終節 逃れられないCriminal.
甲板の上では、黒斗が海を眺めていた。
肌に触れる潮風が、妙にこそばゆくも感じるが、今の彼の眼は、何処か冷め切った様な力の無い瞳だった。
「……、」
「黒斗」
不意に、黒斗を呼ぶ声が耳に入る。
それは、この船の企業主でもある古都自身だった。
「貴様に言われたデータ、全てインプットしたぞ」
「そうか。なら、コレで全て完了か」
「そうだな。ほらっ、コレは返す」
古都は、黒斗に向かってUSBメモリを投げ渡す。
片手で受け取る黒斗は、自分の手に取ったメモリに目を落としていた。
「この船も時期にジャパリパークへ戻る。既に日本で別れたガルダと天宮だが、奴等の介入は吉に働いたな」
「昔からそうさ。彼奴らとは長い付き合いで、ムカつくが……それでも、悪い事は無かった」
「そうだな……」
シンミリとした空気の中で、黒斗は海を眺める。
遠くに何か鳥が飛んでいるようにも見えるが、その正体はわからない。
「……名残惜しくは無いのか?」
「無い」
「そうか」
「それに、俺達はどんな生き方をしても罪人だ。今日まで、多くの命を奪ってきた。それは、味方も敵も変わりなく、その全てを奪ってきた。今でも、奴らの声が耳の中に残って仕方ない」
「……そうだな」
「なのに、何でだろうな。何で俺は、あの場所で今も戦うのだろうな」
黒斗は、遠くに見えるジャパリパークに目線を向ける。
多くを殺してきた。
その数多の命に手を下し、汚してきた。
その汚れた人生の中に居て、それでも彼は何故あのパークを護り続けるのか? 罪人に似つかわしくないその場所に、何故彼は其処までに執着するのか?
(今も尚、その苦悩で苦しんでいるのだろうな。貴様は……)
古都は、黄昏れる彼の背を見つめながらに、思う。
(多くの罪を背負い、多くの傷を背負い、その身を磨り減らし、悩み続けながらも、前に進む。それこそ、あの罪は本来お前の背負うべき罪では無かった。なのに、お前は自分など放棄し、誰かの為に汚れ続ける。そして、誰もがお前の前から消える。……黒斗よ。ここから先は、孤独の戦いだぞ。それでも行くのだろう。だが、何故あの場所が貴様を其処まで駆り立てる。苦しみ、藻掻き、誰も貴様に手を差し伸べない。だが、人は傲慢で、その願いを口から……心から吐き出し続ける。その度にお前は誰かの為に己の手を汚しながらも、その誰かの願いを叶え続ける)
都合が良すぎる。
それ程に、彼という存在は誰にでも頼られる。任される。背負わされる。
罪も、痛みも、憎しみも。
(「救われたい」と言う者の為に、その敵を薙ぎ払う。「助けたい人がいる」と言う者の為に、窮地に身を投じる。まるで、都合の良い神様だ。誰かの願いの為に己を捨ててまで手を伸ばすのか? 何故其処まで出来る? ……貴様は、何になりたいのだ? 何がしたいのだ? ……貴様は一体、誰に手を伸ばして貰うのだ)
きっと、「何故救うのか?」と声を掛けても、彼は曖昧に帰すのだろう。
きっと、笑って、微笑んで。
苦しみを隠して。
――そうしたいから。
などと、言うのだ。
「……、」
黒斗は、手に持ったメモリを覗く。そのメモリは謂わば盗み出した主要データで、謂わば計画の核となった物だ。
「これは……、もう要らないな」
彼はメモリを握りしめ、軽く振り上げる。
そして。
ヒュッ!
海へと投げ捨てた。
「……良いのか?」
「もう、既に必要なデータは取ったんだろ? なら、もう必要ない」
「そうか」
海風は、彼等を優しく撫でる事は無い。
傷に潮風が染みる。
ジャパリパークに戻れば、其処からはまた、所長コクトとしての生活が再開する。
そして、彼の最後の目的の為に、彼は動き出す。
*
――此の物語は、全ての始まりの物語。
一に到達する為の、零からの話。
嘗て、ジャパリパークを創った者達が居た。
彼等は、表向きには多くの賞賛を受けながら、その努力と汗と、血と涙は、誰も知る事は無かった。
そして、創生期は最終段階へと進む。
銀蓮黒斗。
彼が、その世界で見た景色は?
そして、彼が見つけた、解答とは?
……今、世界の始まりの謎が、明かされる。
――此れは、
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