第五節

日ノ本のジャパリ楽園パーク


 それは、保護と交流、そして笑顔を掲げたプロジェクトとなった。


 ……ただ。


 無論、見栄を張って言ったものは良いが、今までの苦労を遙かに超えた勤労がコクトに待っていたのは間違いなかった。


「……、」

「えっと……」

「……、」

「~♪」

 コクトを抜いた研究員四人は、部屋の隅に設置されたコーヒーメーカーの前で集まって顔を見合わせていた。彼等の顔には懸念や心配の感情が最早顔に表れていたのだ(カイロは携帯カチカチ)。

「(いやぁ……、あの顔は酷いって)」

「(最早Zombieデス……)」

「(……、)」

「(あ、レアゲット~♪)」

 彼等が今問題としていたのは、彼等の研究では無かった。

 研究を一時断念しなくてはいけなくなった研究員達は、各々自分の研究や楽しみを自由気ままに送っても良いとされ、それぞれフレンズと戯れたり携帯ゲームに勤しんだりネットサーフィンをしたり将棋や囲碁に興じたり、それぞれが久方ぶりの休みを満喫していたのだ。

 そう、約一名を覗いて。


 彼等の目線の先にはコクトがいた。

 トレードマークである筈の黒髪ロングはボサボサに乱れ、目の下のクマはいよいよ目も当てられない状態に成っており、口からは常に生気が抜けていったような顔をし、挙げ句の果てにはまっすぐ歩けてもいない。

「(あんな状態になったのって何時からだっけ?)」

「(ザッと……Three months ago?)」

「(三ヶ月前じゃな)」

「(あー、負けちゃった)」


 コクトが総務として名乗りを上げたのは、無論彼等の休息時間を作る為であった。今この瞬間があるのも彼の御蔭だ。対して彼が現在行っているのは、増設と新設の手筈、研究員の増員の手配、開業の為の手続き、更には研究成果の公論だ。

 最も此所で重要視するべきは、それを端から端まで一人で行っていると言う事である。

「(最近、フレンズとも会ってないから、サーバルとか寂しがってるんだけどね……)」

「(oh……デスが、彼無しにはココもEndデス)」

「(ふむ……)」

「(よっしゃクリア!)」

「いい加減アンタも参加しろ!!」

「あイテッ!?」

 ガシッ! と、レイコの蹴りがカイロの太股に激突する。

 少々痛みながらも彼が此方に向き直したの見てから、レイコはまた話を切り戻した。



 ジャパリパークを離れ、本島の都心。

 多く立ち並ぶビルの一角に、コクトはスーツ姿で席に座っていた。

 彼の他に、その会議室らしき場所には誰もおらず、円状の円卓テーブルの一カ所で資料を机に放り出し、一個一個チェックしていたのだ。

「どうも、相変わらずですねコクト君」

「ああ、どうも」

 コクトに声を駆けてきたのは、大学院の学長である一人の女性だった。彼女の見た目はレイコよりも大人びており、言わずもがな身長は成人女性よりやや高めであった。

「すみません、この度はお邪魔してしまい」

「いえ、連絡は伺っておりましたし、構いませんわ。それでは、ご用件の方を」

 眼鏡をクイッと上げて、彼女は彼に問いかける。

「ええ、私どもの研究チームに人員を頂きたい」

「成る程……」

「詳しく申し上げますと、我々の研究チームに幾人か手配して頂きたいのです。無論、無理にとは言いませんが、出来る事ならば我々の研究チームを一つの将来として確立したいのです」

「それはつまり、此方の新人の研究員を貴方方の研究チームに欲しい、ですか……些か考慮しかねますね」

「ええ、解っておりますとも。これは急ぎなので、無論修士以上の方が必要となります。離島となっては教育に預かり知れぬ場所。ですので、お一つ提案があります」

「と、言いますと?」

「修士以上を条件に、都心や他方の地で特設講義を開こうと思っております。その際、其方などの講義室をお借りしたい」

「……それはつまり、修士以上の方々に対するある種の就活提供。ある程度限られていますね」

「無論覚悟の上です」

 彼女は考え込む。

 無理も無い、目の前の男は此方側の研究員を渡して欲しいと言ってる訳では無く、説得した上で彼等に決める権利を与えて欲しいと言っているのだ。

 彼女とて教師の一人、生徒が羽ばたく事に関しては問題ないのだが、此方に留まっている者から引かれるとなっては余り良い気にはなれないのが本音だろう。

 ただ、あくまで説得の場を設けて欲しいという事に関しては、彼は異例だった。

 そういう場は、飽くまで就職提供などが行う行いであって、このような中途採用を喜ぶような場作りでは無い。

 何せ、事によっては現在博士に取り組んでいる学生をも取り込もうとしているのだ。


 利があり非もある。


「一つお伺いしたいのですが……この願いは他校などにも申請しているのですか?」

「ええ。と言うより、ある一ヶ所で講義をしたいと言っている時点でそうでしょうけどね」

「では、講義を受けた生徒全員が選択すれば、其方の研究員になれるので?」

「いえ、申し訳ないですが、その際は面接をさせて頂きますよ」

「そうですか……」

 選択し、面接を受け、落ちれば戻せる。

 そう考えたいが、落としたくも無い。

 今までにも無い特例を、彼はやらせろと言ってきている。


 悩むのも無理は無い。

 他校に相談した時点で何所かが了承している可能性など幾らでもある。生徒の進路に口出しをする義務が無くとも、こんな中途半端な時期に主力を奪われるのは損害だってあり得る。だが「自分の校だけは受けない」とでも言えばそれは望んでいる可能性のある学生達との問題もあり得る。

(……酷い男だ。逃げ場なんて最初から無いではないですか)

「……ええ、お受け致しましょう」

「ありがとうございます。日程などは此方の資料を参照して下さい。また後日其方にお電話させて頂きますので、その時にでも。では」

 コクトは一通り渡す物を渡してそそくさと次に向かう。きっと他校との話し合いや別途の公議に出席するのだろう。


 学長が一人、席に項垂れる。

 ボンヤリと天井を見ながら、一人疲れ切ったような表情で呟いていた。

「……全く、最初から仕込み済みだったのですか」



「ふむ……」

 事務所隣の研究所では、現在五人の研究員とコトを含めた六人が集結していた。

 その理由は、彼等が囲む机の上にある一つの箱にあったのだ。

「じゃあ、開けるぞ」

 コトは彼等の表情を確認すると、箱のテープを切り始める。中からはお土産などに使われる箱が幾つも収納されており、更にその箱を開けるとまんじゅうのような形をしたものが出てきた。

「これが新作の食糧か……」

「見た目はそんなに悪くないわね」

「問題はFlavorデスね~」

「んじゃちょっくら試食してみますかね~」

 カイロが一つ手に取ると、口まで運ぼうとはしていた。

 だが。


「……何であんたら見てんのさ」

「いや、反応をな」

「俺実験体!?」

「良いから食うのよ早く早く」

「アーナンカ恥ずかしいわコレ!」

 周囲の視線を振り切り一口頬張ると、ガブリッと噛み付き、食感を口の中で味わい始める。

 モグモグと噛み締めながら、ふむふむと独り言の上辺を垂れ、最後には勢いよく飲み込む。

「……どうだ?」

「あー……、割と新発見だわコレは」

「お?」

「なんて言うか、癖もないし、普通に食えるよコレ」

「お、じゃあ私も一つ」

「私も」

「meもmeも」

「どれどれ」

「ふむふむ」

「そうやって一人試してから食い始めるの止めない!?」


 彼等は一口、噛み付いてみせると食感を各々感じ始める。

 パサついた感覚はなく、柔らかな感触と口の中に広がる甘い食感。そこまで癖は強くなく、甘さも控えめにされており何度も食べるものとしては飽きない出来だろう。

「なるほど……試作でここまで出来るとは モグモグ」

「そのまま導入で良いのではないか? モグモグ」

「だろうな。分析をしながらにはなるが、基板として使うのであれば問題ないじゃろう モグモグ」

「となると、もう工事の手配はしても良さそうだな モグモグ」

「あんたら気に入ったの? そんなにコレ気に入ったの!?」

 謎の中毒性を秘めながらも、以後その饅頭を食糧とする計画は、パークの建設と共に実行に移る事となった。


 因みに、饅頭に関してはジャパリパークを捩り『ジャパまん』と命名したが、約何名かが『ジャパリまん』の方が語呂が良いという議題で無駄に時間を使った。


 結果、どっちでも良くなった。



 そんな日常が、当たり前のように過ぎ去る日々が、とても楽しく思えていた。

 あどけない、ただ微笑み合うその日々を、


 一転させる闇が、今この島で、『日ノ本のジャパリ楽園パーク』の中で起きていた事を、未だ彼等は知らなかった。


 その日を境に、彼等の日常は、一気に暗転した。

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