第4話 風になる
定時制高校を卒業後、庭野は食品工場で働きだした。卒業するまで、極力、茂木が来られない職場を選んで働いていた。工場なら関係者以外は立ち入り禁止だから安心だった。
夜、仕事が終わり帰宅すると、家の電話が鳴った。マサからだった。
「お前、携帯電話ぐらい持てよ。急用があっても連絡取れないじゃねえか」
電話口でマサに言われて、庭野は苦笑いした。
「携帯電話代なんか、払うお金ないよ。なにか急用でもあったの?」
「うちにヤスが来てるから、お前も遊びに来いよ」
「わかった、すぐ行く!」
庭野は、急いでパーカーとジーンズに着替えると、家を飛び出した。
小・中学と同級生だった庭野とマサは、家が近所だった。15分ほどでマサの家に着いた庭野は、ガレージに見覚えのあるヤスの原付と、他に新品のバイクが停めてあるのを見かけた。
マサの部屋に上がると、ヤスがゲーム機で遊んでいた。そして庭野が部屋に入るなり、
「おう、絶倫スケベ野郎が来たか」
と言ってゲーム機のコントローラーを放った。庭野は照れ笑いを浮かべた。
三人は、コーラを飲みながらしばらく雑談した。マサは今、大工の仕事で親方に日々叱咤されていること、ヤスも大工の仕事をしていたが、マサとは違う現場で、お金が貯まったら車が欲しいと言い、そして庭野は工場での仕事の話をした。
「工場では、苛められてないか」とヤスが言った。庭野は頭をぽりぽり掻きながら、
「俺はトロいし、要領も悪いし、どんくさいから、いつも怒られてるよ」
と、少し悲し気な顔で笑った。だが、ぱっと明るい表情になると、マサの方を向いた。
「それより、マサ。新しくバイク買ったの?ガレージに停めてあるのを見たよ」
「ああ、あれは最近買ったんだ。ノーマルを楽しんでから、レース仕様にしようと思ってな」
庭野が目を輝かせて言った。
「俺、乗ってみたい!ねえマサ、俺を乗せてくれよ」
「お前、免許持ってないじゃねえか」
「俺が運転するんじゃないよ。バイクの後ろでいいからさ、乗せてよ」
庭野が手を合わせてマサに頼み込んだ。庭野はバイクに乗ったことがなかった。
すると、ヤスが立ち上がって言った。
「じゃあ三人で、ツーリングでも行きますか!ただし俺は原チャリだから、あんまり飛ばさないでくれよな、マサ」
ヤスの原付は、マサがリミッターカットしてチャンバーを入れ、キャブレターのセッティングを合わせていたので、最高速度が80キロ出る仕様に改造されていた。それでも、マサの400㏄のバイクには敵うわけがなかった。
やれやれ、といった顔で、マサも立ち上がった。
「振り落とされるんじゃねえぞ。しっかり掴まっておけ」
バイクの後ろに座った庭野に、マサが言った。マサはエンジンをふかし、ヤスのほうを振り返り頷くと、バイクを発進させた。
マサとヤスは国道に出ると、直線でスピードを上げた。庭野はマサの腰にしっかりと掴まり、歓喜の声をあげた。
「すごいよ!風になったみたいだ!」
初めて乗るバイクに、庭野は興奮していた。通り過ぎる景色が、走馬灯のように流れていく。信号待ちで停止したとき、マサは後ろを振り返り、庭野のヘルメットをコツンと叩いて、
「大人しく乗ってろよ」と笑顔で言った。
ひとしきり走った後、三人はマサの家に戻った。
庭野はその夜、バイクの振動や体を鋭く吹き抜ける風を思い出し、なかなか寝付けなかった。
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