第六節 彼等の解答 Come_Back.

 司令室の司令席で、コクトはマイクを切った。

「……そんな演説で、良かったんですか?」

 研究員の一人が、疑問を投げかける。


 ただ、その言葉にコクトは静かに吐き捨てた。

「良いんだ、此れで。今、何を為べきか、その答えは元より彼女達の中にある」


 ただ、その言葉だけだった。

 明確な回答はなかった。


「……医療機関へ繋げられるか?」

 彼等の考えを遮るように、コクトは吐き出した。一人の通信手がシステムを弄り込み、何処かへ応答したかと思うと、司令席へ通信を移した。


   *


 問いかけられた。

 全てのフレンズに、誰一人例外なく。


 言葉を、問いかけられた。

『生き物の、獣の強さを――』


 焚き付けるでもない。

 励まし、立ち向かうのではない。


 選ばせたのだ。


「……、」

 ギンギツネは、立ち尽くしながらにその言葉を聞いていた。


「……コクト」

 カラカルは、スピーカーに目線を落として耳を傾けていた。


「……っ」

 サーバルは、下唇を噛み締めてた。


「…………、」

 パーク中のフレンズが、職員が、誰もが耳を傾けていた。


 その瞬間。

 静寂が起こっていただろう。


 例え、どれだけのセルリアンの攻撃があろうとも、誰だけの悲惨な光景を目の当たりにしていようとも。


 否。

 だからこそ、コクトの言葉は、誰もが耳を傾けていた。


「今、やるべき事……」

 ギンギツネは、小さく呟く。

 自分に何が出来るのかと、自分の力で何が成せるのかと?


 いや、違う。

 周りを見る。

 彼女は、同じ絶望の中に立つ友を見渡す。


 例え、独りの力は何も出来ない。

 だが、独りじゃない。

 今この場に居る誰もが、自分の限界まで力を発揮したのなら、その全てをぶつける気持ちで戦ったのなら。


 誰かが歴史を変えるのではない。

 自分が、その歴史を変えると思わなければ、何も成せず、何も動かない。


 それは……過去の功労者達が教えてくれた。


「……っ」

 ほんの一瞬のような、その静寂が追えた時、誰もが言葉に出さず動き出した。

 陸のフレンズは走り出した。

 空のフレンズは飛び上がった。

 悪条件だろうが、そんなもの、知った事ではない。

「オイナリサマ!!」

「えっ!? は、はい?」

「一緒に、パークのために戦って頂けませんか!!」

「……っ?!」

 ギンギツネは、頭を下げながらにオイナリサマに投げかけた。

 彼女の心からの願い。だが、願いでありながら、唯それでも意図が違い、そして、前進するための言葉だ。

「……ギン、任せて下さい。私たちも、全力で力をお貸ししますから」

「……ッッ!! あ、有り難うございます!! 私は研究品から使えそうなものを持ち出してきます!!」

 彼女は走り出した。

 今は小さな数でも、無いよりはマシだ。自分の力を今以上に引き出し貢献し、そして繋ぎ止める為の物を、惜しむ事無く使う他、この状況を切り抜ける方法は無い。


 そうだ。

(……真逆「力を貸して欲しい」では無く「一緒に戦って欲しい」ですか……。頼るでは無く、共にする。我々神々が此所に集っている状況でも、己に出来る事から目を反らさない)


 人とは違うのだろう。

 だが、それでも、そこに例外は無かった。

 誰もが、足を止めなかった。それだけ、自分の出来る事という個人の概念を忘れず、目を反らず、進もうとしている。

 ただ、その全てを見通して解る事は、ただ一つ。

 だれもが、神様でも無く、獣でも無く、唯一人の青年の言葉によって突き動かされた。


(……コクト、此れが、貴方の目指したものですか?)


   *


 同時刻。

 中央管理センター。


「カコ、もう動けるか?」

『はい、ご迷惑をおかけしました』

「なら良い。君にはこれから医療機関で負傷者達の救護を頼む。前線で戦っているフレンズ達が続々と入ってくるだろう。出来るな?」

『……はい』

 どこか、通信機から聞こえる彼女の声は、もどかしい。

 まるで何かを言いたげな子供のような、喉に突っかかったものが取れないような、そんなもどかしさがあった。


「カコ」

『は、はい!! すみません! 今から取りかかり――』

「聞きたい事は解る。君の調べていたものは見せて貰った……」

『……!?』

「……だが、孰れは言うつもりだった。だから、その話は全てが終わった後でも良いか?」

 通信機との間で、空白が流れる。

 ただ、数秒の間の後に、返答があった。


『解りました。ただし、誤魔化さないで下さいね?』

「解ってる。では……、カコ。私も全ての行程を終えた後に合流する。重傷者を優先に治療を行ってくれ」

『了解しました!!』


 ガチャン。

 其処までで彼等の会話は終わった。


(全てが終わった後で……か)

 小さく息を吐き、口角を一瞬だけ曲げる。


「戦況は!!」

「現在セントラル中のフレンズが前線、及び制空権の奪取に向かっています! どちらも劣勢で、全てのフレンズが前線に集結したとしても数では圧倒的に不利な状況です!!」

「通信担当のガイドに繋げ!! パークセントラルに連結する橋や連絡路を全て壊し、成る可く戦線を凝縮しろ!! 我々は此れより防衛戦を主体に動く!!」

「了解!!」

「医療機関はフレンズと職員の治療に注ぎ、ガイドは中衛にて通信役として継続! 他業務・メンテナンス部門は十名程の連帯でセントラルで救助活動を行え!! リーダーは無線機を常備! 他職員は支援物資を前線まで運ぶ事に専念せよ!!」


 慌ただしく職員が動き、通信機を介して全職員に指示する。

 電子音と職員達の言葉が入り乱れる司令室で、コクトは戦況を映す監視モニターを見据える。


(とは言うものの、全力を出し尽くした所で分が悪い。体力の限界も無く、数でも圧倒的に勝るセルリアンを相手に何処まで持ちこたえられる? ……、どうせ計画された作戦など使い物にはならないだろうが……勝機があるとすれば……)


 深呼吸を一回。


 そして……。


「後、少しだ……」


 彼は小さく呟いた。


   *


 前線。

 フレンズとセルリアンは、セントラルの境にて現在も尚激しい攻防が繰り広げられていた。


 突進してくるセルリアンに対してフレンズ達は受け流しつつも確実に一体一体減らしていく。更には神獣の加護や力もあり、彼女達では紡ぎきれない穴を埋めてくれる。防衛戦術としては形とはなってはいたが、それでも休む暇の無いセルリアンの攻撃に、負傷者は少なからず出ていた。

「前線で怪我を負ったものは一度下がれ!! 血の気の多い者は前へ出ろ!!」

 ゲンブの声が前線に響き渡る。

 彼女からは輝きが漏れ出し、サンドスターの力を防御のために十二分に発揮していた。


「ふぉりゃぁぁぁーーー!!!!」

 バゴォォォンッッ!!

 対し、向かい来るセルリアンを、バッタバッタと跳ね返す猛者が数名。

 ビャッコ、バーバリライオン、ケープライオン。

 他の主線力も各個の戦場にて前線でセルリアンを抑え、セントラルの護りに尽力していた。


「全く……休む暇も無いな……ッ」

 ビャッコとはまた違った毛並みを持つホワイトタイガーが、別の戦場にて前線に立っていた。

 睨んだ先に居るセルリアンの数は、考えるだけでも頭が痛くなってしまいかねない。


「ハッハッハ!! 儂に敵うなど不遜甚だしいなぁ!!」

「五月蠅いわねぇ……もう少し静かに出来ないの? 酒盛り狸」

「何じゃとぉ化け狐!!」


 ある戦場では二大妖怪が前線にて君臨している。

 後方では数匹の戦闘に参加できないフレンズが、半ばその姿に呆れを感じながら見つめていた。

 ただ……。


(お二方とも、そこそこ息が上がってますね……強気、では無いと良いのですが)

 例えどれだけ強くとも、暴力的な数の前では疲弊はある。

 この防衛戦が何処まで続けられるのか、ローテーションを重ねて、何処まで保てるか……そんな物に見当は付かない。


 ただ、ある一つの事だけは、確かに言える。

(この状況……一つでも穴が開いてしまえば、我々は崖っぷちに立たされる事になりますね……気が抜けません……)


   *


 そして、ある戦場では。

「みゃみゃみゃみゃみゃみゃーーー!!!!」

 パッカーンッ!


 サーバルがその爪で巨大なセルリアンの石を打ち砕いていた。

「流石ね! サーバル!!」

「まだまだだよ、カラカル!!」

 二人は背中合わせにセルリアンを睨む。

「あら? 今まで意気消沈してた癖に、妙にやる気じゃない」

「まあね! だって、パークが残ってたら、まだいっぱい出来る事があるんでしょ? だったらって考えたら、もしかしたらって!!」

「成る程ね……、きっとやり直せるわよ、アンタなら」

「だから、早く終わらせないとね!!」

 意気込んで、互いに息を合わせる。


 向かってくる巨大なセルリアンの突進を互いに左右に避けると、通り過ぎざまのセルリアンの背後をとる。獣特有の脚でセルリアンを追い、飛び上がった。

 互いの片腕を振り上げて、石に向かって振り下ろすと、ミシミシィッと亀裂がセルリアンに響き渡り、弾けた。

「次来るわよ!!」

「解ってる!」


 だが。

 ズドォォォーーーンッッ!!


 突如、巨大な爆発音が耳に響くと思うと、境の先に居るはずのセルリアンが勢いよく吹き飛んだ。

「な、何?!」

「お待たせ!!」

「ギンギツネ……って、何よソレぇ!?」


 呼ばれた彼女は、以前のナンデモハコベールXXに巨大な砲塔をを付けて此方へと向かって来ていた。

「これは“たいほう”よ!!」

「いやいやいや!! 今の何よ!! 凄い音がしたんだけど?!」

「ふっふーん♪ 凄いでしょ!」

「さ、流石に私も怖いよぉ……」

「あの何でも褒めるサーバルが引いてるじゃない……」

「えぇ!?」

「何でも良いけど、本当にそれは何?」


「コホンッ……、ナンデモハコベールXXに、本で読んだ“たいほう”って言うのを乗せてみたのよ。かやく? とかは無かったから、パチンコの容量で大きな鉄の塊を少し先に飛ばすしか出来ないけど、近づいてきたセルリアンなら此れでイチコロよ!!」

 ギンギツネは自慢げに話す。

 言葉通り、彼女が持ってきた物は巨大な鉄球を装填し、機械で巻き上げたゴムに乗せて発射するという、一世代前の戦車の原型のような装甲車だ。


 そんなドデカい物を積んだナンデモハコベールXXを見て、カラカルは苦く笑いながらに吐き捨てた。

「で、ソレは直ぐに次も撃てるの?」

「えっ、あっ!? ま、待ってなさい! 今装填するから!!」

「はーい!! 次が撃てるまで耐えるわよーーー!!!!」

 半ば投げやりに、カラカルは叫んだ。


 サーバルも希少な苦笑いを浮かべながらに、ふと、彼女は何かを思い至ったのか振り返り周りを確認する。

(あれ……オイナリサマは?)


   *


 中央管理センター。

 司令室。


 モニター越しに、彼等は戦況を見据える。

 殆どのフレンズが前線にてセルリアンの侵攻を押し留め、膠着状態に近い形で収まっていた。だが、モニターを見る限りでも、多くのフレンズが倒れ、怪我の酷い者は搬送される。

(戦況こそ落ち着いたが、未だ劣勢。癪だが、ゲンブの御蔭で戦術面の心配は無さそうだ。矢張り神獣は敵にせず良かったか。だが……)

 空を映すモニターに目線を移す。

 現在飛行系のフレンズが空中を飛び交うセルリアンに対して制空権の奪い合いを繰り広げているが、フレンズが連隊を組み被害を最小限にしていても、数では敵が優している。

(鳥系フレンズの連隊と、神獣数匹による制空戦……。成る可く空中は地上への被害を抑えてくれているだけでも大健闘だ。だが……)


 どのモニターを見通しても、数が圧倒的に不利だ。津波、雨、そんなような、まるで無限に湧き出る泉のように攻撃は止まない。


「……お前達」

 コクトは呟く。

 彼の言葉に、一同が彼に向かって振り返った。

「此れより各戦場における指揮は戦場の者に任せ、我々は戦況を各地へと伝える事に重点を置く。成る可く重要な物から順に伝え、報連相を意識せよ。私はこれより、医療機関へと向かう」

「えっ……、し、指揮は良いのですか?!」

「言っただろう、戦場の者に任せると。我々の仕事は情報の整理と報告。それ以上先の事は……現場の者にしか判断できない。私が此処に留まっても無意味だ」

「……ですが」


「私は、此処の所長である以前に、医者だ。此処で座して待つだけにはいかない」

「……、」


 不安なのだろう。

 コクトという頭脳が、司令から外れる事。

 戦況を見据え指示を出せる戦略家は――彼以上の者は――この場に居ない。


 ただ、コクトからしても、いつまでも自分に依存されては、今後を見据えられる者が居なくなる。

 パークの未来のために……。


「わ、かりました」

「元気が無いぞ」


「「「「「了解致しました!!」」」」」


「ああ、では……」


 此処より先にて、コクトは所長では無くなった。

 嘗て、多くの命に手を伸ばした。


 伸ばされた手は、その全てに届く事が無くとも、伸ばし続けた。


 いつしか少年は、その手を伸ばす事を止め、安寧だけに務めてきた。

 蔑ろにしてきた訳では無い。だが、きっと其処に、その場所に意味を求め、意味を見出し、それを行う事が自分の使命だと言い聞かせてきた。


 だが、ここから先は、そんな称号など必要ない。


 もう一度、消えかけた糸を繋ぎ止めるために。

 もう一度、もう二度と、失わせないために。


 塞ぎ込んだ蓋を、開いた。


「行ってくる」


 ――医者として、彼は帰る。


   *


 死者/?名。

 負傷者/三八名。


 前線/膠着。

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