王女と女騎士の駆け落ち
石宮かがみ
エルドレア湖の妖精
寒い冬は終わり、王国に春が来た。
城下町では分厚い冬着を脱いだ人々が笑顔で往来を往き交い、農村では種を蒔くためにクワを振るって畑を耕す。
無論、人だけが春を歓迎するわけではない。
山では小鳥たちが恋を歌い、山の麓にある森を飛び回っている。
森の深くにはこの世のものとも思えぬ美しい湖があり、人々は湖に住むと語られる美の妖精エルドレアにちなみエルドレア湖と呼んでいた。付近では獣を狩ることも、魚をとることも野いちごを摘むことも木を切ることも、なんでも禁じられている。そのためエルドレア湖には遊びに来る者しかいない。
そして今、湖畔に馬車を停めている者たちがいた。
一人は豪奢なドレスを着たお姫様。
一人は真っ赤な鎧に身を包んだ女騎士である。
王女は今年で一六歳になるが、その美貌から国民からはエルドレアの妖精と呼ばれている。その肌は青々しい果実のように張り、宝石のような瞳は今、地の底に燃え上がるような情熱を秘めていた。
王女は女騎士の腰に腕を回すと、上目遣いでお互いの視線を合わせる。
「いつものように貴女からするのよ」
「それは命令でしょうか」
女騎士は大柄で力持ちだが、触れると柔らかな体であるのを王女は知っている。
「そう、命令よ」
「はい……」
鍛えているにも関わらず柔らかな女騎士の唇は、林檎のように真っ赤な唇へと導かれていった。
二人だけの秘密の関係。
停めてある馬車の御者エリザベスは、心を無心に、いつまでも瞑想を続けるのみである。
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