第31話 過去の痛みは、未来への架け橋

 「うう、やっぱりこういう場所って絶対向いてない。ああ、早く帰りたい・・」


 「もう、マスター。わがまま言わないの。パトラが一番、頑張ってるんだから」


 裕也が小声でささやいた文句を聞きつけ、リーアが窘める。シスイ王国の城では、パトラが元通り玉座に座っている。裕也たちは一同、パトラの前に敬礼し、跪いていた。


 「裕也様に、リーア様、エリス様。それにわざわざアストレアから来てお力を貸してくださったハルト様達に、サキュバスのお二方。今回は本当にお世話になりました。あなたがたは、文字通り、この国を救い未来を築いてくれた大恩人です」


 パトラはそこでまで言って、表情を曇らせる。


 「本来ならば、相応の礼を持って報いなければならないのですが、お恥ずかしい話。ビネガーや、ゼウシスの影響で今の我が国には余裕がないのです」


 いや、お礼なら十分過ぎるほどにもらったから。裕也はパトラと過ごした一夜を思い出し、ついニヤけてしまいそうになる。周りのメンバーが不審そうに裕也を見るが、玉座に座るパトラの手前、迂闊な言動は出来ない。


 「裕也様たちの偉業は、この国をビネガーやゼウシスの脅威から救ってくれただけではありません。我が国が長年に渡り、頭を抱え続けていた水不足の問題まで解決してくださったのです」


 パトラの演説は延々と続いていく。ハルト達は流石に慣れたもので、礼儀の教科書にでも出てくるような姿勢を貫き通している。


 対して裕也は、早くも足がしびれだしたり、背中が痒くなってきたり、緊張で咳やくしゃみをしそうになるのを必死でこらえていた。裕也の様子に気づいた周囲の兵士の一人が心配そうに声をかけてくれた。


 「裕也様。どこかお体の調子でも悪いのでしょうか?」


 「あ、いえ、お構いなく。あはは・・」


 情けなく返事をする裕也にビネガーやゼウシスと対立した面影は欠片もない。事情を知らない人間が見れば、なんでこんな奴が称えられているのかと訝しがることだろう。


 演説がひとしきり終わった後、縄で束縛されたビネガーがパトラの前に連れ出された。ビネガーはメイガンの魔法で氷漬けにされたものの、その後同じメイガンの手により、回復魔法をかけられ、奇跡的に一命をとりとめていた。ビネガーの両脇には、ヘミングとトールが付き添っており、しっかりとビネガーを押さえつけている。


 「ビネガー。あなたはこの国と人々を大変な危機に追いやりました。弁解の余地はありません。最後に何か言い残すことはありますか?」


 パトラは凛とした声で言い放つ。ビネガーは悪態をつき、唾を吐き捨てた後、憎々し気にパトラを睨みつける。


 「ではひとつだけ。パトラ様を思いのままに泣かせることが出来なかったことだけが、心残りですな」


 パトラはビネガーの言葉にも表情を変えることなく、ヘミングとトールに命じる。


 「連れて行きなさい。刑はこの後、すぐに執行されます」


 ビネガーは連行されながら、今度は裕也を睨みつけた。周囲にさっと緊張が走る。


 「ふん、いまいましい奴よ。貴様さえいなければ、今頃は俺の天下・・」


 だが、ビネガーが言い終わる前に、裕也は言葉を被せた。その表情に憎しみはない。ただひたすらに哀れみがあるだけだ。


 「天下ね・・それでどうするんだ、ビネガーさんよ・・あんたさ、色んな事、焦りすぎてたんじゃないのか?もっとさ、ゆっくりした時間の中を生きてみても良かったんじゃねぇの?世の中、確かに上手くいかねぇことなんざ、山のようにあるけどよ。案外、良かったって思えるようなこともあるもんだぜ。ちょっとだけ、立ち止まって周りを見てみろよ」


 ビネガーは、裕也が敵意のまるでない、むしろ自分を労わるような言葉をかけてきたことに驚く。それは周囲も同様だ。ビネガーは少しだけ逡巡した後、静かに首を横に振る。


 「ふん。付き合ってられん。お前は・・甘すぎるんだよ」


 そのまま今度こそ連行され立ち去ろうとするビネガー。そのとき、城の遠くで、小さく何かが光った。光は玉座に座るパトラを目掛けて襲い掛かってくる。裕也が、ハルトが、他の面々が一斉にパトラを庇おうとするが間に合わない。だが光はパトラに届くことはなかった。


 それは、一瞬のことだった。ビネガーがパトラの前に躍り出て、光の攻撃を代わりに受けていた。ビネガーは吐血し、そのまま床に倒れる。裕也は驚いて、ビネガーを見る。


 「なんで、おまえが、パトラを庇って?」


 ビネガーはもうほとんど虫の息だ。後、数秒もしないうちに息絶えるだろう。ビネガーはこの世で最後の言葉を絞り出す。


 「・・さ・・さあな・・俺にも・・よくわからん・・俺は・・一度は・・頂点を取った・・だが・・裕也・・お前が・・最後に・・かけてくれた言葉が・・俺の人生で・・一番・・心地よかっ・・」


 その後、ビネガーが起き上がることはなかった。裕也はビネガーの目をそっと閉じてやる。ハルトたちが光が襲ってきた方向を見るが、すでにそこには誰もいなかった。


 「手厚く葬ってやれ」


 パトラが最後にそう言い残した。その後、緊急会議を設けて、原因と現象の解明を急がせようとしたところ、突然、くぐもった声がはるか上空から聞こえてきた。


 「失敗したか。まあいい。この国にはもう用はない。気高き女王よ、せいぜい拾った命を大事にすることだ」


 裕也たちは空を見上げる。そこには、一匹の大きな竜、魔竜が旋回していた。魔竜は、瞬く間にスピードをあげて、裕也たちの視界の届かない場所まで飛んで行ってしまう。裕也はパトラを振り返った。


 「パトラ・・パトラ様。大丈夫ですか?あいつはもう攻撃してこないようなことを言ってはいましたが・・何かあったら、いつでも呼んでください」


 「ええ、ありがとうございます。ですが、心配ご無用。これからこの国の忌まわしい過去を捨て去り、輝かしい未来を目指そうとする私が、この程度で立ち止まっていては、私を支えてくれていた仲間たちに申し訳ありませんから。それでも何かあれば、私の専属のナイトが駆け付けてくれるでしょうしね」


 パトラはそう言って、裕也に微笑む。裕也は気丈なパトラに少しだけ驚いた後、笑顔でパトラに返した。


 「ええ、その通りですとも」


 そのとき、脇に控えていた兵の一人が恐る恐る口を開く。


 「あの・・パトラ様。宜しいでしょうか?」


 パトラは兵の言葉を待つ。兵は意を決して言い放った。


 「この国の未来を目指すお仕事に、どうか私もお加えください」


 すると、兵の言葉に感化された、他の兵や士官、文官、女中などその場にいた者たちが、次々と、俺も、私もと加わってくる。突然の事態にうろたえるパトラ。その様子をみて、脇に控えていた初老の、おそらく位の高いと思われる人物が締めくくった。


 「皆、いい国民ですな、パトラ様。パトラ様はお一人じゃありません。もっと我々を頼って、甘えてください。皆でともに明日のシスイ王国を築きましょうぞ」


 パトラはその時、改めて実感した。今まで国は自分が導かなければならない、国のためには自分の身を犠牲にするのも仕方ないと思い込んでいた。だが、そうではない。国は皆の力で作り上げていくものだと。


 裕也が言っていた、もっと周囲に頼って、甘えていいといった言葉が今、その通りのことがパトラの前で展開されている。パトラは目の前の国民すべてを誇らしく思った。そして、凛とした声で高らかに宣言する。


 「ああ、皆でこの国を、どこにも負けない最高の、素晴らしい国にしよう。力を貸してくれるか?」


 パトラの宣言に、一斉に歓声が上がっていく。裕也は、砂漠の辺境にあり、決して地理的に恵まれているとは言えないシスイ王国が、アストレアや他のどの国にも劣らない、目覚ましい発展を遂げていくことを、この時確信した。



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 クリスティ邸の一室。穏やかな夕暮れの木漏れ日が部屋の中に注いでいる。部屋の中では一組の男女の姿があった。


 「今回も本当にお疲れさまでした」


 クレアはニコニコして、お茶を飲み干す。


 「いやぁ、それほどでも」


 裕也はニコニコして、クレアの前に正座させられていた。いつかの繰り返しが、寸分の違いなく再現されている。

 

 ハルト達やニーナ達と別れ、再び裕也たちは、クリスティ邸に戻っていった。裕也からすれば、シスイ王国とクリスティ邸を往復した形だ。まず最初にルーシィとシルヴィアの様子を見に行こうとした裕也だったが、その前にクレアに話があると呼び止められ、一人部屋に呼び出されていた。


 「あ・・あの、クレアさん、何か怒ってます?」


 裕也は内心冷や汗かきまくりで、クレアを見る。クレアは笑顔をまったく崩さない。やばい、リーアやパトラとのことがクレアの逆鱗に触れたのだろうか?それとも、ニーナのこと?まさか、エリスってことはないよな・・


 「もう、怒ってなんかいるわけないじゃないですか。裕也さんは、きちんと約束を守ってくださったんですから」


 なんだ、約束か。よかったと胸をなでおろす裕也だが、クレアとの約束の内容を思い出し、再び青ざめる。


 「え、えっと、何でしたっけ?」


 惚けようとする裕也に対して、クレアは当然、容赦しない。


 「やだわ、忘れちゃったんですか。確かもう無茶な真似はしないって、そう約束してくれましたわよね」


 「あ、ああ、あの約束ね。あははは。いやでも、今回は暗闇の塔に登ることとか、天空城に行くってのは、事前了承していたわけだし。多少の無茶になるのは、仕方ないんじゃないかなぁ、なんて思ったり、思わなかったり・・」


 クレアはずっとニコニコし続けながら、持っていたティーカップをわざと、乱暴に机に叩きつけるように置いた。うっ、これも同じ繰り返し。思わず逃げたくなる裕也。


 「さすがは裕也さんですわ。その後、シスイ王国の内乱をおさめ、伝説の大悪魔と戦うことも、その多少の無茶の範疇なんですのね。ほんと、驚きなんてレベルをとっくに通り越しちゃってます」


 クレアは終始笑顔を保っているが、その目は全く笑っていなかった。ゼウシス並みの緊張感が裕也を襲う。やばい、こういうときに下手な言い訳や小細工は命取りになる。打てる手段は一つしかない。


 「再び、心配かけてすいませんでしたぁぁぁぁ」


 依然と同じように、裕也は声を大にして、クレアに謝罪した。クレアは以前のように裕也を抱きしめ・・るようなことはせず、裕也が顔を上げるのを待つ。


 「確か裕也さん、おっしゃいましたわたよね。嘘をついたら、私のどんな命令にも従ってくださると」


 裕也の焦りは爆発寸前だ。なんでゼウシスとの戦いのときよりも、恐怖が大きいのか、自分でも理解に苦しむ。


 「あ、いえ、どんなというのは、流石にいかがなものかとぉ・・」


 「おっしゃいましたわよね」


 「・・はい」


 裕也はもはや、クレアに裁かれるのを待つだけの、憐れな死刑囚の気分だ。クレアは裕也を連れて部屋の外にでる。そしてクリスティから借り受けた客室に裕也を招き入れた。裕也はひたすら緊張しながら、クレアの出方を待っている。クレアは、ふいに裕也に向けて目を細めた。そして、裕也との距離を詰めてくる。


 「裕也さん。私のこと、面倒くさい女だと思ってるでしょ」


 「いえ、そんなことは全然。あの・・クレアさん、近いです」


 クレアは裕也の両頬を、手のひらで包み込んで、裕也の目を見つめる。


 「裕也さんって、不思議と矛盾の塊みたいな人ですね」


 「えっ、あの、どういう意味でしょうか?」


 裕也はクレアの意図が全く読めずに、ただ戸惑う。女心は暗闇の塔の謎ときなんかよりも、はるかに難しい。


 「ふふっ。気づいてないんですか、裕也さん。私ね・・裕也さんのためなら、なんでも出来ちゃうんです。裕也さんがそうさせたんです」


 「えっと、すいません、まだその・・俺の頭じゃ理解が追い付いてなくて・・」


 クレアは戸惑う裕也を壁に押し付け、唇を合わせた。そして今度は裕也の頭を抱きかかえる。


 「私の命令、ちゃんと聞いてもらっちゃいますよ」

 

 クレアは裕也とともにそのままの姿勢で地面に崩れ落ち、一つとなって、ゆっくりと流れる時間を共に過ごした。



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 「ああ、リーアに続いて、まさかパトラのすぐ後にクレアさんと・・これ、夢じゃないよな。ああ、どうしよう、俺・・」


 裕也はもはや夢心地の気分を通り越すほど、幸せの絶頂にいた。そして、一人悶々と、様々なことを思い出してしまう。ふと、そのとき、普段煩いくらいに、裕也に茶々をいれてくる、小さな体の、だが裕也の中ではとても大きな存在がいないことに気が付いた。


 「あれ、リーアがいない・・トイレか?」


 裕也はクリスティ邸を探し回る。途中でカレンと遭遇し、リーアの居所を聞いてみた。


 「ああ、リーアならヨ。庭の木の枝に座ってるのを見かけたヨ」


 サンキュー、カレンと言い残し、庭に出ると、リーアは裕也の姿を見て、飛んできた。いつものように裕也の肩に座る。だが、その様子は、平静を装ってたものの、どこかおかしい。


 「どうした、リーア?なんか、あったのか?」


 「ううん、なんでもないよ。それより、クレア姉とはどうだったのさ。ほらほら、早くリーアお姉さんに事の細部を教えなさい」


 茶化してくるリーアだが、指先が震えていた。よく見ると眼も赤い。泣いていたのだろうか。裕也はリーアの様子がつい心配になってしまう。


 「リーア、本当にどうしたんだよ。あ、もしかしてクレアさんとのことを妬いて・・えっ、リーア?」


 リーアは裕也の首にしがみついてきた。全身を震わせている。すごい勢いで何かに怯えているような感じだ。


 「マスター、助けて。ボク・・」


 裕也は、リーアを自分の胸元にもっていき抱きしめると、リーアの頭を優しくなでた。


 「リーア、安心しろ。大丈夫。リーアが何に怯えているのかわからないが、俺はリーアのマスターなんだぜ。いつだって、リーアと一緒にいてやるからさ」


 その言葉でリーアは我慢の限界を迎えたようで、裕也の手の中で激しく泣き出した。裕也はリーアが落ち着くのをじっと待つ。


 「マスター。さっきシスイ王国で見かけた魔竜ね。あれが魔竜グスターなの。ボクを生贄にしようとしていた魔竜。あのときはボクに気づいてなかったみたいだけど、見つかったら、ボク・・」


 ああ、そうか。それでリーアはずっと黙ったままだったのか。おかしいと思ってたんだ。誰よりも口うるさいはずのリーアが、シスイ王国からの帰り道、信じられないくらいに大人しかった。単に戦いの疲れが噴き出してきただけかと思っていたが、そうではなかったらしい。


 「・・ったく、しょうがねぇな。リーア、特別だからな。本当ならビネガーやゼウシスのすぐ後で、また戦いなんてこりごりなんだぜ。面倒くさいこと、この上ないけどさ、仕方がない。リーアを怯えさせるような奴は、俺にとって最も憎むべき敵だ。だから任せろよ。いつもみたいに、何とかしてやっから」


 「・・まったく、よく言うよ、マスター。剣も魔法も碌に使えないくせに。相手は魔竜なんだよ?・・でも、ありがとう。マスターが一緒にいてくれるなら、きっと大丈夫だよね」


 リーアは普段の調子を取り戻し、いつもの定位置である裕也の肩に座り直す。そこにルーシィとシルヴィアがやってきた。


 「ユウヤぁ。お帰りー。ママにね、ユウヤぁから教えてもらった、紙飛行機、作ってあげてたんだよぉ」


 「裕也さん。お帰りなさい。ルーシィが本当にお世話になったようで、改めてお礼申し上げます。私も、当分の間、クリスティ様の厄介になることになりました。ご迷惑おかけすることもあるかと思いますが、どうか宜しくお願いします」


 シルヴィアは深々と頭をさげる。裕也はあわてて恐縮し、自分も頭を下げた。


 「あ、いえ、こちらこそ、宜しくお願いします。良かった、ルーシィとは上手くやってるようですね。それにしても、改めてみるとシルヴィアさんって本当に綺麗ですよね。ルーシィもいずれ、そうなるのかな」


 「あらやだわ。裕也さんって、誰にでもそんな風に言ってるんでしょ」


 裕也が見とれていると、シルヴィアがすかさず返す。リーアがその通りと茶化してくるので、デコピンをしてやった。ルーシィ親子とほのぼのしていると、後ろから、懐かしい顔ぶれのクリスティ、アルシェ、カレンが裕也たちのもとにやってくる。その脇にはクリスティ邸に滞在しているジェシカも控えていた。


 「おっ、裕也、こんなとこにいたんかヨ。パーティの話はもう聞いたか?」


 「パーティって、もしかして前にやったマスカレード舞踏会か?」


 すると、クリスティが首を横に振りながら、しかし、とても優し気に答える。


 「いえ、もう仮面はいりませんわ。誰にも素顔を隠す必要なんてないんです。ルーシィはもう、”悪魔の子”じゃないんですから」


 あ・・そっか。そうだよな。ゼウシスはもう人を襲うことはない。そしていつか必ずルーシィとシルヴィアさんの元に帰ってくるはず。ルーシィが裕也の袖をひっぱってくる。


 裕也は久しぶりに、ルーシィの遊び相手になってやることにした。当然シルヴィアさんやリーアも一緒だ。さらにジェシカも加わってくる。ルーシィの笑顔は裕也のこれまでの苦労を、完全に吹き飛ばした。



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 「よおっ、裕也。すげぇ人の数だな。よくこんな集まったもんだぜ」


 パーティ会場に来ていたハルトに突然、声を掛けられ、裕也は危うく手に持っていたグラスを落としそうになってしまう。そこをすかさずクレアがサポートした。


 パーティにはハルト達の他、サリーとニーナ、それにアルス達も招待してある。さらにはルシファーやニース、アクアまで参加していた。ルシファーは今頃、シルヴィアとの再会を果たしていることだろう。ルーシィも一緒のはずだ。


 「もう、裕也さん。危ないですよ。ちゃんと注意してなきゃダメじゃないですか」


 クレアは裕也にとって、頭の上がらない姉のような存在になっている。しかし、常に裕也をいたわってくれる気持ちは十分に伝わってきているため、このままでもいいやと思えてくる。すると、ルキナが裕也を何度も見返してきた。


 「裕也君って、こうしてみるとやっぱり裕也君なのよね。うーん、どう見ても、国を二つも救った英雄には程遠いわよね」


 「ルキナ、容赦ねぇな。裕也にはこいつなりの苦労があるんだよ、だろ?」


 ルキナの辛辣なコメントに、メイガンが慰めの言葉をかけてくれた。すると、ニーナが裕也の腕を取り、踊りに誘ってくる。と、今度は逆側の腕をクレアに掴まれた。


 「ちょっと、裕也。何してるのよ。デレデレしてるんじゃないわよ」


 様子を見て腹を立てたエリスが、裕也の背中を蹴り飛ばしてくる。さらにはリーアも裕也の頭の上に乗り、髪をくしゃくしゃにしていく。裕也は皆に囲まれながら、ほぼ強制的に、舞踏会へと連れ出された。



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 「姉さん。よく・・帰ってきたね」


 「もう、ルシファー。そんな顔しないの。全く、いつまでたっても子供なんだから」


 「無理言うなよ、姉さん。何年ぶりだと思ってるんだよ。それにこの子がルーシィか。やっぱり姉さんの面影があるな。そして・・ゼウシスと同じ色の瞳をしている」


 ルシファーはシルヴィアとルーシィに囲まれて、再会の喜びを分かち合っていた。ルーシィは最初シルヴィアのスカートの後ろに隠れていたが、ルシファーが手を差し出しエスコートすると、おそるおそる、その手を掴んだ。だんだんとルーシィの中で人見知りの感情が消えていき、今はルシファーがルーシィを肩車している。


 「ルシファー、あなたも大変だったのでしょう。辛い思いをさせてしまったわね」


 「ま、確かに苦労は多かったけどさ。おかげで信頼できる仲間にも会えた。アクアにエリス、ハルシオン、そして裕也とリーア」


 シルヴィアはルシファーや他の面々から、これまでの裕也の活躍を聞かされたが、にわかには信じられなかった。しかし、今まで多くの人々から理不尽に虐げられていたはずのルーシィが、誰よりもなついている様子を見ると、不思議と裕也の持つ力がなんなのか、どうやってこれまでの問題に取り組んできたのか、分かる気がしてきた。


 その裕也は、今、慣れない踊りを何かの罰ゲームのように強制され、パーティ参加客のある意味、注目の的となっている。だが裕也のぎこちない踊りに合わせて、リーアが伴奏でもするかのように、炎をリズミカルに打ち出すと、観客たちから歓声が上がった。


 裕也が踊り終わると、裕也とリーアに対して、周囲から一斉にスタンディングオベーションが巻き起こった。さかんに頭を掻き、照れながら舞台を後にする裕也。そこにアルシェが、お疲れさまでしたと冷やしたタオルを渡してくれた。冷たいタオルを首にかけると、気持ちよく裕也の熱を冷ましてくれる。


 クレアにエリス、ニーナが裕也のもとに駆け寄ってくる。裕也はそのまま、近くにあった椅子に座り込んだ。


 「ああ、なんつうか、幸せだよな。こうして見ると、様々な人がいるもんだ。みんなそれぞれ、色んな過去を抱えてんだろうなぁ。んでもって、それぞれの未来に向かって歩いていく。ここは差し詰め、その交差点ってところかな」


 「あら、裕也さんって意外に詩人ですのね」


 クレアが感心していると、エリスがすかさず茶化してくる。


 「いーや、裕也はただの面倒くさがりだよ」


 「ゆ・・裕也さんはそんな人じゃありません、もう・・」


 ニーナはどんなときでも裕也の味方をしてくれるようだ。こうしてみると、この世界も、元の世界も案外、根っこは同じなのかもしれない。魔法やら文明やら種族やらの違いはあるが、それぞれ色々な想いを抱いて生きている。裕也が感慨にふけっていると、いつものようにリーアが肩にのってきた。


 「マスターの過去とボクの未来と・・か。いいんじゃないかな、詩人でもさ。きっとどんな過去も、やり方次第で、いくらでもいい未来につながっていくんだよ。ね、マスター」

 



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[謝辞]

これまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

残してしまった伏線がいくつかありますが、一旦ここで筆を置こうかと思います。


折を見て、しばらく休んだ後、続編を書くかもしれません。

そのときはまた、改めて宜しくお願い致します。


くどくなりますが、ここまでお付き合いいただいたこと、感謝の念がたえません。

この物語を読んでくださった全ての皆様に、裕也以上の幸福が訪れることを、心より願っております。


 

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