第一八節

 ホクリク地方山陰部にて、セルリアンの大量発生。

 電源が復旧して最初に届いた情報は、それだった。


「緊急警報発令!! 従業員全体に報告しろ!! ジャパリパーク遊園客に避難勧告を出し、極力フレンズを山陰から逃がせ!! 戦闘可能なフレンズで防衛戦を張り、それ以上の拡大を防げ!!」

 コクトは迅速に指令を出す。

 彼は知っている。

 この瞬間に判断が遅れれば、その時点で勝利は無くなると。


「りょ、了解です!」

「誰かホクリク地方の地図を持ってこい! 通信班は現地と各箇所の状況確認!! 医療機関には緊急事態宣言を発せ!!」

 コクトの言葉は、管制塔内でも一段と響いた。

 聞いた彼等は直ぐに各々の配置につき、ジャパリパーク内では園内放送が繰り返し流されていた。


「所長! 地図です!!」

「貸せ!!」

「通信班、セルリアンの現在の拡大地と中央点は!」

「セルリアン、山岳より麓に向け拡大中。数は断定できない程多数。種類も数多です! 中央点は山岳頂上。拡大地は……既に麓です!! 避難追いついていません!!」

「全地方へ通達!! 全地方のガイド部に戦闘可能フレンズの招集要請を出せ!! 現在交戦中のガイド部及びフレンズには撤退線を麓に張り防衛を続けよと命令!!」

「は、はい!!」

「コクトさん、全地方のフレンズを集めるには時間が掛かります!」

「解ってる。……防衛線を西へ移行させろ!! 東は無視で構わない!!」

 突然の宣言。

 山岳部は横長に山岳が続いている為に東部と西部に戦線が分かれていた。

 だが今、コクトは東を捨てろと宣言したのである。それは、他の職員にとっては東法学の列島諸島を全て捨てろと言っているようにしか思えなかった。

「ッッ!? こ、コクトさん!! 東を捨てれば、東にセルリアンが流れ込むのでは!!」

「時間がない!! 命令を伝えろ!!」

「わ、解りました!!」


 切迫した状況下で、コクトだけは汗も表情も変えない。

 その作戦に疑問を持つ人間ばかりであったはずなのに、彼だけはその考えを捨てなかった。

(もう少しだ……もう少しで……)


   *


 ホクリク地方山岳東部。

「え、どういう事!?」

 その場所では、フレンズが大量のセルリアンに対して流れ込まぬように防衛線を張っていた。波のように押し寄せるセルリアンに対して、連携を得意とするフレンズを司令塔に、少数精鋭で喰らいついている状態だ。

 だが、突如伝えられたコクトの作戦に、それを聞いたフレンズは驚愕する。説明するガイドも同じく、彼の意図が読めなかった。


「……行こう、皆!」

 その言葉を言ったのは、戦えず、後ろの方から手当てをしていたキタキツネだった。

「キタキツネ、さん?」

「きっと考えがあるんだよ! だから、皆で西に行こう!!」

「……、」

 確かに、考えがあるのかも知れない。

 だが、それでも皆が皆半信半疑だった。

「何やってるの!! コッチよ!!!!」

 別方向から又誰かの声がする。

 そこでは、嘗ての発明品『ナンデモハコベールXX』を乗りこなしてセルリアンに激突しては吹き飛ばすギンギツネだった。


「皆がやられちゃうよりも良いはずよ!! だから早く!!」

「……そうね、皆!!」

 誰かがそういった。

「足の速い物は自分で走れ!! 歩けぬ者、遅い者は乗り込め!!」

 威厳のある声のフレンズが、そう言い放った。


 そして。

「取り敢えず私達も……って、サーバル、どうしたの!?」

「うぇ?! ……う、うん、何でも無い! 今行くよ!!」

 そう、サーバルもそこに居た。


(……コクト)


 キタキツネが、勇気を出して、大きい声で先導する。

 ギンギツネが、他の発明品を駆使しセルリアンを寄りつかせなくする。

 カラカルとサーバルは、ギンギツネの発明品の中に乗り込んだ。


「ギンギツネ! 発進しろ!! 乗り込めなかった者は我々が運ぶ!!」


 威厳のある者の指示が飛び交う。


 多くのフレンズの力を借りて、その結果。


 東部前線は全フレンズが撤退。

 多少の傷のみの被害となり、誰一人脱落する事なく、東部前線は山陰を通り、西部へと移行を始めた。


   *


 西部前線。

 東部前線とは違い、此方は彼等の猛襲になんとか喰いすがっている状態だった。


 その猛攻に挫けそうになるも、次々に追加される援軍と、医療機関の連携により、なんとか押さえつけている戦況だった。

 だが、まるで大波のように迫り来るセルリアンの猛襲に、フレンズ側は劣勢状態だった。


「くッ!! 踏ん張れ! 未だ増援は来る!! 今はここから先に行かせるな!!」

「くッッッ!!!!」

「ヒィッッ!? 怖いよぉ……!」

「ぐぁッッ……まだまだぁぁぁぁ!!!!!!!」


 絶え間なく来る猛襲に、弱気なフレンズは心が挫け掛ける。前で奮闘する強気なフレンズも居るが、それでもやせ我慢に近い。各箇所に傷が見え隠れし、着々と機動力を削がれ始めていた。


「おい、おいおいおい!!」

 フレンズの一人が、急に叫び出す。

「なんだ、どうした!!」

「なんで、なんでこんなに来るんだ!!!!」

「何が――うそ……だろ?」

 その声に応じて、各々がその視線の先を見た。

 それは、もう、形容しがたい光景だった。


 山の奥から、更に増援と言わんばかりに流れ込むセルリアンの猛襲。先程まで押さえつけていた数の倍。なんとか押さえつけていたと言う気力が、全て削がれるような、

 絶望。

 絶望。

 絶望。


「……どうすれば良いんだよ、こんな、数」

 士気は薄まり、誰もが戦意を無くしかける。


 押し返すも何も、倍以上の数では一切の抵抗虚しく飲み込まれるしかない。

 どう足掻いても勝てない。

 そんな、希望がない戦況で。


 地に落ちた通信機から、音声が発された。


   *


 管制塔内。

 コクトは、通信機を片手に、全てのガイド、区域にあるトランシーバーに向けて発声した。

「全フレンズ、職員へ通達。これより我々はセルリアン防衛作戦に入る。今作戦はセルリアンの行動が止まる夜までの防衛である。現在全区域よりフレンズの招集に成功し、あと僅かで着々と援軍が動員され、その数はセルリアンを覆す力となろう。今日この日、我々はセルリアンに負けたという歴史を作る訳にはいかない! 我々はこの島で共に暮らし、共に生き、共に支え合ってきた!! 今、この瞬間その積み重ねてきた我々の思いを、残忍で野蛮な奴らに踏みにじらせるな!!!!」


 覇気のあるその声は、各地方全てのフレンズや職員達に通達された。

 今、自分にはない士気を、背中から、横から、沈んだ心の淵から、自分に目掛けて発されたその言葉が、彼女達の心の彩りを、変化させるのか?


「我々は獣だ!! フレンズも、ヒトも、そこに隔たりは無い!! ならば、その本能に問え! 我々はその場所で絶望し、死にうるのか? 我々は彼等に殺られる為に生まれてきたのか? 否、断じて違う!! 我々は、その生物競争の歴史で勝利する為に各々走り続けてきた!! ならば何をする? 君たちは、何を選択する!! 絶望する今日か! それとも、微笑む明日か!!!!」


 淵の底。

 絶望し、投げだそうとしていた自分たち。

 それを情けないと思うのか、マシだと思ったのか。

 フレンズは、各々の心と向き合う。

 その中で、何が善いとされる選択肢か。


 今日、

 この日、

 フレンズは、人類は、


 本当の強さというものを、試される。


   *


「……、」

 その一喝する声に、全てのフレンズが、人類が、黙り込んだ。

 突然の怒声に、セルリアンでさえも怯み、動きを止めた。


 キラキラ……。


 フレンズ達の身体の表面から、何かが発光し始める。


 フレンズ全てが、各地方のフレンズが、例外なく、その声を聞いて、発光し、キラキラとした物を浮かび上がらせた。


「……誰が、誰が」

 誰かが行った。

 フレンズがいった。


 武器を握り治し、敵を見据え、一歩、もう一歩、進みだした。


「「「「「「誰が、此処で終わるかぁぁぁぁぁッッッ!!!!」」」」」」


 突如、一斉の攻勢が始まる。

 怯んでいたセルリアンも突如の攻勢に激しく反撃した。


 だが、それはセルリアンにも解った。


 違う。

 これは、違う。


 これは、私達の知っている被食者では無い!!


 拮抗するフレンズ達、だが、次第に加わる援軍の御蔭か、ぐんぐんと、ぐんぐんと、押し始めた。


   *


「何だ、これは?」

 管制塔では、一人の職員が驚愕していた。

 それは、反撃を開始したフレンズに対してではない。

 セルリアンに対して、それも、セルリアンが東部前線から西部へと移ったのだ。

「何が、どうなってるんですか!?」

 怒鳴っているようで、口元は歪んで笑んでいる。


 嬉しい怒声のような物に、コクトは淡々と答えた。

「日没だよ」

「……あっ!!」

「セルリアンは輝く物に対して動く傾向にある。それも、山を挟んだ場所なんて、東側のセルリアンは直ぐにでも西に行くだろう。とも成れば、戦線は西で肯定すれば良い」

 読み通り。

 既に日は夕暮れ時で、沈み掛けている。


「遊園客の状況は!!」

「船で本島まで送還準備中です。数分後にもう一席到着。早くて三〇分後には全遊園客を本島に逃がせます!!」

「了解、各地方の商店に伝えろ。避難と共に、自身の店と身近な場所の電気を全て消せ! パーク・セントラルの電気系統の一切もだ。残すのは医療機関と研究所のみ。事務所は即刻退社しろ!!」


 先程のコクトの発言に疑いを持っていた者は、今ではもう居ない。


 その発言をそのまま各地へと伝達する。


 フレンズ対セルリアンのホクリク山岳戦線での攻勢は、押し出し始めたにせよ、フレンズが消耗し出していた。


 そして、互いの消耗が厳しくなり始めた最中。


 セルリアン、日没による光源の消失により行動停止。


 コクトもそれを見計らい、フレンズに攻撃停止宣言をした。


 結果、消耗に消耗を重ねた互いは、停戦状態となった。

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