第49話 殺した願いと溢れる思い 06
ミイナ.side
「は、ははは。ははは。そっか。私負けちゃったんだ。」
フル姉に撃ち落とされた瞬間。
身体から一気に魔力が放出されるのを感じた。
この身体にいる魔物の生存本能なのだろうか?
お陰で落下の衝撃が弱まったみたいで全身が割れるように痛いけど、実際に裂けている訳じゃない。
これで何もできていなかったらと思うとぞっとする。
さっきまで風のように軽かった身体も今では鉛のように重い。
身体も元の私に戻っている。
魔力、魔獣の力が弱まった証拠だ。
身体も思うように動かせない。
これが本当の満身創痍って奴だね。
もう私にできるのは命乞いくらいか。
私は傷だらけの身体を無理やり起こしてお兄ちゃんにお願いする。
「負けてからこんな事言うのは調子がいいよね。でも、言わせて。私はどうなってもいいからユウは。ユウはどうか助けてあげて。」
「何甘いこと言ってるんだ。お前らみたいなのを放っておいたら危険過ぎる。そうだな。研究者にでも引き渡すとするか。魔物と融合した人間なんて物珍しいからな。」
険しい表情のまま告げるお兄ちゃん。
それを聞いた私は地獄に落とされる様な思いになる。
研究者なんかに私達の存在が知られたらどうなるかわからない。
下手したら今よりも酷い。
拷問のような毎日で死んだように生かされる日々になる。
そんなのは絶対嫌だし、ユウにそんな目には合わせたくない。
「いや! やめて! やめてよ! せめて私だけにして! ユウだけは、ユウだけは許してあげて! ユウは何も知らないし、何もしてない! 私の独断なの! 」
私一人でそんな地獄になんて行きたくないけど、ユウが助かるなら喜んで受け入れる。
だからユウだけは助けて欲しい。
私はお兄ちゃんに縋り付いて懇願するけどお兄ちゃんの表情は変わらない。
もういつも一緒に居た時の気怠そうだけど他人を気遣うお兄ちゃんは見れないのだろう。
仕方ないよね。それだけのことをした訳だし。
「ダメだな。お前ら2人一緒だ。ユウがお前を助けるために暴れるかもしれないだろ。」
「そんなことしないって! 私がしないように言い聞かせるか! お願いだから許してあげて! 」
「……そうだな。そんなに言うなら考えてやらないこともない。」
その一言を聞いて私はホッとした。
よかったユウだけは助かるんだ。
考えてはやらないことはないって、どうしたらお兄ちゃんは考えてくれるのだろう。
「今から俺の言うこと復唱しろ。全部言い終えたらお前の願いを叶えてやる。なんだっていいぞ。ユウだけは許すでも、なんなら俺に死ねってお願いしてもいい。潔く死んでやろう。」
なんだ。そんなことでいいのか。簡単でよかった。
実はお兄ちゃん怒ってるフリをしてたのかな?
「私は人を殺しました。」
「私は人を殺しました。私まだ人を殺した事なんてないよ……。」
「そうか。だけどそんな事はどうだっていい。俺の言ったことをそのまま復唱しろ。俺の目を見てしっかりとな。」
いきなりこんな事を言わせるなんて何がしたいんだろうお兄ちゃんは?
「だけど私達は幸せです。」
「だけど私達は幸せです。」
私はお兄ちゃんに言われた通りお兄ちゃんの目を見てそのまま復唱する。
「沢山の人を殺しました。殺して殺して殺します。男に女。老人に子供。沢山の人を殺します。だけど私達は幸せです。」
「人を殺し終えると私達を化物に変えた大っ嫌いな奴に顔を合わせます。人の殺したことをあいつは喜び褒め称えます。あいつを喜ばせるだけに私達は殺します。」
「私達に自由なんてありません。あいつを喜ばせる報告をしたら、また私達は人を殺します。人を殺す。それだけの為に私達は生きるのです。だけど私達は幸せです。」
お兄ちゃんは適当に言っているのだろうけど、否応でも私と重ねてしまう。
私達を怪物に変えたあの男の嘲笑う顔が思い浮かんだ。
あいつを笑わせる為だけに生きるなんて考えたくもない。
「今日も私達は人を殺します。幸せに暮す家族を殺します。泣き叫ぶ子供の目の前で父親を斬り裂き、母親を焼き殺します。残った子供の家族や友達、知り合い、人生全てを奪うのです。」
「その不幸な子供をあいつに引き渡します。あいつは大喜びで、私を褒めます。一番殺したい奴に褒められるのです。私はそいつを喜ばせるだけに生きるのです。」
「それだけではありません。全てを失った子は化物にされます。そしてその子は泣きながら人を殺します。幸せな人たちを殺して、また不幸な子供が増える続けます。」
復唱を続けるにつれて私はお兄ちゃんの目を見つめることができなくなってしまう。
想像するだけでも胸が締め付けられてしまうから。
初めは目を逸らすだけだったが、最後には俯いて顔をあげることができなかった。
俯いた私をお兄ちゃんは胸ぐらを掴んで強引に目を向けさせる。
「これが。これがお前のやろうとしていたことなんだよ! わかるか!? このままお前は自由もなく他人の幸せを奪いながら生きて行くって事なんだよ! これでもお前は、お前たちは幸せだって言えるのか!? 」
私はユウだけが生きていればそれでいいと思っていた。
私だけが嫌な事、汚い事を引き受ければユウだけはこんな辛い気持ちにならないで済むって。
でも私は考えていなかったんだ。
私だけが不幸で、私の行いによって私と同じ境遇の人達が生まれるなんて考えて来なかった。
人の命を奪って、人の未来を奪ってそれでも私達は幸せだと胸を張って生きていけるだろうか。
張れるわけがない。
心の底で考えないようにしていたのかもしれない。
知りたくなかった。
こんな事実知りたくなかった。
でも知ってしまった。
教えられてしまった。
意識してしまったらもうだめだ。
出口の無い迷路をユウと歩くだけならまだ頑張れる。
だけど、2人だけじゃない。
進むにつれて何人もの。何人もの人を道連れを引き連れて歩くことになるなんて。
そんな重荷私には辛すぎるよ。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん酷いよ。こんな事知りたくなかった。知りたくなかったのに……。」
「酷い? 酷いだって? その酷いことをやろうとしていたのはどこのどいつだ!? 」
「さあ、答えろ! これでもお前は幸せだって言えるのか!? なぁ!! 」
「幸せ……。幸せなんかじゃない。嫌だよ。人を殺すのも。他の子を私と同じ運命に引きこむのも。だけど、だけどだけど! 私にはコレしか道がないんだよ! 」
ユウと私が生きるにはこれしかないの!
あいつの言いなりになってあいつのご機嫌を取らないと殺されてしまうから!
人間はこんな怪物を受け入れてくれる筈がない!
「なんで勝手に決め付けるんだ! お前はまだ子供だろ! 子供はな! 何も考えず、誰かを頼ればいんだよ! 頼っていいんだ! それが子供の特権だ! 1人で抱え込むなんて10年はえーんだよ! 」
「無理だよ! 私でも勝てない相手なんだよ! お兄ちゃん達が勝てるはずがない! 」
「まだ何もしていないのに勝手に決め付けるな! 世界はな! お前が思ってるようなちっぽけなもんじゃないんだよ! 最初、俺達はお前に勝てないって言ったよな? だけど結果はどうだ? 最後に立っていたのはどっちだ!? 」
「お兄ちゃん……。」
勝てるはずがないと思ってた。
力を全部解放していない私にすらまともに相手できなかったのに。
だけど4人が集まったら。
私が全力で戦ったのに倒れたのは私だ。
「確かに。私には勝てたね。凄いよ。謝るよ。ごめんなさい。だけどあいつは、あの怪物はこんな物じゃないんだよ! お兄ちゃん達が協力したって殺されるだけ! 死にに行くだけなんだよ! 私の様に甘くはない! 」
「まだそんな事言ってるのか? お前のちっぽけな世界で俺達の世界を決めつけるんじゃねえって言ってるんだよ! さぁ、言え! 復唱は終わったぞ! お前の望みを叶えてやるなんでもだ! なんでも言ってみろ!? 」
お兄ちゃんは叫びながら私の胸ぐらを掴んでいた手を突き放す。
冗談で言っているのでないってわかる。
私を真っ直ぐ見つめている目は真剣で本気だ。
この生活が終わる?
本当に?
毎晩ユウと2人で何もない寒い洞穴で人を殺す事を考えて怯え震える日々。
命令に背いたらあいつやあの怪物に2人とも殺されるかも知れない恐怖。
そんな不安もなくなるの?
もう人を殺すしか生きる道がないと思ってたのに。
自由なんて無いと思ってたのに。
一瞬。
ほんの一瞬だけど、村育ちの私はお話でしか聞いたことがない。
見たこともない大きな繁華街でユウとお兄ちゃん、シャル姉にフル姉、おまけにユウのお気に入りのあいつと楽しく買い物する風景が頭に過ってしまった。
ダメだ。
一瞬でも想像してしまったから。
こんな生活もう出来ないって思ってたのに。
その時、私の頬が一筋の滴で濡れている事に気がつく。
本当に無意識だった。
泣こうなんて、泣きたいなんて思ってもいなかったのに。
その涙の存在に気がつくと泉の様に後から後から湧いてきて、抑えることができなかった。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん。本当に? 本当になんでもいいの? 」
「ああ、何でも聞いてやる。」
涙混じりで上手く喋れてないと思う。
だけどお兄ちゃんにはしっかり伝わっている。
さっきまでの険しい表情は消えて今まで出したことのない優しい表情で私の頭を軽く叩くお兄ちゃん。
「私が死んでって言ったら死んでくれるの? 」
「ああ。その時は死んでやるよ。」
優しい笑顔のまま軽く笑いながら答えるお兄ちゃん。
本当に望んでもいいの?
もう駄目だと思ってたこと。
無理だとできないって思ってたことを。
「もう、1人で、ユウと2人で頑張らなくていいのかな? 」
「ああ。今まで2人でよく頑張ったな。」
ぐしゃぐしゃになった顔を手で拭きながら私は続ける。
お兄ちゃんから聞きたかったから、言って欲しかったから。
「私ね。夢があったの。他の人からしたら囁かかも知れない。そんなちっぽけな夢。いつか絶対叶えるんだって思ってたの。でも、こんな事になってもう無理だって思ってた。ちっぽけな夢だったのに。」
「おう、なんだよ。そのちっぽけな夢って。教えてみろよ。」
「大きな街で、好きな人と一緒に美味しいイチゴパフェを食べる事が夢だったの。」
「なんだ。そんな事か。好きなやつって所は難しいがイチゴパフェ位直ぐに食べさせてやるって。それに約束だってしただろ。」
「本当? 本当にいいの? 」
お兄ちゃんは微笑みながら頷いた。
「こんな化物でもいいの? 」
「だからそんな自分を悪く言うなって。ミイナ。お前は人間だ。立派な心を持った人間だぞ。」
「手から雷が出るのに? 尻尾も生えてるんだよ? 」
「そんなもの、俺だって手から鉄が出るぞ。誰でもできる。尻尾はまあ、個性だ。気にすんな。」
「なにそれ全然解決されてないじゃん。」
「女の化粧の方がよっぽどバケモンだぞ。人が変わるってもんじゃないんだ。」
「化粧かー。私おしゃれしてもいいのかな? 」
「いいに決まってるだろ。いや、ダメだ。もっと大人になってからにしろ。」
「お兄ちゃんのケチ。可愛い服着てもいいのかな? 」
「いいに決まってるだろ。」
可愛い服なんてもう着れないと思ってた。
着れたとしても誰にも見せられないし、虚しいだけだと。
「美味しいもの食べられる? 」
「一昨日シャルルに作ってもらっただろ。あれより美味しい物となると中々ないな。」
頑張って味気ない肉や野草を食べなくていいんだ。
「私料理一杯覚えたい。みんなで料理の材料買いに行って。楽しくおしゃべりしながら美味しい物選んで。それに合う料理が作れる様になりたい。」
「シャルルに教えて貰えばすぐだ。」
想像するだけでワクワクしてくる。
こんな些細な事でももう出来ないと思ってた。
だけどお兄ちゃんはやってもいいと言ってくれる。
「ミイナちゃん……。」
いつの間にかお兄ちゃんの隣にシャル姉が立っていた。
フル姉とあいつはその奥で仲良く横たわっている。
「シャル姉……。シャル姉! ごめんなさい! ごめんなさい。私、せっかく貰った服汚しちゃって。もう着れないかもしれない。」
シャル姉を見た途端に涙と一緒に申し訳無さが溢れてくる。
謝っても謝りきれない。
そんな私をシャル姉は優しく包み込む。
「いいんだよ。いいんだ。服なんてまた作ってあげるから。今まで辛かったね。大丈夫だよ。これからは私達が付いているから。」
「本当に? 本当にまた作ってくれる? 約束だよ? 」
「うん。約束する。」
「それじゃあ、ミイナ。お前の答えを教えろ。」
本当に?
本当にいいのかな?
でももう無理だ。
前と同じようには、私1人じゃもうこんな生活は耐えられない。
幸せな日々を思い出されてしまったから。
それを言ったら、こんなにも優しい人達が死んでしまうかもしれない。
煮え切らない私を見てか。
お兄ちゃんは屈んで私の目線に合わせてこう言った。
「1つ教えてやろう。人はいつか死ぬ。そりゃそうだ。不老不死じゃねーんだ。だから人は必死に生きる。俺の死に場所は俺が決める。それで死んだのなら何も悔いはない。思い残す事はあっても受け入れるさ。だから、俺の事は気にするな。」
「私の事も気にしないで。ミイナちゃんが思った事を言えばいいんだよ。ガルード君も言ったよね? 子供は我儘言うものだって。ミイナちゃんは溜め込みすぎだよ。ミイナちゃんの為なら迷惑だなんて皆思わないから。」
「本当に? 本当にいいの? 」
2人は私を見つめて優しく頷いた。
「……けて。助けて、ください……。私を。私達を。あの怪物から助けて。こんな生活、もう嫌だよ……。」
「よく言ったな。任せておけ。俺達がお前たちを助けてやる。」
「大丈夫。もう安心して。安心していいから。私達に任せて。」
お兄ちゃんは優しく私の頭を撫で、シャル姉は強く強く私を抱きしめた。
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