普通のことだと思うけど…

さとつぐ

第1話 父の死

 いつも思うことなのだけど

 幽霊とかそういうのが怖いと思う年頃って十六とか十七くらいまでだよね。

 特に西暦二千年を過ぎた今の日本で幽霊とか見る機会ってどれだけあるのかな。

 いろんな幽霊の話を聞くけど多くは自然現象だったり何かの見間違いだったり。

 あるいはなにかしらの偶然の産物だったり、酷いときは単なるデマや創作だったり。

 ことによっては「そういう精神状態」の人が見ている妄想やなにかの場合もあるんじゃないかなーと思ったりする。

 だっておかしいじゃない。

 井戸に落とされた人が呪いを振り撒いたり、携帯電話に出ると呪われるって。

 大体見ただけでとか電話に出ただけで呪われて死んじゃうという意味がわからないじゃない。

 それは狂った殺人鬼よりひどい。殺人ウイルス並にひどいことじゃない。

 だからあたしは幽霊とか霊魂とか信じていないの。


 と、思うでしょ?


 そんなことはないよ。

 だってあたしは見えることがあるから。

 その幽霊とか霊魂とか。

 もしかするとあたしも「そういう精神状態の人」なのかもしれない。

 だから他の人にはできるだけ黙っている。

 全部が全部見えるわけではないので、時たまそういう風な状態になっているのかもしれない。

 ただの脳や神経の連絡がうまく行ってないかあるいは脳みその信号が混戦しているか、そんなもんかもしれない。なんとか教授が言ってたじゃない。

 そもそも幽霊とかそういうのってその時代によって姿が変わるじゃない。

 昔だったら三角の白い布を頭につけた白い着物を着ている「うらめしや」とかいう人。

 今は髪が長くて白いワンピースのような洋服で目が黒目だけで、あとなんだっけ?低い声で「おおおおおお」とかいうんだっけ?

 結局なにかの影響だよね。

 いつか見た「これが怖い」っていうものが意識にあることだよね。

 でもそれはそういうものかもしんない。

 私は幽霊って怖いもんじゃなくて普通にあるものと思っているから。

 怖いけど怖くない。

 なぜかというと


 人と同じように存在しているから。

 それはあたしに見えるときだけの話だけど

 普通に人のように過ごしている幽霊もあれば悪意を振り撒いている幽霊もあるから。

 ただ、彼らの多くは特に私たちに何もできない。

 できるのは存在を主張することだけ。

 もちろん悪意を振り撒き誰かに襲い掛かろうとする幽霊はその人の何かを狂わせる力はあると思う。

 その人がその伝播のようなもの?を受け取ってしまったらおそらくどこかがおかしくなってそれがいわゆる呪いなんじゃないかって。

 それが20代後半に差し掛かってやっとあたしにわかったこと。

 だからあたしの話はあまり怖くないと思う。

 でもせっかくだからここに投げとくね。


 それはあたしが18歳のお話。

 大学受験をどうしようか迷っていた時に父が死んだ。

 もともとあたしが高校一年生の時に入院して、その時に先が長くないことは知っていたことなので受験はほぼ諦めていたんだよね。

 でもやっぱり気持ちとしては行きたいから何かないかなーと思っていたんだけど

 そんな春の終わりに父は病院で亡くなった。

 ベッドに横たわる父はすでに意識はなくて、3日前にちょっと話をしたのが最後の会話だった。

「勉強、ちゃんとやっているか?」

「うん。」

 これだけだった。

 その時はそれでも体を起こしてトイレも自分で行けてたのに

 その夜には意識がなくなって、いろんな管が父につながった。

 看病に来ていた祖母は父の名を呼び続け、母も憔悴しきってしまっていた。

 あたしも、もうあまり悲しいとかそんな気持ちは過ぎ去っていてこれからどうなるんだろうとずっと考えていた。

 そして次の日病室にやってきたお医者さんが最後の治療のように胸に注射をしたけど、特に何かが起きることもなく、腕時計の見てそして時刻をつぶやいた。

 それが父の死亡時刻となった。

 祖母と母がベッドにすがってわっと泣いた。

 あたしはなんとなくその後ろで立っているだけで泣くことができなかった。

 だって

 今、目の前に父が笑って立っているんだもの。

 そしてふっと父の体が浮かんだように見えたと思ったら天井の隅でぼうっと形が揺らいで崩れた。

 そしてゆっくり薄れていくのが見えた。

 しばらくその様子を眺めていたらお医者さんの視線に気づいた。

 こんな時に明後日の方向を見てい変なやつだと思われたのだろうか。

 なんとなくその場にいづらく思っていたら

「これから処置を行いますので」

 と看護婦さんたちが病室に入ってきた。

 あたしたちは廊下に出され、処置が終わるのを待つことになったのだけど

 祖母と母はしばらく呆然としていた。

 あたしは母に「ちょっと屋上に行ってくる」といいながらハンカチの入った巾着袋を手にして階段に向かった。

 何も言わずに母はうなずいたけど、たぶん母はあたしが屋上で泣くのだろうと想像しているのはなんとなくわかっていた。

 5階建ての病院の屋上の扉を開けてみると洗濯物のシーツがいくつもたなびいていた。

 日もだいぶ高くなっていた。

 お昼前。

 何度か父と来たいつもと同じ屋上の風景にあたしもさすがに頭の奥が痺れるような悲しい気持ちが込み上げてきた。

 そして涙がいくつかこぼれて落ちて、気持ちがこらえられなくなった。

 誰もいないことをいいことに思わずあたしも声をあげて泣いた。

 ほんの数十秒。

 そして気づいた。

 父の姿があった。

 ほんの少し先の金網の手前に。

 煙草を吸っていた。

 いや、そういう風に見えた。

 そして、そのまま、まるで陽炎が消えるようにゆっくりと消えた。

 あたしは涙を手の甲で拭って再び同じ方向を見た。

 でもその時はもう同じ姿を見ることはなかった。

 幻?あんなにはっきりと見えるもの?

 あたしはそのまま階段を駆け下り4階の父の病棟の病室の前に向かった。

 その部屋の前にある緑色の待合ベンチにまだ母と祖母は座っていた。

 祖母はまだハンカチで目を拭いていたけど、母は携帯電話で誰かと話をしているようだった。

 二人に何か声をかけようと思ったけど何も言えなかった。

 祖母には寄り添うことしかできなかったし母はこれからやらなければならないことでおそらく頭がいっぱいだったろうから。

 そしてその日見たことはそれから「なかった」ことにした。

 ありえないと思ったから。

 あれはあたしが「普通でなかった」と思うことにした。


 でもその普通でないことはやがて普通のことだと思うようになったはそれからしばらくたってからのことだったけど

 それがあたしにとっての父の死の思い出。

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