庭野、お前ってやつは

小西モンステラ

プロローグ パシリの庭野

 庭野昇太は、レジでお金が足りないことに気が付いた。しぶしぶ自分の財布から小銭を出すと、それで5つの惣菜パンを購入した。

 コンビニエンスストアから出ると、庭野は走って公園に向かった。「5分以内に買ってこい」と言われていたが、レジが混んでいたため、5分はとうに過ぎていた。

 息を切らせながら公園に着くと、茂木とその仲間たちが、ベンチに座ってたばこをふかしていた。

 庭野が駆け寄ると、「おせーよ、馬鹿が」と言って茂木は庭野のすねを思いっきり蹴飛ばした。痛みでうずくまる庭野の手からビニール袋を取り上げると、中身を確認した。

 

「茂木くん、お金、足りなかったよ」


 庭野がおずおずしながら言うと、「知るか、馬鹿」と言って、茂木は仲間たちに惣菜パンを配ると食べ始めた。


 庭野昇太と茂木大輔は、小学校の同級生だった。小学生の頃は仲が良く、いつも他の友達も交えては一緒に遊んでいた。

 ところが、中学に入って茂木は変わった。不良グループとつるむようになり、いつしか庭野をいじめるようになった。背は高いが、ガリガリにやせ細っている庭野に対し、茂木は体重が100kg以上の巨漢だった。気の弱い庭野は、茂木に反発したり喧嘩する勇気がなく、呼びつけられ意味もなく殴られたり、使い走り、いわゆる「パシリ」に使われていた。

 しかし、庭野は茂木との付き合いをやめようと思ったことはなかった。小学生の時は仲が良かったし、今でも茂木のことは友達だと思っていた。自分は不良ではなくても、茂木や不良グループに声をかけられると仲間になれた気分になった。それがたとえパシリの用でも。


 庭野の家は貧乏だった。父親は車の整備工場で働き、母親は病気がちで家で寝ていることが多く、三歳下の弟がいた。同級生たちは今年受験生だったが、庭野は中学を卒業したら、家にお金を入れるため定時制高校に通いながら働くことを決めていた。


「あーあ、なんか面白いことねえかなぁ」


 茂木は、パンをかじりながら言った。そして、


「おい庭野。正木のケツ、思いっきり蹴ってこいよ」


と、ニヤニヤしながら言った。


「そんな、嫌だよ。マサとは小学校からの同級生で、友達なんだ」


 庭野が首を横に振りながら言うと、 茂木は、ペッと唾を吐いた。


「なんだ、お前そんな根性もないのかよ」


 茂木はそう言うと、庭野の肩を組んで言った。


「もし正木を蹴ったら、お前が欲しがってたアダルトビデオやるからよ」


 「ほ、本当?」


 庭野の目が輝いた。性に目覚めた年頃である。特に庭野は、一日に何度も自慰行為をするほど、性欲が強かった。

 次の日の放課後、正木がトイレから出てきたところを見計らって、庭野は後ろから思い切り尻を蹴った。

 正木は衝撃で二、三歩前のめりになったが、すぐにゆっくり後ろを振り返った。


 「誰だ、今、俺を蹴ったやつ」


 「マサ」こと正木龍幸(まさきたつゆき)は、茂木たちの不良グループには属していなかったが、小学生の頃から喧嘩が強かった。自分より年上の男子に喧嘩を売られても無敗だった。庭野より背は低かったが、体格はがっしりしていて、日ごろから筋トレを欠かさないマサである。腕や脚の筋肉は、中学生とは思えないほど発達していた。

 マサの気迫に、周りにいた生徒たちが後ずさった。

 

 「庭野、お前か」


 マサは、真後ろで目を泳がせている庭野に向かって言った。


 「お前か、って聞いてるんだよ」

 

 「ご、ごめん、マサ」


庭野が口を開いた瞬間に、マサの渾身の蹴りが庭野の尻にヒットした。細身の庭野は、軽く吹っ飛んでいった。


 「ごめんマサ!本当にごめん!だから、だから…」


 マサは、庭野にゆっくり近づいて行った。そして、周囲を見回した。すると、すぐ傍の階段の陰から、茂木がニヤニヤ笑いながら覗いているのが見えた。

 マサは、誰が仕組んだことか、すぐにわかった。庭野に背を向けると、階段の方へ歩いて行った。

 マサが自分の方に向かってきたので、茂木は慌てて逃げようとした。階段を駆け下りて行った茂木に、マサは素早く階段を飛び降りてすぐ後ろに着地し、顔面に後ろ回し蹴りを炸裂させた。茂木の鼻が折れ、鼻血が大量に吹き出した。

マサは、血だらけで転げまわる茂木に向かって言った。


「お前がやらせたんだろう。人を使うんじゃねえよ。俺をやりたきゃ、テメェで来い」


 茂木は、涙と鼻血でまみれた顔を歪めながら、


「ごめん、ごめんマサくん」と言って、うずくまった。



 結局、庭野が茂木からアダルトビデオがもらえることはなかった。

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