第2話

真央は家への帰路についていた。進路指導室を出た後,帰り道にある本屋でダラダラとさまよっていたらすっかり日が暮れてしまった。時間はたくさんあるからいいのだが。

そういえば,教育委員会に人事部などあるのか?教育委員会はなんかこう特別な会社だと思うからだ。まず会社なのか?あぁ,高校2年間と2ヶ月,部活しかしてこなかったからあまりにも私は無知すぎる。このまま何も知らないまま死んでいくのはもったいない気がする。明日,メールで桐谷先生に聞いてみよう。胸の中にモヤモヤが溜まっていく。




こんなことばかり考えているから私は<女の子らしくない>のだろうか。昔から言われ続けているから気にしてはいなかったが,今週の水曜日,大親友である絵里にすごく可愛くない,と言われメンタルにきている。部活を辞めてから髪を伸ばしたり,ネイルをしてみたり色々としてみたがやはり外見ではなく,内面なのか。

「喋らなければ可愛い」とよく言われるが,そんなのは言われる私からしたら暴言である。また胸にモヤモヤが溜まっていくのを感じた。最近凄く溜まってしまうこれは何か。これ以上考えると爆発してしまいそうで,真央は考えることをやめた。




そんなことしているうちに家に着いた。1LDKのアパートである。玄関を空け,乱暴に靴を脱ぎ捨て,部屋に入る。

「ただいま。」

声は帰ってこない。もう約2年間住むがいまだにこの癖が抜けない。制服を着替え,普段着になり,ソファに座り,目を閉じる。



真央は15歳からこのマンションに一人で暮らしている。親元を離れ,遠いここ新潟県に来た。遠いと言っても実家も新潟県なのだが。新潟は縦に長いので実家がある上越市から高校がある新潟市までは特急列車で1時間30分ほどかかる。通っている公立高校に学生寮はないため,一人暮らしをする必要があった。一人っ子の私がすごく可愛くて心配なのか,両親は単身で住む私に寝室とリビングがある1LDKを用意してくれた。案の定,真央はその広さを持て余している。寝室のベッドではなく,リビングのソファで寝ることが多い。



なぜここまでして市外の高校を受験したかというと,女子バスケットボール部がある強豪校に入学するためだった。中学はバスケ部に所属していた。小学校でミニバスをしていて中学ではエースだった。身長も171cmと高身長でセンターを務めていて,市内では向かうところ敵無しだった。しかし,ラストイヤー,3年の県大会の決勝で市外の強豪校にダブルスコアで惨敗した。真央やチームメイトの調子が悪かったわけでもない。単純明快,個々のスキルが敵わなかったのだ。井の中の蛙だったのだ。



そして真央は高校では良い監督の下,強豪校で仲間と切磋琢磨しながらスキルをつけることを決心した。その年は国体の代表として選ばれ,全国大会に出場したため,愛知,東京,福岡などの全国の高校から声が掛かった。だが行ったこともない所で自分のバスケをする自信は真央になかった。そこで偶然,新潟市にある強豪校にスカウトされ市外とはいえまだ馴染みのある同じ県内の高校でバスケをすることを選んだのである。



1年生では大きく変わった環境と,一人暮らしのストレスでケガや病気が増え,レギュラーを逃し,我慢の1年になった。2年生ではインターハイ,ウィンターカップとレギュラーで活躍し,リバウンド王にも選出された。そして最後の年,3年生では県大会の決勝で市内の高校に,両者譲らない接戦で2点差で負けを喫した。同時に引退となり悔し涙が溢れ出てきたが,チームとして納得のいく試合をしたため,後悔は微塵もなかった。




そして引退から4ヶ月,何かを失ったように毎日をダラダラと過ごしていた。学校へ行き,ただただ広い家へ帰る生活を繰り返している。何かを。正確には勉強をしなければいけないのだが。しかも大至急に。だが一向に体が動こうとしないのだ。それでいて焦りを感じていないので,いよいよこれは大問題である。



体が毎日,何かを求めている。それは2つあることが最近分かってきて,1つはもう一度,息が切れるほど思い切りバスケがしたい,ということ。バスケがしたいです・・なんてべたなことは言わないがそれぐらいあのコートに立ってプレイすることをこの体が求めていた。もう現役のように動くことは不可能だが。



2つめ,こいつが厄介である。中学2年生以来,ご無沙汰だったのだがどうやら私は恋をしてしまったらしい。何であんな男を・・・。思い出すとまた胸にあれが溜まるのが分かった。これはいかん,もう寝なければ。胸が爆発しそうになる。お風呂は明日の朝,早く起きて入ろう。今日はもう寝てしまおう。部活を辞めてから眠くなる時間が日に日に早くなっていくのは気のせいだろか。




最近,嫌なことから逃げる癖がついてしまった。バスケから逃げることは1度もなかったのに。ふと,桐谷先生が言っていた

「1度逃げると,もう逃げ道しかなくなるからな。辛いときこそ立ち向かうんだ。」

というくさい言葉を思い出した。今の私に向かって言われていたようで,嘘がバレたように少しドキドキした。本当に先生の言うことは間違いないな・・・。やはり私の問題は内面にあるらしい。


そんなことを考えているうちに真央の意識は広い部屋の中に渦巻く倦怠感の並に吸いこまれていった。


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