第八節

 月日は少し流れ、秋の中盤に差し掛かったくらいだろうか?

 サンドスターの影響で四季の影響を全く受けないジャパリパークでは、気温も湿度も一定値のまま、季節感など忘れて毎日を当たり前のように過ごしていた。

 研究員の中には時偶日付を忘れ、予想より一ヶ月以上先だったりと困惑姿がいつものように見て取れる。

 時差と言うべき誤差かどうかは知らないが、その時差に惑わされていない人間が一人、事務所の中で今日もタイピングを進めていた。

「……、」

 事務所の中には、コクトの他にもレイコ、セシル、ミタニの三人が事務机で作業を行っていた。自身の研究室を任せる物に巻かせて此方へと来ていたのだ。

 と言うのも、彼等が事務室に来たのはコクトの手伝いや資料作成の他にももう一つの理由があった。


 それは、来期の増員用の試験資料の作成だった。


 研究員が増員され、ジャパリパークは着々と開園の兆しが見えてきている。

 そんな中で、次に必要となるのは作業員、事務員、医師、システムエンジニア、これ以上に多くの役員が必要とされる事が解った。

 そのために、秋に入ったと同時に彼等は各管轄の試験の呼び込みとその資料作成に明け暮れていたのだ。

 試験は年末。

 その時間までに資料の作成を済ませなければならない。


 だが、もう一人。

 五人の研究員の内の、あと一名の席が空席となっていた。

(……、カイロ)


 切掛は、前の定期報告会後のコクトとカイロの会話の中にあった。

『ジャパリパークから出るわ』

 彼の言葉は、それなりの事を連想させる言葉だった。だがコクトは、一瞬こそ目を見開き驚いたが、落ち着きを取り戻し言葉を返した。

『理由は?』

『セルリアンの研究をしてる内に、ある一つの疑問にぶつかってな。ちょっとそっちの件で外に調査しに行きたいんだ』

『……そうか。しかし、パークの研究で必要な物が外に有る、か。カイロ、何か掴んだのか?』

『いや、正直これは俺の専門学的な検知だが、もしそのパンドラを開けたら……いや、知ったところでその存在を世に出して良いのかもわかんねーけどな』

 息を飲む。

 カイロがもしその答えに行き着けば、きっとコクト達は選択を迫られる。

 それ程に業の深い真実の鍵が、外にある。


 信じがたい話でもあるが、カイロの目を見ても嘘や冗談を言っているような目では無いのは事実だった。


『……解った』

 コクトは、その選択を押した。

 彼も考えていたのだ、此処での選択の分岐点を。

 きっと此処で選択しなければ、我々は真実にたどり着けづに終わってしまうのだろう、と。

『この件はお前に一任する。離島の研究所についても代理後任で私が入っておこう。何、お前の好きなように研究してこい』

『……、』

『……カイロ?』

『――ん、ああ、ありがとな』



(結局、何を掴んだのかは聞いていなかったな)

 事務机の上で、コクトはタイピングをしながら以前の事を思い返す。

 彼がジャパリパークを出てどのくらいが過ぎたのだろうか? 未だカイロとは音信不通の状況だった。


 ペシンッ!

「……って」

 コクトは後ろから何かで叩かれる。

 音は軽く、堅い筒のような物で軽くはたかれた感触だった。

「何辛気くさい顔してるのよ」

「そんな顔してたか?」

「溜め息が多い」

 後ろから叩いてきたのはレイコだった。資料のような物を丸め、ハエ叩きの如く彼の頭を叩いてきたのだ。

「ほら、一応資料ができあがったわよ」

「ん、サンキュ」

 彼女の資料を受け取って中身を確認する。

 唯彼女はそれを待つ気も無く自分の席へと戻っていた。

「しっかし、アレね。五月蠅いのが居なくなって逆に静かになって良いわね」

「ソウデスカ? Meはあの位がGoodだと思いますヨ?」

「流石アメリカン。あのノリが良いのか……」

 カイロが居なくとも、此処では彼の話が湧き上がる。ある意味誰の目に映っても、印象深く映るのが彼の長所でもあるのだろう。本人も察しの良い上にフレンズとも気があってる。ある意味野性的なのか、時偶フレンズをサーフィンに誘っていたりしていた。


「よし、これでいいか」

「そうでしょ? アイツより、私の資料の方が幾倍もマシよ」

「まあ、アイツの資料は軽い文字になんだかんだで要点混ぜ込んでくるからな……偶に見逃しかねない」

「えっ、そうなの? ……何か、今度からちゃんと書くわ」

「He is a very irresponsible man.」

「セシル突然の英語やめてくれない……」

「“彼は何時もチャランポラン”って言いたいんだろ?」

「アンタ本当に英語で来たんだ」

「其奴は他の国の言葉もすらすらと喋れたはずだぞ。外交もしてるからな」

 ミタニはタイピングを弾ませながら無表情に答える。だがその言葉は何所か自慢げに言っている気がした。

「今度はMeもHelpしますカ?」

「そうだな、その時にでもなったら手伝って貰うか」

「OK~」

「……、」

「……、」


 当たり前の日常に、五月蠅い人間が一人抜かれた毎日が過ぎて行く。

 各々がいつも通りに喋ってるはずなのに、どうにも会話に弾みが出なかった。


 が。


「たっだいま~♪」

 そう言って事務所の扉を開けて入ってきたのは……。

「なー……んてね?」

 マーゲイだった。


「あ、あぁ……お前か」

 一同がガタリッと席を立っていたが、マーゲイの声真似だと知ると明らかに落胆したかのように座り込む。コクトとミタニも例外では無く、軽く咳払いをして席に戻った。

(あ……、珍しくミタニ赤くなってる)


「D,Don't surprise me like that……」

「ビックリしたぁ……マーゲイちゃん。いくら何でもそれは辞めてちょうだいね?」

「うぅ……私だってしたくてやった訳じゃ無いわよぉ……もうっ! ほらっ!!」

「……ってて」

 マーゲイが戸の裏から誰かを引っ張り出す。

 誰もがまたまた~と思いながらタイピングに戻る中、コクトはハッキリとその人物を視界に入れた。

「ただいま~」

「まったく、こっちは仕事中だからからかうのは後にしてくれる?」

「ほらっ! 私の性になるじゃ無い!!」

「いや~、ごめんね~」

「いや、お前ら……あの……」

「コクトも惑わされない」

「おやおや~?」

「マーゲイ、余り人をたぶらかすものでは無……い」

「ソウデスヨ! Me達はCatのHandをBorrowしたい気分デスカラ!」

「いや、皆さんよく見て~……」

「もう、何……よ……」


「やっほ~♪」


 硬直した。

 先に気がついたコクト、途中から気がついたミタニも、目を丸くして彼を見つめていた。


 そう、言うまでも無い。

 カイロ張本人だった。


「ぎゃああああああああああああ出たあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「Nooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!」


「そこまで驚くの!?」



「いやー、ただいま~」

 紛れもない、カイロ本人。

 それは誰の目から見ても彼だった。


 唯違うのは……。


「焼けたな、お前」

「えっ!? そう? いやー、こんがり男子になっちゃったゼ☆」

「男子って言うほどの歳でも無いだろうに……」

「ミタニさんも相変わらず辛辣だね~」


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

「で、こっちの二人はどうしてそんな驚いちゃってんの?」

「まあそりゃそうだろうな」

「驚いたショックに腰抜かして動けなくなっとるわい……」


 口をあんぐりっと開けて席から崩れ落ちてしまっている二人。

 お化けでもみたようにして気絶したその二人は、数秒後に沈没した。


「お前……」

「あ~らら」


「で、差し詰めマーゲイに声真似をさせて驚かせてから、自分登場と……」

「そゆこと~♪」

「私で実験しないでよ!!」

「いやーごめんごめん! でも、あんまり効果無かったのかな?」

「いや……絶大だったな」


 彼の策略は見事に的を射た。

 と言うよりも、海老で鯛を釣ったとでも言うべきか、その鯛の大きさに漁師が腰を抜かしているような物だった。

「マーゲイごめんな、アイツに付き合わせて……」

「大丈夫よ。私もあの人がどういう人なのか今ハッキリと解ったから」


「あ、土産の饅頭食う?」

「そいつらの口にでも突っ込んどいてくれ」

「あいあいさ~」


「良いかマーゲイ。アイツに冗談を言ったら、本気でああ言う事するからな?」

「うわ、大きいの容赦なく入れたわね……」


 コクトとマーゲイが互いに、彼の行いが如何に凶暴的なのかを再度確認させた。


 因みに、二人は起きると同時にカイロに対して関節技を繰り出し始めた。


「ふっざっけんなよお前マジで!!!!」

「Fu○k You! Fu○k You!」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ関節がああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 胴体が二つに割れるぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!」

 最早言語圏を逸脱した罵倒物語だった。



「で、研究の方はどうだったんだ?」

 ジャパリパーク離島にある、セルリアン機密研究局。

 研究室の中ではコクトが席に座りクルクル回っているカイロに問いかけていた。

「ん~~~~、ちょっと良くわかんにゃい」

「……は?」

「いやそんな怒った顔しないで!! 今回は資料集めで、その整理を今からするって事だから!!」

「はぁ……。まあ、それなら良いけどよ。具体的に何が解ったとかはまだ先になりそうだな」

「まー、そうなんだけどね。ただ、正直俺の中で出来てる解答を言わせて貰うと……ちょっとヤバい事実が出そうかな~」

「ヤバい事実……」

「まーね」


 彼の旅はどうやら無駄で終わった訳では無いようだった。

 彼の目だけを見ても、今人類が隔離された秘密の部屋に一歩入り込んだ事実を、彼の目が証明しているのだ。


 その晩、彼はその秘密の断片を語った。

 何を語っていたのかは、彼等以外誰も知らない。

 夜通し交わされた言葉は、秘密故に熱を上げ、日が昇った朝に研究員が扉を開けて聞いた言葉は、コクトの一言だったという。


『――僕らは、踏み入ってはいけない世界に入ったのかも知れない』


 その言葉に、一人の研究員は何を話しているのかと気になった。

 だが、二人に訪ねかけても、その解答を聞く事は無かったという。

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