005 それからのこと
「…………驚いた?」
「多少は」
「そりゃそうか。普通は生き返ったりしないもんな」
「生き返って良かった」
「…………」
「死ななくて、本当に良かった」
「ところで坊や、あんたいつまでついて来るつもり?」
「お前が死のうとしなくなるまでだ」
「悪いけど、私はいい加減死にたくてこんなことやってるんだ。坊やにいくらお説教されても止める気はないよ」
「それなら、尚更俺と一緒にいた方が良い」
「はあ?」
「俺は魔物を引き寄せる体質なんだ。強い魔物と戦って無惨に死にたいのなら、俺の近くに居た方が効率が良いだろう?」
「…………。死ぬ前にあんたに治されたり、強化魔法を掛けたそばから解かれたりしてなかったら、ちょっとは考える気になったんだけど」
「…………っ、ぐっ、うぅぅ」
「気づいたか。気分はどうだ? さっきよりはマシになったか?」
「また、坊やか…………物好きだね」
「最近、どこかの死にたがりの馬鹿がろくな装備もせずに毒蟲の巣に乗り込んで、蟲の女王と刺し違えたは良いものの、毒にやられてぴいぴい泣きながらのたうち回る夢ばかりを毎晩毎晩毎晩見ていてな。いい加減うんざりしてるんだ」
「で、どこかの物好きな坊やは、下手すりゃ自分も死ぬかも知れないのにわざわざこんなところまで来たってわけ。どうせそのうち生き返るんだから、放っておけばいいのに」
「生き返った直後に毒蟲に刺されて死に続けるのにか?」
「私は生き返りたくないんだよ」
「よく言う。俺を見た途端に泣きじゃくりながら助けてくれってすがりついてきたくせに」
「…………そんなこと、やったっけ」
「やってたとも。今だってぼろぼろ泣いてるじゃないか」
「…………」
「残りの毒蟲は、俺が全部焼き払った。追撃はもうないから安心しろ────泣くぐらい苦しいんだろ。ちゃんと治してやるから、もう少しだけ頑張れ」
「坊や、あんた名前は?」
「なまえ?」
「そう、名前。いつまでも坊やっていうのも変だろう?」
「強いて言うなら、これから魔王になる人間、だ」
「…………。私はなんて呼べば良いかじゃなくて、坊やの名前を聞いてるんだけど」
「名前はない。魔王になると決めた時に捨てた。まあ好きなように呼んでくれ」
「まいったな。やっぱり坊やになっちゃうよ」
「やあ、坊や。気づいたんだね。水、飲める?」
「…………セレネ? あ! お前また!」
「暴れるなよ。今あんた、腹に穴が空いてるんだ」
「いつからだ! いつから強化魔法使ってる!? それに、腕!」
「強化魔法を使ったのはついさっき。腕ならそのうち勝手に治るから気にしないでいいよ。…………おっと」
「解け! 今すぐ! いや、解いてやる!」
「そんな元気があるなら、自分に回復魔法使ってくれ。あとついさっきっていうのは嘘だ。強化魔法を掛けてから、もう一時間は経ってる」
「なっ…………」
「今効果が切れたら、多分死ぬ」
「…………騙されないぞ。回復魔法さえ間に合えば、一時間なら死ぬほど痛いけどまだ死なないんだろ。全力で治してやるから今すぐ解け!」
「うわあ、そんなこと覚えてるんだ。可愛くないなあ。死ぬ可能性も結構高いんだけど」
「か、かわっ…………!? と、とにかく、反動が少しでも軽いうちに────」
「────坊や、私はね、あんたを安全な場所に運ぶまでは何があっても強化魔法を解く気はない。何時間でも、何日でも」
「何日って、そんな」
「魔法が解けたら、まず間違いなく死ぬだろう。だから、約束する」
「やくそく?」
「何があっても生き返る。そのまま死んだりしない。────これなら、どう?」
「…………。……………………。わかった。でも、とりあえず腕の治療をしよう」
「そのうち治るから、私は別に────それより、自分の傷の方何とかしなって」
「俺は死なない。心臓が破裂しても、首を折られても、多分生きてる」
「え?」
「俺は魔王だから。英雄の剣で斬られない限り、何があっても死ねないんだ」
「どうかしたんですか、未来の魔王様」
「…………」
「そう睨むなって。茶化して悪かったよ。で? どうした? また私が死ぬ夢でも見た?」
「違う。セレネじゃない…………別の人だった…………」
「そう」
「ぐちゃぐちゃに、潰されて。最期に家族の名前、呼んでたんだ」
「そう」
「なんでこんなの見ちゃうんだろうな…………俺、何もできないのに。一度も間に合ったことないのに…………」
「…………そう」
「ばんぱかぱーん。ここで未来の魔王様に良いお知らせがあります」
「ど、どうしたセレネ! 毒か? 頭でも打ったのか!?」
「こらー、真剣な顔して真面目に回復魔法を唱えるんじゃない。ちょっとふざけただけだって」
「いや、念のため」
「はいはい要らないからそれ以上何もしないでね。それで、良いお知らせのことだけど」
「ああ」
「もう死ぬための旅なんてものは止めることに決めました」
「…………」
「なので坊やが私について来る必要はなくなりました」
「…………」
「というわけで、今度からは私が坊やについて行くことにします。以上」
「…………」
「おーい、そろそろ何か言ってくれないと困るんだけど?」
「どうして?」
「ん?」
「どうして、俺について行くんだ?」
「なんでだろうね。一人旅に飽きたからかな。嫌なら別に良いよ。ここでさよならってことで」
「いや、嫌じゃない…………嫌じゃない、けど」
「けど?」
「俺、魔王だし」
「うん、知ってる」
「魔物、寄って来るし」
「それも知ってるよ」
「そのうち、俺を倒すために英雄が来るだろうし」
「まあ、そうだろうねえ」
「…………。何でだ?」
「さあね。私にもわからないんだ。強いて言うなら、未来の魔王様がこれから何をするのか、ちょっと気になったってところかな」
「────やはり魔王を名乗るからには、威厳とか気高さとか、そういうものが必要になる気がする」
「そうなの?」
「ああ。だから、これから俺は…………じゃなかった、俺様は、自分のことを『俺様』と呼ぶようにする」
「威厳とか気高さとかのために『俺様』かあ」
「駄目か?」
「いやいや、良いんじゃない。それじゃあ、私は今後は魔王様に敬語を使うようにしましょうか」
「うむ。それでこそ俺様の…………俺様の…………えーと、何て言えば良いんだろう? 友達?」
「も、もったいないお言葉でございます。魔王様…………」
「俺様は、城が欲しい!」
「…………」
「俺様は! 城が! 欲しいっ!」
「…………いや、あの。それはよくわかったから」
「わかる!? わかるか! 城というのはとてもとてもとーっても大事なものだ。住居であり権力を見せつけるものであり、己の器そのものだと言っても過言ではない! 故に俺様が手に入れるべき城はそこらに転がっているような平凡なものではなく、壮大かつ畏怖の象徴に相応しいものである必要がある。紫の雲に轟く雷鳴浮かび上がる黒の城! これぞ男の浪漫、あるべき理想の姿だとは思わないか!? 何も知らぬ者は恐怖し、知っているものは勇気を持って立ち向かう。それが俺様の理想とする城の在り方であるからして────」
「あー、ちょっとお客さん。演説の最中に本っ当に申し訳ねえんだが、いい加減他のお客さんに迷惑なんでねえ、出てってくれないかい?」
「だーかーらー、大丈夫ですってば」
「大丈夫なわけあるか。吸血鬼だぞ。猛毒だぞ!? 普通の人間ならとっくに昏倒してる」
「私、普通じゃありませんし。鍛えてますから」
「とにかくお前は大人しくしてろ。情報収集ぐらい、俺様一人でもできる」
「魔王様」
「結界を張るから襲撃の心配はしなくていい。…………それとも、寝台に縛りつけられたいのか、貴様は」
「それは嫌です。わかりました。大人しくしてますよ」
────「これから魔王になる人間だ」と名乗った少年に出会ってから、セレネは確かに変わった。
いつの間にか死にたいと思うことがなくなった。彼のために、死ぬわけにはいかないと思う時さえあった。
何故変わったのか、いつからそう思えるようになったのか、セレネにもわからない。
だが────
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