第11話 予定になかった訪問客
「それにしても、お袋のやつ、物置にあるもの適当に詰め込んだだけじゃねぇのか、何だこの瓶は? ほら、裕也見てみろよ」
黒猫亭の一室。ハルトはルキナ、メイガンと一緒に、裕也から受け取った、届け物一式を開けて、何か使えそうなものがないか探すが、碌なものがないことに気づき、ぼやいている。
瓶のラベルには太字で、スタイリッシュな文字で中に入っている薬の説明書きが書かれている。
”半日間、誰でも好きな人物に変身できます。年齢、性別、種族その他一切問いません。これはお試し品です。気に入ったら是非、当社のご利用をご検討ください”
「よかったじゃないか、ハルト。おまえ、これ使ってルキナに変身すれば、好き放題できるぞ」
「ええ? ハルト、そんなこと、考えてたの?ホント、不潔よね。近寄らないで、いやらしい」
裕也が茶化すと、ルキナが、すかさずのってくる。
「てめーら、マジで殺す。くだらねぇ濡れ衣きせてんじゃねぇよ。おう、メイガン。そっちは、なんか目ぼしいものあるか?」
「いや、なんにも。一定時間、人を麻痺させるしびれ薬に、なんだこりゃ。二日間透明になれますだぁ?こんなもん悪用されたらやばいぜ。ま、普通に考えて、使えそうなのっていったら、ポーションの類だけじゃねぇか?装備品も、あんまり高そうな魔法の剣とか、正直、もらっても盗まれる心配が大きくなるだけだしな」
ハルトはがっかりした様子で、荷物袋の口を閉じる。リーアだけは、クリスティの届け物が気に入ったようで、さっきから、要らないならボクもらってもいい?を繰り返していた。欲しいならどれでももってけよと、ハルトは投げやりに返す。
結局、持ってきた荷物のうち、回復薬や、剣の錆とりなど、実戦で役立ちそうなものだけをピックアップして取り出したが、荷物は半分も減らなかった。
「ま、こうして裕也たちに会えただけでも、いいリフレッシュになったさ。どうすんだ、このまま帰るのか?」
「いや、せっかく来たんだから、もう少しだけ観光していこうと思ってる。結局、黒猫亭以外、あんまり出かけてないしな。っていうか、まともに訪れたのって、黒猫亭と、ルイの酒場、それに盗賊ギルドだけじゃねぇか。我ながら随分ひでぇ観光旅行だよな」
「マスター、だったらさ、ボク、アストレア城に行ってみたい。でも、だめか。戦争中だもんね」
「ああ。悪いが、今は城の中は関係者以外、立ち入り禁止になってやがる。今度来たら、案内するからさ」
メイガンから城の状態を聞き、リーアはがっくりと首をうなだれる。そんなに城に行きたかったのだろうか。
「そんな、しょげるなよ、リーア。ほら、道中にあった、行列が出来てた揚げ物店。とりあえず、あそこ行ってみようぜ。そのあとでリーアのために、服かなんか買ってやるよ。それとも、小物とかの方がいいか?」
裕也の一言で、リーアはすっかり、機嫌がよくなり、裕也の頭上で旋回する。
「もう~、マスターってば、そんなにボクのこと愛してくれてたのか~。よしよし、それじゃあ、可愛いマスターに付き合ってあげちゃおうかな~」
「・・わるい、ハルト。やっぱりこのまま帰るわ。馬車の手配って、どこで出来る?」
「うそうそ、マスター、冗談だってば。ほら、揚げ物店。早く、行こうよ。売り切れちゃうよ」
裕也はすっと立ち上がると、そのまま部屋を出ていった。リーアはその背中を慌てて追いかけていく。
「ったく、騒がしい奴らだな。この国が戦争中だってこと、本当にわかってんのかよ」
「あら、可愛いじゃない。それにしてもリーアちゃん。なんだかんだ言って、裕也君のそばを片時も離れようとしないのよね。見てて妬けるわよ」
ハルト達は明日に備えて、剣の手入れや、薬のチェックをはじめる。今のままでも普通に不自由なく暮らせるが、戦争が終われば、いま閉店になってる店も開き、パレードも再開されるだろう。
「そのときに、また案内してやるか」
まったく、こんな戦争など早く終わればいい。クルガン王は増え続ける自国の民を守るため、それまで手付かずだった、とある部族の領地を国に組み込もうとした。ただの未開の部族だと思って、油断したのが間違いだった。
今やアストレア王国だけでなく、ラング王国のクフ王や砂漠の国シスイ王国の女王パトラからの支援も受けているというのに、それでも戦争が終わっていない。敵の戦力を甘く見積もりすぎていたことは明白だ。
しかし今更、手を引くわけにもいかない。他国から手を借りてまで、仕掛けた戦争で、中途半端なことをすれば、隣国に付け入る隙を与えてしまうことになる。和解するにしても、アストレア王国の名誉を汚さない落としどころが必要だ。
ハルトは今まで以上に装備品の確認を念入りに行い、明日に備えてゆっくりと、体を休めることにした。
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裕也たちが、マルクの件に関わっていたころ、ジェシカは思いもよらぬ来客を迎えていた。
「それじゃ、裕也君さえ説得できれば、協力してくれるんだね?」
「言っておくけど、戦争には手を貸さないわよ。それに裕也さんを危険な目にあわせるのも無し。約束できるかしら」
「ああ、約束する。ニースにも言ったが、むしろ、こちらから戦争には手を貸さないように頼むよ。六大魔女の力を借りれば、諸国全てを敵に回すことになるからね」
ジェシカは男の目に嘘がないか見極める。刈り上げた赤い髪に、整った目鼻立ち。今はジェシカに見つめられ、照れたように頬をかいている。
「それにしても、大胆ね。ルシファーさん。戦争中の敵国の城下町に堂々と姿をあらわすなんて、あまり出来ることじゃないわ」
「堂々とは、してないと思うけどね。これでも、ここにくるまで、いろいろ苦労したんだ。口元を隠したり、深めの帽子を被ったり、どれもよく見れば、すぐにばれる変装だったけどね。街を歩いているときは、冷や汗かきっぱなしだったよ」
ルシファーはニースに続き、二人目の六大魔女の力を借りるべく、ジェシカの部屋を訪れていた。全ては姉のシルヴィアを助けるため。それに対してジェシカは裕也の護衛を優先すると断りを入れた。
もっともそれは名目に過ぎない。元々ジェシカは、六大魔女でありながら、国や政治絡みに関わる人物との積極的な接触を好まない傾向があった。
それでも、ルシファーは実に一時間近くかけて、粘り強くジェシカと交渉を試み、ついにジェシカから、裕也の許可があれば、協力していいという言質をとるにいたったのである。
ルシファーはマルクの演奏を聴きながら、裕也が黒猫亭に帰るのを待ち続けた。やがて、ジェシカから聞いた、裕也と思われる背格好の人物が、玄関から入ってくるのを見て声をかけようとしたが、思わず目を見開き、思いとどまった。
裕也の肩の上には精霊が腰掛けている。ジェシカから聞いた、リーアとかいう使い魔だろう。それはいい。問題は、裕也の後から続いて入ってきた三人組だ。裕也と親しげにしているが、その顔ぶれを見て、ルシファーは顔をしかめる。
ハルト、メイガン、ルキナ。ルシファー軍を最も苦しめている三名。その三名と親しくしているということは、裕也はアストレア軍に所属している人物なのかもしれない。それも厄介なことに、軍の中でもかなり重要な位置にいる可能性が高い。
実際には、ルシファーのこういった考えは、全くの誤解なのだが、ルシファーの立場からすれば、そんなことに気づけるはずもない。不安に駆られるのは当然であろう。
そもそもハルトたちに素性がバレた時点で、自分の命はないかもしれない。なにせ、戦争している敵国の親玉が護衛もつけずに、目の前で吞気に演奏を聴きながら、酒を飲み、ふらふらしているのだから。
本当はすぐにでも逃げ出したい心境だったが、ここで逃げ出せばジェシカの協力を取り付けるのがさらに困難になる。なんとかして、他の三人が見ておらず、裕也だけと接触できる機会を見出さなければ。
それでも、裕也がアストレア軍の重要人物なのであれば、自分の身が危険にさらされることには違いない。ハルトたちと一緒にいるのであれば、裕也自身の戦闘能力も相当高いものとみておいたほうがいいだろう。
もしかして、ジェシカはこのことを知ってて、"裕也が許可すれば"なんていう条件を突き付けてきたのだろうか。だとしたら、さすが六大魔女、よくも無理難題を平然と突き付けてくれるものだ。”裕也を危険な目に遭わせるのも無し”というのも、こうなると意味合いが、まるで異なってくる。
さらに言えば、六大魔女ジェシカと裕也が親しい関係であるということは、アストレア軍にジェシカが組する可能性だってある。さすがに諸王国の連盟規約があるため、表立って戦争にジェシカが加わることはないだろうが、憂慮すべき事態には違いない。
「さて、どうしたものか・・」
思い悩むルシファーに思いがけぬ幸運が舞い込んできた。ハルトたち三人が、緊急の用とかでアストレア城に向かっていったのである。今、黒猫亭に残っているのは裕也とリーアのみ。千載一遇のチャンス!
ルシファーは裕也に近づき、声をかけた。
「君が裕也君か?初対面なのにぶしつけですまない。相談事があるのだが、聞いてはもらえないだろうか?」
自分の名前を名乗るのはもうしばらく、後でいいだろう。偽名を使うかどうかは、会話の流れしだいだ。
「あんた、誰? マスターになんのようなのさ」
裕也ではなく、裕也の肩にのっていたリーアの方が、返答してきた。
「怪しいものではない。実はある人から裕也君の噂を聞いてね。力になってもらいたいんだ。六大魔女の件と言えば、話に興味を持ってもらえるかな」
裕也はいきなり六大魔女の話を切り出してきた目の前の男に警戒心を抱いた。ジェシカか、あるいはクリスティ絡みの関係者だろうか。まさかとは思うが、もしジェシカやクリスティにとって害のある人物であれば、情報を掴んでおく必要がある。
「いいぜ、話聞くよ。どうする?ここで話すかい、それとも、あんたの部屋に行くか?」
「悪いが俺の部屋に来てほしい。もちろん、危害を加えるような真似はしない。もっとも、君ほどの実力者なら、最初からそんな心配はしてないと思うがね」
・・なんでだろう。クレアから、剣の達人扱いされ、クリスティから知恵者にされて、今度は実力者ときた。それもまったく見知らぬ人物からだ。
みんな、何をどう間違えて、自分のことを誤った方向に解釈していくのか、不思議でならない。少なくとも裕也自身は、誤解を招くような思わせぶりな言動はしていないつもりだ。
「色々突っ込みどころはあるんだが、まあいい。分った。お伺いさせていただきますよ。案内してくれ」
裕也はルシファーの後に続いて、黒猫亭の階段を上っていく。途中でリーアが小声で囁いてきた。
「マスター、すごいね。実力者だって」
「うるさいよ、リーア。俺だって、わけわかんねぇんだ。なぁリーア、俺さ、別に変なことしてないよな?」
「安心して。マスターはいつも、変なことしかしてないから」
「・・リーアに聞いた俺が馬鹿だったよ」
無駄口叩いてるうちに、ルシファーの部屋に招き入れられ、裕也は用意された椅子に腰かける。
「よく来てくれたね。改めて自己紹介させてもらうよ。俺はルシファー。アストレア軍と戦っている者だ」
裕也は最初、何を言われたのか分からなかった。リーアも同様だ。言葉の意味が理解できた時、裕也は即座に立ち上がり、部屋を出ようとした。ルシファーは裕也の行く手を素早く遮る。リーアは裕也を助けるため、魔法を準備するが、ルシファーはそれを手で制した。
「焦るのも無理はない。だが、さっきも言った通り、君に危害を加える気はないんだ。頼む。座って、話を聞いてくれないか?」
裕也はしばらく考えた後、ルシファーの言い分に従うことにした。無理に逃げ出そうと思っても、裕也やリーアの力では不可能だろうし、何故アストレア軍と戦っている敵軍の大将が、わざわざ自分を訪ねてくるのか興味をそそられたためでもある。
「ありがとう。エール酒を下の酒場から持ってきた。緊張させないための配慮だと思ってほしい」
ルシファーはグラスを二つ用意し、裕也と自分の分のエール酒を注ぐ。リーアが自分も飲みたいと言い出したため、ルシファーはもう一つ、追加でグラスを用意してくれた。
「さて、まずは私の目的から話そうか。君への頼みとは、他でもない。六大魔女の一人、ジェシカの件だ」
ルシファーは、エール酒を一口飲み、裕也にも勧める。出来るだけ、フランクに話したいという、ルシファーなりの気づかいだ。
「現在のアストレア軍との戦争が終結した後、俺は自分の姉を助け出したいと思っている。そのためには、ジェシカの力がどうしても必要なんだ」
「戦争が終結した後・・か。だが、そもそもアストレア軍が勝利したら、こういってはなんだが、あんたの命はないかもしれないんだよな」
「そうならないように最大限の努力をするつもりだがね。だがもし、私が目的の達成前に死ぬようなことがあれば、それは私が自分の運命に屈したということだろう。大人しく受け入れるさ」
裕也はルシファーと話してみて、不思議な感じを覚えた。少なくとも悪い男には見えない。もっとも、裕也の手前で本性をさらけ出すようなことはしていないだろうが。何故ハルトたちは、そしてアストレア王国は、この男と戦っているのだろうか。
裕也が聞いている情報、というよりは世間に通知されている情報では、アストレア王国の国民の増加により、今までの領地だけでは生活が苦しくなり、未開の部族の領地を国の一部としようとした。その結果、反対する先住民たちとの争いが今の戦争に発展したものとされている。
しかし、ルシファーは話しの通じない人間とは思えない。ならば、戦争などせずとも、交渉で話を進めることは出来なかったのだろうか。
「すまない、脱線してしまったね。私の姉なんだが、名をシルヴィアと言う。君も聞いたことはあるんじゃないか?」
「いや、悪い。俺は世間の情報にそれほど明るいわけじゃない。シルヴィアって人は有名人なのか?」
「ああ、有名だ。この城下町だって、大概のものは知ってるはずさ。なんなら、酒場に行って、そこら辺の人に聞いてみると言い。悪魔の子の母親と答えが返ってくるはずさ。本当に知らないのか?」
ルシファーは裕也の発言に少し戸惑いを覚えた。裕也がアストレア軍の中で重要な位置にいるような人物であれば、いくら世間に関心が薄いとはいえ、悪魔の子の母親についての噂話くらいは放っておいても耳にするはずだ。ハルト達と親しい間柄なら、尚更である。
一方で裕也も驚きを感じていた。悪魔の子とは、裕也がこちらの世界に足を踏み入れて、初めての日に遭遇した、ルーシィの呼び名だ。正確には、街の人々がルーシィを悪魔の子と蔑んで、迫害してたわけだが。つまり、悪魔の子の母親とは、文字通りにとらえるならば、ルーシィの母親を意味することになる。
「ルシファーさん、さん付けでいいのかな?」
「構わないよ、なんなら呼び捨てでもいい。敬語もいらん。もっとも、君は最初から敬語など知らない生活を送ってたみたいだがな」
裕也はルシファーからの、悪態を全く気にすることなく、話を進めていく。
「なら、遠慮なく。ルシファー、一つ聞きたいんだが、ルーシィの名に心当たりあるか?」
ルシファーは、目を丸くした。思わず立ち上がり、反動でエール酒が零れ落ちる。
「ルーシィを知っているのか!教えてくれ。頼む。どんな些細なことでもいい」
この反応。裕也は確信した。ルシファーがルーシィの肉親または相当近しい関係者というのは間違いない。ルシファーはルーシィの母親の弟。つまり、ルーシィにとっての叔父ということになる。
思えばルーシィは、クリスティによって地元の街の住人からも隠れるように、育てられてきた。すぐ近所の人でも、クリスティの家にルーシィが住んでいることには、ついこの間まで気づいていなかった。ルシファーにとってはまさに灯台下暗し。探せばすぐ手に届く距離にいたからこそ、逆に盲点だったに違いない。
「ルーシィはクリスティさんのところにいるよ。俺やリーアと一緒に住んでいる」
「えっ、マスター、ダメだよ。なんで教えるのさ、ルーシィをわざわざ危険な目に遭わせる気なの?」
「そんなわけないだろ、リーア。構わないさ。ルシファーはルーシィを傷つけるようなことはしない。だろ?」
リーアは焦ったが、裕也はルーシィの居場所を隠そうとしなかった。いや、隠す気が起きなかった。問題があることは分かっている。しかし、せっかく見つけたルーシィの肉親だ。
ルーシィは最近でこそ、エミリーをはじめとした友達の輪が少しづつ広がってきたものの、ついこの間まで街にでるだけで迫害を受けていた身だ。クリスティやアルシェ、カレンの存在こそあれ、人に言えぬ孤独を耐え抜いてきたはず。もし、ルシファーがルーシィに会いたいなら、どうして自分にそれを止める権利があるのだろう。
「・・驚いたよ、裕也君。いや、敬語はやめたんだったな。裕也。ルーシィがクリスティ家にいたこともだが、何故そのことを俺に教える? そこの精霊の方がよっぽど常識的な反応だ。俺は君の友人、ハルトたちの敵だぞ。危険は感じないのか?」
「いや、まったく。ああ、誤解しないでくれ。あんたを舐めてるとか、そういうんじゃない。むしろ、たった一人で戦争相手の国の宿に泊まりに来るなんて、尊敬すら覚えるよ。俺なら絶対無理」
「それで、尊敬の念からルーシィのことを教えてくれたってわけか?」
「んなわけあるか、ちげーよ。別に難しいことじゃない。せっかく見つけたルーシィの肉親なんだ。ルーシィに家族と会わせたいって思うのは当然のことだろ」
ルシファーは言葉を失って裕也を見つめた。顎に手を当てて、自分の立場に置き換えて考えてみる。もし、裕也の立場なら、いきなり現れた、友人が戦っている戦争の敵国の大将に、平然と身内の居所を教えられるだろうか。
・・不可能だ。ルシファーだけじゃない。裕也は当然といったが、その当然のことが出来る人間が、この町に、いやこの世界にどのくらいいるのだろう。
「・・さすが、この国の英雄や六大魔女を友にするだけのことはある。いや、恐れ入ったよ。そして、ありがとう。君には何か礼をせねばなるまいな」
「そんなもんいいよ、めんどくせーし。あ、でも、せっかくだから一つだけ頼んでもいいか?」
「ああ、何でも言ってくれ。と言っても、私の首を差し出せと言われても困るが」
「・・言うわけねーだろ。俺の頼みは一つだけだ。ルーシィに会ったら、普通の家族として接してやってくれ。戦争も、悪魔の子も、六大魔女も、一切関係なし。ごく普通の叔父として、あの娘に会ってやってくれ。それだけだ」
ルシファーは唖然として裕也を見つめる。不意にルシファーの口から笑いがこぼれる。最初は抑え殺すような笑い。それが、どんどん大きくなっていく。ついに、ルシファーは抑えが利かなくなり、自分の今いる状況も忘れて大声で笑いだす。
「くっ・・くくくっ・・今、決めたよ。裕也、俺の軍に加われ」
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・・・は? 聞き間違いか? 何言ってんだこいつ。なんで今の話の展開から、そういう結論にいたるんだ?それとも俺をからかっているだけか?
「冗談なら、そんな気分じゃないんだ。話すことがもうないなら、そろそろ帰らせてもらう」
裕也は席を立ち上がろうとし、自分の体の異変に気付く。体が動かない。呼吸も会話も普通にできるのに、身動きが全く取れない。気が付けば、リーアも同じ状態に陥ってるようだ。リーアは、羽を動かすことすら出来ず、裕也の膝で固まっている。
「マスター、ボク、動けないよ。どうしてなの・・」
「わからねぇ。俺もだ。ルシファー、お前の仕業か?俺たちに何をした?」
ルシファーは戸惑う裕也たちを見つめ、空になったグラスにエール酒を注ぐ。ついでに動けない裕也とリーアのグラスにもエール酒を注ぐと、椅子に深く腰掛ける。
「焦らないでくれたまえ。危害を加えるつもりはないと最初に言っただろう。さてと、まずはいろいろあって、逸れてしまった話を戻すか。ルーシィのことですっかり脱線してしまったが、元々君と接触したのは、ジェシカの件だ」
「戦争が終わったら、お前の姉シルヴィアを助けるためにジェシカの力を借りたいんだったか」
「そうだ。ジェシカは君の許可さえあれば、協力してもいいと言ってくれている。姉を助けるため、力になってもらえるか?」
「その話に嘘がないならな。ルーシィの母親を助けるってことなら、俺に反対する理由はない。むしろこっちから、お願いするさ」
ルシファーは満足そうにうなずき、エール酒を口に含む。時間がたっても冷えたままのエール酒は、ルシファーの喉に胃に緩やかに染み渡っていく。
「なあ、俺もエール酒飲みたいんだが、この金縛りをといてくれないか?」
「ボクもボクも。この格好で止まったままって、恥ずかしいし・・」
リーアは裕也の膝の上に四つん這いになっている。裕也の膝の上で、自分の体よりも大きいサイズのグラスを持とうとした結果の体位だ。裕也から見れば、リーアの金縛りだけは、このまま暫く解かなくてもいいかと思う。
「逃げないと約束してくれるかい?もっとも、俺から逃げることは出来ないと思うが」
・・ルシファーと言い、ジェシカと言い、なんで俺の前には人を逃がさないための能力に秀でたやつらが集まってくるんだ。裕也は内心で我が身の運命を嘆く。
「ああ、逃げたりしねぇよ。だけどもう話すこともねぇだろ。ジェシカがお前の姉さん助けることには、反対しないって言ってんだ。さっきの冗談も聞き流すし、もう特に用はないはずだぜ」
「冗談とは、君をわが軍に誘ったことかな? だとしたら心外だ。俺は本気で君をわが軍に迎え入れたいと思っている」
「あのな、ルシファー。ハルト達のことを抜きにしても、俺はお前の役にはたてん。何か勘違いしてるみたいだから、はっきり言っておく。俺は実力者なんかじゃない。自慢じゃないが、剣も魔法も碌に使えん。かといって見事な戦略をたてるような、立派なおツムも持ち合わせちゃいない。どう贔屓目に見ても、俺は軍の役に立てる器じゃない。」
ルシファーの呪縛から逃れた裕也は、エール酒を一気に飲み干す。金縛りの後のエール酒は格別だ。リーアも一杯飲んで、気持ちよさそうに、グラスを傾ける。そして、酔った勢いで、ここぞとばかりに裕也に絡んでくる。
「マスター、そこまで自分を卑下しなくても・・なんか、ボクまで悲しくなってくるよ・・頑張ろうね、マスター。明日はきっといいことあるよ」
「よけい惨めになってくるから、同情はやめてくれ、リーア。っていうか、俺って一応は、おまえのマスターなんだよな? 主人を敬うって言葉、知ってるか?」
「大丈夫。マスターがそんなこと、気にしないってことは知ってるから」
裕也がリーアを追い回す。すかさず逃げるリーア。あろうことにルシファーを盾にして、身を守る。
「なあ、ルシファー。俺もリーアもこんなんだぞ。悪いことは言わん。不穏分子を二名、自軍に入れるようなことはしないほうがいい。百害あって一利なしってやつだ」
「あっ、なにさ、二名って。まさかボクも入ってるの?」
ルシファーは面食らって、裕也とリーアの全く場の空気を無視した行動を見るが、再び笑い出す。この人は笑い上戸に違いないと、裕也は密かに偏見を持ち始める。
「くくくっ。君たちは見てて飽きないな。それとも、これも私の誘いを断るための作戦なのかな? もっとも君が、ハルト君たちの敵になりたくないのは分かる。長くなってしまったが、話はこれで終わりだ。わが軍に入る件、もう一度考えてみてくれ。心配せずとも君の身の安全は保障しよう。・・君の身はな」
ルシファーの最後の一言で、それまでの空気が一変し、あたりは急に空寒い緊張感に包まれる。ルシファーはゆっくりと裕也に近づく。裕也はルシファーの言葉の意味に気づき、はっとしてリーアを見る。たった今まで、はしゃいでいたリーアが苦しそうに、身をかがめている。よく見ると、手足が痙攣して、動けなくなっていた。
「君の大事な相棒を死なせたくはないだろう?」
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