船酔いは突然に
中村 立樹
第1話
例えば私が良い事だけを考える。
人はにそんな都合良くはいかないと言う。それでも私は自分のやりたいようにやると反論する。人は揃って私を世間知らずと批判するだろう。
例えば私が悪いことだけを考える。
人はそんなに悪いことばかりは続かないよと言う。
それでも私は自信が持てないと反論する。人は揃って私を不幸者と比喩するだろう。
結局,何を言っても無駄なのに目の前の男はこんなに怒っているのだろう。就職か進学か迷っている私にそこまで目くじらをたてて怒る必要はあるのかな,と私まで苛々する。ケンカ中のカップルみたいに思えて,急に耳の裏が赤くなるのを感じた。
「進路目標の紙の提出期限は一昨日までだと俺は散々言ってたぞ。」
怒る理由は別にあったらしい。
「あ,そこですか。てっきりこれから熱い人生指導が始まるのかと。」
「そこは俺の仕事じゃない。副担の西京先生にお任せする。」
担任で進路指導の教師とは思えない台詞である。
「・・・・先生,好きな歌手は?」
桐谷先生は少し考えた後,忌野清志郎,と答えた。期待していたし予想はしていたが,それが悲しくなってしまった。
「話を逸らすな。紙は火曜日までに出せ。一人で決められないならこの連休中に親なり,西京先生なりに相談してみろ。」
桐谷先生は?と聞く前に
「俺は家庭に仕事を持ち込まない主義だから。」
と先に言われてしまった。言い終えた後,そそくさと席を立ち進路指導室を出て行ってしまった。部屋に一人取り残されてしまった。
「先生,嫁さんなんていないでしょ。」
ポツリと呟く。私が教育委員会の人事部ならあんな男は採用しない。秋空の空,先輩が抜け,妙に浮き足立った声色をした野球部の掛け声が響いている。
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