第8話 過去と未来

 「虹色。お兄様の好きな色と同じ・・」


 クレアは初めて、喪服女が動揺した声を出すのを聞いた。ついさっきまで、無敵で付け入る隙なんて全く無いと思っていた相手が、頭を両手で抑えて、前かがみになって震えている。


 「どうしたんだよ、喪服のお姉さま。あんまり悩みすぎはお肌によくないぜ。それともこう呼べばいいかな、ジェシカさん」


 「! 貴様、誰だ? 何故私を知っている? 私に何の用があって、そこにいる?」


 「おいおい、勝手に館に入り込んできたのはそっちだろ。勝手に人ん家に押し入って、勝手に人に変な問いかけしてさ、挙句の果てに問答無用で襲い掛かってくるんだもんな。ヨシュアもこんな物騒な妹もって大変だろうよ」


 「貴様ごときが、兄さまのことを語るんじゃない!!」


 喪服女は癇癪をおこして、手あたり次第のものを周囲になげつけた。裕也はそれを表情一つ変えずに黙って眺めている。


 クレアは喪服女の豹変ぶりに驚いていた。リーアも同様だ。精神が病んでいる可能性はクリスティから聞かされていたが、さきほどまでの戦いからは、たとえ病んでいたとしても、冷静沈着で、他のものを圧倒する存在感のようなものが感じられた。だが今目の前にいるのは、ただの駄々っ子にしか見えない。


 「こりゃ、さん付けもいらないかな。ジェシカでいいか。とりあえずこっちこいよ、いいところに連れてってやるからさ」


 「黙れ!!」


 喪服女が手を動かす。クレアははっとして、裕也に逃げるように呼び掛ける。クレアを攻撃した時と同じ動作。どうやっているのかは分からないが、鋭利な刃物で切断するような攻撃を加えてくるはず。


 クレアの必死の呼びかけにも関わらず、裕也はその場を動こうとしない。何をやっている。このままじゃ殺されてしまう。思わず怒鳴りつけたくなるような衝動に駆られる。と、裕也は軽くジャンプし、半歩分だけ左に飛んだ。裕也が先ほどまでもたれ掛かっていたドアが切り裂かれる。


 「おお怖っ。そんな物騒なもん部屋の中で振り回すんじゃねぇよ、危ないだろうが」


 振り回す?クレアは改めて喪服女を見るが、やはり手には何も持ってない。裕也は何を見ているのだろうか。


 「おいおい、またかよ、勘弁してくれって」


 裕也は左右にステップを踏みながら、体を動かす。裕也がそれまでいた場所のそばに置いてあった家具類に亀裂が入っていく。明らかに裕也は喪服女の攻撃を完全に読み切って、避けていた。


 「裕也さん、あなたは一体・・」


 クレアは裕也の底知れぬ力にただただ驚愕していた。侵入者の名前も知ってるみたいだ。いつの間に素性を調べ上げていたのだろうか。クレアが剣の稽古をしていたときは、正直、戦いに連れ出さないほうがいいのではないかとさえ、思っていた。技術も体力もまるでない。その裕也が、今、喪服女、六大魔女の一人、ジェシカを圧倒している。


 -裕也視点ー


 「ああ、いい風呂だった。やっぱり美女の後の風呂は最高だぜ」


 「マスター、そういうこと人前で言わないの。それより、ボクの洗い方どうだった、ねぇねぇ」


 「気持ち良かったよ。サンキューな、リーア」


 リーアはマスターに褒められ、両腕をくねらせながら照れる。今日はいい日だ。部屋にまだサンドイッチ残ってるかな。クレア姉なら、残り全部食べちゃうなんてことないよね。リーアは裕也を早く部屋に戻るように促した。


 裕也たちが、部屋のすぐそばまで来ると、室内から物音が聞こえてきた。クレアさん、部屋の中でも一人稽古やってるんだろうか。最初は暢気に両腕を頭の後ろに組んで、部屋に入ろうとしたが、リーアに止められた。なにか室内の様子がおかしい。


 部屋のドアの手前で、身をかがめ中の様子をうかがう。争っている物音がする。カレンはさっき部屋を出たから、部屋にはクレアしかいないはず。ということは、侵入者、喪服女がすでに部屋に入り込んでいる!


 裕也は慎重に室内の様子を伺いながら、自分がどう行動するべきかを検討する。と、喪服女が両手の間に細長い剣を取り出すのが見えた。喪服女はその剣でクレアに襲い掛かる。だが、見え見えの大ぶりの攻撃だ。クレアさんなら余裕で躱すか、迎撃するだろう。


 裕也の思いに反し、クレアは思いっきり後ろに飛びのいた。何やってるんだよ、クレアさん。今さっき、俺との稽古中に、敵の攻撃は出来れば、最小限の動きで避けろって、言ってたじゃないか。それに何を焦ってるんだ。


 そりゃ特殊能力のせいで、喪服女に攻撃を加えることは出来ないけどさ、クレアさんなら、あんな見え見えの敵の攻撃避けるだけなら、いくらでも余裕だろう。剣術ど素人の俺だって避けられるぞ。


 裕也からすれば、クレアほどの剣の腕前の持ち主が、どうしてあそこまで苦戦しているのか、見当もつかなかった。クレアには敵の武器は見えておらず、自分がどういうふうに攻撃されているのかすら、まるで分からない。


 対して、裕也だけは、何故か喪服女の使用している武器がはっきりと見えていた。そして、その武器がクレアの目には映っていないということに気が付いていなかった。ちなみにリーアにも喪服女の武器は見えていない。理由は分からないが何故かクレアが追い詰められているのを見て、部屋に入り参戦、そして今に至るというわけだ。


 「なぁジェシカ、あんまり人ん家のもの壊すなよな。クリスティさんの使ってる家具って、けっこうな値段すると思うぜ。弁償できんのかよ?」


 「黙れ黙れ。貴様、なんなんだ。何故、素直に両断されない・・」


 「そりゃ、いくらなんでも、あんな見え見えの攻撃だったら、ど素人の俺だって避けられるさ。ジェシカってもしかして、戦いに向いてないんじゃないの?って俺も人のこと言えないんだけどさ」


 話している間も、喪服女、ジェシカは裕也に次々と攻撃を繰り出す。裕也はクレアとの稽古を思い出し、最小限の動きで避けるように努めていた。但し、あくまで裕也が自分で無理のない範囲でだ。


 あまり最小限の動きにこだわりすぎて、喰らってしまったら元も子もない。裕也の周囲にある家具や壁だけが、次々と切り刻まれていくが、裕也は全く無傷のまま。


 「マスターすごい・・どうやって、相手の攻撃避けてるの・・」


 「裕也さん・・」


 ジェシカの細身の剣が見えてないリーアとクレアには、裕也の動きにただただ感心するばかり。そして、裕也にはリーアとクレアがなぜ自分を感心しているのか、まるで分っていない。むしろ、クレアからは、もっと的確な動きが出来ないのかと説教される覚悟すら持っている。


 「貴様、こざかしい動きばかりするな。どこまで愚弄するか」


 ジェシカが怒りに身を任せ、裕也は追いかけてくる。そうだ、追いかけてこい、ジェシカ。お前をあの部屋に案内してやる。俺が今からやろうとしていることは、残酷なことかもしれない。ただ人の心の痛みをむしかえすだけで終わるかもしれない。だけど俺は信じてる。必ずお前が事実に向き合って、そして立ち直ってくれると。


 裕也は、ジェシカを倒すつもりなんて最初からない。逆だ。最初からジェシカを救うために行動している。ジェシカは次々と瞬間移動を繰り返して、裕也の逃げ道の先に現れる。だがそれは、目的の部屋にジェシカを連れていくための裕也の誘導。


 「ついたぜ、ジェシカ。さぁ遠慮なく入ってくれ」


 部屋には見上げるぐらいの高さの本棚がいくつも並んでいる。中心にはテーブルと一組の椅子が置かれていた。ジェシカは部屋の中に入ると、頭をおさえてしゃがみ込む。


 「なんだ、ここは・・思い出せない。思い出したくない・・いやだ・・」


 ジェシカは苦痛でのたうち回る。裕也はジェシカのわきを通り過ぎ、置かれている椅子に座る。そこに一人の侵入者が入ってきた。黒の頭巾とマント付きローブを身にまとい、鉄の爪を装備している。


 「いやっ、いやぁっ・・」


 ジェシカが悲鳴をあげる。侵入者は鉄の爪を裕也の腹部に突き刺した。裕也は腹から血を吹き出し、その場に倒れた。


 「兄さま、兄さまぁぁ。みんな・・みんな殺してやる!!」


 ジェシカが侵入者の首に手をかけ、そのまま締め上げる。


 「離してもらえませんかな。これでも老体の身。荒事は体に応えます故」


 侵入者は頭巾を脱いで、投げ捨てた。白髪の整った髪が顔をのぞかせる。と、同時に倒れた裕也も起き上がり、腹部をなでて衣服を確かめた。


 「あーいてて。アルシェさん、もうちょっと手加減してよ。本気で痛かったぜ。あーあー、これ染みにならなきゃいいけど。カレンに怒られっかな」


 「何をおっしゃいますか。こういうものは迫真の演技があってこそ、効果があろうというもの。ほら、御覧なさい。ジェシカお嬢さまにちゃんと効き目があったようですよ」


 ジェシカは目の前で起こったことに呆然としている。そして、忌まわしい過去の出来事を思い出す。そうだ、確か、この部屋で自分は兄さまと一緒にいて、頭巾を被った輩に襲われて・・


 これは再現だ。裕也が無い知恵を絞って、クリスティやアルシェと相談しながら進めた策。ジェシカの精神が錯乱しているのであれば、その元凶となっているのは裕也がジェシカから読み取った記憶の出来事に違いない。


 ジェシカの中では、大好きな兄を目の前で惨殺される、あまりにも忌まわしい記憶だった。だから、その記憶を忘れるか、改竄するか、とにかくジェシカの精神を守るために、何らかの措置が働いたと考えられる。そうやって捻じ曲がった精神状態を元に戻すには何をすればいいか。まずは過去の出来事とちゃんと向き合わせること。


 赤の他人である自分がこんなことをするのは、残酷だし、ただいたずらにジェシカの心の痛みをむしかえすだけかもしれない。それでも裕也はジェシカを信じた。自分の過去を思い出し、ジェシカが受け入れを拒否した残酷な現実に逃げずに向き合ってくれると。


 「いやあああぁぁぁぁぁぁ」


 ジェシカはその場に膝をついて泣き崩れる。そうだ、この部屋で、ヨシュア兄さまは殺された。兄さまを殺した黒頭巾の者たちは、ショックで意識の朦朧としたジェシカに無理やり何かの薬を飲ませた。それから、声が聞こえるようになった。


 気が付いた時には黒頭巾の者たちは、みんな姿を消しており、兄ヨシュアの死体とジェシカだけがその場に取り残された。ミラー様から力を受け継いで六大魔女になったときも、その声は聞こえ続けた。


 「私は今まで・・」


 全てを思い出した。あれから、どれくらいの時間がたったのだろうか。なにか永い夢を見ていた気がする。まだぼうっとしており、頭がすっきりしないままだ。私は今まで自分の意志で行動していたのだろうか。


 すごく眠い。今は眠ろう。起きたら、何か新しい日々が始まる気がする。ジェシカはそのまま床に倒れこみ、何年かぶりの確かな自我を取り戻し、そのまま眠りについた。


 ジェシカが心に負った傷を本当に癒やすには、もっとずっと長い時が必要だ。兄を殺された心の痛みは、これからも残り続けるだろう。人のトラウマはそう簡単に解消できるものではない。それでもジェシカは自分の過去と向き合い、自分自身の意識と意思をようやく取り戻した。



**************************************


 

 「裕也さん、お見事です。でもね、ひとつだけ、どうしても、どうううしても許せないことがあります」


 ジェシカは今、クリスティが用意した客室で、穏やかな眠りについている。もう彼女は人を襲わないだろう。明確な論拠はなくとも、裕也とアルシェは確信していた。後から図書館を再現した部屋に入ってきたクレアはまだ半信半疑のようだ。そのクレアが裕也を壁端に追い詰め、抗議している。


 「えっと・・クレアさん。いや、俺のやり方は問題あったかもしれないけど、俺の頭じゃ他にジェシカを助ける方法なんて思いつかなかったんだ。気分を害したなら謝るからさ」


 「ええ、ええ、気分を害してますとも。言っておきますが、ジェシカさんへの措置の件ではありませんよ。あれは見事でした。私、感心しました」


 「あの・・だったら、なんでそんなに怒ってるんですか?」


 「まあ! まだとぼけるつもりですの! いいですわ。直に教えてあげます。覚悟してくださいね」


 クレアは木刀を二本用意して、一本を裕也に投げ渡す。裕也が手に取った瞬間、クレアは裕也を鋭く打ち付ける。


 「いっったぁぁぁぁ。クレアさん、俺に何か恨みでもあるんですか? なんでこんなこと」


 「それです。そのわざとらしい、素人のふり。裕也さん、本当は剣の達人なんでしょう。とぼけても、もう誤魔化されません。さんざん人を馬鹿にして・・」


 えっと、何のことを言ってるんだろう。裕也は本気で頭を悩ませる。そんなフラグどこにあった? 先ほどのジェシカの攻撃だって、クレアならもっと、いくらでも的確に無駄のない動きで避けられたはずだ。むしろ、不甲斐ない動きで怒られても仕方ないとさえ、思っていた。

 

 「そりゃ、私なんか裕也さんから見たら、全然駆け出しのひよっこなのかもしれません。だけど、私だって、これでも今まで頑張って修行を積んできたんです。私が裕也さんに稽古をつけるのを見て、偉そうに上から講釈をたれるのをみて、内心ほくそえんでたんでしょう。いじわるするにも、ほどがあります」


 「えっと、あの、クレアさん。ものすごい勢いで、何かを誤った方向に解釈されてるみたいなんですが・・あ、だから誤解っていうのか。なるほど、ひとつ勉強になった」


 「そりゃあ、裕也さんには妹のエミリーを助けてもらったし、さっきだって、ジェシカさんに襲われたとき、裕也さんが来てくれなかったら、正直危なかったでしょう。でもね、それとこれとは話が別です!」


 まるで話がかみ合わない。ジェシカだって、襲い掛かってきたときにちゃんと質問には答えてくれてたのに。


 「クレアさん、何をどう間違って、俺のことを剣の達人だと思い込んでいるのか、皆目さっぱり見当がつきませんが、誤解ですからね」


 「まだそんなしらを切るつもりなんですの? ジェシカさんの目には見えない攻撃を、瞬時に見破り、気配だけを察知して、必要最小限の動きでかわし続ける。どんな訓練を積んだって、常人にはできない天才剣士の動き。リーアさんもご覧になってたでしょう?」


 「うん、確かにあれは凄かった。でも、ボクはマスターが天才剣士だとは思えないけどなぁ」


 「あの、クレアさん、ジェシカは何か目に見えない攻撃も仕掛けてたんですか? 俺そんなこと全然気が付きませんでした。やっぱりクレアさんは凄いですね」


 「裕也さん、あなたって人は、ここまで言っても、まだ人を馬鹿にしたりないんですか? 私だって、私だって一生懸命、頑張って、怖い思いもして・・」


 クレアはとうとう泣き出してしまった。裕也はどう対応していいかわからず、おろおろする。


 「マスター、とりあえず、謝って」


 「ええ? 俺、何か悪いことした?」


 「したの。身に覚えがなくても、目の前で女性が泣いたら、男のせいって昔から決まってるんだから。ほら、はやく」


 理不尽すぎる。裕也だって一生懸命頑張って、喪服女、六大魔女のジェシカの件を解決に導いて、本来なら拍手喝采もので活躍を称えられてもいいはずなのに、なんなんだ、この仕打ちは。 


 「えっと、クレアさん、悪かったです。いや、正直なにが悪かったのか、さっぱりわかってないんですけど、とにかく、ごめんなさい」


 その後、クレアの誤解がとけるまで、裕也はこれまでで、最大の努力と労力を要することになり、この日一番の疲労を溜めることになった。



**************************************



 「あの、裕也さん、本当にすいませんでした。私、誤解してしまったようで」


 「いえ、いいんですよ、クレアさん。全く、これっぽっちも、全然、気にしてませんから。せっかく、ジェシカや館のみんなを救うために、馬鹿な頭使って色々思い悩んで、なんとか頑張って、成功に導いた挙句、あらぬ疑いをかけられて、身に覚えのない謝罪を何度も何度もさせられたこととか、ぜんっぜん、気にしてないですよ」


 「本当にごめんなさい。私、なんでもしますから」


 「へぇ~、なんでもねぇ、それじゃ、なにしてもらっちゃおうかな~」


 裕也は満面の悪い笑みを浮かべる。リーアは裕也の眉間に指先をあてて、裕也を窘める。


 「マスター、悪い顔しすぎ。クレア姉だって、こうして謝ってるんだから、もう許してあげなよ。言っておくけど、クレア姉に女性の尊厳に関わるようなことさせちゃだめだからね。いくらマスターでも、ボク、それだけは許さないよ」


 「まぁそういうなって、リーア。せっかくなんでもしてくれるって言うんだからさ。クレアさん、それじゃお願いさせてもらっちゃいますね。女性の尊厳に関わるけど、勘弁してくださいね~」


 「マスター?」


 裕也はクレアに耳打ちで、あることを指示する。クレアは驚いた顔をしたが、やがて顔を赤らめて、だけど嬉しそうにうなずいた。


 「クレア姉、マスターに何言われたの? 断ってもいいんだよ。ボクがとりなしてあげるから」


 「リーアさん、ありがとう。でも、断るなんてとんでもないわ。確かに女性の尊厳に関わることですしね」


 クレアはそれじゃあ準備があるからと、その場を離れていった。裕也もそれじゃ宜しくと手を振って見送る。リーアは裕也に激しく詰め寄るが、裕也はリーアの問いを適当にあしらいながら、クリスティの部屋に向かっていった。


 「裕也さん、リーアさん、さ、お入りなさいな」


 「失礼します」


 裕也とリーアは、クリスティと向き合う形で、椅子に座る。クリスティは前と同じようにハーブティーを淹れてくれた。ただし、今度のはグリーンティー。疲労の回復に効果があると定評らしい。


 「今回は本当にありがとうございました。もうルーシィーが狙われることもないでしょう。ジェシカさんも、なにか憑き物がおちたかのように、安らかな寝顔をしております」


 「クリスティさんと、アルシェさんのおかげですよ。まさか俺のイメージしていた部屋を、あそこまで正確に再現してくれるなんて、思いもしませんでした」


 グリーンティーを口に一口含むと、これまでの疲れが全て洗い流されるような、ゆったりした味わいが口の中いっぱいに広がっていく。


 「私も驚きました。六大魔女の一人である彼女をこんな短い時間の中で綿密に調べ上げ、見事にその精神を救うすべを的確に見出したのですから。裕也さん、ご自分で頭が悪いとかいいながら、本当は大変な知恵者なのでしょう?だめですよ、あまり人をからかうのは、およしなさいな」


 いかん、クレアと同じ種類の誤解が生じてしまう。さっきは剣の達人で今度は知恵者。さすがにクレアのように大泣きまではしないだろうが、対応を間違えて、大事な衣食住の確保先であるクリスティの機嫌を損なうわけにはいかない。


 調べ上げたのではなく、過去の記憶を読み取っただけだ。だが、その力のことを言うわけにはいかないし、どう弁明するのが正解なのか。


 「あ、いえ、すみません。でも、今回の解決はクリスティさんたちの助力があったからです。こちらこそ、本当にありがとうございました」


 よし、なんとか会話を無難な終わらせ方に持って行けただろう。もうこれ以上は、この話題に触れないようにしよう。それにしても、弁明しても、本当のことを言っても厄介ごとになるって、何かの呪いではないだろうか。


 「それで、クリスティさん、頼んでいた例のものなんですが、もう仕上がりましたか?」


 「ええ、ええ、見事な出来栄えですよ。私も若かったら、自分で着てみたいわ」


 「よかった、それとヨシュアさんなんですが」


 「埋葬先はもう見つけてあります。それにしても裕也さん、あなた、こんなことまで考えてたんですね。ジェシカさんは喜んでくれるかしら」


 クリスティと裕也がグリーンティーを味わっていると、一人むくれたリーアが裕也の頭の上に手を組んでうつ伏せに乗る。


 「マスター、ボク全然はなしが見えないんだけど、クリスティおばちゃんとなに企んでるのさ」


 「すぐにわかるさ、リーア。それじゃ、クリスティさん、お邪魔しました。準備の方、お願いしますね」


 「ええ、任せておいてくださいな。きっと素晴らしいものになりますわ」


 裕也はリーアを頭にのせたまま、部屋を出る。リーアはいつものポジション、裕也の肩の上に座りなおして、足をぶらつかせる。



**************************************



 それから、数日後。ジェシカは化粧台の前に座って、クレアに髪を研いでもらっていた。クリスティとルーシィーには何度も謝罪した。ルーシィーは最初から、気にしないでいーよーと、明るい笑顔で許してくれた。


 例の”声”については、あの日、自分の自我を取り戻して以来、全く聞いていない。どうも自分は何か得体のしれないものに、とりつかれていたようだ。はっきりとしたことは言えないのだが、”声”は自分の元を去り、どこかに行ってしまったように感じる。


 「クレアさん、ありがとう、もういいわ。お兄様のお墓参りに遅れるもの」


 ジェシカは立ち上がり、準備を始める。喪服はもう着ていないし、ベールも脱いでいる。今着ているのは、クレアから借りた、質素な木綿の服だ。ジェシカの準備が整った後、クリスティたちは大型の馬車に乗り込み、目的の教会へと向かう。


 「お待ちしておりました。ヨシュア様の墓へとご案内いたします」


 中にいたシスターの案内に従い、ヨシュアの墓に向かい皆で手を合わせる。ジェシカの頬に一筋の涙が落ちる。


 「お兄様。ようやく会えました。どうか安らかにお休みくださいませ」


 裕也たちもジェシカに続いて、黙禱を捧げる。墓参りをすませ、教会の広間へと戻ると、ひとつの木箱がジェシカに渡された。


 「これは?」


 「いいから、開けてみてくれよ。気に入ってくれるといいんだけどさ、ああ、もしかしたら、サイズちょっと合わないかも。なにせ、きちんと図ったわけじゃないからなぁ」


 裕也は頭をぼりぼり書きながら、言い訳する。ジェシカはキョトンとしながらも、箱のふたをあける。


 「!」


 中に入っていたのは眩い輝きを放つ、虹色のウェディングドレス。それとヨシュアが普段から身に着けていた懐中時計。


 「さっ、更衣室はすでにご用意しております。どうぞ、こちらへ」


 「私も手伝います。一人では着るの大変でしょう」


 ジェシカとクレアがシスターの案内に着いていく。しばらくたって、ジェシカはドレス姿へと身を変え、その場に姿を現した。


 「ジェシカさん、すっげぇ奇麗だよ。喪服なんかより、絶対にあってるって」


 「マスターのいうとおりだね。ボクも着てみたいなぁ」


 「裕也さん、戦いの前からすでにクリスティさんにこのドレスを依頼されてたんですよね。凄いというか、余裕持ちすぎです」


 「そんなことないよ、クレアさん。最初から、倒すことが目的じゃなく、救うことが目的だったからね。俺は偶然にも、ある事情からジェシカさんが夢に望んでいたことを知る機会があってさ、それでクリスティさんなら用意できるんじゃないかなって思ったわけ」


 裕也は少し照れたように、腕組みをしなおす。


 「ふぅん、偶然にもねぇ。確かクレア姉の迷子の妹が困ってた時も、すっごい偶然が重なってたよね、ボク、ちゃんと覚えてるんだから」


 「あれ、そうだっけ? いや、俺は忘れちゃったな」


 「マスター、絶対にいつか話してもらうからね」


 リーアは裕也の肩の上に拳をぐりぐりさせる。痛いと悲鳴をあげる裕也。クリスティとアルシェはその後ろで、穏やかな笑みを浮かべていた。カレンとルーシィーは花吹雪の詰まった籠を皆に渡していく。


 式にはクレアの妹のエミリーも参加していた。エミリーはルーシィーのもとに度々遊びに来ていた。もちろんルーシィーを悪魔の子呼ばわりすることはない。


 ジェシカは懐中時計を胸に大事に抱え、顔を下に向けた。泣き顔をこれ以上、みんなに見せたくないのだろう。


 「私の夢。虹色のウェディングドレスを着て、兄さまと一緒に教会の花道を歩くこと・・ありがとう、裕也さん、ありがとう、みなさん。私、過去とちゃんと向き合って、ようやく未来に歩き出せます」


 ジェシカはゆっくりと用意された道を歩いていく。両脇で迎えた裕也たちはジェシカに花吹雪をなげる。


 「クリスティさん、前に六大魔女は誰も愛さず、だれにも愛されずって言ってたけどさ、そんなことないと思うぜ。ちょっとばかし、特殊な能力持ってるからって、一人の人間であることには違いないさ」


 「裕也さんのおっしゃるとおりね。それにしても、あんな晴れやかな笑顔を浮かべる六大魔女なんて長い歴史の中でもそうそう見れないわよ」


 ジェシカがブーケを高々と投げる。受け取ったのはクレアだった。


 「裕也さん、裕也さんの頼み、確かに聞いたわよ」


 裕也がクレアに頼んでいたこと、ジェシカのウェディングドレスを着る手伝いと、ブーケを受け取ることをクレアはしっかりとやり遂げた。


 「クレアさん、よかったな。ブーケを受け取った女性は次の花嫁になれるらしいぜ」


 「そうなの? でも私の好きな人は、かなり鈍感だから苦労するかも」


 えっ、クレアさん好きな人いたのか・・ショックを受けてうなだれる裕也の腕にクレアは自分の腕を絡ませる。


 「そういうところが、鈍感なの」


 


 

 

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