星のかなたで明星と生きて行く
森 翼
第1話 子供のころ
幼なじみの同い年の女の子・・・しかも家はお隣同士。
どうやらこの言葉に、世間ではすごくイメージをかき立てられるらしい。
俺も、そのことでずいぶん友達にはやし立てられた。
それにちゃんとお約束通り、彼女はそれなりにかわいくて、性格もいいときたから、なおさらだ。
それはあっちも同じだったらしい。自慢するわけじゃないが、俺は女子にもそれなりに人気がある。
彼女らいわく、俺は少しボーッとした感じなんだけど、意外とやさしくて、何より他人の面倒見がいいということだ。
そのために、いつも俺たちの噂が立つのだ。
もちろん小、中と同じ学校で、しかもさらに高校まで、さらにさらには一年の時はクラスまで同じときたもんだ。
「んなの、フラグ立ちまくりじゃねえかかあああぁぁぁぁ!!」・・・ということらしい。
だけど、俺との
俺、
そして、ずいぶんと懐かしい。
――――
親たちもそれなりに気が合っていたようで、子供の頃は毎日のように遊んでいた。
二人とも部屋の中でゲームとかよりも、外で遊ぶのが好きだったから、二人きりってのはあんまりなかったな。
そこそこ田舎な地元の山とか森の中を、ほとんどが男の友達と自転車で駆け回ったり、昔はずいぶん高く見えた大木に登って、お約束通り降りれなくなったりだとか、けっこうヤンチャしてた。
そして真っ暗な田んぼの真ん中で、星を見るのも好きだった。
この時は真夜中だったから、たいてい俺たち二人で家を抜け出して見に行ってた。
「あれがオリオン大星雲、そして、あれが、ベテルギウスね!」
明星は何だか難しそうな星の名前に詳しかった。女の子には珍しく、天文学の本とかが、その書棚に並んでいた。
そもそも明星という名前は、彼女のお父さんが星好きで、生まれた時には親戚一同で『
まさに、『名は体を表す』ってやつだ。
「じゃあ、明星、あれは?」
俺はいたずらっぽく、夜空の明るい光点を指さす。
「え・・・あれは・・・もう、宇宙ステーションのことなら、リクの方が詳しいじゃない!」
むふふふっ、と俺は笑う。ここなら、俺のステージだ。
「さすがに、おまえでも知らないな!あれは第36ステーション、
こう言うと当然、あの女が男のウンチクに向ける、冷たい視線を浴びることになるわけだ。
しかし明星には、それ以上の嫌悪感が浮かんでいることなど、ガキにはわからなかった。
「イヤ!イヤ!私は宇宙船のことなんて聞きたくないの!」
「どうしてだよ?何で明星、星に興味があるのに、宇宙船には興味がないんだよ?だって、あの星を近くで見えるんだぜ?」
前々から疑問だったんだが、いままでちゃんと聞いたことがなかった。
「・・・だって、それでどこへ行くっていうの?この地球を捨てて。本当に、地球を脱出なんてするの?・・・私は信じられないよ。星はね、地球から見上げているから、キレイなの!私は、あんな宇宙なんて、行きたくない!」
目に涙を浮かべんばかりの明星に、俺は驚いてしまった。そしてからかい半分に聞いたことを、少し後悔した。
「・・・何か、ごめん。」
それ以来、そのことはまったく話題にしなくなった。
――――
家は同じマンションの隣の部屋。
それに、マンションによくある左右反転になっている間取りのために、俺と明星の自室は、厚さ15センチの壁を隔てているだけだった。
どうやら規定だか法律だかでは、壁の厚さが15センチ以上ならば、マンションと名乗れるらしい。
それならばギリギリになるから、ずいぶんとケチな造りだってことになる。まあ、ボロいマンションだったから、そんなもんだろうが。
夜になって自室に引っ込むと、明星と俺はどちらとなく退屈しのぎに、よく『壁ドン』をした。
この言葉にはいろんな意味が含まれているらしいが、まあごく普通の意味だ。
なるべく相手を驚かすように、明星は俺の部屋の壁際に寄せていたベッドに寝転がるのを見計らって、突然やらかす。
俺ののほほんとした、ボケッとした性格のせいで、不覚にもいつもけっこう驚かされるのだ。
これは俺の自尊心を、ひどく傷つけた。
「よ~し、見てろよ・・・」
明星の方は用心してベッドを離していたけど、俺には別の戦略がある。奴が静かに勉強している時を見計らって、勢いをつけて壁に蹴りをかます。
隣から「わっ!」という声が聞こえてきたら、ざまぁ見ろだ。
もちろんそんなことをしていると、お互いの親に、壁に穴が開くとか近所迷惑だと、むちゃくちゃ怒られるというオチなんだが。
――――
だけどそれも、小学生の中学年くらいまでだった。
「男」と「女」の世界が明確に違ってくる年代に至って、当然のように明星も女の子たちとよく遊ぶようになった。
もちろん俺も、少年マンガだとかサッカーだとか、それ以上に、当時人類の目標になっていた『
それに、女子と仲良くしているなんて、恥ずかしかった。
耳年増な女子共は、小学生の早いうちから、やれあいつはこいつのことが好きだとか、あいつとこいつがつき合っている、なんて根も葉もない噂することが、主な仕事になった。
当然、俺たちもいろいろ言われたわけだ。まあ、今思えば大人のまねごと、メディアの煽ることをよくわからずマネするだけの、かわいいもんだったけど。
「んなことねぇよ!明星のことなんて、嫌いだよ!」
「え~お似合いなのにぃ。」
「あ~これが『ツンデレ』だ!やっぱり二人は・・・きゃー!!」
いったいこれを、何回繰り返したことか。それがイヤで仕方なかったんだ。
そんなこともあって、小学生の高学年になってからは、ほとんどしゃべることもなくなってしまったのだ。
「あ、おはよう。」
「おう。」
マンションの廊下で会えば、ほとんど義務感から挨拶をするくらいで、クラスが一緒でもお互いに関わることもなくなってしまった。
――――
15センチの壁はお互いの心の壁になった。
相変わらず、音は聞こえる。だが、言葉もあの衝撃もない。
俺は遙か昔にあったという、ベルリンの壁を思い出した。
お互いに言葉も通じ合える人々が、わずかな距離で隔てられてしまう。するとじきに、隣にいる人が誰だかわからなくなってしまうんじゃないか。
もしかして、それが人間であることすら、忘れてしまうんじゃないのか。
――――
でも、現実なんてそんなもんだ。
俺たちは物語の中の、主人公とヒロインじゃない。
中学に上がって、高校に上がって、新しい環境になれば、新しい友達、人間関係がまぶしく見えてくる。
新しい関係はそれだけで、自分がずいぶんと大人になった、と感じさせてくれる。 『幼なじみ』なんて言う、『古くてカッコ悪い』存在はむしろ否定したい年頃だ。
俺の最初の恋人は、明星じゃなかった。
中学の頃のその初恋は今思えば、ただお互いがお互いの妄想と思い上がりによって、相手を美化していただけだったのだ。まあ、それはそれで甘酸っぱくもあったのだが。
そのお互いの勝手な情熱が過ぎ去れば、もう赤の他人に過ぎなかった。
明星も初めての彼氏は、そんな感じだったらしい。
やたら積極的に言い寄られて、その情熱にクラッときたんだけれども、そいつはやっぱり自分勝手な奴だと感じた時、明星は人前で豪快にふってやったと、後で笑いながら言ってた。
・・・まあとにかく、俺にとっては長い間、明星はむしろ忌むべき、憎むべき存在だったわけだ。
ガキの頃の象徴、それが明星との関係だった。
でもそれが転機を迎え、自分にとって最愛の人になったのが、人類全体の危機のおかげだったとは、ドラマチックというレベルを超えてるんじゃありませんかね?神様?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます