第五節 Jokerを掴め!

   〇


 若し、獣以上に本能的な生物がこの世に存在しているとして、

 余りにも凶暴で、常人達にさえ手を付けられ無いと云われた者達が、


 今宵、衝突したとしたら……、


 世界屈指の化け物達の勝敗は、軍配は、


 ――一体誰に向けられるのだろうか?


   一


 ワイオミング州、ララミー郡……シャイアン。

 ワイオミング州の南東部に位置する最大都市であるシャイアン。だが、全米五〇州の中で最も人口の少ない州であり、最大都市と云っても五三〇一一人程に過ぎない。しかし、其れだけに西部開拓時代の街並みや雰囲気を色濃く残しており、観光都市として栄えている。前時代的でありながらも、その色を強く残している為にその系統の人気は今でも健在なのだ。

 経済面や交通網などの面では、同市の南約一八〇キロメートルに位置しており、ロッキー山脈に存在する都市デンバーと結びつきが高い。


「……はぁ」

 黒斗達四人は、シャイアンに存在するファミリーレストランにて食事を行っている最中だった。ロサンゼルスからシャイアンまでの道程は最短距離でも一一〇一マイル〔約一七七二キロメートル〕と長距離で、車を使っても一六時間を要する。

 結果として、彼等は現在一九時という時間に夜食を食していた。


「お前……」

 コクトの重い溜息は、再三投げ飛ばされる。

 ファミリーレストランとは言え、テーブルに並べられた目を疑うようなその量に、彼は胸焼けを起こしながら頭を抱えていた。

 主に主犯はガルダだ。

 黒斗は彼の予想以上の胃袋の大きさに頭を悩ませ、古都は自分自身の食事を慎み食し、天宮はその様子をニタニタと微笑みながら自分の食事に手を付ける。

 そしてガルダは野蛮人のようにガツガツと胃の中に食品を仕舞い込むように口の中に投げ入れていった。

「いや~いつも乍らに凄い食べっぷりだね」

「ま、この食費を我々が払うことにはなるのだがな」

「主に黒斗な」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

 黒斗は口から生気がポワポワッと抜けていた。

 彼の食量は既に人間の臨界を超えている。そして、会計伝票も更新されて行く。最早巻物状態となっているこの伝票に、語る言葉など無かった。


「ま、仕方なかろう。貴様に漢気があっただけだ」

「そーそー、気にしたら負けだぜ」

「………………………………………………勝手にしてくれ」


 重苦しい溜息は、何度吐き捨てても吐き捨て切れなかった。


   *


「で、この後の予定は?」

「食ってるだけで聞いてなかったのか貴様は」

「んだよ。相ッ変わらずクソ堅い頭してんなァ古都」

「何だと?」

「ま、話を振り返るとしよう」

 一触即発の古都とガルダ相手に、黒斗は半ば強引に話を戻した。

「此処から北西に位置するイエローストーン国立公園の地下。そこに行って我々はあるデータを入手する。其れが目的だ」

「地下ァ? んなところに何があるんだよ」

「ある財団がとある計画の為に作った施設……いや、アレは生きた施設と云うべきだろうな。要するにその財団が持つ極秘のデータを盗む算段さ」

 天宮は歓楽的な口調で手を振るった。

「盗むってんなら俺ァ要らなくねぇか?」

「その財団ってのが面倒なんだよ。謂わば国さえ干渉できないトップクラスの財団で、その中には超危険生命体を収容していると云われているらしい。各地に多く存在し、その影を見せない集団だけどな。だが、そいつらが持つ物の中で黒斗が欲しているある情報が奴等が持っていることが解った」

「要はそいつらを俺がぶっ殺せば良いって事か!!」

「話は最後まで聞く物だぜ。ま、正直そこに居るって訳じゃないんだが……、最近になってその場所に収容されている筈のある生命体の何体かが移送されたらしい。どういう事かは知らないけどね~」

 黒斗が話すべき語りの殆どを、天宮によって話された。

 彼の口調は何処か面白そうだと云わんばかりの口調だったが、不意にその言葉に何かを感付いたかのように、古都が横合いから口を挟んだ。

「……黒斗、真逆その情報の提供者というのは?」

「天宮……いや、正確にはソイツの部下だ」

 黒斗は目配せを天宮に向ける。それに気が付いた天宮も天宮でニタリッと笑みを浮かべていた。

「俺の部下がその財団で内部調査を行っていてな。仕入れた情報はそこからさ。ま、最近になってソイツとは音信不通になってしまったけどね。どうやらアッチにも気が付かれたのか、危ない生命体を色々と送り込んで各地を警戒してるのかもね」

(どうせ、スパイで送ってた奴もコイツに切り落とされたんだろうな……)


「ま、そういう訳だ。因みに現地までは此処から七時間程掛かる。目的地到着は深夜帯と考えても良いだろう」

「もう少し時間を早められないのか?」

「なら誰か運転を代わってくれ」

「……まあ、そのくらいなら良いだろう」

 古都の進言に黒斗はホッと胸をなで下ろす。


 やっとコイツが運転するのかという意味でもそうだ。


「んじゃ、さっさと行こうぜ!」

 皿の上にカランッとフォークが投げ捨てられ、ゲップ音と共に吐き出されるガルダの言葉。ただ、その瞬間だけは彼等三人の思想は一致したのか、彼等の冷たくも邪険な目は、ガルダを見つめていた。


   *


 怪物達は、深淵の奥にて待つ。

 彼等の本能は、怪物故に感じ取っていた。


 これより来る者は、我々と同じ怪物かも知れない、と。


 ただ其れは、身構える為の恐怖ではなく、新しき仲間と出会う為の祝杯でもない。


 闘争。


 きっと、ただ其れ一つの本能なのかも知れない。


   二


 深夜〇時。

 イエローストーン国立公園。


 地下施設秘密出入口前。


「ま、時短出来たのは幸いかもな」

「黒斗、貴様武器は持たずして良いのか?」

「そういう君たちは刀だったり七支刀だったり、殺意たっかいね~」

「アァ!? どういう意味だ天宮ゴラァ!!」


「そもそも、貴様ら二人しかこの場所のこと知らないと言うのに、何故軽装なのだ?」

「俺はホラ、仕込み杖」

「……何かあるか?」

「都合良く予備の刀一本」

「せめてこの時代火器だろ……」

「使い慣れた方が楽だろーが」

「受け取っておく」


「それじゃ」


 ドゴォォォォォンッッ!!!!


 途端、その轟音は駆け巡る。

 鉄鋼の扉が吹き飛んだのだ。


 だが其れは、火器でも火薬でも無い。


 人力。


 突如として吹き飛んだ扉辺りからは砂煙が充満し、中ではサイレンがけたたましく鳴り響く。

 その砂煙の中から一つの足がガンッと岩場にのし上がり、そして、彼等は姿を現した。


 黒斗、古都、ガルダ、天宮。


 四人の男達は、その通路に寄ってくる機動部隊を見据えて、吐き捨てた。

 誰よりも怪物らしく、隠された舞台を、整えられた舞台をぶち壊しに来たのだ。


「――さぁ、凱旋だ」


 刹那。

 轟音と悲鳴の中で、一方的な虐殺が始まった。


   *


「……っぱー、地味」

「何だよ藪から棒に……」

 死体の山の上で、ガルダは腰を掛けぼやいた。

 血まみれの七支刀と、下に雑多にされている機動隊の姿が余りにも似合わない言葉で取り繕われた。


「ま、銃弾程度なら昔から成れてるのは確かだが……真逆危険生物というのがコレか?」

「いや普通の人間だろ此れは」

 古都は口元に飛び散った返り血を拭い、天宮は虫の息の機動隊員の頬をツンツンと突いている。やがてその機動隊員は息を引き取ると、天宮は興味が途端に切れたかのように立ち上がり足場にして先に進み出した。


 そして黒斗は、その通路の先を見通して立っていた。

「どうよ黒斗。居そうか?」

「まあ、確認できるだけなら……一、いや、二か? それでも此処までは許容範囲だ。後は雑多にいる研究員と機動隊位か」

「同じ研究員を手に掛ける気分は?」

「胸糞悪い質問をするな。何、役職は同じでも思想は違う。其れは今も昔も変わらない」

「相変わらず殺しになると冷淡な奴だよな」

「生きる人間に情は湧くさ、死ぬ人間に別けられる程の情がないだけだ」

「へぇ~……」


 相変わらず、天宮は何が可笑しいのかニヤニヤと口元を笑みで浮かべる。

 だが、不意に後ろに居たガルダがピョンッと死体の山から飛び跳ねると、好戦的な猛獣のような笑みを浮かべていた。

「居るな! この先に居るなぁ!!!!」

「相変わらず此奴の鼻は何を嗅ぎ分けているか解らんな……どうする?」

 ガルダに嫌悪感を浮かべながら、古都は黒斗達に問いただす。

 腰に納めた日本刀は意味も無く揺れていた。


「別れて動くか。その方が互いに良いだろう」

「だね」

「そうだな」

「よッシャァ!!」


 その言葉の直後、ガルダはチーターのように駆け出した。

 踏み込まれた床はドゴォッと凹み、瞬く間に廊下の先へと突っ走っていたのだ。


「殺しになると制御が効かないから困る」

 黒斗は頭を掻き重い溜息を吐き捨てると、残った三人の方へと目を向けた。


「それじゃ、また後でだな」

「ああ」

「りょーかい」

 各々が互いに別の分かれ道を選び、進み出す。


 この先にどんな悲劇と悪が住み着いているのか等知らない。

 この選択に吉や凶なども無い。


 ただ、目的の為の殺戮が開始されただけだ。


   三


「アーッハッハッハッハッハーーー!!!!」

 喉から絞り出される笑い声。

 その狂気にも似た声と共に、破式ガルダは七支刀を振るった。

 機動隊の防弾チョッキをいとも簡単に切り裂き、肉の皮一枚残さず断切し、二度振るえば二人の標的が切断されていた。機動隊はマシンガンを標的に向けて撃つが、死体を投げられるか的を絞る前に動き出され、完全に攪乱され、最終的にその部隊は全滅していた。

 部隊が動かなくなれば直ぐさま彼は走り出す。


 次の標的は何処だ?


 次の獲物は何だ?


 そう、云わんばかりに彼の顔は笑顔に満ちあふれている。


 ただ暴れるわけでは無く、銃撃に対する動き方も身構えたプロフェッショナルな虐殺魔。彼の暴走は、どんな軍隊を動員しても、止めることが出来なかった。


「ッアー……しっかし、アイツの言ってたヤバイ生物は何処に居やがるんだ? 匂いは合ってるんだが、ぜんっぜん見つからねぇ……」


 血と死体の道をザックザックッと歩む。

 血みどろの中を平然と歩むのは彼だけなのだろう。そういう点では、ガルダという男に人情という物は通用しない。己の欲の発散しか知らぬ自己中心の化け物と遜色は変わりないのだ。


「……そっち行くか」

 ふと、ガルダは通路の壁に立ち、面と向かうようにして立つ。片足を半歩後ろに追いやり、拳を振り上げる。握り出す指はガチガチと筋肉が固められるように鉄同士の接触する接触音が鳴る。


「……三発」


 振り上げられた拳は、壁に衝突する。


 ガゴォォォォォォンッッッ!!


 その瞬間、凄まじい爆音と共に強烈な亀裂と、亀裂の隙間から砂煙のような粉砕物が噴出し、煙が辺りを充満した。パラパラと破片は壁から落ちて行くが、ガルダの拳は再度振り上げられ、振り下ろされた。


「……っらぁぁッッ!!」


 二度目の衝突で、更に亀裂が全体的に伝達する。ヒビの入ったガラス瓶のように、細胞組織のように亀裂だけが埋め尽くす。亀裂の隙間から噴出する粉砕砂は、拳の振動による勢いで廊下全体に巻き上がる。


 ……なら、進言通り三発目の拳はどうなるのだろうか?


 最早語る必要も無い。

 彼の三度目の拳は、コンクリートの壁を粉砕した。


 ドゴォァァァァッ!!


 壁のコンクリートは吹き飛ばされ、連鎖反応のようにガラガラッと壁は崩れ落ちる。崩れ落ちた壁の先は……巨大な施設だった。

 まるで、核シェルターのように広大な空洞で、壁面天井地面その全てが白色系のコンクリートで覆われている。砕かれた壁によって部屋には砂煙が分散し、床が見えない状態にはなっているが、それでも此処が何かの大規模な実験施設上であることには違いないのだろう。


「……んだここ?」


 だが、彼の知識に研究用施設などと言う言葉は思い至らない。唯の空間でしか無い。


「……あっ?」

 ふと、ガルダはあることに気が付く。

 それは、自分の通ってきた通路側の壁に、扉が設置されていたことだった。それは、逆に言えば、ガルダは態々扉のある部屋の隣に穴を作り通って来たという無駄な労力を使用していたに過ぎなかった。

 が、彼にとって破壊は欲だ、無駄では無い。

「ま、良いか」

 其れだけの言葉で済ませられるほどには、彼にとって力の使い方は曖昧なのだ。


「しかし何だァここは? でっけぇ部屋だなぁ……」

 数歩中に足を踏み入れ、辺りを一望する。

 未だ足下には広く立ちこめる砂煙が充満し、だが徐々に引き始めている。


 その時だった。


 ガルダの目に入ったのは、奥の壁。

 その一点に、何か穴のような物が空いているようにも見えた。

 だが其れは、設計上の物で無いと知ったのは見た瞬間に解った。それは、内部から作られた物では無く、外部から何者かによってこの地底まで掘り進められ、そして意図的に壊されていたのだ。

 その証拠として、その壁の穴の向こうから土砂が流れ床に流れ落ちている。


「あ? 俺以外に誰が空けるっつーんだ?」

 口に出た疑問。

 だが、その正体は土煙が霧散し始めて知った。


 土煙の中から、ガルダとは違った別の何かが正体を現す。

 土を掘り下げこの地底まで来た第三者。


 其れは、ガルダの目に映った時、彼でさえその眼を開かせた。


 爬虫類。

 それも、外来に生息するような爬虫類と言う物と比較するには、余りにも大きすぎる。……その大きさは、全体長を目測で計算しても、二倍近くの大きさの重厚的な肉体を持っているのだ。

 差し詰め、鰐か? いや、それでも此処までの大きさは見たとこが無い。

 それも、全体的な特徴を確認しても、鰐というよりはトカゲなどを此処までの大きさにしたと言うべきだろうか?

 唯そのどれとも言え、どれとも言えないその生物を総称するには、巨大爬虫類と呼ぶことが一番なのだろう?


「獣か?」

 ガルダにとっては、それ程の語彙力しか無いのだろうか。

 ただ、その呆気に取られている瞬間だった。


 爬虫類の怪物は、ガルダを目視したのか、ゴウッと音を立てて彼に向かって加速し始めた。

 爬虫類の速さでは無い、銃弾を撃ち込むかのような特攻的な突進。其れは文字通り、ガルダに向かって猛速で接近していた。

「なッ!?」

 反応が遅れてしまい、避ける瞬間を失った彼は、瞬時に七支刀を取り出して防ぐ構えに入る。


 ガゴンッッッ!?


 爬虫類の怪物は、大口を開けガルダに衝突した。

 彼は刀で防ぎつつも身体が後ろへとスピードが止まること無く押し出される。


 ガリガリガリッと床を削るが、速さは墜ちず寧ろ上がる。

「なぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?!?」

 爬虫類は、まるで風船を壁際へ追いやるように簡単に彼の身体を押し出すと、抵抗虚しく彼の身体は、壁に衝突した。


 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!


   *


 先程から、何処かで爆発音に近しい音が聞こえる。

「……どう考えても、彼奴か」

 何処かの研究資料庫の中で、机に資料を乱雑にぶちまけ確認している男、古都。

 彼は、今回の目的の物を奪取する為に、数多くの資料に目を通し探していた。

「此れでも無いか……、しかし、この財団は何というオカルト的な実験をしているのだ……信じたくはないが、本当にこんな物がこの世界に蠢いているというのか?」

 怪訝な表情で資料を睨む古都。その資料群には、化け物について、その対処の仕方、危険度……など、まるでSF小説家の設定資料のような物ばかりだった。真実味に掛けるその数々は、彼の頭で理解するにはかなり難しい内容ばかりだった。


(此処まで来ると胡散臭さを通り越すな。実感は湧かないが、其れこそ此処まで謙虚に調べていると思うと……)


 ふと、彼の目線が止まる。

 資料を流し読みし、頭の邪念を振り払うように首を振っていた瞬間だった。視界の端に映ったのは、資料棚の中で一際目立つ、封筒締めされた資料。

 古都は首を傾げ、その封筒を手に取ると、そこには赤文字印で「極秘」と書かれていた。


 古都は封を開き、その資料をテーブルの上に放りだした。

 散乱した資料は、その大概が写真のような物で、中にはその怪物達を撮ったのか、異形の者達が入り込んでいる。


(加工写真……では無いか。そもそも黒斗の経営するアレも鑑みるに、今の人類は人知の定理という物を改めなければならんのだろうか? ……だが、どれも吐き気を催すような者達ばかりだ)

 写真を一枚一枚確認する。

 その全てが人知に値しない怪物ばかりだった。


(此れは……爬虫類か? しかし、この原寸だと大きすぎる。……コイツは、手足が長いな。いや、オランウータンの人間体みたいな物か。……刺青のこの男は何だ? ダメだ、矢張り余りにもこの資料達は私の手に負える物では無い)

 写真を放り捨て、頭を抱える。


 こういう時、天宮と黒斗ならどう考えるか?


 彼はふと心の中で、考えてしまった。


(私たち四人の中でも、あの二人は別格の頭脳の持ち主だ。そんな奴等がこの資料を見たのならば、きっと私以上に発想を巡らせるのだろう。……いや、寧ろ、これらを知っているのか? 天宮は元々何かの縁でこの財団の内部に糸をたぐり寄せていた。黒斗もアレが此処にあると言っていた。……彼奴らは、既に人の人知を越えた場所にでも居るのか?)


「……末恐ろしいな」


 ポツリッと呟いていた。


 溜息も交じり、途端に何処か虚無感が出ていた。

(……如何な。気を引き締めねば)


 バゴォォォォンッッ!?


 突如、資料室の部屋の壁側から、何かけたたましい爆発音が響いた。

 否、爆発と言うよりは、轟音だ。

 轟音は壁が破壊されたと同時に響き、古都は直ぐさま後方へと振り向く。


 目線の先は……壊された部屋の壁と……目の前に、長身の人間らしき者が、一人。

 其奴の腕は、人間の二倍近くの長さかと思え、その拳は古都が認識する間もなく……振り下ろされていた。


 ドガァァッッ!?


「――カハッ!?」


   *


 黒斗が居たのは……彼等とは別の、地下深くの階層だった。

 そこはまるで、研究所には似つかわしくないエントランスルームの様で、広大に広がる空間と、吹き抜けから見える各階の廊下と通り道。連絡路のように上空を伝う橋。赤い絨毯で彩られた床。

 黒斗はそのエントランスの二階当たりで、雑多に吹き抜けから周りを確認していた。

 最大でもこのエントランスでは一〇階辺りまで続き、その階までの全てに吹き抜けが繋がり、連絡路も幾つか繋がっている。端には螺旋階段のような物や、階層ごとにエスカレーターも付いているが、どうやら機能はしていないらしい。


「……、」

 黒斗は二階から一階へと吹き抜け伝に飛び降り、一階の吹き抜け中央まで歩み天井まで覗き込む。

 最先端技術を応用しているのか、地下深くにこのようなエントランスがあるというのはまるでSFの世界にでも飛ばされてきたような気分だ。


 だが、その状況を味わっていられるほどに悠長では無いことは事実。

 黒斗は更にその下へと脚を進めようとしていたのだ。


 だが。

 突如、厄災は降りかかった。


 エントランス天井が、突如破壊された。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!!


「――ッ!?」

 黒斗は直ぐさま一階の吹き抜けから影に向かって走り出す。

 落石してくる天井の重厚なコンクリート群は、否応なく降り注ぎ、まるでビルの倒壊を思わせた。

 土煙のようなコンクリートの粉砕物が辺りに充満し、空気の圧が一気に押し寄せる。


(……何が起こった!?)

 黒斗は、倒壊が収まると同時に、エントランス側まで歩んで行く。


 口元を押さえ土煙を防ぎ、腰に差した刀に手を乗せていた。

 天井が見える部分まで脚を進めると、その光景を観た。天井の一部が倒壊し、大穴が空いている。

 何が起こったのか?

 何があったのか?


「――アァー、クソが」

 土煙の中から、声がした。


 黒斗が目線を変える。

 あの天井から此処まで落ち、尚且つ生きているソレ。


 土煙から正体を現したのは、人間のような身体をした何かだった。

 腰に布のような物を巻き、片手には剣とも言える黒き殺意の集合体が手元に握られている。上半身は半裸で、身体には黒い刺青が順応無く走り巡っている。まるで長い間髪を整えていないのか、雑多に伸ばされたその黒ともブラウンとも言えぬ髪は、黒斗よりも遙かに長く、足先にたどり着くのでは無いのかと言うほど。目元は鋭く、瞳は赤く……そして開いている。


「んぁ……、」

 奴も、黒斗を見た。

 ただ、彼を視認した瞬間に、謎の男の髪は逆立つ。


 黒斗も、男とは違った反応をしていたのだろう。

 身体の奥から警告音が鳴り響く。


 そして、ソレは、ガルダとはまるで違った物だった。


 ただ一つ言えるのは、そこから次の行動に移るまで、その場に居る二人の行動は余りにも同一的な物だった。


 敵視した。

 殺さなくてはならない。


 まるで、本能が訴えるかのように、黒斗は刀を抜き、男は剣を握りしめ直した。


 刹那。

 彼等はその足場からダンッと音を出して、飛び出した。


 ガキィィッ!!


 刃が衝突する。


 ビュォォォォォォッッッ!!!!

 辺りの土煙が、刃の衝突によって吹き飛ばされた。

 ソレだけで確認できる。

 その衝突一回だけで、彼等は戦う意味が理解できた。


 黒斗は思った。

 殺さなければならないと。


 謎の男は、最早その思いを隠すこと無く吐き出していた。

「俺に殺されろぉぉぉぁぁぁぁぁッハッハッハッハッハァァァァァァ!!!!」

 嗤いと叫びが混同して吐き出されていた。


 ただ、ソレが境目だったのか。

 黒斗の身体は、その剣の衝突直後に、押し負けたかのように吹き飛ばされていた。


 文字通り、初突で、軽々しく、押し負けたのだ。


 大きく吹き飛ばされる黒斗。

 だが、其れを狙うかのように奴は吹き飛ばした直後に駆け出し剣を振り上げていた。


 そして、吹き飛ばされた先で、無情な刃は振り下ろされた。


   *


 何処なのだろうか?


 それは、まるで、休憩用の一室。

 天宮始童は、その扉の前に立っていた。


「……、」


 彼は、扉を開く。


 中には簡素なテーブルと椅子と、給仕用のキッチンが設備されていた。

 部屋の中央のテーブル、そこには誰かが腰掛けている。


 天宮は迷うこと無く、彼の居る席まで向かい、そして、その対面にまでたどり着く。

 其れを見かねた、座っていたある人物は、天宮を見て、吐き出した。


「ハロー、ミスター」

「やあ、初めまして」


 その男は、異様だった。

 手足の四肢は金属のような物で加工されている。

 そして彼から発せられる言葉は、行動こそ人間的だが、まるで冷淡で、どことなく感情の無い声だった。

 機械的、だが生きている。

 両面性を持った其れを見た天宮だが特に感情を表すわけでも無く、前の席へ腰掛けた。

「貴方が来るのをお待ちしておりました」

「そうなんだ。其れは嬉しいね。……で、態々俺の傀儡を伝って秘密裏に話したいなんて、何の用だい? 収容者君」

「おやおや、私にも名前はあるのですがね……ですが、自己紹介も兼ねておきましょう」


 謎の男は、まるで感情の無い機械的な声で、吐き捨てた。


「――私は、カイン」


   四


 爬虫類の怪物は、ガルダを押し出し、先程の通路の壁へと追いやっていた。

 通路の壁には大穴を空け、粉塵が舞っている。

「――コロ、ス」

 突如、何処からか声がした。

 それは、ガルダでは無い。彼を押し潰そうとした爬虫類の怪物からだった。

「コロ、ス。忌々シイ、人間ヲ……コロス」

 声帯があるのかも解らないが、それでも怪物は、カタカタと悪意を載せた言葉を発していた。


 だが、不意に状況は一変する。

 化け物が押し潰したと思った壁へと目を追いやると、そこにガルダの姿が無いのだ。

「……ッ!?」


「なぁ、化け物さんよぉ……」

 聞こえたのは、化け物の後ろ。

 爬虫類は己の尾先に殺意を感じた。


 だが、尾先は思う様に動かず、自身の尾が何者かに掴まれていることに気が付いた。

「そんなに殺したいなら、殺して見せてくれよ、なぁ……ッッッ!!」

 化け物の身体は通路に空いた穴から引きずられ、部屋の中へと戻される。

 抗いようのないその力が、爬虫類の尾を引っ張ると、ガルダはそのまま奴の身体を空中へと投げ飛ばした。


「――ッッッ?!」

 人間が到底持ち上げるには巨大過ぎるその身体は、ガルダの力に抵抗できずに巨体が持ち上がり、空中へと投げ飛ばされた。

 投げ飛ばした怪物を見て、ガルダは直ぐさまに七支刀を振るい、爬虫類の怪物に向かって飛び出す。

「オラァァァァッッッ!!!!」

 七支刀を大振りする。


 ガンッ!! ガキィンッ!! ガギィィッ!!

 怪物の皮膚に何度か刃が叩き付けられる。


 だが、その音とガルダ自身の手応えから容易に其れは思い至った。

(硬ぇ!!)


 直ぐさまガルダは空中で姿勢を戻し怪物との落下点に間を空け着地した。


「成る程なぁ……クソみたいに堅ェ。それに力も馬鹿強い……こりゃ、本気出すしかねぇなぁ」


 踏み脚を入れ直す。

 刀を強く握り直す。

 ガルダという男の肉という肉に力が籠もる。


「……ハァ~」

 重苦しい息が吐き出されていた。最早その前傾的な姿勢は、猛獣が狩りの為にスタートダッシュを構える行動に近かい。


 だが、対し怪物はグオンッ!! とガルダに向かって飛び出してきていた。

「グルルルゥゥァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」

 鼓膜が張り裂けそうな絶叫が響く。

 だが、その絶叫にもガルダは口元をニヤつかせていた。戦闘という瞬間に置いては、きっと彼はどんな状況でも楽しみ笑うのだろう。


 重厚的な機関車のように怪物はガルダに向かって走り出す。目の前にある瓦礫すらも撥ね除け、超重戦車のように向かってくる。


 ドゴォッッ!!


 衝突した。

 ガルダはギリギリになって怪物に向かって踏み入れ、七支刀で対抗していた。


 巨大な衝突音が辺りに響き渡る。


 巨大な力の持ち主同士の戦い。

 片腕に刀を握り振るうガルダと、真正面から強靱な牙を見せつけその牙と衝突する怪物。


 衝突の勝敗は、ガルダに軍配が上がっていた。

 ガルダは真正面から衝突した怪物に対して、怪物を押し退けていた。


「――――ッッ!?」

 怪物の顔は解らない。

 だが、それでも、驚愕していた。


 たった一人間の、たった一本の腕に持った刀で、怪物は押し戻されてしまっていたのだから。


 ガルダはそのまま走り出す。

 後ろへと仰け反った怪物の側面へと抜け、勢いよく刀を突き刺した。

「グォォォォォォォォォォォォ!!!!」

 叫び声が上がる。

 その重厚な皮膚を貫いたのだ。


「まだまだァァ!!」

 終わらない。


 その刀を更に横へと押し、貫通した皮膚から更に横に一閃するように肉壁を切り裂いた。


 ブチブチブチッッブシャァァァァ!!


 重硬度な皮膚が無理矢理切り裂かれ、血が噴き出す。中の赤か黒かも解らぬ皮膚の内側の肉塊がグチョリッと姿を現していた。

 ガルダの身体は既に先を行く。


 再度尾の先へ向かうと、次はその尾に目掛けて刀を突き刺そうとする。


 だが、暴れ狂う怪物のその尾は、不意に振り回され、ガルダの腹部に衝突した。


「……ぐッ?!」


 呻き声が上がる前にガルダの身体は吹き飛び、壁際まで吹き飛ばされる。

 空中へと放られながらも、彼は持ち直して壁に脚をつかせ、床に着地する。


 刀で粉塵を切り裂くと、その先から化け物が再び此方へ牙を向けて向かってきていた。


 ガルダは、口元を上げニヤつかせる。

「面白ェ!!」

 叫んだ。

 爛々と輝く眼を、怪物に向ける。


「面白ェよお前!!!! さぁ、お前はあと何回で死ぬ?! 最高の殺し合いにしようぜ!!!!!!」


 二人の化け物は、止まることを知らない。

 互いに喰らい合い続けた。

 満ちるとも知らぬ、欲まみれの世界で。


   *


 怪物の衝突は、もう一ヶ所でも起きていた。


 黒斗は、刺青の男の一撃を刀で受け止めていた。

 踏み込んだ脚が力み、ジリジリと火花が散る。一寸でも気を抜けば、押し潰されるような力が、黒斗に向かって襲いかかっていた。


「……ッ!!」

 不意に黒斗は刀を横たわらせ男の斬撃を受け流す。力の作用に抗えず剣が流されてしまっている瞬間、黒斗は男の横をすり抜け、その切り返しざまに刀を振るった。


 ザシュッ!!


 男の脇腹を刀が抉る。

「……はぁ、はぁ」

 息を整えつつも、黒斗は直ぐさま男から距離を離そうと後ろへ下がる。

 刀を構え直し、敵の出方を伺うが、その余地無く第二撃は襲い始めていた。


 ガキィッ!!


 一瞬だった。

 バックステップで視界を外さなかった黒斗は、直ぐさま反応できた。切られた瞬間、黒斗が引いている束の間、その間の終わりに、男は身体を切り返し迫ってきていたのだ。

 不意ではあったが黒斗もこれに対応して敵の一撃を刀で薙ぎ払う。


(……痛がる様子も無しかよ)

 男の脇腹を一瞥したが、血はダラダラと流れ出している。だが、その動きに迷いは無く、表情も奇妙な笑みから変わっていない。

 ガンッ!! ガキィンッ!! ガガキィンッ!!


 剣と刀が何度も交差する。

 明らかに乱暴に振るわれる目の前の男の剣劇に、黒斗は持ち前の技量を使い薙ぎ払うが、それでも単純なパワーで腕が痺れかける。そして、乱暴故にタイミングが計りづらかった。

 何度目かの剣劇後に、彼等の剣は交差する。

 拮抗し押し合いになる中で、その男は吐き捨てていた。

「なぁんだ……やるじゃねぇか」

「そりゃどーも……」

「……何で簡単に殺されてくれねぇんだ?」

「ッチ、どいつもコイツも、殺意が高くてしょうがねぇ……なァ!!!!」

 押し合いの最中、黒斗は片足で男の顎元を狙う。

 ゴギィッ!! と、鈍い音をして男の身体は後方へと浮かび上がった。

 身体が数センチ浮き上がった男は蹌踉めくが、黒斗はその瞬間を狙うかのように刀を一閃、切り裂く。

「……ッ!?」

 胸元をザシュッ!! と切り裂かれ、更にその勢いから脚で蹴り押し距離を置こうとした寸前、男の腕は黒斗の足を掴んだ。

 彼の足を掴むと、一気に身体をねじ曲げ、黒斗の身体を壁沿いまで吹き飛ばす。勢いの付いた男の投げは黒斗を何度も地面に跳ねらせ、瓦礫の山に衝突させた。


 ドゴォォォ……。


「いッてぇなァ……やるじゃねぇか、人間」

 男は首を何度か曲げ、元に戻すように捻る。ゴキィッゴキッと唸る首元がガッチリとハマったのか、不気味な笑みを再度浮かべ黒斗を投げ飛ばした方向へと眼を追いやった。

「つか、流石に今のはやり過ぎたかァ? こんな事で死んで貰っても困るんだけどなァ……」


「……誰が? 死んだ、と?」


 ビュォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!


 突如として、黒斗が投げ飛ばされた瓦礫の山から、黒い瘴気が爆発的に噴き出す。

 瘴気は天井へと昇り、辺り一帯に吹き出し、瞬く間にその階層を包み込んだ。


 闇の中から、ガコンッと岩を蹴飛ばす音が聞こえる。


 ――言うなれば、互いに互いが異界の化け物として、顕現した瞬間だった。


「へぇ、面白そうだ」

 舌舐めずりをするその男は、人間の枠組みを超えていた。

 人間の身体をしていながらも、傷に対しての認識や力加減の知らなさ。それも、まるで本領を全く出していなかったのか、今になって男の眼はギラギラと輝いているようにも見える。


「楽しみならとくと味わえ」

 対し、黒斗。

 男は人間だった。

 だが、人間であり続けては何も守れない。その為には、人間を捨て、人間の臨界を越えなければならなかった。あらゆる対価を支払ってでも、彼はそこにたどり着かなければならない。

 彼の背に白衣は無い。

 それは、誰にも見せない、己だけの世界と立ち向かう為の覚悟。

 白衣の銀蓮黒斗は、あの世界を守る男。

 ならば、今の黒斗は、嘗ての自分自身。

 悪を成してでも、目的を達成する。


 まるで其れは、火山のようだった。

 黒い粒子が何度も何度も火山活動のように噴出する。


 覚悟は決まった。


 互いの化け物は対峙を為る。

 そして、其れは言葉通りに、音速を超えた戦いとなった。


 たった一瞬の睨み合いの後、彼等は姿を消した。

 そして、音を置き去りにするかのような激突が、彼等の延長線上から鳴り響いた。


 二本の刃が轟音を鳴らしたと思えば、まるで連鎖反応のように空中で鳴り出した。

 彼等の速さは人間を超え、目で追えない世界では何度も剣劇の火柱が打ち鳴らされる。そして、その度にエントランスの何処かが破壊される。


 爆音、轟音、衝突音。

 連鎖的に鳴り響く世界の中に、彼等は激突を交え、地面へと衝突した。


「ガッ……アグッ!!」

「カッ……ハァ、ハァ」

 頭を押さえつけられ、地面にねじ伏せられる黒斗。

 対し刺青の男も、身体に致命的な重傷を幾ヶ所も背負い、更には黒斗の瘴気の刃が腹部に突き刺さっている。


 ガボォンッ!!

「……ガッッ!?」

 不意を突いたのか、安堵しきった男の腹部から瘴気の刃を抜き、黒斗は蹴りを噛まして男を仰け反らせる。

 直ぐさまもう片方の脚で身体を強引に押し出し後方で立ち直すと、休む間もなく男に向かって思い切り脚を踏み込み走り出した。


 刀を投げ捨て、生身で挑む。


 対し、男も刀などとうの昔に手放していた。

 蹴られて蹌踉めきながらも姿勢は立て直され、踏み込んだ脚で男も地面を蹴った。


 バゴォンッ!!

 彼等の両腕が、互いに握り合うように掴み合った。

 力で押しい、腕がひしめき合う。


「カハッ!! んだよそりゃ!! 人間じゃねぇな? お前!!!!」

「悪いが元人間だよ。貴様こそ、俺より人間のくせに人間らしくねぇじゃねぇか!!」

「あぁ? んな些細なこと、今はどうでも良いだろうがよォ!!」

「……なッ?!」

 力で押し負ける黒斗。

 ジリジリと押され、彼は片膝が床に付きかけていた。

(クッソッ……パワーが規格外過ぎる!!)


「自分で聞いといて……話を聞かねぇ奴はどいつもコイツも一緒か!!」

「誰かを殺すのに誰かの話を聞くなんて馬鹿は居ねぇだろ! テメェも死ねば、次は他の奴等だからなァ!!」

「あ? バカ言え、やれるもんならやって見やがれ!!」

「ああ、やってやるよ!! 人間も、生き物も全部殺し尽くしてやるよ!! お前の家族も、仲間も、知り合いも、お前のような怪物も、全部殺し尽くしてやるよォォ!!!!」


 一瞬だけ、その会話に静寂があった。


 何かがメラメラと、燃えるような音がした。


「……何、だと?」


   *


 給仕室では、天宮が四肢を金属質の何かで加工された男と話していた。

 そして、男は天宮に自身の名を告げたのだった。


「カイン」


 其れが一体どういう名を指し示すのか……だが、天宮の表情は変わらず、相変わらずの不敵な笑みを浮かべていた。


「成る程、カインか……じゃ、こっちもこっちで話を進めようか」

「おや、良いのですか?」

 無機質な声は、天宮の声に返答した。


「彼等はどうやら災難と出逢ってしまっているようですが。貴方も助力しに行かなくても?」

「構わないさ。彼奴らに手助けをしたら、忽ち彼奴らはこう言う。「邪魔だ」ってね」

「ふむ。ですが、我々の一筋縄では行かない者達がこの施設に潜り込んでしまっています。それでも行かないと?」

「そいつらがどんな奴かは……まあさておき、そういう時に限っての彼奴らは最も獣に近い。腹を空かせたクマのようにな」


「……、では」

 カインは付け加えるように、天宮に対して吐き捨てた。


「商談をする前に、彼等の話を少々させて頂きましょう」

「成る程、ま、情報として受け取っておこうかな」

「……、」

 カインと自称する男は、目を閉じる。

 そして少しの間を空けて目を見開くと、彼は吐き出した。


「……そうですね。ある一つの爬虫類ですが、どうやら其方の暴れん坊さんが戦っているらしいですね」

「ああ、アイツはウチの一番の暴れん坊だ」

「成る程、では、彼が戦っている爬虫類ですが、アレは不死身ですよ。再生と成長を繰り返す、この世最も危険な生物です」

「成る程……」

 意味深に天宮は微笑んでみせる。

 対するカインもその危険に対する危機感が無いほどに、無機質な笑みで返していた。


「もう一つでは……どうやら寡黙な勤勉家が居るようですね。ですが、彼は見てしまいました。見てはいけない物を」

「それは?」

「それは、見られるのが一番嫌がるんですよ。見られたからには半狂乱で襲いかかります。見なければいい話ですが……成る程、此れはまるで誰かの悪戯でしょうかね」

「成る程……奴らしい、不運のクジを引いたわけだ」

「貴方の前に私が居ることは、幸運ですか?」

「さぁ?」


 嘲笑うような笑みに、相手は特に干渉せず機械的で模範的な表情のまま受け答える。


「最後に……どうやら、イレギュラーですね。想定されていませんが、一番厄介な者が脱走してしまっていたようです」

「どれも脱走してきたように見えるが……差し金かい?」

「さあ、どうでしょう。ですが、奴は存在を消し尽くすでしょう。目に映る生全てが敵です。その殺戮は止むことを知らず、そして彼は強い……。怨念が力になったかのように、全てを刈り尽くす……」


 その一瞬だけは、その機械的な表情が一瞬崩れたようにも見えた。

 だが、其れはまるで天宮に似た、企んでいたのか、警戒しているのか、含みがかった笑いがあった。


 ただ、その解答に、天宮も嘲るように答える。


「成る程、其れは驚異的だ。矢張り秘部という場所に不条理な怪異は付き物という事か」

「おや。まあ、貴方が何も行わないというのであれば、私も商談に移ろうとは思うのですが」

「君も、そうだろう? カイン」

「どういう事ですか?」

「それは、どっちの意味かな?」


「……、」

「……、」


 不敵な者同士、含まれた笑みが交差する。


 ただ、先に発したのはカインだった。

「……さて、我々も話を進めなければ。此処に長居することも無いでしょう」

「……いや、私も少し無駄話を返しておこう」

「と言うと?」

「なぁに……」


 手をパッと開く。

 まるで手の内に隠した種を見せるマジシャンのように、天宮は語らいだした。


「弔いに、花束は必要だろう?」


   *


 突如、両腕が人間の倍近くある化け物によって殴り飛ばされた古都。

 殴り飛ばされながらも、化け物は拳の応酬を止ませること無く繰り返した。


 三メートル近くあると思われるその巨体と、二メートル近くの両腕から放たれる拳は、その長さだけあって勢いとパワーは遙かに増す。


「……ハァッ!!!!」

 連撃の中で、古都は刀を抜いた。

 奴の心臓へ向けて刀を突き刺したのだ。


 だが。

「くそッ!!」


 刃が通らない。

 運良く奴の巨体を仰け反らせ、立ち上がる時間を確保できたが、それでも奴は古都に対して拳を再度振り上げる。


 だが、一度注意できれば、次の攻撃を避けることは可能だった。


「……っ」

 古都は資料室を一回りし奴を引きつけつつ、奴が空けた穴から通路に逃げることに成功した。


 振り向きざまに奴を見れば、拳を振り回して近づいてきていることが解る。

(最早人間ではないな。長身長腕の怪異……刀も通じなかったが、あの一瞬で凹みが出来たのは確認できた)

 一瞬を逃さなかった。

 古都はその攻撃が通じぬと解っても、直ぐに分析を構築していたのだ。


 だが、猶予は無い。

 長身なだけに、その速度は並の人間より遙かに上回る。

 古都も考えながらの逃走故に速度は出せていないが、それでも彼の心中には「逃げられない」と理解するだけの材料は溜まっていた。


「……、」

 古都は、突如として逃走を止める。

 刀に手を置くと、直ぐさま切り返し化け物に向かって走り出した。


 腕をぶんぶんと振り回す化け物は、古都に向かってその拳を振り下ろす。


「――居合い、一閃」


 一瞬、奴の視界から古都が消えた。


 古都はその通り過ぎざまに、抜刀を終えており、奴の無作為な攻撃を避けて通り過ぎていた。

 その事に気が付いた化け物もすかさず振り向き古都を攻撃しようとする。


 バシュッ!!


 瞬間だった。

 化け物の片足から血が噴き出し、化け物は膝をつく。


「――一つ、教えておこう」

 古都は刀を納め、化け物に対して振り返る。


「我々は、ある師の元育った。その師は黒斗の義父でありながら、学び舎で教えを扱いていた。我々はその師に授かったのは知識だけでは無い」


 再び、古都は刀に手を置き、半歩片足を下げる。


「我々は、考え方は違えど、一門の剣術家だ。例え貴様が如何様に硬くとも、我らはその縫い目を切り裂いて見せよう」


 殺意が、通路に満ちあふれる。


 今まで見せなかった、月伽耶古都という男の戦う姿。

 それは、理性という鎖を引き千切った、寡黙な獣。


「さぁ、反撃だ」


 狼煙は上がる。


   五


「君が若し、我々を此処で殺しておきたいという考えならば、其れはやめておいた方が良い」


 先に口を出したのは、天宮だった。


 目の前のカイン相手に、彼はその不敵な笑みで語らいかけていた。


「君の話を聞いていると、さも、彼等が危ないから此処から逃げたまへと助言しているようにも聞こえるが、奴等とて覚悟無しに来た訳でも無ければ……唯の人間でもない」

「……と、言うと?」


「人間の臨界と言う物を知っているか?」


 臨界。

 本来は核分裂に使われる用語で、一回の核分裂によって放出された中性子が丁度平均一回の核分裂を引き起こし、毎秒起こる核分裂の回数が時間と共に変わらない状態を言う。


 此れは逆に言えば、俗世で使う臨界という言葉は物事の一定。つまり、「人間の臨界」とは人間の平均的な数値を意味している。


 だが、時に其れを超える者も居る。

 唯それでも、陸上競技で最速を出すような選手のようなもので、怪物のような人間が生まれるわけでは無い。


 だが、その人間の臨界は、人間の成長過程によって変わる物でもある。


 興味、目的、過去……あらゆる性質の中で、若し成長しなければならないと己を追い詰め続けたのであれば、人間は何処まで適応できるのだろうか?


「人間を超えるなど、最早創造主への叛逆だろう。だが、その希少価値は世界に無いわけでは無い。不幸の術中、厄災の中に居た人間は少なからず居る。その中で、最も希少な進化を遂げ、臨界を超えた者達……それが、奴らさ」


「つまり?」


「何、人の臨界を超えた奴等は、どうしようも無く一つの事柄を抱えるのさ」

「……?」


 天宮始童は、今一番の不敵な笑みで、吐き捨てた。


「臨海を越えた化物達は、逆境に強い」


   *


 古都は、刀を鞘に収めながらに呟いた。

「……全く、しぶといな」

 彼の身体には、幾ヶ所にも及ぶ打撃痕がある。

 膝をつきかけながら、満身創痍に近かった。息も切れ、口元からは血が流れている。


 目の前の怪物も、他人事では無い。

 身体の幾ヶ所に切り傷が撒き散らされ、それでも尚その拳は古都に向かって来ていた。


(けど、余り負けられないのでな)


 刀が収まった鞘を、腰から抜く。


 片手に鞘、そして、数センチ抜き身にされた刀。

 目の前からは怪物が両腕を振り回して迫ってきている。


「一刀……」


 ダンッ!!


 床のコンクリートが抉れる。

 その数メートルの距離で、確かに居たはずの古都の姿が、消えていた。


 ――ッッッ!!


 瞬く瞬間など無い。

 その居合いは、音も、光も、時も置き去りにした。


 怪物の後ろでは、ゆっくりと納刀する古都がいる。


 そして、閉じかけた刀を前に、彼は吐き捨てた。

「断末」


 ザブシャァァッ!!


 怪物が大きく呻く。

 身体から噴き出した血は耐えること無く、そのまま怪物はゆっくりと膝をついて倒れた。


「申し訳ないが……通させて貰おう」


   *


「月伽耶古都は、勤勉だ。その才は天童とも呼ばれ、軍事時代は特に戦況を判断することが上手かった。それ故に、奴は生粋の戦術家だ。場を弁え、引くときは引き、そして……殺れるときは殺る。本当にアレは程々に、手際が良い」


   *


 古都は、歩み出した。

 地面に転がった怪物は、血を垂らしながら倒れ込んでいる。


 だが、古都が過ぎ去ろうとした瞬間、怪物はのっそりと起き上がった。

(……!? 未だ余力が!!)


 直ぐさま刀に手を置く。


 ……が。


「……?」


 怪物か傷口を押さえながら、何処かへと歩み出した。

 蹌踉けた様子ながらも、最早古都に興味が無いのか、その背中に戦意はない。


 最後の最後で呆気に取られた古都は、その大きく見開いた目のまま立ち尽くしていた。


「……、」


   *


「うぉらぁぁ!!」

 ガルダは、まるでモンスターハンティングのように順応無尽に動き回っては、怪物に向かって刀を突き付ける。

 怪物もその尾や牙、足を使って応戦しているが、それでも怪物にとってガルダとはちょこまかと五月蠅いのだろう。

 それも、彼は純人間でありながら黒斗と張り合うだけの力を持っている理由こそ此れだ。


 彼に眠る潜在能力は未だ未知数。

 それは、他の三人も認める物だった。


 筋力や脚力だけでは無い。

 ポテンシャルや、彼の本能から導き出される戦闘スタイルは異常なほどに、この戦闘でも成長していく。


 どうやったらこの怪物を殺せるのか?

 どうすれば動かなくなる?


 殺戮だけが本能として残るようなその動きに対して、怪物も怪物なりに抵抗する。

 その怪物はガルダに付けられた傷を瞬時に再生させているのだ。それも、一切の隙間無く完璧に、だ。


 何度切ろうと、何度刃を刺し貫こうと、それでも、怪物は再生した身体で襲いかかった。


「アッハッハッハッハッハッハッハッハァァァッッッ!!!!」


   *


「奴に決して、無限に生き続ける対象を与えるなよ? 奴の本質は戦闘狂では無く、破壊衝動だ。奴は見た物全てを壊したくなる。人間だけではない、生物だけでは無い。天然物、建造物、歴史的遺産。世界に存在するあらゆる物全てが彼の破壊対象だ。そして、其れは満たされることは無い。故に、奴はアレと殺し合う。それは腐れ縁でもあるが、それ以上に……奴らは互いに好敵手なのだ」


   *


 ガルダは刀を振り上げて襲いかかる。

 爬虫類の怪物は、大口を開けて立ち向かう。


 だが未だ決着は付かず、闘争は高ぶっていた。


「だったらよぉぉぉぉ!!!!」


 ガルダは七支刀を放り投げる。

 そして、怪物の背中に跨がると、両腕を再生中の傷口に突っ込んだ。


「――ッッッッッ!?!?!?!?」

 突然のことに、怪物は唸り出す。

 だが、ガルダは止まらない。


 突っ込んだ両腕で肉片を掴み、ブチブチブチィィィ!! と怪物の背中を裂き始めた。

 無理矢理に引き裂かれる傷口に、怪物が何も思わないわけは無く、悲鳴のような叫び声をけたたましく上げる。

「みぃぃえたァ……心臓がなァァァァァァァ!!!!」

 開け放たれた背面から、腕を突っ込み、心臓を鷲掴みにする。グシャリッと肉塊達を抉り削り、噴き出す血を浴びながらも凶器的な笑みは消えない。


 そしてガルダは、迷うこと無くその心臓を握り潰した。


 ブシュゥッ!!


 血が噴き出し、徐々に怪物は動きを止める。


 それが、死んだのかは解らないが、その瞬間ガルダは眼に灯っていた熱が一切消え去っていた。

「……ぁ」

 彼は怪物の心臓を握りつぶして気が付いた。

 死んだ、と。


「んっだよ。死んだかぁ?」


 興味の無くした玩具のように、怪物の背中から降りて何度か蹴り出すが、反応は無い。

 大きく溜息を吐き捨て、投げ捨てた七支刀を拾い上げて去ろうとした。


 その時だった。


 蒸気のような物が怪物の背から噴出し、ムクムクッと立ち上がる。

「――グォォォォォォォォォッッッ!!!!!!」

 怪物は此方に明らかな殺意の目線を向け、睨み付けていた。


 そうなれば、ガルダもどうなるのか?

 眼には焔が再点火し、七支刀を構え直し、そして、言い放った。


「死んでねぇのか……じゃあ、やろうぜ!! もっと俺に闘争をくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 爆発に似た叫び声だった。

 その瞬間、再び両者は激突した。


   *


 両掌が衝突し、力の押し合いが行われていた最中だった。

 黒斗が押し負けているその瞬間、怪物の言葉は、黒斗の何かにスイッチを入れていた。


 いや、きっとこの瞬間の彼を見たら、誰もがそう思う。


 彼に言ってはいけない事を、怪物は言ったのだ。


「――ざけるな」

「あァ……?!」

 水蒸気爆発の様に、黒斗の体内の瘴気は連鎖反応を起こすかの様に、何回も何回も爆発的噴出を繰り返し始める。


「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「うぉっ!?」


 怪物の身体が、黒斗の力にみるみると圧迫され始める。

 仕舞には、黒斗を押していた怪物が徐々に押され始め、再び均衡状態へと押し戻されていた。


 そして。


 黒斗は、体内に宿る瘴気の波動で、怪物の身体を大きく吹き飛ばした。

「ぐァァッッ!?!?」


 大きく空中へ飛ばされ、怪物は瓦礫の山に転落する。

 直ぐさま「何が起きたのか」と身を起こして確認すれば、其れは突風となって何度もその身に実感させていた。


 黒斗の体内から出る瘴気の波動が、何度も何度も辺りを震撼させている。

 黒斗自身は大きく項垂れ、両手をダランッと下ろして立っている。俯いた顔からは今も瘴気が漂い、身体の中心から吐き出される波動は止まない。


 ブォンッッ!! ブォンッッ!! ブォンッッ!! ブォンッッ!! ブォンッッ!!


 連鎖する波動に、エントランスは大きく振動する。

 ガタガタッと揺れ出す瓦礫に、辺りのガラスに亀裂が入り込む。施設ごと揺らす様なその力は、収まる事を知らなかった。


 怪物も其れを目の前に、目を見開いて驚愕の顔を見せていた。

(奴に……何が起きている!?)


『彼奴ラノ運命モ……世界ノ運命モ……ッ』


 項垂れていた顔の口元から、声が響く。

 ゆっくりと頭を上げ、徐々にその瞳は怪物へと向けられる。


 ――誰かが言った。

 例え、どれだけ眼が淀んでいても、覚悟を決めた者の眼は、どんな宝石よりも……どんな純鉱石よりも輝く、と。


 今までの彼の眼は、亀裂が走り、黒く薄汚れた様な瞳だった。


 ただ、今、其処に居る彼の瞳は、どんな色をしていただろうか。


 例え亀裂が走ろうとも、決して純粋な宝石に引けを取らない、濁りの無い黒い瞳。真っ黒と言うには、まるでその中に光を秘めていると言いたくなる、矛盾を孕んだ様な黒。


 それは差詰め、オブシディアン。


 総ての本質や未来を見通すと言われる……黒乍らに神秘的な輝きを秘める純鉱石。


「……、」

 輝く黒い瞳は、真っ直ぐと怪物を睨み付ける。

 怪物も突如として起きた彼の変化に目を見開くが、だが、異常は其処までに留まらなかった。

「……ッ!?」

 まるで、黒斗の身体の瘴気が彼の意思の様に動き、彼のコートのポケットから何かを取り出す。

 怪物は攻撃かと身構えるが、彼のポケットから取り出されたのは、二つの黒い何かが超圧縮されたカプセルが二本。


 其れは黒斗の目の前にまで浮遊してくる。


(何をする気だ……ッ!?)

 ふと、怪物はその目線を彼から上へと移す。


 先程の黒斗の余波によって、天井の瓦礫が軋み始め、そして……。


 バギバギバギバギバギィィィッッ!?


 大きな亀裂が入る。

 次第に其れは広がり、天井が裂け始め、巨大な天井の一部が崩落した。


 バゴォォォォッッ!!


「なッ……?!」

 怪物は声を上げる。

 それは、その危機感に対してでは無い。

 その大岩の様な瓦礫が、黒斗へと向かって落下し始めたのだ。


 直ぐさま黒斗に目線を戻す怪物。


 其処でもまた、奇妙な出来事が起きていた。


 彼の目元に、黒い線が迸り、乱反射する様に輝きながら、目の前に浮遊したカプセルがガチガチガチィッと悲鳴を上げていたのだ。


 ――ピシィッ!!


 カプセルに亀裂が入る。

 中には本来注入し尽くせないほどの超容量の成分が含まれており、何処かに亀裂が走れば、其れはどうなるか検討が付けた。


 だが、其処で何かが起ころうとする前に、大瓦礫が……黒斗を意図も簡単に叩き潰した。


   *


「黒斗は……アイツは、俺達の中で一番特別な奴だ。力とか、そういう意味合いじゃ無い。奴は表面上無欲に見えるのだが、案外強欲なのだ。奴の欲で、象徴すべき物は一つでは無い。まず第一に――そして俺達の象徴とも言うべき――欲は、戦闘狂だという事だ。そう思えないだろ? だが、そうなんだよ。そもそも、ガルダでは無いか? と聞かれるだろうが、奴の根源は「殺戮」ではなく『破壊』。つまり、強くなるとか戦う事が好きでは無く、その全てを破壊する事。対してアイツは、大の戦闘狂だ。何せ奴は寡黙だが戦いになるとよく頭が回る。そしてその発作として、奴の戦闘衝動はガルダを前にすると抑えが効かなくなる。ま、良識がある分人や無力な奴には襲いかからない。在る意味良識的戦闘狂さ」

「そして、第二に情緒から来る欲だ。戦闘狂が奴の欲だと思うのなら、前提として人の本能と情緒にはそれぞれに欲が分散しているのだ。そしてそれらが人間を作る。奴の情緒的欲求は、『孤独を嫌う』事。意外か? だが、奴の本質を聞けば解る。アレは本来、孤独の中で生きてきた。それ故に繋がりを求め、愛を求める事が多かったのだ。だが、アレはその道の中で見つけた繋がりの悉くがその両手から墜ちた。そばに居る物は消え、愛する者さえ失い続ける人生。まるで不幸の中に居るようにも思えるその数々の闇は、奴の心を閉ざす事になった。『自分が誰かを愛すれば、其奴は己の不幸で死んでしまう』と考え、心を開く事は無かった。だが、欲とは律しきれる物では無い。奴はあの生活の中で、己とともに歩み、笑う奴等に、心を許してしまった。結果は悲惨な通り。アレは可哀想な男だよ。『愛に飢えている』筈なのに『愛を遠ざけなければいけない』という矛盾した二つの世界の狭間で彷徨うのだ。その苦念に悩まされ続け、今でも奴は愛に飢えながらも、愛を遠ざけようとする」

「だが、故に奴は強い。何せ、その矛盾した物の境界には、ある一つの共通点がある。『愛した物を守るという事』。其れだけに置いては、奴は際限なく強さを手に入れるだろう。だが、それ故に、何かを削るのだ。感情を削り、寿命を削り、身を削り、心を削る。人間という物を削りに削り、そして奴が辿り着いた先が化物だった。だが、それでも、私は観た事はないな。彼所まで優しい、悲劇の獣は……。――誰よりも優しすぎる故に、誰よりも業を背負う故に、誰よりも悲劇の道を選ぶのだ……」


   *


 落ちた瓦礫。

 その下には、確かに立ち上がって此方を睨んでいた男がいた。


 今は最早、赤黒く淀んだ液体が岩場の隙間から流れ出ているだけだ。


「呆気ねぇ……」


 その余りにも呆気ない決着に、怪物は大きく呆れていた。

 何かを期待できたかと思えば、其れを行うよりも早くにその命の灯火は蝋燭ごと消えていたのだ。戦いを楽しんでいた者が、嘗て無い高揚をした途端に、此れだ。


 何も言わない。

 怪物はその眼に映る赤黒い其れを見て、そして振り返り、何処かへと過ぎ去ろうとしていた。


 後ろへ振り向き、仮にもかなり致命傷であろう身体のまま、歩み出した。


『――』


 バゴォォォォォンッッ!?


 背後の瓦礫が、突如として爆散する。


「……ッ?!」

 怪物は突然の爆発に直ぐさま後ろへと振り返った。

 瓦礫があった場所は、土煙が充満し、何も見えない。

 だが、ある一点で目に見えた変化が、怪物の口角を上げていた。


 赤黒い液体が、自力で動き出す。


 まるで、其処に向かって集結するかの様に、ズルズルッと土煙の中に集まり始めたのだ。


「……アァァ!! そうか、そうだよなぁ!!!! 終わらねぇよなァァァァァ!!!!」

 怪物が、嬉々として叫び放つ。


 ゴゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!


 砂煙が突然竜巻の様に吹き荒れる。

 彼が居た場所を中心に、煙は大きく風に乗り乱れ、そして……。


 全ての土煙が払い出された後、彼は其処に居た。


「……、」

 今までの黒斗では無い。


 彼の肌に固形物の様に張り付いた黒い固まりが、まるで全身に纏わり付く様に彼の身体に浸透している。服の上からも、肌の上からも、粘着質な蜘蛛の糸の様に体中に張り巡らされ、固まっていた。


 肌が崩壊していた先程までのフォルムとは一変し、まるで吹き出す穴を塞ぎ、固められた様な異様な彼の姿は、怪物の眼にも異質に映った。

「……悪いが」

 黒斗は、ポツリと吐き捨てる。

 その瞬間何かを感じ取ったのか、怪物は不意に構えを取り直した。


 だが。


 一瞬だった。


 全く別の方向から衝撃があった。


「――――ッッッ!?」

 鈍器の様な物で殴られた感覚の後、怪物は気が付く。

 彼が見ていたのは、残像だった。

 光の法則が締結する前に、黒斗は彼の横に回り込み、その拳を振るっていた。


 ドゴォォォッ!!!!


 音までもがワンテンポ遅れて響く。


「……ガッ?!」

 意識が追いついた時には、瓦礫の中に居た。

 立ち上がり彼を見据えるが、何が起こったのかが全く解らないという顔だった。


「……先程までとは違うぞ」

 黒斗の眼は、黒き輝きを増し、静かに怪物を見据えていた。

 まるでふわりと浮いていたかの様にロングコートの丈は揺れている。


 バゴォォォッッ!!

 怪物は、足場の床を踏み抜き、黒斗に向かって加速する。

 ゴウッ!! という風を押しのける音と共に、黒斗に向かって刃を振りかざした。


 剣先が真っ先に狙ったのは、首と肩の付け根だった。

 この怪物は殺し方を理解している。人がどうやって死に、どのように殺すかを、明確な殺意にして叩きつけてきた。


 が。


 刹那、刃は黒斗の身体に達する事無く、まるで透明な壁に阻まれたかの様に弾かれた。

「ガッ……何が!?」

 怪物は驚きと、その衝撃によって後ろに弾かれる。

 その目には、ある物が映っていた。


 黒斗の片手には、既に刀が握られている。最早刀を手に取り、其れを振るうだけでも人間を超越していたのだ。今の彼に何があったのか。


 だが。

「……フッ」

 怪物は笑った。


「おもしれぇぇぇぇぇ!!!!」

 再び黒斗に飛びかかる。

 其れこそ本気の様で、先程よりも段違いに早く、段違いに重い一撃が繰り返される。


 黒斗は刀で怪物の攻撃を受け止めるが、脚がジリジリと滑り押されていた。だが、表情に曇りは無い。寧ろ、小さく息を吐き捨て、そして、変化が起きた。


「「行くぞ」」


 ふと、声が二重に聞き取れた。

 怪物は其れれでも尚攻撃の手は止めなかったが、突如として手応えが消えた。


 否。

 目の前に黒斗が、正確には分裂したのだ。

 縦に、半分に。切り裂かれた様に、綺麗に。


「アァ?!」

 突然の事に目を見開き、唖然としてしまう怪物。その分裂は、徐々に別れたもう半分の自分自身を構成し、そして二人になった。


「「……ハァッ!!」」

 二人の黒斗の拳が、怪物の腹部に殴り上げる様な重い一撃を繰り出す。

「カハァッッ?!」

 口から血を吐き出し、身体が空中高くに放り出される。最早自分自身の身体に蓄積されたダメージに、思い切り響く拳によって一寸の麻痺が起きていたのだ。空中へと投げ飛ばされた怪物の身体は、体勢を立て直す事が出来なかった。


「行くぞ、俺」

「解ってる、私」

 片足を大きく構える黒斗に対して、もう一人の黒斗が大きく跳ねる。黒斗は振り上げた脚を空中で何かを蹴る様に振り上げ、もう一人の黒斗は、その脚を足場に、高く飛び上がった。

「……ッッ!?!?」

 怪物の背中に、重い一撃が放たれた。

 更に、身体をギュルンッ!! と空中で回した黒斗は、踵落としを怪物の腹部に繰り出す。


 ドゴォッッ!!


 怪物の身体は真っ逆さまに地上へと急降下する。

 その先には、もう一人の黒斗。

 更に、上空から追う様に落下する黒斗。


「「終わりだ」」


 黒斗の身体の表面に粘着する黒い粘着物が、禍々しい輝きを発光させた。


 両の拳が、怪物を挟み込む様に放たれたのだ。


 最早振動が逃れる事が出来ない空中で、怪物はその衝撃を間近に受ける事になった。

 だが、其れでは終わらない。

 まるで辻斬りか、彼等は其処から更に一発、更にもう一発、止む事の無い、連撃と剣劇の応酬が怪物を襲った。

「…………………………ッッッッ!?!?!?」

 目まぐるしいスピードで放たれる刀と拳。

 二人の黒斗の攻撃は、一秒一瞬の隙が無い。

 まるで息のあったコンビネーションは、風をも押しのけ、衝撃を加速し、そして……。


「「ハァッッ!!」」

 両拳が、怪物を吹き飛ばした。


 ガガガガガガガガガガッッッ!! ドゴォォォォォンッッ!!!!


 怪物の身体は大きく吹き飛ばされ、瓦礫の山をボウリングのピンの様に吹き飛ばした。


 ――シュゥゥゥゥン……。


 黒斗は互いに一つに戻ると、刀を構え直す。

「クソッタレがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!?!?」

 怪物が怒号を上げて立ち上がる。

 あれだけの攻撃を受けても尚、奴は未だ動けるのか、と。だが、そんな言葉は最早此処には無い。ヒートアップした黒斗の感情に、攻撃の手を緩める気など無い。

 だからこそ、黒斗も解っていた。


 次が、最後だと。


 一瞬の静寂。

 ただ、その静寂さえも一瞬に終わり、怪物同士は走り出す。


 轟ッッ!!


 風を巻き上げ、互いの獲物を振りかざし、そして……。

 彼等の接点で、決着は付いた。


「……、」

「……、」

 静けさが、辺りを包む。


 彼等は交差し、その勢いで距離を取る形となった。

 怪物同士が駆け抜け、そして一瞬の交差の結果。


 先に動いたのは……、黒斗だった。

 刀を振るい、納刀する。


 刀を納めながらに、怪物は灰となり始めた。

 身体が消失し始め、黒斗が刀を納める瞬間には、その全身が灰となって消えていた。


「……、」

 黒斗は、灰となった怪物に語る言葉など無い。


 身体の黒い粘着質も消え去り、本来の黒斗へと戻り出す。


 彼は、崩れ落ちた瓦礫の山を飛び越え、目的の場所へと急いだ。


   六


 タッタッタッタッ!

 駆け足の音が、廊下に響く。


 辺りは機動隊や研究員の血が散漫し、血生臭い鉄の匂いが鼻にこびり付く。

 その中でも彼は、特に怪訝な顔など無く、普段通りの澄ました無表情でジョギングかの様に廊下を駆けていた。


 シュイーン……。


 自動扉前まで来ると、其処はメインルームの様で、大規模なコンピュータや人が丸々入れる程の大きさの培養器カプセルが横並びに大多数並んでいる。

「……此処は人間を作る実験場か?」

「強ち、間違ってないよ」

 ふと、奥のコンピュータ辺りから誰かの声が聞こえる。

 彼は目線を其方に移せば、其処に居たのはボロボロになりながらもコンピュータを弄っている黒斗だった。

「遅かったな、古都」

「一番乗りは貴様だったか」

「まあな。もう少しでセキュリティを全部解除できる。他は未だか」

「あァ? 呼んだか?」

「ガル……っ!? 貴様、何だその格好は」

 不意に古都の後ろに現れたガルダ。彼の服は幾ヶ所がボロボロになっており、所々に掠り傷や小さな切り傷が目立つ。

「それ言うならテメェもだろォが、古都」

 対し古都は全身が打撲痕で覆われているようにも見える程に、その傷は明確な物だった。

「……ほい」

「アガッ!? 突っつくな貴様ァ!!」

「何だ、痛いのか」

「痛いに決まっているだろう!! いい加減にしろ!!!!」

「……、」

 後ろで啀み合う二人に対して、黒斗は呆れた笑いを浮かべながら、コンピュータのロックを解除していく。画面に映し出される資料に目を通しながら、彼はカタカタッとファイルを一つ一つ確認して処理していた。

「で、ガルダ。貴様はどうなったのだ?」

「アァ?! ……あー、怪物と戦ってたんだけどよォ、やる気失せたのか急に帰っちまった」

「貴様もか……、結局何だったのだアレらは」

「知らねー」

「……貴様に聞いたのが馬鹿だった」

「あァ? ……いいぜ、だったら此処でもう一戦しようじゃねぇか!!」

「ふんっ、今の貴様など、赤子の手を捻る様な物だな」

「へぇ、口は減らねぇなぁ!!」

「……口と言えば、天宮はどうした」

「あー、見てねェなァ」


 彼等の疑問に対して、聞き耳を立てていた黒斗は、溜息交じりに吐き捨てた。

「どうせアイツは、未だなんだろうよ」

「……ァ?」


   *


 給仕室では、カインと天宮が今も尚語らっていた。

「フム、では、今回は此処までと致しましょう。此方としても良い収穫でした」

「そう言って貰えると有難いねぇ……、どうやら、アッチも終わったらしい」


 機械的な笑顔のカインに対して、天宮は憎たらしい笑みで返す。どちらも不気味さは終始変わらない会話だったが、互いの商談は有意義に進んでいたらしい。

「では、次会う事は無いかも知れませんが、互いに条件通りに」

「あぁ、約束は守るよ」

 嘘くささが滲み出ている。

 だが、互いに何処か似た性質だからこそなのか、それを知っているからこその互恵的な関係となっているのかも知れない。


「そう言えば、先程貴方の口から三人のお話をお聞きしましたが、貴方は違うのですか?」

「何がだい?」

「いえ、他人を象徴し自分を隠しているようにも見えたので」

「……そうだね、でもまぁ、人に教えられる様な特技では無いだけさ」


「ただ」

 天宮は、付け足す様に言う。

 立ち上がり、給仕室の出口まで脚を進めながら、振り返りにカインへと目線を移し、吐き捨てた。


「――人の不幸が好きなだけさ」


   *


「……ヘックシ!!」

 黒斗は突然、通路の真ん中で大きくくしゃみをしていた。

 鼻を擦り、「うぅ~」と小さく唸る。

「んだ?? 風邪か?」

「ちげーと思う」


 黒斗、古都、ガルダは、コンピュータルームを出て、出口へと向かっていた。最早機動隊や研究員の影は無い。どうやら粗方刈り尽くした(主にガルダが)ようで、彼等は呑気に廊下を歩いていた。


「で、天宮を待たずして良かったのか?」

「アイツにはアイツの役割がある。それに、襲われてもアイツは死なねぇさ」

「天宮は確かにつェェよなァ……だけど、アイツとは殺り合いたくねぇわ」

「ま、言わんとしてる事は解らなくも無いさ。奴の剣技は肉眼では追えないからな」

 黒斗は、確信めいた言葉を重苦しく吐き捨てた。

 彼等は幼馴染みの間柄だからこそ解る、天宮という男。


 口は回り、騙しに長けている。

 だがそれ以上に、この怪物達と同等に立つ実力者だ。

 そしてそれを一番に認めている黒斗だからこそ、その言葉の重要性は確かだった。


 そして、古都もその言葉に感心めいた様に唾を飲み、思った。

(確かに奴は強い。四人の中でも剣速は最速だ。それに頭も回り、俺達の中では作戦参謀として戦略家の地位に居た。だが、それは黒斗も同じだ。黒斗も本来の戦い方を行えば、奴ともガルダとも張り合える。此奴の、が……出来ればの話か)


「お、出口じゃねーか? アレ」

「はぁ……」


「おっ! オッツかれ~」


 外では天宮が無傷で意気揚々と手を振って待っている。三人が同じく思った事だが、奴の悪意に満ちた笑顔は満身創痍でも腹立たしかった。

 だが、それと同時に、ある日の思い出も有った。


「ふんっ、ムカつくが、昔の様だ。戦いが終わり、基地に着けば、貴様の苛つく顔が出迎える。ムカつくに越した事は無いが、帰ったというのも、実感できるな」

「……古都、そういうのは口に出すな」

「あーあ、シラける」

「おいおい、普通に出迎えた俺の気持ちも察してくれー……で、例のデータは?」

「ほらっ」

 黒斗はポケットから一つのメモリーカードを天宮に見せる。


「目的は達したな」

「なら、戻るぞ。港に私の船があるはずだ」

「戻るって、此処からまた一日掛けてだろ?」

「……面倒臭い」

「ハァ……取り敢えず、適当なところで処置をしてやる」

「……医者だったな、貴様」

「忘れるな……」


 闇夜の空は、少しずつ薄れ始めた。

 山間から顔を出す陽射しに、彼等は皆眼を細める。


 ――嘗て、四人の革命家がいた。


 顔の無い革命家は、各地で多くの貧困層に手を伸ばし、決起させ、世界最大の全世界多発革命を起こしたと言われていた。

 その中で、主要格と言われた四人の革命戦士は、戦場にひとたび現れれば、その強さは百万の軍勢や鉄の塊さえも圧倒したという噂がある。

 だが、事実は誰にも解らない。

 過去最大の革命は、過去最も早くに幕を閉じたのだから。


 だが、例えどんな話をかき集めようとも、彼等の姿も、顔も、象徴も、何も残っていなかった。

 革命家達の目的は何か?

 その四人の正体とは?


 ただ一つ云えるのは、ひとたび戦場に現れれば、彼等に敵は無かったと言う事だった。


 そして、過去最大の革命と言われたにも関わらず、

 彼等は敗北し、

 その革命は幕を閉じていた。

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