第五章 Fifth_year_Code.

第一節

 年度の初めに行われる行事。

 このジャパリパークにおいてで言えば、それはいつもの事だろうか?


 新入社員入社。


 去年の騒動後、一時は募集を取りやめようかとも思ったが、パークの事業構想が肥大化して行くにつれて人海戦術は十分に必要な物となっていた。

 だが、以前のように大量募集の方針から一転し、今回からは大幅に削り、数十名の採用となった。


 この一件に関して言えば、コクト自身のある考えが有ったのだ。


『そこまで募集定員を減らして良いのか?』

『いや、寧ろここまで減らしておかなければ、今後ジャパリパークの運営にも負担がかかりすぎる。それに、折角人事課が出来たんだ。彼所の教育部を使わない手は無い』

『それとどう関係がある?』


 会議室の一角で、コクトはミタニと資料を睨めっこしていた。

 今後の方針としての決議を、彼等で話し合っていたのだ。


『今までは人員が少ないという理由で大幅に入れたが、今は違う。今はなるべく少なく人員を導入する。そうすれば態々我々が指導に付かなくとも、別の者がワンマンチームで指導できる』

『そうか、以前までは大人数だったからこそだが、今は違う』

『そう言う事。まあ、下手に増えたら増えたで……な』


 余り後ろめたい話は苦笑いで誤魔化す。

 しかし、その結果としてはミタニも実験の時間を割く必要がなくなり、部下達に教育を任せられるようになった。


『これでお主も儂も研究に没頭できるという訳か』

『いや、私も教育に回る。一人直に指導したい人物がいるんだ』


『ん? そうなのか……と言うより珍しいな。お主が推薦で誰かを連れてくるなど』

『まあな』


 この一件により、ジャパリパークの定員数は一気に減る事となった。


 その結果、かなり大きく事は動く事となった。


 まず第一に、ジャパリパークの収入。


 以前の初稼働後、ジャパリパークの来場者数は一日にして一八万人を超えた。

 その後の初回以降の来場者は日に約五万人、休日は約八万から一〇万という数の中で一定値を進んでいた。

 減る事も無く増える事も無い。

 だが実際企業の成績としてはかなり優位である事には違いなかった。


 詳しく語るとすれば、企業において売り上げが一定値にて変動せずに続いていくという事はかなり嬉しい結果なのだ。顧客が減らず、いつものように来場する。休日になれば新しい顧客を捉えるチャンスとなる。だが、下手に大きく見せるのでは無く、飽く迄自然体を維持する。

 更にジャパリパークは敵対するライバル企業の存在が無い。


 その結果から言えば、誰にも真似できない事業として独立運営を可能としているのだ。


 だが此所で問題が発生する。

 第二として、定員に対する倍率が以前よりも跳ね上がるという事。

 開園と同時に知名度は知らぬ者がいないと言えるほどに広まり、無論この職に就きたいという者もいる。だが今回の定員の減少により、採用枠に対しての応募者が、コップ一杯に対してプールの水を汲むが如く溢れかえっていた。


 そうなれば競争となり、より知識や技能に長けた者が社員になれると、応募者は死ぬ気で勉強し始める。


 ある種、これが企業の黒いところだろうか。

 オープニングスタッフは募集されやすいが、それ以降の魅力有る企業は入りにくいというのは、何所の世界での鉄則だった。


 ――だが、ジャパリパークの採用基準は少し違う。

 それは、コクトが試験官として入っている事だ。


 彼が求めるのは学や知識に長けた者では無い。

 いや、正確には、その時点での技量知識では無く、今後伸びるかという成長力を見た試験でも有るのだ。

 その性か、実は筆記試験は難しいように見えてかなり細工されており、謂わばメンタルチェックも含まれている。


 そのラインの中である程度進めた者が面接試験へと移り、面接時の質疑を録画し、更に絞る。最後に二次面接を行って、採用者を決める。


 今までに無いその採用方法だったが、精神医学を学んでいる彼だからこそ出来る、採用方法なのだ。


『逆に言えばしっかりしてれば、バカでも入れるって話なんだよな……』


『何か言ったか?』

『いや、何でも無い――』


   *


 総務課。

 事務所内。


「では本日より入社する事になった君たちには、各部署にて指導を受けてもらう。最初はカウンセリングなどから始まるだろうが、気を抜かずしっかりと努めて欲しい。各々の詳細は各部署に聞いてくれ。では、解散」

 課長の席に立つコクトの言葉を合図に、彼等は各々自分が行くべき部署へと向かい始める。コクトはそんな彼等の中で一人、ある新人女性に声を掛けた。

「カコ君。君は此方に残ってくれ、少し話したい事が有る」


 呼び止めたのは、カコと呼ばれた女性だった。

 以前その若さとは裏腹に多膨な知識で手術のサポートを行った彼女もまた、この時期にジャパリパークの勤務へと移っていた。


「は、はい。……えっと、私は医療機関の方へ向かうのでは無いのですか?」

「いや、確かに医務技術も活用したいとは思っているが、もう一つ付いて欲しい仕事が有るんだ」

「はぁ……」


「ま、口で説明するより見て貰う方が早いな。ついてきてくれ」


 コクトは彼女を連れて事務所を出る。

 廊下を通り、階段を降り、挙げ句の果てには外に出た。

 春先の心地よい風は、髪を靡き木の葉が舞う。


「えっと……課長?」

「所長で良いよ。君も孰れそう呼ぶ事になるかも知れない」

「では、所長。私は何所に……?」

「ジャパリパーク研究所さ」

「……え?」


 カコは、医者……いや、正確には研修医より前のインターンであって、強いて言えば今日この日に研修医となる。

 だが、それと同じくして彼女には研究所に来てくれと言う、彼の達しが有った。


 それは、どういう事か?


 まるで誰かに……。


「君には、今後私の直轄として……、研究所兼医務局の二手を担当して欲しい」


『この娘には、才能があるよ』

『ほう、貴様が認める才能、とな?』

『ああ、それこそ、この娘の才能はジャパリパークに必要なんだ。僕らの、後継人として』

『……後任、か』

『イヤか?』

『いや……、と言う事は、お主と同じように橋渡しな業務になるのでは無いか?』

『医学も出来る、でも本職は研究員ってのが望ましいかな。いや、彼女はその方が良い。きっと、彼女にとって今後望ましくなる選択が、この方法の筈だからな』


「……やります!」

「苦労するぞ?」

「え、あ、で、でも! やりたいです!!」


 少し縮こまり間ながらも、振り絞った勇気を彼に当てる。

 小さく内気ながらも、彼女は勇気を振り絞り、新たな世界へと足を踏み入れようとしていた。


 彼は、そんな彼女を見て、最終試験のように、彼女に一つ問うた。


「君は、獣が好きか?」


「は、はい! こ、子供の頃から好きで、毎日……動物園に通ってました。大学のお休みも……いつも動物園に……」


「……ハハッ」

「へ?」

 目の前のコクトが思いがけないような声を上げて笑い出す。

 誰も見た事の無いように、お腹を抱えて、久しく見ない声を出して笑った。


「え、そ、そんなに可笑しかった……です、か?」

「いや、悪い悪い。そうか、毎日かぁ~。凄いなぁ……。そんなに好きなら尚更気に入ってくれると嬉しいと思って、ついね」

「……、」

「悪かったって、そんな膨れないでくれよ」

「い、いえ別に……膨れてなどは」

「良いんだ良いんだ。私も笑って悪かったね。さて、折角君の意志も聞いたし、案内しようか」

「お、お願いします!」

「ああ、よろしく」


(後任、なんて甘い考えじゃ無いな。この娘はジャパリパークに必要な存在になる。こんなに正面から愛せる人間なんていない。どうやら俺は、とんでもない奴を連れ込んだらしいね……)


 後任。

 後釜。

 後継者。


 それだけの認識だったはずなのに、それ以上も無い原石を拾い当てた。

 そんな気分で仕方が無かった。


「……待っててくれ」


「? ……何か言いました」

「いや、何でも無いよ。行こうか」

「は、はい!」

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