読み切り版Side:B+

 眼の前に広がる赤い大地と、薄い色の空。地球よりも弱く、月よりも強い中途半端な重力は、多重装甲を通してなお体に奇妙な感覚を与える。

 ここは、どうにも居心地が悪い。

 それに加えて問題なのは、俺の後ろを付いてくる『雛』たちだ。AMSの短距離レーダー上には、よちよち歩きで付いてくる4機のAMSが映し出されている。

 確かに、俺は第三世代AMSのテストパイロットは引き受けた。だが、『中身』の育成まで付いて回るとは、正直思っていなかった。

「グレッグ、ペースが遅れているぞ」

『すみません、大佐。機体出力が不安定で……』

 遅れている機体を急かし、自分の機体のコンディションを再確認する。やはり、パワーパックの出力が不安定になっている。自分だけの症状なら、試作機をそのまま持ってきた故の固有の不具合かとも思えたが。先行量産型でも起こるところを見るに、困ったことに再現性があるらしい。

 おそらく、燃料電池の吸気系が火星の大気にアテられでもしたのだろう。AMSのパワーパック自体の欠陥だ。だが、この程度で行軍が遅れるのは乗り手にも瑕疵がある。

 次期AMSの最終機体テストとパイロット養成を兼ねたカリキュラムの最終行程がこの火星演習だというのに、肝心の演習前の、基地までの長距離行軍の時点でこの有様とは。

 機体もパイロットも、未だ完成からは程遠い。やがては訓練教官になるレベルの人間ですら、重力下ではこの程度。

「俺達は地球軍の代表だ。基地までもう少しだけ踏ん張ってくれ」

『了解』

『了解!』

 焚き付けてはみるものの、つまりそれが、麗しの統合宇宙軍の水準だ。

 AMSという兵器は元々、外惑星(アウター)の連中が考え出したシステムだ。だから地球は、潜在的な仮想敵と看做されるアウターの連邦政府未承認国家、そしてEUを名乗るガニメアン(ガニメデ人)にAMS戦で大きく遅れをとっている。

 この『ファブニール』でスペックだけは追いつき、追い越した。だが、それはやはり『スペックだけ』の額面上の話に過ぎない。

 不足を理解してはいた。しかし、その時までの自分には、「自分は違う」という慢心があった。だから、気付くのが微かに遅れた。

 『ファブニール』に搭載されているレーダーは、宇宙戦を想定したロングレンジだ。大気中では有効距離がかなり削がれる上、消費電力の都合で常時稼働とは行かないが、それでも、もっと早く気付けた筈だった。

『上空に所属不明機!』

 雛の一機が叫ぶ。レーダーをアクティブで照射。速度と航路からして、有翼突入。識別不明。IFF応答なし。機種不明。

 統合軍の基地はまだ先だ。スケジュールの遅れも許容範囲。月の演習なら戦術教導団アグレッサーの抜き打ちを疑うところだが、奴らは火星に出張するほど暇ではない。

 統合軍でないなら、何処の誰だ。迷い込んだ民間機?まさか。ドラッグシュートやパラフォイルならまだしも、単独で有翼突入をする民間機など、有り得ない。火星の蛸(レジスタンス)どもが可能性としては一番高いが、軌道上から突入する意味は薄い。

 いずれにせよ、疑わしきは、敵と考えるべきだ。

「総員、戦闘態勢!俺を中心に陣を組め!対空警戒!」

 四機が四方に散って円陣を組み、銃口を空に向ける。降下中の射撃は、どうせ双方当たらない。だから、今のうちに陣を組み、着地の際を狙って命中率を上げる。

「射撃は指示を待て」

 それでも戦場ならば直ぐに撃ち落とすべきだろうが、交戦規定(ROE)の縛りもある。独断で戦端を開くのは避けたいところだが、今は演習中で部隊の所属が曖昧だ。軌道上(フォボス・コントロール)へ指示を仰いでも仕方ない。

 自分が判断するしかない。油断は禁物だ。

「警告する。そこの所属不明機、当エリアは我々の演習区域だ。直ちに立ち去って欲しい」

 型通りの警告。無視を決め込んでいるのか、応答はなし。所属不明機は着地間際で減速。噴射で土煙が巻き上がる。照準が砂塵で微かにブレる。これでは、まともに当たらない。周到なことだ。

「警告する……」

 同じ文面を繰り返す。録音して、警告を自動反復(リピート)に切り替える。

 変わらず返答なし。相手は無視を決め込んでいる。その隙に相手を観察する。

 武装を確認。型式不明だが、木星の20mmバトルライフル。もしくは、火星製のライセンス品。ADD(アンチデブリダンパー)弾が使える型だ。

 やはり、火星の蛸(テロリスト)と見るべきか。

『該当機種なし』

 遅れて、機体のAIが照合結果を返してよこす。データバンクに一致する機体が無い。但し、ガニメデ人の機体、『マンゴネル』との一致率3割。『スプリンガルド』との一致が2割。

 素人ならば、木星の新型……と判断するところだろうが、些か事情は複雑だ。なにせ、外惑星(アウター)の機体はカスタムが酷いせいで、AIを噛ませても識別がいちいち厄介なのだ。

 細い下半身。強化された推力系。搭乗者を護るために肥大化した上半身。標準重力下では自立不可能なほどにカスタムされた歪な機体。恐らく、原型すら留めていまい。とても真っ当な感性の人間が設計したとは思えない。

 謂わば、地面を歩き回る蛸や、空を飛ぶ鶏のような不自然さだ。加えて、大気圏突入へ使ったであろう翼の『骨』の名残が、翼を広げて襲いかかる鳥のようなシルエットを作り出している。

『鶏みたいな機体だな』

『飛べない鳥か。それはいい』

『知らねぇのか、火星だと鶏は飛べるんだぜ』

「私語を慎め。鳥撃ちのようには行くまい」

 数の差もあって、緩みはじめる雛を窘め、相対している機体を仮称で新規登録する。

「対象を『フラッパー(跳ねっ返り)』で仮登録」

『ラジャー。以後、当該機を『フラッパー』と呼称します』

 交戦準備は完了。反復(リピート)していた警告をカット。

「警告に応答なき場合、攻撃を実行する」

 少し間を置いて、最終勧告。応答なし。

「全機、直接照準!跳躍に合わせて撃……」

 指示を出しかけて、止める。遅かった。一瞬先に、視界に映る機体が跳ねた。地面を蹴って、更に加速する。あの機体、凄まじく『軽い』。そして、画面上にアラート。僚機が攻撃を受けた。

 頭部が吹き飛んでいる。小隊指揮システムでダメージレベルをチェック。パイロットは気絶したようだが、他に別状はない。

『グレッグがやられた!頭部破損!応答なし!』

「バイタルはある。そのまま寝かせろ!」

 簡単な蘇生や生命維持なら、機体が勝手にやってくれる。どうせ、戦闘が落ち着くまでは中から出せない。それに、壊れかけの機体で飛び回る奴のフォローをするのは勘弁だ。

 敵は一機を潰して、尚も跳ぶ。機械のように正確で、人間のように遊びがある軌跡。距離を詰められるのは不味い。

「一度退く。タイミング合わせろ。FCS連動(コンタクト)、牽制射撃!」

『了解!』

 狙いを合わせるには、僚機はまだ精度が足りない。だから3機で弾幕を張らせ、その隙を狙う。

「レールガンをテストモードで再起動。射程無限遠に設定」

『ラジャー。射程無限遠にセットします』

 ちょっとした『裏技』でレールガンの電圧(ボルテージ)を限界まで上げた。銃身が焼け付くだろうが、構わない。アレを仕留めるには弾速が要る。

 超電導の銃身が、冷媒の煙を小さく吐いた。

「撃ち方はじめ!」

 途切れ途切れに飛ぶ銃弾が3本の軌跡を描く。最新のFCSの予測射撃は、相手の運動を予測し、それを潰すように狙いをつける。万全ならば、物理的に避けられない。

 尤もAMSの機動は複雑過ぎて、まだ精度が要求に達していないのだが。並の乗り手なら無傷とは行かない。

 少し遅れて、自分も射撃開始。反動を殺しきれず、撃つ度に機体が妙な振動を起こし、照準が跳ねる。それを補正しながら、味方の弾幕の『隙間』に一発ずつ撃ち込んでいく。


 だが。あの相手は、此方の想像を遥かに超えていた。全ては、一瞬の出来事だった。

 弾幕を交わしながら、歪な機体が空を舞った。スラスタの噴炎が独楽のような軌跡を描く。跳躍中に機体をスラスタで無理矢理回転(スピン)させ、弾幕の隙間に潜り込む。着地間際に射撃。回転を反動で相殺。着地。

 無人と見紛う高G機動。そして、銃の反動まで利用した制動。その機動(マニューバ)は、もはや芸術品の域だった。

『すげぇ……』

 誰かが漏らした。普段ならば咎めるところだが、その余裕は無い。

 4機の斉射をかわされた。自分の『本命』も、肩に一発当たっただけだ。機体の安全装置(ブレーカー)が作動し、焼きついたレールガンへの電力供給をカットする。裏技のツケだ。

『頭部破損!負傷なし』

「後退を許可する!」

 僚機の報告。1機が頭部を破損。回避機動の最中の射撃によるものだろう。

 あの変則機動をかけながら、脆いセンサを狙い撃ちにする腕がある。コクピットを狙わなかったのは、慈悲か、政治的配慮か、単なる火力不足か。

 機体は兎も角、パイロットを失う訳には行かない。AMSの搭乗員は貴重だ。何より喪えば、また『俺が』育て直しの面倒を見ることになる。勘弁だ。

 犠牲は出せない。此方は、残り3。どのみち、連携するには錬度が足りない。1機ずつ狩られるよりは。

「俺が食い止める!パウエルとドノヴァンはそのまま下がれ!」

『了解!』

『了解!ご武運を!』

 僚機を退かせる。これで、1対(on)1。

 銃身が焼きついたレールガンを捨てる。どのみち、パワーパックが不安定な状態で、電力をバカ食いする武装を連続使用するのは不安要素が大きすぎる。

 他の火器は演習仕様。使える武器は……あと、一つ。

 背のラックを展開。予備の武器を放出。機体のバランスが大きく変動し、機載アシスタントが駆動系を再調整する。

「……これを使うことになるとは」

 ことによると、弾の出ない銃のほうがまだマシかもしれない。そう呟いて、予備武器を『抜刀』する。

『『バルムンク』、アクティベイト』

 AMSの身長ほどまである長さの抜き身の刀身が、高周波振動を開始する。

 AMS用近接武装。長剣001『バルムンク』。炭素繊維の骨組みを核に、高周波振動する刃を貼り付けた複合構造の大剣。この類武装が実戦……それも対AMS戦で使用されるのは、歴史上初めてのことだ。

 AMSの装甲、即ちデブリダンパーは軌道上の宇宙ゴミ(スペースデブリ)を防御するための構造体だ。大雑把に言って、その構造は秒速数km以上の高速で移動する微小な物体を受け止め、焼尽させることに特化している。

 だからこそ逆に、『巨大』で『低速』な物体……つまり、デブリダンパーで燃え尽きない物体に対しては、脆弱性を抱えている。

 だから、巨大な実体剣によって、衝撃を『線』ないし『面』で加えてやれば、デブリダンパーを無視してダメージを与えられる。理論上は成立している筈の武装を誰もが試そうとしなかったのは、偏にその射程(リーチ)の短さ故だ。

 毎秒の相対速度と有効射程の桁が3つも違えば、曲芸師でもない限り使おうとはしないだろう。

 本来の用途は、的の大きな対艦戦。だが、惑星上ならば。

 剣を構える。敵のばら撒いた銃弾が、剣の表面を焦がす。

「……使える」

 剣としてはどうか知れないが、盾の代わりにはなる。

 落ち着けば、どうにか弾道の『癖』が読めるようになってきた。秒速数kmの軌道戦に比べれば、星の上での戦いは止まっているようなものだ。

 相手は回転するような軌道で、こちらの周囲をぐるぐると回りはじめている。恐らく、後ろを取ろうとしている。

 スキップをするように。小石で水切りをするような塩梅で、少なくとも1t近いだろう機体を「跳ねさせている」。

 推力ではない。機動そのものが化物じみている。無理だ。あんな真似は、少なくとも『俺達』には出来ない。

 あのパイロットは、恐らく地球圏外(アウター)の生まれだろう。だから、何もかもが、根本的に違うのか。

 兎に角、ああも飛び回られては、此方のFCSでは当てられない。

 機体の腰を落とす。クラウチングスタートの按配で力を溜め、剣でそれを隠す。

 ついさっき見た、あの相手の動きの『真似をする』。回転込は無理だが、直線ならば、できる。スラスターの推力軸を後ろへ集める。

『警告。機体バランスが崩れています』

「うるさい黙れ!」

 アシスタントの警告を蹴りつけ、集中。相手の機体の未来位置予測が表示される。機械じかけの乱数回避(ランダム・マニューバ)ならまだしも、人間相手では的中率三割台の機能だが、無いよりましだ。

 隙を狙った一撃勝負。未来位置が正面に来る。

 その瞬間。相手の機動が乱れた。機体トラブルか、それとも地形に足を取られたか。いや、まさか。突入ユニットのフレームが撓み、羽根のように羽撃いた。

 今だ。

 地面を蹴る。同時に、スラスタを全開。一瞬、加速のGで意識が飛びそうになった。しかし、持ち堪えた。 

 剣の軌跡が相手を捉える。間違いなく、届くはずだった。だが、相手はそれよりも一瞬早く後ろへ跳んだ。

 外した。いや、外された。

 その一瞬、相手の機体の動きに、我を忘れた。

 後ろへ跳ぶ姿さえも。美しい。そう思った。そうか。この星でなら、鶏でさえも飛べるのだ。

 仕返しとばかりに、雑にばら撒かれた20mmが機体を掠める。数発が被弾。デブリダンパーに貫通傷なし。機体に致命傷なし。肉体に負傷なし。

「良い腕だ。火星の蛸にしてはよくやる。スカウトしたいくらいだ」

 回線を開く。聞こえないなら聞こえないで、構わない。昂ぶりを抑え。努めて冷静に、言葉を吐く。

「だが、教え子の仇は、取らせて貰おう」

 それは、矜持だ。ここで負ければ、地球のAMSに明日はない。

 自分に言い聞かせるように。これ以上、あの動きに心を奪われないように。呪いを跳ね除けるかのように一言一句を口にする。

 無茶な運転をしたせいで、パワーパックが今にも死にそうだ。もう飛び跳ねながらの戦いは難しい。

 だが、幸いにして。相手も痺れを切らしたようだ。距離を詰めてくる。

 直後、発砲。

 機体に衝撃。損傷なし。

 自動展開した補助装甲、『篭手(ガントレット)』のおかげだ。自動のアシストは色々と厄介だが、この手の『咄嗟の防御』は任せられる。

「この『ファブニール』は、特別だからな」

 だが、照準は剣の持ち手、関節狙い。弱点を突いている。この装備はやはり、量産型にも載せるべきだ。後で、報告書(レポート)をまとめなくては。

 戦闘中だと言うのに、そんなことを頭の隅で考える。頭の働きと体の動きが、離れていく。

 しかし、考えずとも、肉体は動く。AMSを体が動かすのではない。自分の体のように、機体が動く感覚。体に翼が生えたような。鳥になったような。

 今度こそ。相手のパイロットの居る『高み』へ、届いた気がした。


 スローモーションのように、距離が詰まる。合わせるように、再び『バルムンク』を振り抜く。

 だが、その軌跡は、またも逸らされた。

 腕に抵抗。視線誘導でサブカメラを咄嗟に呼び出す。

 何かが巻き付いている。機動補助用のワイヤー。地球の機体では既に廃止された装備だ。手癖の悪い相手らしい、厄介な手管。

 そして、わかった。そうか。俺は、『同じ場所に立った』に過ぎない。勝敗はその先のことだと。このままでは剣を逸らされ、懐に潜り込まれる。そうなれば、負ける。ワイヤーで縛り上げられるか、スラスタで焼き焦がされるか。

 このままでは、

「詰みだ」

 だが、そう。

 勝敗は、『その先に在る』。そして俺は、負けられない。


 剣での攻撃を諦める。踏み足で、そのまま相手の機体を蹴り飛ばす軌道。だが、届かない。まだリーチが足りない。

『機体バランスが不安定になっています』

 さっき『黙れ』と言ったせいで、アシスタントAIがテクストで警告を表示する。

 不安定。安定。安定装置。

 その時、何かが嵌った。どうして、咄嗟にそんな方法を思い付いたのか。自分でも解らなかった。

 機体を自分の体のように感じたことで、何かが変わったのか。


 機体の座標軸を初期化(リゼロ)し、機体のバランサーをフルオートに切り替える。システムは架空の地面を認識し、歪な速度を感知する。そして、機体を安定させるため、あらゆる対策を試みる。

 重心位置の調整。スラスタの噴射。

 そして、『アウトリガ』の展開。

 レールガンや大剣、或いは『それ以上』の大型武装を扱うこの機体には、地面に機体を固定する専用の装備(脚)がある。撃つたびにスラスタを吹かしていては、推進剤(プロペラント)の消費がとても割に合わないからだ。

 正直に言えば、不要な装備だと思っていた。足場のある戦闘を想定するにしても、大仰に過ぎる。事実、ついさっきまでは使わないでも間に合わせていた。

 だが、今は、これが決め手になる。

 宙に浮いた足の裏から、杭が突き出る。足りないリーチを埋め、敵の肥大化した胸部装甲へ突き刺さる。

 機体の胸の部分が呆気なくひしゃげていく。

 思った以上に脆い。

 AMSの装甲は本来、軌道上で活動するためのデブリダンパーだ。秒速数kmクラスの高速で運動する微小なデブリを、装甲との摩擦熱で蒸発させる機構なのだ。

 だから逆に、『燃やしきれない』……つまり、比較的低速で衝突する大質量の物体には弱い。実体剣と同じだ。

 

 敵の腕がだらりと垂れ下がる。あの超反応で逃れようとする様子は無い。まるで、何かを諦めたか、覚悟を決めたかのように。

 動きと切り離された脳裏を、嫌な想像が廻る。

 まさか、自爆。

 火星の蛸は、そういう戦術を使うと聞いた覚えがある。至近でADD仕様の爆薬を使われれば、『ファブニール』の装甲でも耐え切れない。

 反射的に、アウトリガを切り離す。

 スラスタまで使って距離を取ったが、爆発する様子は無い。杞憂か。

 とはいえ流石に、機体の中枢に杭が突き刺さった状態で戦おうとは、向こうも思うまい。

「……自爆するとばかり、思っていたが」

 だからこそ、慎重に話しかける。ただ、相手がどんな人間か知りたかった。もちろん、それ以外の狙いもあったが。しかし口をついて出たのは、なんともマヌケな言葉だった。

『……ボクは、命を粗末にする趣味は無いんだ』

 初めての返答。意外なことに、年若い女……少女の声だった。

「……女、だったのか。それも若い」

 どうにも、こんな年代の女性と話す経験が乏しいせいで、返答がぎこちなくなってしまう。そして、それ以上に。そんな少女が、あんな機体を操っていることが。信じられなかった。

『何を当たり前のことを言ってるんだ?』

「いや……すまない」

 しかし、会話は、意外なことに続いた。どうにも、ばつが悪い。

『……戦う気は無さそうだね』

「できれば、次は生身で遭いたいものだ」

 少なくとももう、AMS越しに会うのは勘弁願いたい。少なくともその時は、偽り無くそう思っていたのだが。

『だったら、名乗っていったらどうなのさ』

 彼女の受け取り方は、少し違っていたようだった。

「……ウィリアムズ大佐だ。所属は勘弁して貰おう」

 階級と、姓名くらいならば構うまい。別段、極秘作戦というわけでなし。火星圏に長居する積もりも無いから、知れたところでどうということもない。

 だが、所属については……今は出向(パートタイム)のせいで、どう答えたものか分からなかった。

 とはいえ、相手が此方に興味を持ったことは、会話を続けるには悪くない。

「そのうち、酒でも酌み交わしたいものだ」

 それに対して、自分の会話の引き出しの少なさが困りものなのだが。

『お酒は飲まない』

 当然だ。外惑星(アウター)の飲酒に関する法律がどうなっていたかは、寡聞にして知らないが。まぁ、酒飲みということは無いだろう。

「じゃあ……何か、食べたいものはあるか?」

『……鶏肉……できれば、羽根のところが食べたい』

 鶏肉。鶏肉。手羽先(チキンウィング)。

 鶏は狭いスペースでも飼いやすいせいで、火星でさえも育てられている。現地生産できるおかげで鶏肉は補給過剰。火星基地では、食べ飽きた、偶には牛肉(ビーフ)が食べたいと、不満の声さえ出る始末だが。

「……そんなものでいいのか?それとも、からかっているのか?」

 どうにも、十代そこそこだろう彼女が好むものには見えなかった。だから、うっかりそんな返しをしてしまった。

 そこで、会話が途切れた。見透かされたのかと思った。映像付きの通信だったなら、相手の顔色も伺えただろうが。

 そう。この会話の真意は、時間稼ぎだ。

 馬鹿話のおかげで、パワーパックの出力が少し安定した。これ以上の戦闘継続は無理だろうが、この場から離脱する間程度は持つだろう。

 それでも、痛み分け。とは、行くまい。此方は試作機とはいえ、配備前の機体にイロを付けられた。本来組み伏せてでも捕らえるべきだろうが、逃げに回られれば追い付けない。

 だから、俺は大人しく立ち去った。相手も結局、追い掛けてくる様子も無かった。少し離れたところで、降下機(ランダー)が降りていくのが見えた。あれはきっと、彼女の迎えだったのだろう。


 その後。雛達の安否を確認しながら合流・回収し、基地までどうにか自力で辿り着く頃には、予定時間はとうに超過していた。『ファブニール』の予備パーツ不足で演習は延期。

 これで『ファブニール』、そして制式型の『ジークフリート』の戦力化はまた遅延を余儀なくされる。恐らくこれが、『彼女』達の目的、といったところだろう。

 機体を撃破された2人は精密検査中。試作機を2機中破。機密の漏洩。本来ならば大事だが、フォボスも混乱しているのか、今のところ沙汰は無い。

 俺は士官用に割り当てられた部屋の机で、PXからガメてきた手羽先を齧っていた。

 開いた端末のニュースアプリが、

『統合政府、火星への経済制裁決定か?』

 という喧しい速報通知で画面の端を埋める。

 あのパイロット。恐らく、『火星人』ではない。僅かな交信だが、訛りが違った。それに、機体は火星仕様(マーズ・カスタム)の癖に重力下対応に僅かに手間取っていた節がある。他にも、幾つかの傍証。

 恐らく、本業は空間戦闘。火星よりも、もっと遠い場所の出身。

「ガニメデの連中が動いているのか……?」

 小惑星帯(アステロイドベルト)以遠の、連邦政府未承認国家の寄せ集め。自称・木星圏独立国家連合体(エウロピアン・コモンウェルス)。通称、ガニメアン。或いは、そこに与する傭兵か。

 考え事の最中に、軍からのメール。

 冷めきった手羽先を齧りながら文面を眺める。

 教官(パートタイマー)の任務を急遽解き、所属を戻すという予想通りの辞令。だが、その先がある。追加任務だ。嫌な予感しかしない。

『軌道制圧戦 ウェポンシステム04を使用のこと。作戦コード、『ダモクレス』』

「……了解」

 詳細は現着後に別途通達。装備か想定される任務は、軌道阻塞ドクトリンに基づいた、制圧作戦の補助。

 爆弾と一緒に宇宙へ上がる楽しいお仕事だ。AMSは汎用兵器で、つまるところパイロットは『何でも屋』だ。だから重力下でのドンパチから、こんな仕事までする羽目になる。

 兎に角、次の戦場は、宇宙(そら)だ。そして、この作戦から分かることは。上が『腹を決めた』ということだ。

「戦争が始まる」

 第三世代AMSの戦力化を待つかと思ったが。次の木星との窓(ウィンドウ)が開く前に片をつけたい、といったところか。

 火星はアステロイド・ベルトからの物資を集約する拠点でもある。そこを抑えられる事態になれば、恐らくECは黙っていない。封鎖を妨害するため、潜伏させた非正規戦力を繰り出してくる。今度は、あの程度の小競り合いでは済まない。

 残ったチキンの骨をしゃぶり尽くす。冷めきってお世辞にも美味いとは言えないが、食べるのも仕事の内と思って腹に詰め込む。

 こんなものが食べたいと言った、彼女は。いったい、どんな環境で戦っているのか。それとも単に、

「……好物なのか?」

 どちらでもいい。構わない。ただ、着陸機(ランダー)が迎えに来ていたところを見るに、恐らく、この空の上に彼女は居る。それは間違いのないことだ。次は生身で、と言ったが、やはりどうやら叶いそうにはない。

 なら次は、この星の上で踊ろうじゃないか。名も知らぬパイロット。


--------------


「へくちっ!」

 格納庫が冷えるは、いつものことだ。でも、今日は特に寒い。目の前にはコクピットに杭が突き刺さった、ついさっきまでの愛機の残骸。短い付き合いだったけれど、最新鋭機を二機も倒す活躍をすれば満足してくれるだろう。

「風邪かね。ならば隔離を……」

 病人は即座に隔離。宇宙に住む人間の鉄則だが、これは寒さが原因のくしゃみだ。ちなみに、言葉の主の士官は軍人らしい厚着。寒くなさそうだ。

「いや、ここの空調おかしくない?」

「フォボスの探知網を抜けるため、艦内の使用電力を抑えている」

 火星軌道上の司令部、地球人の出島。それがフォボス・コントロールだ。でも、この船は表向き正規の輸送船だった筈。わざわざコソコソ隠れる理由が見当たらない。

「帰路は安全、って話じゃなかったの?」

「状況は変わった。地球は対火星の経済制裁を発動し、レジスタンスを抑えにかかった。最早、火星は中立ではない」

「取り込み工作に失敗しただけじゃん」

 ボクの言葉に、士官はばつが悪そうに咳払いをする。その程度のことは、裏事情に興味がなくても予想がついた。

「ゴホン……そこで、追加の依頼だ。『スプリンガルド』を使用して、当艦の直掩を頼みたい。火星圏を出るまでに、恐らく地球人テラリアンどもが手を出してくる」

「『スプリンガルド』って……純正?」

「いや、ミキシングビルドだ。仕様は既に送ってある」

 端末をチェックする。継ぎ接ぎとはいえ、『スプリンガルド』はEUの誇る現行最新鋭機。こんなものがあるなら、出し惜しみせず降下作戦の時に出してほしかった、というボクの愚痴は、スペックシートを見て喉のところで止まった。

「げー……何この機体。ゴテゴテじゃん」

「軌道上、惑星引力圏での戦闘を想定したカスタムだ。予備機は他に無い」

 どう見ても、地上で運用できないカスタムが施されていたからだ。たぶん、本当にいざという時に艦を守るための虎の子なのだろう。

「この仕事は当然、別料金だからね!」

「請求は司令部付けで頼む。それと……」

「なに?」

「コールサイン変更の件は了解したが……これで本当に良いのか?」

「もっちろん。食べ物の恨みは怖いんだ」

「……了解した。健闘を祈る、『チキンウィング01』」




第二話「火星軌道要撃戦マーズ・インターセプション

 へ続く。



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