君の為

ヤキ

プロローグ



『もうすぐで、17才の誕生日だねマリアンヌ』


『あなたは誰?』


『キミを待ってるよ』


『待って!行かないで!あなたは誰!?誰なの!?』


『キミの誕生日に会おう』



















「待って!!!」


飛び起きた場所はいつもの布団の上


「夢……か……」


…………またあの夢

この家に来てからよく見る夢

黒い影が私に話しかけてくる


「夢なんか…覚めなければいいのに…」


起きたところでいい事なんか一つもないのに


「マリアンヌ!!このノロマ!!!!いつまで寝てるのよ!!」


「…ごめんなさい!今行きます!」


義理の母親のアリタ・サルタンサが、部屋のドア越しで怒鳴ってきた

いつもそう

私は召使じゃないのに、なんでも私にやらせるこの人が大嫌い


急いで部屋を出て階段を下りる

遅れたら何されるかわからないから


「もー!おっそーい!!お腹空いたのよ早くしなさい!」


「全く…仕事に遅れるだろう」


「……ごめんなさい」


リビングに顔を出したらすぐに文句を言ってきたのは、義理の姉と父のフレア・サルタンサとシュトール・サルタンサ


フレアはいつも鏡を見て髪をいじっている

赤色の髪の毛はとても綺麗で、透き通った緑の瞳も琥珀みたいで美しい

シュトールは新聞を見ながら煙草を吸っている

金色の髪の毛をオールバックにしいつも以上に整えているのを見ると、誰かと面談でもあるのだと思う


……私の実の両親は谷から転落して亡くなったらしい

遺体は見つからなかったと聞いている

その当たりからの記憶が曖昧で覚えていなかった


どうせなら、私も一緒に死にたかったのに



「お待たせしました」


朝食には、フレンチトーストとシーザーサラダを用意した


「ふん、遅いわよっ!」


そう言ってフレアは次々に口に運び、すぐに食べ終わったかと思うと再び髪の毛をいじり始めた


シュトールは相変わらず新聞を読みながら食べている


アリタは「視界に入らないで」と私に言い、不機嫌そうに食べている


私は静かにキッチンに戻った

「もう嫌だよ…こんな生活……」

辛い

ただ、辛い


そんな時、リビングの方から声が聞こえた


「そういえば…明後日ってマリアンヌの両親が死んだ日よね」

「ええ、誕生日に両親が死ぬなんて可哀想よねぇ!」

「村外れの谷だったな」

「でもマリアンヌには生きててほしいなあ!こーんな便利な道具他にないもの!」

「ふふっ、こーらやめなさい!ふふふっ!」

「ははっ、不謹慎だぞお前ら」



………………

誕生日なんて……いいことない……

………誕生日なんていらない………


「私が……何をしたっていうの……?」


零れ落ちてくる涙が止まらなかった

言い返していた時もあったけど、暴力を振るわれるのが怖くて最近は何も言わなくなった


「死にたい…」


日に日にこの気持ちは大きくなっていく

私には相談できる友達も家族もいない…




シンデレラ、私が好きなお話

いじめられて惨めで可愛そうな女の子の話

でも彼女は最後に幸せになれるの

私は?私はどうなるのだろう

考えるだけ無駄なような気がして諦めた


いつの間にかシュトールは家を出ていた

フレアも出掛けるようで、支度をしている


私は急いでお皿を下げて洗い物を始めた

食べ方が綺麗なのが唯一の救い


でも今日はとても最悪な日

今日はアリタと2人きり

この人の視界に入ると何が飛んでくるのかわからないから、警戒していなければいけない


「はやく仕事終わらせて部屋に戻らなきゃ…」


今までアリタに投げられたものは数知れずで、包丁や椅子、食器や分厚い本などをがあった

……骨折をしたことも少なくなかった


「マリアンヌぅ?」


「ひっ!?」


気づいたら後ろにアリタがいた


「今日は随分と行動が遅い日なのねぇ?」


「ごめん…なさい……」


アリタの右腕を見ると何かを持っていた


「ワインボトル…?」


「そうよぉ、悪い子にはお仕置きをしなくちゃねぇ?」


「い、いや!ごめんなさい!ごめんなさい!」


「ダメよ、叱らないと治らないじゃない」


アニタの右腕が私の頭に目掛けて振り下ろされた



バリンッ!!



ボトルが割れる音がして意識が遠くなる

意識が途切れそうになる中、アニタの顔は苦しそうにしていた






















目が覚めると、外は暗くなっていた

隣には割れたワインボトルの破片が散らばっていた


「いたっ…!」


頭から激痛がしてとっさに抑えた


「濡れてる……?」


抑えた手を見ると血で濡れていた


「きゃあっ!?」


量はそこまで多くはないけど、頭から出血をしていた

病院なんて連れて行ってもらえるわけがない


「うぅ……っ……」


この家に来てから何度泣いたのだろう

もう嫌

いっそのこと殺してくれればいいのに



……ずっと、ずっと前から考えていたことをやる決心がついた

誕生日の日に、両親と同じ場所で自殺をする


だって、生きていても仕方ないじゃない

理不尽な暴力や罵倒にはもう耐えられない


もう、耐えられないの



シュトールやフレアが帰ってきても、私の頭の心配はせずにいつものように扱われた


フラフラになりながらも家事をこなして布団に潜り込んだ


心配してくれるなんて思ってなかったから、想像していた通りの反応だった


………私が死んで…心配してくれる人はいるのかな……


ふと、そんな疑問に襲われた

けれど、そんなことはどうでもよかった

私は知っている

大切な人が死んでしまっても、少しの時間が経てば皆元通りになるのだと


「もう…どうでもいい……」


重くなった瞼を閉じて眠りについた



















『マリアンヌ、いよいよ明日だね!君が生まれたこと、本当に感謝してるよ!』


『ねえ、貴方は?誰なの?いい加減教えてよっ!』


『大丈夫、明日会えるから』


『会えないよ』


『どうして?』


『私、明日死ぬの』


『……死なないよ、君は死なない』


『どういうこと?』


『さあね、じゃあまたね』


『またどこかに行っちゃうの?待ってよ!ねえ待って!!』










「ん……んん……、………5時半……」


……今日はしっかりと起きれたみたい

また変な夢を見てしまったけど、きっと…ただの夢だよね


「頭痛い…」


出血は止まっていたけれど、頭がすごく痛い


でも今日で、この生活とはお別れするの

そう思っただけで、少し心が軽かった


食事の準備をするために部屋を出て階段を降りた


「え?」


下に降りると、いつもまだ寝ているはずの全員が集まっていた


「どうしたのですか…?」


「あら?マリアンヌじゃない!私達これから二泊三日の旅行に行くのよ!」


私が聞くと、フレアが自慢げに話してきた

……旅行?


「貴方の誕生日祝えなくて残念だわぁ!」


「ほら、早く行くぞ」


「え、あの…っ」


私の言葉を聞こうともせずに3人は家を出て行った


「え、えぇ……」


旅行に行くなんて聞いていなかった

今までに何回か旅行に行っていたけど、全て事前に自慢げに話してから行っていたのに


「1人……今、ここには私1人……、や、やった……やったぁ!!」


今この家には私をいじめる人なんていない!

どうせ明日死ぬんだから、やりたかったこと全部やろう



やってみたかった事は3つあった


1つ目は素敵なドレスを着ること

2つ目は綺麗に化粧をすること

3つ目は王子様と一緒に馬車に乗ること


ずっと憧れていたお姫様のようなこと

今なら全て出来てしまう

まあ、王子様はいないけれど


早速フレアの部屋に向かい、フレアが気に入っていた大きいリボンが付いている黄色い花柄のドレスを着た


鏡を見るといつもの私とは違った私が立っていた


「すごい…っお姫様みたいっ!」


鏡の前で回ったり、ポーズをとったりして楽しんだ


(フレアはこんなドレスを毎日着てたんだ…)


しんみりとしつつも満足いった私は、次にフレアの化粧品を使い化粧することにした

やり方はわかってる

フレアに化粧をすることが何度かあった


化粧をしている時に、ある箱に目がいった

【たからばこ】と書かれている


「この字は…小さい頃の時の…?」


興味本位で開けようとしたけれど、鍵がかかっていた


「……うーん…まあいっか」


少し気になったけれど、化粧を再開した





全ての準備が終わると、昼頃になっていた


「わぁ…お腹空いちゃった」


鏡を見るといつもと違う顔の私に、いつもと違う服装の私がいる

鏡を見るのがこんなに楽しいなんて思ったことがなかった


簡単な料理を作り、味わって食べた


両親が亡くなった谷へは馬車で半日かかる

私はドレスを着たまま家を出た


ドレスを着たまま馬車に乗るなんて…本当に夢みたい

サルタンサ家がお金持ちでなかったら出来なかったかもしない

いじめられることだってなかったかもしれないけれど…


「レイク!ヒルダ!いい子だね、私を底なしの谷まで連れて行って」


この家で飼っている馬のレイクとヒルダに話しかけて馬車に乗る

ここでは私が馬の世話もしてきた

扱いだってわかってる


2頭はヒヒーンと鳴き、走り始めた





馬車は時々止まり、2頭は後ろを振り返る

私の顔を見てから下を向く


「レイク…ヒルダ…」


きっと、この子達にはわかっているんだ

私が……死にに行くこと


「ごめんね……ごめんね……」


この子達残して死ぬのだと思うと涙が出てきた

でも、この決心は揺るがないの
















谷についた時には既に辺りは暗かった

外灯なんてあるはずもなく、月明かりだけが頼りだった


「レイクもヒルダもありがとう…お行き」


頭を撫でてそう言うと、レイクとヒルダは来た道を戻り始めた

途中でまた何回も振り返るから、涙が出そうになる


馬車が見えなくなると、私も歩き始めた


「ここに…落ちたんだ…」


谷はかなり深いようで、下を覗いても暗闇が広がっているだけだった

少しだけ……足が震えた


時計を見ると、あと少しで日付がわかるところだったので、時間まで座って休むことにした


周りに人の気配はない


こんな夜中に外灯のない谷に来る人なんていないから当たり前だけど


「涼しいなぁ…」


夜風がとても涼しい

目を閉じて過去を振り返ってみる


けれど、いい思い出なんてなかった


「生まれ変わったら…ちゃんと…生きたいなあ…」


私は立ち上がり、崖の側に立った

時刻は12時を示していた


死ぬのなんて怖くない

怖くない…はずなのに


下に広がる暗黒が私の足を震えさせる


「……誕生日おめでとう私……

お父さん……お母さん……ごめんなさい……」


何度も深呼吸をして、踏み出す………ことがなかなかできない

底が見えない恐怖感で足が震えて踏み出せなくなっていた


そんな時だった


ドンッ


「え…っ」


何が起こったのかわからない

私は、谷に向かって落ちた


………押された?!誰に?!


「きゃぁぁああああ!!!」


物凄い早さで体が落ちていく





長い








とても長い間









私は











暗い谷に













落ちていった









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