第一一節

 ジャパリパーク試験開園当日。


 記念すべき開園日当日。

 港には来場客が乗ってきただろう輸送客船が停泊し、中からぞろぞろと人が降りてきており、開園をまだかまだかと待ち遠しく思っていた頃だった。


 ジャパリパーク、パークセントラル内設立事務所。


「コクトさんと連絡が取れません!」

 大慌てで飛び入ってくる職員。

 本日帰還するはずのコクトが、現在停泊している客船にも、連絡も取れず、内部は大慌ての状態となっていた。

 トップの消失による指揮統制の混乱。

 開園準備が間近まで完了している中で、大きな波乱が彼等を襲っていた。


「……、」

 彼の代理として着席していたミタニも、この異常時に困惑を隠せないでいた。

 だが、それでも、今この場で決断しなくてはいけないのは、現状ナンバー2である彼にあったのだ。


 頭を抱え、悩み込みながら痛感する。

 この席で今まで多くの決断を迫られ、巧みに最適解を出してきたその所長の心強さと、重責。そして、彼を思う彼等の信頼も……。


「……開園するぞ」


「「「「!?」」」」

 振り絞った発言に、職員達は大きく目を丸くする。

 だが、それしか今この現状を打破できる最適解は他には無かった。


「準備をしろ! 開園とは言っても試験開園だ! シミュレーション通りに動くこと、そして、今後の為にも連携を密にし情報共有を怠るな!!」

「は、はい!!」

 その一言によって、ジャパリパークは稼働準備を始める。

 混乱していた内部だったが、ミタニの決定によって開園準備が始まる。


 ナンバー2であるからこそ、コクトに次ぐ人徳によって周りはそれが最適だという、謂わば政治的催眠の手法によって職員達は疑うこと無く、だが不安の残った感情ながらも、動き始めた。


 その日、ジャパリパークはアクションパークとしての第一歩を踏み出すこととなった。

 だが、一つの異例により、パークの開園は所長不在という形で始まった。


 そして。


 試験開園を終え、落ち着ける瞬間が来ると同時に本島に連絡を取った職員は、その時初めて知ることとなる。


 開園前日。

 銀蓮黒斗の消息が……、消えたと言う事実に。


   *


 試験開園は終わり、無事乗り切った彼等には安堵の二文字は無かった。

 所長が不在したことにより、本来三日後に通常営業へと移行する日程を、一週間に定め変更を行った。

 試験自体は大きな問題も無く終えられたが、一杯一杯であった彼等の感情に、知人では無い一般人を招き入れた開園を行うには余力が残っていなかった。


 指揮統制の欠落。

 それが、どれ程の痛手かと言うことを知ったのは、誰でも無いミタニだった。


 試験開園後。

 一週間の期間を空けたが、コクトの期間はまだ無く、既に五日過ぎた日のことだった。


 所長の席で、ミタニが頭を抱えて項垂れている。

「……大丈夫ですか? 副所長……」

「あ、あぁ……」

 気力の無い返事が社員に返ってくる。


 試験開園後に行われた反省会では、士気低下の結果司会進行が滞り、情報が錯綜し良い収穫は全くと言って良いほど無かった。


 フレンズ達も急なコクトの不在に戸惑いはした物の、試験開園時の触れ合いに関しては不祥事無く過ごせていた。


 だが、サーバルの持ちかけたサプライズパーティーは、多くの準備と作業を費やしながらも、無念にも実行されず終えてしまった。


「……所長は、いつ帰ってくるんでしょうか?」

「解らん。何があったのかも情報は無しだ」


 言葉が弾まない。

 数日経った今でも、事務所や研究所は沈黙が多くなってしまっていた。


 だが。


 ダダダダダダダダダッッ!!!!


 事務所の外からけたたましく走る足音が聞こえる。その足音は部屋前まで来ると勢いよく扉を開けた。

「副所長! 所長が……ッッ!!」


   *


 港には、一つのプレジャーボートが停泊していた。

 停泊港には、スーツに黒いロングコートを着込み、片手に鞄を持って此方へと歩いてきている。


 急いで駆けつけたミタニ。

 其処にはサーバルやカラカルなど、何人かのフレンズと社員が集まっていた。


 彼等はその男性を一目し、戸惑いながらもその正体を理解した。

 それが誰かを。


「……コク、ト」


 第一声を、驚きつつも口にしたのはミタニだった。

 消息を消して一週間、彼は今やっとジャパリパークへ帰還したのだ。


 だが、その発したミタニも……否、ミタニでさえも違和感を感じていたのだ。

 見る者全員が一瞬戸惑ってしまう。


 容姿姿は変わらない。

 傍目から見ても解る我らの所長だと。


 だが、何かが違った。


「コクトッッッ!!!!!!!!!!!」


 驚きを隠せない中、第一声を放ったのはサーバルだった。


「どうして帰ってこなかったの!! 何で今まで帰ってこなかったの!? ねぇ、ねぇってば!!」


 サーバルはコクトの袖を掴みグラグラッと揺する。

 当然だろう。

 コクトは知らなくとも、彼女は彼の為にサプライズパーティーを発案し、そのための準備を欠かさずと言っても良いほどやってきたのだ。多くのフレンズが賛同し、その準備を今の今まで行ってきたはずの彼女に取っては、どう捉えようとも、裏切られたと言ってもおかしくなかった。


「ちょっと、サーバル!」

 いきなり取っつきに行ったサーバルを止めようとするカラカル。だが、感情的になった彼女は、今までに無い形相でコクトを睨み付け理由をせがんいた。


 回りのフレンズ達も、驚きを隠せず動揺する。

 ただ、どうして良いのか解らない。


 そんな中、胸元をつかまれ言及を求められた彼は、力の無い声を、たった一言、それだけを出した。


「……ごめんな」


 一言だけだった。

 やっと初めて聞けた言葉が、それだけだった。


「……ッ!!」

 歯を噛み締めた。

 牙が見えるほどに、強く。

 それだけなのか! と、強く強くサーバルは噛み締めた。

「どうして? ……何でなの!! ねぇ、どうしてそれだけなの!? 私パーティーやろうと思って準備してたんだよ! その日に帰って来るっていったから、それを信じて待ってたんだよ!! 教えてよ!! どうして帰ってきてくれなかったの!!」

 感情が爆発する。

 治まらない心の内の炎が、激しく揺さぶられ、勢いを増す。


 だがそれとは正反対に、コクトは静かに、何も言わずに黙っていた。


「――ッッ!! もう知らない!!!!」


 黙っていた彼に自棄が射したのか、サーバルは胸ぐらを掴んでいた手を解き、どこかへと走り去っていった。


「ちょ、サーバル!?」


 カラカルも走り去っていくサーバルを追いかけ出す。

 何人かのフレンズも心配して彼女を追いかけ出すが、それでも尚、コクトは動かなかった。


「……、」

 妙に静かだった。

 ミタニは、どうしても、どうしても気になって仕方なかった。

 会う前のコクトはともかく、今まで苦しい想いがあってもサーバル達の前では安定を装うかのように笑顔で接し、何かあればちゃんと理由を言う。

 一言で言えば社交的で空気の読めると言っても過言では無い人間だった。


 そんな彼が、たった一言しか言わず、それ以上の言葉を発さなかった。


 サーバルが走り去り、喧騒が消え去った港で、また静けさが戻ってきた頃、コクトはそれを見計らったように一言放つ。

「……ミタニ」

 呼ばれたミタニは、違和感の正体に気がつかないまま此方へ寄ってくるコクトに、少々躊躇いながらも返事を返した。


「……なんだ?」

「試験開園はどうだった?」

「君は不在だったが、何とか機能した。だが、通常稼働ともなれば、君無しでは回らないだろう」

「そうか、ちゃんと試験開園が行えたのであれば、それで良い」


「……ッッ!?」


 ミタニは、コクトが目の前に立って初めて、その違和感に気がついた。

 淡泊とした声。

 変わらない表情。

 そして、その眼は虚ろで、生気がない。


 言うなれば、コクトの目の内にあったはずであろう光が、消えていたのだ。


「試験開園ご苦労だった、ミタニ。帰って早速今後の話をしよう」

「……、」

「どうした、ミタニ?」

「い、いや、なんでも……ない」

「そうか、では事務所に戻ろう。延期の件は聞いている。直ぐにでも対策を練らなくてはね」


 コクトはミタニにそう告げると、先に行くように横をすり抜けて研究所へと向かっていった。


 周りの人間やフレンズは一つの騒乱以外は特に異常と思うことは無かった。違和感があれど、戻ってきたという安堵に何所か安心しきっていたのだ。


 だが、ミタニだけ、ミタニだけが、それを感じ取った。


 横をすり抜けたはずのコクト。

 だが、まるで誰も通らなかったように、何も無かったように、彼はいつの間にか過ぎ去っていた。

 まるで其処に生きているはずのコクトが、生きていないかのように。居ないかのように。

 彼だけが異常を感知していた。


(……コクト、この一週間。お前に何があった)


 ジャパリパークの創世記。

 その騒乱は、此所に来て大きな荒波に飲み込まれ始めた。

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