手を伸ばしたその先に

長島東子田川

第1話

あと少しで届くのに、あと少し手を伸ばせたら!5㎝、10㎝、あと少し。彼は諦めたように笑うと私の目の前で落ちていった。このときほど自分が女であることを悔やんだことはない。目の前で彼が落ちていく恐怖は私を縛り付けた。どうして笑ったの?どうして?



せめて…私が……






「………またか……」


いつも同じ夢で目をさます。僕は寝起きでボサボサの頭を掻くとあくびをひとつした。パジャマを脱いでブレザーに着替えてネクタイをしめる。毎日見る夢の中で僕は彼女を苦しめた。そんなつもりはないのに。ただ、彼女には笑ってほしくて。彼女は今にも泣きそうな顔で落ちていく僕を見ている。驚いたような壊れそうな顔で彼女は僕を見ている。



僕はただ、生きていて欲しかったんだと思う。



夢の話で何を言ってるんだと思われるかもしれない。それでもそう思うんだから仕方ない。僕は階段を降りてリビングに向かう。朝食が並んでいた。ベーコンエッグにサラダ、コーンスープにテーブルロールが二個。母さんが朝に洋食を作るときはご飯を炊き忘れたときだ。台所で飲み物を準備してる母さんに僕は声をかけた。


「僕は朝は和食派なんですけど……」


「うるさいわね!いいじゃない洋食!!もう、明日はちゃんと作るから」


「へへ、ありがとう母さん」


「どういたしまして。ほら、食べるよ」


飲み物をテーブルに置いて二人だけの朝食を取る。僕には父さんはいない。父さんはリビングの隅にある黒い仏壇で笑っている。


パンをちぎって朝の情報番組を見る。幼い子供が行方不明。最近はこの話で持ちきりだった。ただ、今日はちょっと違った。


「初めて見る人がコメンテーターにいるね」


「ほんとね。ずいぶん格好いい人ね」


目が合えば石化しそうなほど道を歩けば人が避けそうなほどキラキラしたイケメンが真面目な顔で語っている。


『もしもこれが少女の意思で行方不明になったのなら事故もあるでしょう。しかし人為的に、少女趣味の人に誘拐されたとしたら世の中そういう人すべてが悪だと言われます。それは間違いだと思います。罪を犯した物が悪なんです。犯していない人達を悪だと言うのはおかしいと思うんです』


けして上手くはない言葉で自分の意見を言う姿がなぜか心に残った。

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