第2話 マサとヤス
庭野は中学校を卒業すると、小さな弁当屋で働きながら定時制の高校に通い始めた。定時制高校には様々な年齢の学生がいたが、庭野は自分と同い年の、「ヤス」こと斉藤康人と友達になった。ヤスは長身の庭野より背が高く、180cmを優に超えていた。金髪で、いつも派手な服装やシルバーアクセサリーを身に着けて登校していたが、顔立ちの整ったヤスは、クラスでも女友達が多かった。
「おい庭野。お前、まだ童貞か?」
ヤスに言われて、庭野は、へへへ、と頷いて笑って言った。
「うん。今度、女の子紹介してよ」
「お前、童貞捨てたいだけじゃねえのか」
と、ヤスは呆れた顔をした。
ヤスは、庭野が働く弁当屋にちょくちょく顔を出した。そして必ずと言っていいほど、
「唐揚げ、一個サービスしてくれ」
と頼んできた。庭野は店長に隠れながら、ヤスの弁当に唐揚げをひとつ多く入れてやった。
庭野とヤスがゲームセンターに行った時だった。
ヤスは「俺、便所」と言ってトイレへ向かった。庭野は面白そうなゲーム機を物色し、座ってゲームを始めた。
座ってすぐ、突然後ろから首根っこを掴まれ、椅子から転がり落ちた。びっくりした庭野が振り返ると、一見して柄の悪い、庭野と同じくらいの年頃の男たちがニヤニヤして立っていた。
「おい、お前、どけよ」
アロハシャツを着た男が言った。
「で、でも、今、お金入れたばかりだし…」
庭野が口ごもると、真っ赤なシャツを着た男が庭野を蹴り飛ばした。
「お前、ちょっと外に出ろ」
庭野は、ヤスが早く帰ってこないか祈ったが、大便でもしているのだろうか。ヤスは庭野が外に連れ出されても戻ってこなかった。
「お前、どこの学校だ」
路上で囲まれた庭野は、襟元を掴まれた。
「て、定時制に通ってます」
と、庭野が苦しそうに答えると、
「なんだ、定時かよ」
と言われ、いきなり右の頬を力いっぱい殴られた。倒れ込んだ庭野を、男たち数人が寄ってたかって蹴り始めた。
「やめて、やめてくれ」
庭野は頭を抱えて、必死で懇願した。それを見て、男たちは声をあげて笑うと、さらに激しく暴行を続けた。
その時である。
ただ見ているだけの通行人の中から、大声が響いた。
「おい、やめろ!」
庭野に暴力を振るっていた集団が振り返った。大声を出して制止させた男が、見物人の間を割って近づいてきた。そして、うずくまっている庭野を見て、
「庭野!お前、何してるんだ!」
と、びっくりした声で言った。
「あ…、マ、マサ!」
彼は、中学卒業以来、会っていなかったマサだった。
マサは仕事帰りだったらしく、汚れた作業着を着ていた。マサは小学校のとき、両親を火事で亡くしていた。庭野はマサと同じ小学校だったので、マサがその後、祖父母の家で育てられたことを知っていた。マサは中学卒業後、高校に進学しなかった。
庭野が数人に暴力を振るわれていたのは、靴跡だらけのボロボロの服を見ればすぐにわかった。マサは大股で庭野に近づいて行った。
「おい、庭野、大丈夫か」
「なんだテメェ!」
マサが庭野を助け起こそうとしたとき、アロハシャツの男がマサの肩に手をかけた。
その瞬間、マサは振り向きざまにアロハシャツの男の鼻に頭突きをくらわせた。男の鼻から血が吹き出した。マサは男の髪を引っ掴むと、
「おい、まだやるか?」
と、凄んだ。マサの冷徹な目と気迫に、男たちはたじろぎ始めた。
その時、「庭野!」と言ってヤスが走り寄ってきた。
「お前、店の中を散々探してもいないから、どこに行ったのかと思ったぜ」
そして、庭野に暴力を振るっていた集団に目をやり、「お前、やられたのか?」と言った。
「テメェ、次、俺のダチに手を出したら、この程度じゃ済ませねえからな」
マサは、アロハシャツの男を乱暴に路上に投げ捨てて言った。男たちは少しずつ後ずさり、やがて走って逃げて行った。
「ありがとう、マサ。久しぶりだね」
庭野がマサに礼を言っているのを見て、ヤスが「知り合いか?」と尋ねた。
「うん、幼馴染で、マサっていうんだ。マサ、こっちがヤス。学校が一緒で、仲良くしてくれているんだ」
庭野は、ヤスにマサを紹介した。二人はしばし見つめ合った。庭野は、ヤスとマサが喧嘩を始めるのではないかと思い、おどおどしながら二人を交互に見た。
やがて、ヤスとマサは二人してニヤリと笑った。そして、
「ヤスか、どこかで会ったような気がするな」とマサが言うと、
「俺もそんな気がした。豚ラーメンの店じゃねえか?」とヤスが答えると、
「そうだそうだ、たぶんそこだ」
と、マサが笑いながら言った。実際、二人は初対面だったが、お互いに気が合いそうなのはすぐにわかった。ヤスとマサは「よろしく」と言って握手を交わした。それを見た庭野は、嬉しそうに笑っていた。
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