第二節

 新人研究員達の研修を始めて数日後。

 コクトは港で輸入された動物達の受け取りに、コトと面会していた。

 港には以前コトが言っていた大型船が停泊しており、見るからに空母と同じような物だった。


「……いや、本当にデカいな」

「だろ?」

「因みに空母と同じ扱いできるのか?」

「まあな。甲板では艦載機も飛ばせるし作業もできる。縦に大きいから中も快適だ。言うなれば超大型空母だ」

「ニミッツと良い勝負だよコレは……ウチの港埋まってんじゃねーか……」


 停泊した大型船……もとい空母くうぼ?は、新設された港では最早収まりきらない大きさを誇っていた。これから戦争に行ってきますと言われても違和感の無いその大型船は最早注目の的であり、横目に見た研究員は二度ほど見た後に目元を擦り、フレンズはフレンズで初めて見た大型船に驚きつつも近づかず、ただただ遠目から見ていた。

「コクト、こっちだ」

 コトが案内したのは、その空母の中だった。

 中へ入ると、以外にも広々としており、貨物用のコンテナや商売用の商品が多く並び積まれている。

 飽くまで商人としての本来の目的は忘れてはいないようだが、ここまで利用性が良いと唯の金の無駄遣いだと思いたくなる。

 そんな船内の中を進んで行くと、ある一つのシャッターの前にたどり着く。


「ちょっと待ってろ」

 コトがコクトに言うと、横にあるシャッターのボタンを押しに行く。

 押されて起動したシャッターが上がっていくと、開かれてきた足下には適正温度に近い生ぬるい暖かさが足を伝って流れてきていた。


「……これがそうか」

 シャッターが開かれコクトが見た物は、檻の中に居る動物達だった。

 フレンズ化の為の動物輸送と言うことで、見積もっても三〇種近くの動物達がそれぞれ檻の中に収容されそこに居た。

「……多すぎないか?」

「まだまだ居るぞ。他にも適温事に別々に部屋割りしてある」

「待て待て待て……まだ動物がフレンズ化すると決まった訳じゃ無いんだぞ!?」

「……そうだな。だが、これ程用意する必要もあるのだ」

「どういうことだよ」


 はぁ……、と小さく息を吐き捨てるコト。

「少摩動物園が閉園した」

「……ッ!?」

 コクトは、その言葉に大きく動揺した。

 少摩動物園は、かつて多くの動物達を管理し保護していた動物園で、日本で言えば最大に近いと言える場所でもあった。


 そして、コクトにとってもある意味思い出がある場所なのだ。


「さ、佐野さんは! 佐野さんはどうした!!」

「その佐野さんからの要望だよ」

「……ッッ」

 息が詰まる。

 理解してしまったのだ、その事情とその人物の要望を。


「少摩動物園は閉園し解体。本来動物達は近隣や対応される動物種の部類事に別けられる筈だった。だが、私が駆けつけて話をしたところ、喜んで了承してくれたよ。「黒斗君なら良い」とね」

「……そうか。そうだったか」


 天井を見て、思う。


 少摩動物園。

 コクトは獣医の資格も持っており、ある時期少摩動物園の専属獣医として働いていたこともあった。

 園長の佐野という人物はとても動物を愛しており、コクトは良くその園長と年が離れていながらも話が噛み合い、園長として尊敬していたのだ。


「佐野さんは歳だったらしくな。肥大化した動物園でもあって、対応しきれなくなっていたそうだ。どうやら負債も溜まっていたらしい」

「……そうだったか」

 息を飲み、瞳を閉じ、理解する。

 覚悟を決め、息を吐き捨てる。

 動物を第一に考えたその信念を、無駄にしない為に……。


「ああ、動物達を外に出そう。後は私が対応する」

「そうか」

「あと、佐野さんの連絡先を持ってたら教えてくれ」

「良いが……何かあるなら俺が伝えておくぞ?」

「いや、良いさ。俺だって彼所の元従業員だ。一人に肩代わりさせるほど腐ってなど居ないさ」

「そうか、好きにしろ」

「悪いな」


 コクトは、コトと商談を終わらせると、研究員達を呼び集め研究所への輸送作業に取りかかった。

 無論、その日彼はまた別の仕事も行うことにはなったが、それはまた別の話である。



「さて、と……」

 コクトとカイロ、そしてセシルの三人は、研究所内のとある隔離的な実験施設に集まり、互いに一つの檻の中に居る動物と向き合っていた。

 と言っても、下手に凶暴性の高い動物を解放することは危険性がある為に、生後数ヶ月のイエネコをそこに連れてきていたのだ。

 ……と言うか、檻と言うよりは一つの持ち運び要のキャットケースである。

「……ケースから出してもいんじゃね?」

「だよな」

「チチチッ、come on」

 開け放たれたケースの中から、フレンズ化していないイエネコが出てくる。

 未開の地に連れて来られたからか、少々怯えているようで一歩出ようとして出ないを繰り返していた。

「Ah……、怯えてマスネ」

「ちょっと私に任せて見ろ」

 コクトがケースに近づくと、不意に猫じゃらしのような物を取り出す。

「何時そんな物買ってたんよ」

「備えあれば憂い無しだ」

「元から持ってたんデスカ……」

 ケース前でチラつかせると、子猫は興味を持ったのか前足で何とか捕まえようと動き出す。

 だが、まだ警戒心があるのか出ているのは顔だけだ。

「出ませんネー」

「忍耐勝負忍耐勝負」

「お前こういうのだけは得意だよね」

「だけって……」


 猫じゃらしをただ横に振るのでは無く、少しアプローチを変えたりなどして興味を引かせようと何度も試みる。

 そしてどうやら本気で集中しだしたのか、ケースから出て本格的に猫じゃらしを追い始めだした。

「ほれ~ほれほれ~」

「子供あやす親か」

「あ、でもapproachとしてハHitでス」

「とっよっ♪」


 好奇心旺盛なのか、グイグイと猫じゃらしを追い始めるイエネコ。

 最早研究そっちのけでコクトまで本気だった。


「おーい、コクト~」

「所長~、所長サ~ン」

「って、あ、悪い悪いっっててててっっ!! 頭、頭上らないで! ストップ、ストーップ!!」

 高らかに上げられた猫じゃらしを追うように、胴体をよじ登るイエネコ。観念の証にとコクトは素直に猫じゃらしをイエネコに渡すと、抱き抱えるようにして支え持ち直した。

「これフレンズ化したらどうなるんだろ……」

「何がとは言わないけど、レイコ案件不可避」

「粛正デース」

「ヤメテ怖い」


「さて、この子にサンドスターを当ててみるか」

「山まで連れて行くんデスカ?」

「その必要はないよ~ん。ほれ」

 軽口口調でカイロは懐から試験管のような物を取り出す。

 其処には虹色にキラキラと光る何かが入っているように見えた。

「……それは、サンドスターか」

「正確には、サンドスターからとった原石の一部かな。元々液体だったり固体だったりとよくわからない代物だからね~」

「良く持って来れたな。まさか何かに入れて持ち出すなんて考えても見なかった」

「サンドスターが実態を持ってるってなら、吹き上がるのは気体、山の内部に見えるのは液体、その深部にあるのは固体って感じだったからね~」

「Accurateにはnotという感じデースカネ?」

「ま、そんなとこ。ほれ、かけるよ~」

「ああ、解った。って、痛い痛い痛い! 爪立てないで、お願い!! ほら、ご飯上げるから!」

 コクトはポケットから小包にしたキャットフードの粒を取り出すと、イエネコに食べさせる。

 何とかなつき始めてくれたのか、暴れずにおとなしくなってくれた。


「手懐けるの得意なの、コクトちゃん?」

「獣医やってたら慣れるよ」


 すぐにでも本題に入りたいと、そう思っていたコクトは、もうこのままでいいやと思いながら「やってくれ」とカイロに半ば懇願するように頷く。

 頬に引っ掻き傷のついたコクトを見て、面白がっていながらもカイロは試験管の瓶の蓋を抜き、イエネコにチョコンッとサンドスターを垂らした。

 中は固体化していたようで、謂わば石粒のような物がイエネコに当たる形になる。


 すると、コクトの腕に乗っていたイエネコはサンドスターに接触すると、体を虹色に光らせみるみると姿を変えていった。

「oh!!」

「お、成功するか成功するか!?」

 セシルとカイロは半ば興奮気味にその変身を見つめていたが、コクトに至ってはそうも行かなかった。


 みるみると姿が人間体の形に変わっていき、発光している虹色のイエネコは徐々に人の形に定まっていく。

 物の数十秒でその変化が終わると、発光が消え、其処には文字通り猫耳と尻尾の映えた少女が居た。


「よっしゃ成功ぅぅぅぅ!!!」

「Yheeeeeee!!!!」

 セシルとカイロは互いにバチコンッッ!! とハイタッチを力強くかます。

 この一件で、動物の擬人化である、フレンズ化が完全に立証されたこととなったのだ。


 が。

「おー、これまた別嬪さんじゃねーの?」

「やはりFelidaeはCuticleにナリマスネ!! ……コクト?」


 そう、問題と言えば問題だろうか。

 小型のネコが、大きな人に変わったいるのだ。

 それは、結果としては猫の体重から人の体重へと変換されることとなる。

 いくら小さな少女とは言え、サンドスターも其処まで万能では無い。ヒト化すると言うことは、脳や内臓、体質的な構造が一変される事に変わりないのだから。


 そして、コクトは今まさに王子様のようにイエネコをお姫様抱っこしている。

 ……気絶しかけながら。


「あー……腰逝った?」

「oh……」


 それは格好良くない王子様……腰に激痛を受けて白目になり蟹股立ちでイエネコを支えている構図となっていた。


「……御愁傷様」

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