第5話 出会い

 休日の前の日、茂木から庭野に電話がかかってきた。茂木からは、たまに遊びの誘いがきていたが、仕事の休みがなかなか合わず、久しく会っていなかった。

 茂木のせいで居酒屋の職を失ったというのに、庭野はまだ、茂木のことを友達だと思っていた。それは、小学生の頃、いつも一緒に缶蹴りをしたり、かくれんぼをしたり、二人で一つのお菓子を分け合って食べたり、仲良く遊んでいた記憶が庭野の心に強く残っていたからだった。茂木が自分を苛めるのは、自分が悪いからだ、と庭野は思っていた。きっと、自分がとろくてイライラさせているのだろうと思っていた。だが、やはり苛められるのは嫌だったので、最近はヤスやマサと遊ぶことが多くなっていた。


「おう、庭野。今夜ヒマか?」


「茂木くん、どうしたの?今夜はヒマだけど」


「だったら一緒にナンパに行かねえ?俺の先輩が車出してくれるって言ってるからさ」


 ナンパ、と聞いて庭野の心がときめいた。加奈子にフラれて以来、彼女ができなかった庭野は、女の子との関わりが欲しいといつも悶々としていた。工場には中年女性のパートしかいなかったので、茂木からの誘いは庭野を興奮させた。


「行く!行くよ!」庭野はとっさに答えていた。


「じゃあ、お前の家まで迎えに行ってやるから待ってろ」


 茂木はそう言うと、電話を切った。

 庭野は、慌てて洗面所で髭を剃り、ぼさぼさに伸びている髪をワックスで整え、念入りに歯を磨いて、茂木の到着を待った。二十分後に、茂木の先輩が運転する車が到着すると、茂木に言われるまま助手席に乗り込んだ。


 大黒埠頭は、ナンパの名所である。ナンパ待ちの女子だけが乗っている車を、男子だけが乗った車が声をかける。互いに気に入れば、一緒にカラオケに行ったり飲みに行ったりするのだ。

 今日もたくさんの車が集まっていた。大黒埠頭に着くなり、茂木が庭野に言った。


 「おい、あの白い軽に乗った女の子たちをナンパしてこい」


 庭野は驚き、そして委縮して言った。


 「俺みたいなのが、声をかけても、無視されるだけだよ」


 「うるせえ、さっさと行け!」


 後部座席から茂木に頭を叩かれ、庭野はしぶしぶ車を降りた。そして、白の軽自動車に近づいて行った。近くでよく見てみると、運転席と助手席に二人乗っているのが確認できた。

 運転席の窓をコンコンと叩くと、窓が開いて二十歳前後の女性が顔を出した。


 「こんばんは。二人で遊びに来てるの?こっちは、三人なんだけど、一緒に、遊びに行かない?」


 しどろもどろでナンパする庭野を見て、運転席の女が笑った。


 「お兄さん、あの黒いワンボックスから出てきたでしょ。見ていたけど、頭を叩かれていたわね。無理やりナンパしろって言われてきたんじゃない?」


 図星すぎて、庭野は言葉を失くした。バツの悪さでさっさと引き下がりたかったが、手ぶらで戻っては茂木から何をされるかわからない。庭野は女に、精いっぱいの笑顔で言った。


「カラオケでも、行こうよ。みんなで、盛り上がろうよ」


 運転席の女は、助手席にいる女に方を向いて言った。


「どうする?楓。このお兄さんの勇気に免じて、カラオケだけでも一緒に行ってあげようか」


 庭野は、助手席の女に目を向けた。額の真ん中から分けた黒髪は、肩より少し長く伸ばしている。夜なので暗く、顔はよく見えなかった。楓と呼ばれた女は黙って頷いた。


 茂木たち男三人と、運転席にいた女、京子と、助手席にいた楓の五人で、カラオケに行った。

 茂木の先輩は馬面、茂木は130kgの巨漢、そしてやせ細った庭野と、とてもじゃないがかっこいいとは言えない面子に、カラオケルームに入っても、女二人はしばらくつまらなそうにしていた。特に楓は、おしゃべりは京子にまかせっきりで、ほとんどしゃべらなかった。

 無理やり、場を盛り上げようとした茂木は、庭野に裸で歌うように言った。それでこの子たちが笑うなら、と、庭野はパンツ一丁になって演歌を歌った。そのおかげで皆笑ったが、楓は庭野をチラっと見ただけで、すぐどこか違う方向に目を背けていた。


 2時間ほどして、カラオケはお開きになった。


「皆でアドレス交換しようよ」


と茂木が言ったが、京子は


「アドレス交換は駄目。縁があって、また会えたらにしましょ」と、さらりと拒んだ。


 結局、連絡先を聞けないまま京子たちとは別れた。庭野は楓の、艶のある髪、色白で形のいい丸い顔、伏し目がちな瞳が印象に残った。また大黒埠頭に行った時に会えたら、今度はゆっくり話をしてみたいと思ったが、庭野の職場が繁忙期に入り、毎日忙しくなったのでナンパに付き合うこともできず、京子と楓とはそれっきりになった。やがて、庭野も彼女たちのことは頭から消えていた。

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