――幕間――
ある少年の記憶 001
少年は、死者の声を聞くことがあった。
より正確に言えば、次の瞬間に死ぬ人の声が聞こえていた。
死者の声が響くのは大抵少年が眠っている時で、ごく稀にではあったが人が殺される場面を夢見ることもあった。
その度に少年は飛び起きて、泣きながら両親に助けを求めたが、両親はただ怖い夢を見たんだねと言うだけだった。
ただの夢ではないとわかったのは、少年が八歳になった頃だ。
いつものように夢を見た少年は、珍しく泣かずに必死に訴えた。「おじさんが死んじゃう」と。
彼が見たのは、少年を可愛がってくれていた近所の男性が魔物に殺される夢だった。
いつものように「怖い夢を見たんだね」と本気にしてくれない両親に苛立ち、少年は家を飛び出して他の大人に訴え続けた。
「おじさんが死んじゃう」
「魔物に食べられちゃうんだ」
「早く助けないと」
少年がそういった夢を見るのは、その村に住む大人なら誰でも知っていた。だから誰も信じなかった。
少年の両親と同じように、現実と夢の区別のつかない少年を「怖い夢を見たんだね」と宥めるだけだった。
少年の夢がただの悪夢ではなかったことは、その数時間後に証明される。
彼の夢の中に出てきた男性が、村の近くの森の中で遺体となって発見されたのだ。
遺体は顔の半分と右足が食いちぎられており、おそらく魔物に襲われて食われたのだろうと言われていた。
それから少年は、村人の死を夢に見るようになった。
彼が誰かが死ぬと騒ぐと、数時間後、あるいは数日後にその誰かが必ず死んでいる。
魔物に食い殺された、病気の発作で死んだ、誰かが誰かを剣で斬り殺した…………誰がどのように死んだのかまで、少年は正確に言い当てた。
そんなことが何度も続くうちに、周りの大人たちは彼を嫌悪するようになった。
少年の両親も、例外ではなかった。
ある日、神聖教会の使者が布教のために村を訪れた。
何か困ったことはないかと尋ねる使者に、両親は何の躊躇いもなく少年を差し出した。
────この子は人の死を予言します。きっと呪われているのでしょう。
少年は、神聖教会に引き取られることになった。
生まれ育った村から離れるのは嫌だったが、使者が任せろと言った時の両親のほっとした顔を見て、彼は抵抗することを諦めた。
どのみち、十歳の子どもがいくら足掻いたところで、大人の決定には逆らえない。
神聖教会に引き取られてから、少年は自分に掛けられた呪いを浄化するために、正義の神アスタに祈ることを強要された。
人が死ぬ夢を見たら、信仰心が足りないからだ、アスタ様の教えを理解していないからだと怒鳴られる日々が続いた。
何度祈りの部屋に閉じ込められても、使者の唱える祈りの言葉を延々と繰り返しても、悪夢は消えなかった。
だが、その頃には、少年は夢を見ても何でもないように振る舞えるようになった。
周りに訴えても誰も信じてくれない。村の大人はただの怖い夢として片付けてしまい、神聖教会の使者はお前に正義の心が足りないからだと怒鳴りつけるだけだ。少年の力にはなってくれない。言ったところで無駄なのだと、彼は学習した。
それでも人の死を見るのは怖い。神聖教会に来てから、少年の夢はほんの少し先の未来であることがわかった。
他の誰も当てにできないのなら、彼一人で何とかするしかない。
少年は必死に神聖魔法を覚えた。
魔物に殺される人を助けるために魔物を葬る攻撃魔法を。
怪我や病気を癒すために回復魔法を。
魔物と戦う際に身を守るために防御魔法を。
知らない街や村にいる人を助けることはできない。だからせめて、自分の手が届く範囲は守りたいと思った。
だが少年がいくら足掻いても、彼の夢に出てきた死者を救うことはできなかった。
やはり自分は無力なのか。ただ人の死を夢見るだけの子どもに、何ができるというのか。
それでも少年は諦めきれなかった。
見ず知らずの他人ならともかく、知り合いを見殺しにはできない。仕方ないで済ませるわけにはいかなかった。
ある日、英雄の剣を抜いたという青年が、神聖教会を訪れた。
教会に預けられている子どものうちの一人にしか過ぎない少年は、当然その青年に会うことなどできない。噂話を耳にするか、遠目で後ろ姿を眺めるのが精々だった。
青年が神聖教会を訪れてから三日後に、彼は使者に呼び出された。
その使者は呪われているらしい少年のことを嫌っており、事あるごとに説教や折檻をした。それを身を持って知っている少年は、今度は何だと斜に構えていた。
────喜べ。お前の忌々しい呪いが、英雄様のお役に立つかも知れない。
苦虫を数百匹噛み潰したような顔の使者の言葉に、彼の目は丸くなった。
あの不吉な夢が何の役に立つというのか。少年がいくら奮闘しても、誰も助けられなかったのに。
疑問を胸に指定されていた部屋までたどり着くと、そこには大勢の使者と、細身の美しい剣を持った青年が待っていた。────英雄だ。
青年は少年を見て、人懐こそうな笑みを浮かべた。
「よう、お前がライアンか。俺はジークって言うんだ。よろしくな」
少年は、英雄の旅の供として選ばれていた。
ほんの少し先の、人の死を予知する能力を買われて。
…………今でも、ふと思う時がある。
あの時英雄について行かずに、あのまま神聖教会に残ることを選んでいたなら、こんなことにはならなかったのではないかと。
だが、もうどうしようもない。
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