【33】似た者同士

 翌朝、哀萩アイシュウ羅凍ラトウを見送る。高く一本に束ねられた漆黒の美しい長髪は、規則的に左右に揺れ、その規則を乱さなかった。


 哀萩アイシュウ羅暁ラトキ城に高い貢献をしてきたが、見返りは求めなかった。かえって、返礼のつもりで尽くしてきた。

 だから、いじわるお妃がいても貊羅ハクラに仕えるようにそばにいたし、捷羅ショウラにもしっかりと生きてほしいと願えた。

 それは、羅凍ラトウに対しても同じだ。

 母が他界し、父と出会ってから、彼女ひとりでは経験できないことを、飛び抜けて味わってきた。まさに、夢のような時間を味わってきたと感謝しているのだ。生きてきたことにも、産まれてきたことにも。

 羅凍ラトウにも、同じであってほしいと願う。


 物悲しい気持ちを抱え、朝食の用意をしていると、扉が開いた。

「帰ったんだ」

 いつもの朝食の時間に、何食わぬ顔で姿を現した父に哀萩アイシュウは微笑む。

「そう思っていたから、一緒にご飯を食べようと来たんでしょ?」

 父は軽く笑って、定位置と言わんばかりに昨夜、羅凍ラトウの座った席へと座る。

「本当に、似た者同士なのね」

 哀萩アイシュウの呟きは父には聞こえなかったようで、会話にならなかった。ただ、おだやかな朝の空気が漂う。

 ふと、哀萩アイシュウは父の前に、焼き上がったパンを置く。

「お帰りなさい」

 うれしそうな父の笑みを見て、哀萩アイシュウはこれはこれで幸せなのだろうと思う。誰かがそばにいて、誰かのために食事を作り、誰かとともに食べる。それが家族ならば、平凡な幸せといえるはずだと。




 月日が過ぎて、捷羅ショウラから何通も手紙が届いた。住所は彼女が城を出る前に教えていたから、届いてもおかしくない。ただ、何とも捷羅ショウラらしいと、彼女は手紙が届く度に微笑む。

 彼女は返事を出さなかった。

 書こうとすれば父や羅凍ラトウのことになってしまって、どうしても返事を書けなかった。


 更に月日は流れ、一度だけ、彼女は捷羅ショウラ羅凍ラトウを見る。それは、捷羅ショウラの息子の婚礼。

 年を取っても変わらぬふたりを見て思わず駆け出しそうになったが、すぐに我に返り、人知れず涙する。




 それからも捷羅ショウラからの手紙は届き、それらはいつしか彼女の宝物になった。


 父が亡くなっても、彼女は捷羅ショウラに手紙を書かないでおいた。そうして、そっと母の墓に父の骨壺を入れる。




 何十年かが過ぎ、いつの間にか捷羅ショウラから手紙が届かなくなった。

 そういえば、しばらく前に王が変わったと耳にしていたと思い出し、そうかと、遠くから悼んだ。


 少しの月日が流れ、彼女もこの世を去る。


 彼女が亡くなってから、どのくらいが経ったか。遺体発見と同日に、彼女の大切にしていた手紙が見つかる。

 彼女は捷羅ショウラの息子たちによって弔われた。




「お帰り」

 葬儀の夜、ひとりの老爺が彼女の骨壺を抱き、慈しむ姿があったという。

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