すてきな宇宙船常春号1 ~ ジャングルで植物採集 ~

◎◎◎(サンジュウマル)

愛らしいクルーたち

「昔の地球人は、すてきなことを言いました」

 あまり広くはないコックピットに、わたくしの声が朗々と響きます。

「バカップル。爆発しろ★」


  序章 ◆ 愛らしいクルーたち


 エプロンドレスのスカートを翻し、微笑みとともに中指を立てますと、目の前で固く抱き合ってこちらを見ているバカップルが、よりいっそう怯えたような表情でくっつきました。

 失礼な。

「……わ、悪かった、アリス桃」

 先に謝罪したのは、この宇宙船常春号の船長。優秀で有名な植物学者でもある、キャプテン・モリ。

 なんせ【フェアリィ族】ですから、銀河系基準でもなかなかの美形でしょう。若葉のような緑の髪と黄金の双眸、耳が尖ったロン毛のキラキラ王子さま系を想像していただければ間違いありません。耳元に飾りのように広がった青々とした葉っぱは、髪の一部が変形した偽葉ぎようです。

「……ごめんねぇ、ハイジ桃ちん」

 その膝の上からしょんぼりと謝ってきたのは、キャプテンの最愛の恋人で副キャプテン兼通信士でもある、レディ・ハナ。

 こちらもフェアリィ族の高名な薬物学者で、苺ミルクピンクの長い癖っ毛とラズベリー色の瞳、尖った耳の、かなり色っぽいボンキュッボンな巨乳美女です。おなじく耳元を彩っている明るいオレンジ色の花もまた髪の一部であり、偽葉の一種です。ミルクのように白くなめらかな肌についた左目元の泣きぼくろが、華やかな色気を添えています。

 嗚呼。なんて美しく、残念なカップル。

「……アデレイドです、マスター。何百回も申し上げておりますが、お二人とも適当な愛称で呼ぶのはやめてください」

 御存知でしたか? 不思議の国のアリスと、アルプスの少女ハイジは、実はどちらもアデレイド――――アーデルハイドと同系統の、同じ名前からの派生なんです。

 つまりは、アリスがアルプスに避暑に行けばハイジと呼ばれ、ハイジが英国留学すればアリスになる。だいたいはそんな認識で、おそらく間違いありません。

 そしてわたくしはアデレイド・桃花モモカ

 “桃花”という文字は、モリ様ハナ様に拾われた時に与えられた、新しい個体名です。あまり気に入ってはいませんが、この容姿にはよく似合っているようです。――まぁ、そのくせおふたりは「桃」と、わたくしのことを呼びますが。

 生まれは十七年前。御近所さんでも愛らしいと評判の明るい白銀の髪と濃い桃色の瞳の容姿は、地球基準では十二歳前後といったあたりでしょうか。二十一世紀末頃の地球人のパーソナリティを頭脳の核とし、秘書や執事としてのデータが豊富に入った、かしこくも有能であるキメラ系アンドロイドでございます。


 キャプテン・モリは頭を下げて、無駄に爽やかにのたまいました。

「本当にすまなかった。独り身のアデレイドの前でイチャイチャするなんて」

「この緑っ、分かってねえっ!!!」

 おもわず舌打ち。

「みっ、緑っ!?」

 ガウッと吠えたわたくしはとりあえず、片手にした巨大なハンマーをふたたび持ち上げます。

 植物採集のために建造されたというこの平和な宇宙船になぜそんなものが常備されていたのか分かりませんが、前任の秘書という人が神経性胃炎でおやめになったらしいという情報と関係があるのかもしれません。地球基準では子供扱いされがちなこの可憐なボディでも、持ち上げやすくて振り下ろしやすい、親切設計の素敵な機能。

 まるで魔法です。

 わたくしはハンマーを片手で振り上げたまま、高性能アンドロイドらしい優雅な溜息をつきました。

「だいたい、わたくしはアンドロイドですよ? マリモ男」

「し、知ってるが。……マ、マリモ?」

 キャプテンはなぜか、さらに怯えます。

「発情期の本能すら押さえられない蛋白質バカップルのイチャイチャなぞ、鬱陶しいとか面倒くさいとか頭悪そうとは思いこそすれ、うらやましさとは無縁ですとも、腐れ苔王子」

「……鬱陶しい? 面倒くさい頭悪そう……? ……腐れ苔王子?」

 さて。

 抱き合ったバカップルが怯えていることと、このコックピットの椅子がひとつ悲惨にひしゃげて潰れていることは無関係ではありませんが、さらに因果関係を遡るなら、目の前のモニタに映し出された光景がもっとも重要です。

 目の前の椅子よりも無残に横腹の装甲が潰れた、他国のマークが付いた軍船が映っているのです。これは喧嘩っ早い大国として超有名な、メメリカ星の船ですね。

 さいわいにもこの常春号は球体フォルムでたいそう頑丈なので、よそさまの戦闘用宇宙船の土手っ腹に頭突きをかましておいて、ほとんど凹んではいないようです。

「――わたくしはあれほど、前を向いて運転しろと言いましたよね? カビ妖精」

 ここは初心者用の教習所ですか? いえ、幼稚園ですらもっと高度な教育がなされているに違いありません。彼らは特許をたくさんお持ちとのことで高収入ですが、その何割が今までずっと弁償金や慰謝料に使われてきたのでしょうか。

 ……もったいない。

 それぞれ単品では有能なはずなのですが、セットにすると並み以下の、互いへの愛情だけで才覚とエネルギーがカラカラと空回りする、ハムスターの回し車となってしまいます。混ぜるな危険。

「ついにカビっ!?」

「ああ、間違えました。カビは役立ちますしゾウリムシ? いえ、あれも環境浄化には利用できるのでしたっけ。さて、単細胞生物ゾウリムシ以下の存在である偉大なるキャプテン・モリ。こんな騒ぎが、わたくしがこの船にお勤めするようになったここ三年で何度目なのか、その無駄な知能指数にちょっと問いかけてみていただけますかね。前方に気をつけて運転をするだなんて、宇宙の法則以前の常識ですよ」

「いやぁん、モリリン頼りになるもん。ゾウリムシ以下なんかじゃないもん」

 恋人の膝から抗議してきたのはレディ・ハナです。

「ハナチン」

「モリリン」

 キャプテン・モリの瞳が感動したようにうるみ、互いに熱く見つめ合う二人の耳元を飾る葉っぱと花びらがワサワサと生い茂っていきます。……そういえばこの偽葉というものは、感情に合わせて増えたり萎れたりするのでしたね。

 ああ、ウザい。ウザさ大爆発です。わたくしはもう何度目かわからない溜息をつきました。

「そこの共犯者。黙らないと頭のピンクの赤濃度を上げますよ、桜でんぶ」

「でんぶっ!? 臀部って、おしりっ?」

 ああ、フェアリィ族は魚類を煎ってピンクに着色した地球原産の食品は御存知ないですね。ま、そんなことはどうでもいいんですがね。さぁどうしてくれようか、このバカップル。


 こんなエスプリの効いた日常的なやりとりをしている間にも、このコックピットの自動ドアの外から賑やかな声がいくつも近づいてきます。どれもこれも、まるで幼児のように高くて子供っぽい響きです。

 シュンッと障壁がひらき、この常春号のクルーたちが転がり込んできました。


「またやったのかにゃ」「ころがったにゃ」「修理がたいへんにゃ」

 真っ先に飛び込んできた集団は、【ニャジュミ族】のチューズ(複数形)・チガヤ。

 見ての通り、角が丸い円錐状の体に大きなバラボラ耳が一対と長い尾っぽの、オモチャのようなネズミたちです。底面の端から生えた尾っぽの先っぽは電気のプラグによく似た二股ですし、これで背中にゼンマイ人形のネジが付いていたら完璧って感じですね。

 一匹の大きさはわたくしの両手にちょうど乗るぐらい。ネズミのくせに語尾が「にゃ」というのは地球メンタルのわたくしのアイデンティティ的には何とも微妙というか“もにょる”のですが、

「我がチーズムーン国家の、由緒正しい方言に文句があるのかにゃ」「にゃ」「にゃ」

 と、怒られてしまうのでなるべく黙っています。

 今日は三匹ですね。全身は柔らかいわりにメタリックな質感で、色合いはそれぞれパステルなブルーやグリーンやピンクと、個体によってまちまちです。記憶と意識を共有する群棲体で、おおむね三匹から二十匹ぐらいの間でテキトーに増えたり減ったりしています。そんな便利な能力を持った彼らはこの船が半壊しても二、三日で修理できる優秀なメカニックです。


「バカップルどもがっ! またなんかやらかしおったな、まったくもうっ。三時間も煮込んだわしの特製魚介ソースがひっくりかえったではないか!」

 やはり少年みたいにかわいい声なのに老人を思わせる口調で怒鳴り込んできたのは、こちらもぬいぐみのような濃いクリーム色のライオン。

 片手にはフライパン。真っ白なコックコートを着て首元に赤いスカーフを巻いていることでお分かりのように、この【ライヨン族】のタン=ポポはキッチン担当のクルーです。

 わたくしのような一部に生体を使用したアンドロイド用の維持剤ネクタルはもちろんのこと、さまざまな人種に対応した料理を得意としています。

 たてがみは獣の獅子のような毛皮ではなく、焦げ茶色のタオル生地の球体を丸い頭周りに輪っかにつなげたかのようで、どこぞのドーナツ店を思い浮かべてしまうのは、二十一世紀の知識を持つわたくしにはいたしかたないでしょう。豆を横にみっつ並べたようにシンプルな目と鼻で、ポンデ某とはまったく違う顔なので、モザイクをかけて紹介しなくてすみます。


 ――そして最後に苦情を言いに来たのは、女子中学生が鞄に下げているような、コロコロとした犬のマスコットです。いえ、マスコットや張り子の犬ではなくて、種族名は【わんこ族・ブチ】でしたね。こんなにちまちました見かけなのになぜか、ユキヤナギ三世というちょっと古臭くもかっこいい名前をお持ちです。

「……積荷が崩れたよ?」

 愛らしい声で恨みがましい口調。

 着ているのはブルーを基調としたツナギです。キャプテン・モリにおでこが触れる距離まで真っ直ぐに近付くと、真っ白な毛皮に付いた黒いボタンのような丸い目で、非難がましくガン見します。毛色違いの垂れた耳と尻尾と同じ紅茶色のブチが、片目の周りには付いています。

「……キャプテン。積荷が、崩れたよ? 崩れたよ?」

 誰一人としてここの現場にはいなかったのにもかかわらず、犯人が誰なのか、みんなすぐに理解していますね。優秀、優秀。

 彼は、採集した植物や消耗品などを含むこの船のすべての積荷と資材を管理しています。

 愛らしいほど短い手足と曲線の姿は幼生体ゆえとのことですが、先祖は立派な牧羊犬。物品の管理と分類と収納に情熱を注ぎ込んでいて、そのあたりに私物を放置しておいても、勝手に次々と仕舞ってしまいます。


「修理が大変にゃ」「ドッグに向かうにゃ」「ついでに船体を強化するから金を出すにゃ」

「う~む。どうして、キャプテンは同じ失敗を何度もするのじゃ」

「……積荷が、崩れたよ?」

 ぴきゃーぴきゃーと、バカップルの周りを飛び跳ねて苦情を申し立てる彼らは、おもちゃの集団のよう。誰も彼も、小柄なわたくしのさらに胸ぐらいまでしか身長がありません。

 ちなみにクルーはこれですべてではないのですが、砲撃手ガンナーであり怠け者ニートの、【北極星熊族ポーラグマー】のアカザと、有能な多人種免許医である【異能金魚族】の牡丹博士は、めったに姿を見せません。

「まあまあ、みなさん」

 みんなを宥めたわたくしは、巨大ハンマーをスイッチひとつで持ち手の中へと収納(便利!)すると、腰に巻いた大きめのポーチのベルトに吊るし直しました。

 にこやかに両手を打ち鳴らして、みんなの注意を惹き付けます。

「なんだにゃ、桃花?」「にゃ?」「にゃ」

「アデレイド嬢ちゃんは、わしらを止めるのかの?」

「反省させるべきなのよ、アデレイド」

 わたくしは首を振ります。いやですねぇ、止めるわけがないではありませんか。

「まずはそこのグリーンとピンクが、あちらの軍船へ謝罪するのが先でしょう。つるし上げはそのあとで充分ですとも」

「「ひいいいいっ」」

 バカップルが手に手を取って震え上がりましたが、無駄に賢い頭脳をここで使わないでいつ使用するのでしょうか?

 しかしその時、音にはならない震動が外から伝わってきました。

「……あ」

 モニタに映るのは、船体が大きくひしゃげたメメリカ星の軍船。

 それがどんどん遠ざかります。背景には大きな星があります。

 ……こちらがぶつかって押したことで、あちらは惑星の重力に囚われてしまったようですね。

「「あああああ」」

 バカップルも状況に気が付いたようで、情けない叫び声をあげました。



 ――――こうして。わたくしのマスターであるキャプテン・モリとレディ・ハナは逮捕されて、星間刑務所へと送られてしまいました。さいわいにも、下敷きになった街も軍船も脱出が間に合って死者は出なかったので、懲役は七十三年だそうです。

 ……ただの秘書であるわたくしに、何が出来たというのでしょうか。

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