そして、その絶望的な状況を煽ってしまう事だって、飛び交いかねないのだ。
……神獣。ジャパリパーク南方守護者。
スザク。
彼女は神獣の集いのまで、パーク・セントラルの外側に目を向けていた。建造物が遮蔽となって見えないはずの先を見るかのように、その目は確かに何かを捉えているようにも見える。
神獣も然り、神様という者は神通力による人間や獣を逸脱した力を持つ故にできる芸当なのだろう。
だからこそ、彼女は圧巻した。
「……何じゃ」
大きく目を見開いていた。
彼女にとっても、それは過去の歴史、神獣の中での正史でも、こんな物は見た事が無い。
「……何なんじゃ!! あの数は!!」
「どうした、スザク」
周りを気にしていたゲンブが、彼女の同様の声に振り返り、更に彼女も神通力によってその先を見据えた。
同じ反応だった。
見据えた場所に広がっていた光景は、木々を蹂躙し、建造物を意図も簡単に踏み潰し、軍隊の行進のように隊列を組んだセルリアンの行進。横に広がる隊列の延長線に終わりは無く、まるで横に無限に広がる壁が押し寄せるような逃げ場の無い絶望だけが彼女達には見えていた。
「……おかしすぎる、こんな事が、奴等に可能なのか……ッ」
「……ッ!! スザク!! 其方は他に周り神獣や妖怪達に救援を要請せよ!」
「――ッッ、合い解った!!」
真っ赤な羽を開き、羽ばたき飛ぶスザク。
バサァッ!! と広がる羽こそ圧巻だが、そんな物と豪語してしまう程に、彼女達にとっても最悪の状況だった。
残されたゲンブも駆け出し、前線へと向かい出す。
(セルリアンがこのような組織的な動きをするなど、前例には無い! それに、先の見えぬあの数。奴等は我々神獣をも喰らいに来る気か? ……、待て?)
駆け出していたゲンブの足が止まる。
ふと、彼女は振り返り、セントラルに集まるフレンズを一望した。
其処には目測で解る程に、パーク全土のフレンズの殆どが集まっている。その理由は自分たちにも同じで、己が惹かれるある噂を耳にしたからだ。
だが、その様な動きは一つも無く、そしてこの事態が起こった。
(……あの噂の主は誰だった? なぜ、此処までのフレンズを態々この瞬間に集わせた? ……、首謀者がいる? この事件が起きると知っていた何者かが、居るのか?)
疑念が膨らむ。
だが。
(今は行かねば……今は、多くの民を守らねば!!)
疑問を振り切り、そして駆け出した。
胸の中で燻る考えを必死に押さえつけ、守護者としての行いを果たすために。
*
同時刻、セントラル中心地。
「皆さん!! 落ち着いて下さい!!」
オイナリサマは、多くのフレンズに声を掛けていた。
其処にサーバルやギンギツネも加わって声を掛けているが、それでも誰一人として聞く耳を持つフレンズが居ない。
動揺によってまともな状態じゃ無い彼女達は、どんな存在が相手でもその恐怖感が勝ってしまい、当たり前の反応さえ出来なくなっていた。
「どうしよう、オイナリサマ!! 皆慌ててて聞いてくれないよ!!」
「サーバル、諦めちゃ駄目よ!! とにかく諦めずに声を掛けて落ち着かせるの!」
「ギンギツネの言う通りです。今はとにかく皆様を冷静に落ち着かせ無ければなりません」
「そ、そうだね!! 皆! 焦らないで落ちつい……キャッ!!」
ドンッと、動揺し駆け走るフレンズに衝突するサーバル。尻餅をつき痛たっと腰を抑えた。
「サーバル!?」
「だ、大丈夫だから!!」
「そ、そう?」
サーバルの言葉に、ギンギツネは心配そうに納得する。
その光景をオイナリサマも見つめ、更に周りを見渡す。
(この状況ではいけません。とにかく、皆様を落ち着かせなければいけないというのに、動揺の余り声が届かない!! ……、どうすれば)
安心できず、混沌とした感情を抱えたフレンズ達。
これ以上刺激せず、心を抑えられれば苦労はしない。
神通力で直接話すにも、興奮状態の彼女達の心に声が届くとも考えられない。
焦りは増し、これ以上の混乱が無いよう願う中。
容赦の無い一撃が、その恐怖を駆り立てた。
ドゴォォォォォンッッ!!!!
突然の爆音。
セントラルの建設地の一つが、音を立てて崩壊していた。
誰もが目を其方へと向ける。
其処には、自分たちの二、三倍はある大きな岩が何処からか落ちてきていたのだ。
「……まさ、か?」
苦悶に歪めた感情の中で、オイナリサマは上空を見据える。
其処には。
空を飛ぶ大型セルリアンが、大岩を抱えて飛んでいた。
「く、空襲です!! 皆さん今すぐに離れて下さいっっっ!!!!」
直ぐさまオイナリサマは叫んた。
混乱した中でも危機を察したフレンズ達は逃げ惑う。
だが、それでも容赦の無い落石は、セントラルに降り注ぎ始める。
ドゴォォッ!! ドゴォドゴォォォォォンッッッ!!!!!!
次々と、大岩が落とされる。
パークの象徴や、楽しかった遊園施設が意図も簡単に粉々にされていく。
「そんな……」
言葉が失われていく。
誰もが、戸惑い怯える事さえ出来なく、縛り付けられるような硬直が襲う。
竦んだ足、震える唇。
目の前に広がる、夢と希望の残骸。
「……ッッ!!」
そんな絶望下の中で、オイナリサマの目線はある場所を向いていた。
「ギ、ギンギツネ!!」
彼女は一人、空襲の真下に取り残されていた。
瞼に涙を浮かべ、声さえ出なくなり、小さく開いた唇が震えている。
「ギンギツネ!! 逃げなさい!! ギンギツネ!!!!」
「皆で、遊んだ……いっぱい、喋った、場所……コクトの、思い出が……皆の、場所……」
震える口から、力の無い言葉が漏れ出す。
頬を伝う涙は、轟音にかき消されながらも地面に落ちた。
その地面さえ、大岩に抉られ、娯楽施設は炎の海の中に埋もれる。柔らかな曲線を描いていたはずの設計物も、今は鋭利な瓦礫へと変貌していた。
楽園とも呼ばれ、フレンズ達の憩いの場は、意図も簡単に叩き潰され、踏み潰され、笑いと笑みの溢れた世界は今、絶望と嘆きの声で溢れかえる。
炎々業火は、赤と黒の二色で塗り替えた。
「ギンギツネ!! ギンギツネ!!!!」
オイナリサマは駆け出していた。
その手を伸ばし、彼女へと駆けて行く。
その上空からは、とてつもない程の大きい岩が既に投下されていた。
勢いを増して落下する岩は、希望を断ち切ろうと、迫り。
そして……。
……だが。
「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
グォォォンッッッ!!!!!!
劫火の竜巻が、岩を射線から遠ざけた。
「アレは……」
オイナリサマは上空を見た。
其処には一人、スザクがパークの空中を飛び交い岩を悉くに吹き飛ばし、単身で上空に蔓延り始めたセルリアンを一掃していたのだ。
「まだまだじゃぁぁぁっ!!!!」
上空は炎の帯が夥しく広がり、多くの飛行型セルリアンを巻き込み飲み込んで行く。
「助かった……、はッ!? ギンギツネ!!」
放心状態で、彼女は立っていた。
唯々遠くを見て、彼女は頬を介してポロポロッと涙を流し続けていた。
ギンギツネに駆け寄ったオイナリサマは、彼女の手を掴む。
「ギンギツネ、逃げるのよ!!」
「オイ、ナリサマ……?」
「何をしてるの、早く――」
「ねぇ、オイナリサマ……知って、ますか? この場所は、皆で……笑ってた、思い出の場所……なんですよ。キタキツネと、よく……研究所に遊びに行って……、コクトさんや……カコさんに、研究を教えて貰って……いっぱい、楽しい事があって……」
彼女がオイナリサマに向けた眼は、霞んでいた。
今にも微かな光が消えそうなか細い火だけが、風に揺られ今にも消えそうな光が其処に在った。
溢れる涙が止まらない。
全てが壊され、全てが無くなって行く。
空を見上げれば、たった一人の神獣が縦横無尽に来るセルリアンに対し一人奮闘し続けている。きっと前線では、多くのフレンズが傷つきながら戦っている。
でも、それでも。
「私、どうすれば良いですか?」
「……ッッ!?」
覆せる未来が、見えなかった。
*
司令室で、白衣を着た一人の男が呟いた。
「……回線を開け」
*
前線は劣勢だ。
セントラルは、スザクの応戦虚しく数の有利で破壊され続ける。
数々の負傷者を出し、泣き叫び出すフレンズも居る。
その場に崩れるガイドもいれば、呆然と立ち尽くすフレンズも居た。
「……っ」
オイナリサマは、答えを出せないでいた。
彼女に、なんと声を掛ければ良いのだろうか?
戦えとでも言えば良いのか?
だが、それは余りにも無慈悲すぎる。
希望を与えたい。
神様として、何か無いかと……。
だが、神様も時として人に近い感情を持つ。
絶望的な状況に、迷う。
だが、そんな状況下で、彼女達の足下に崩れ落ちたパーク内放送用のスピーカーから、ノイズ音が走った。
それは、パーク全土でノイズが観測され、そして、その先からある声が飛び出してきた。
*
どことなく青年のような低い声が、スピーカーの奥から響き渡る。
『パーク全土の諸君。ジャパリパーク所長、銀蓮黒斗だ。きっと、各地では損害が続き、その光景に胸を痛めている者が多いだろう』
映像からも、現地からも、その痛みは共通して痛感していた。その猛威に対して、何も出来ない無力を、厳しさと共に叩き付けられるような、心の痛みがチクリッと刺さった。
『私も同じだ。多くの場所で、築き上げてきた思い出が壊れ、何も出来ない無力さを実感している。研究員が、社員が、ガイドが……俺も同じだ。何も出来ない。その、辛さを此所に来て、身に染みて実感している』
無力。無情。その全てに対して、その悪意に対して、独りの力がどれ程に無力化を思い知らされる。ただ、それでも、そこに何も無い訳では無いのだ。
『……だが、壊れてしまった物は、また作り直せば良い。失った物が有るのなら、また探せば良い。建物など、いつでも直せる。思い出など、我々が生きていればまた作れる。だが、思い出を作る場所が、俺達の居場所が無くなってしまえば、楽しみも、笑いも、やりたい事も、したい事も、出来なかった事も、結局何も出来なくなってしまう』
声が上がる。まだ機会はある。希望だって、零じゃ無い。今ある物が残っているなら、何も終わってはいないのだ。
『このパークは、生命線だ。研究者がフレンズにとってより良い場所を考え、人々が触れ合い笑い合い、ガイドがその面白さを寄り深く広め、職員達が血と汗と涙でその楽しい場所を作り出す。誰一人、欠けてはいけない。そしてこの場所は失ってはいけない場所だ』
だからこそ、問わなくてはならない。
『だから、今日、この日。君たちに問いたい』
その痛みを感じ、その光景を映し、その悲惨な絶望の中で、本当に全てが終わりなのかと。
『無力な俺達人間は、唯一彼等に対抗できる君たちに何かを願う事はしない。その行動に、私たちは咎める事もしない。だから、君たちの胸の中にある感情に、心に、聞いて欲しい』
だからこそ。
『今、我々は、何を選択するべきかを……』
『僕らは今日この日、このパークに住む君たちと共に、生き物の、獣の強さを――試したいと思う』
*
死者/?名。
負傷者/?名。
前線/劣勢。
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