第40話 隠した正体 02

ガルード.side




一瞬、何が起きたのかわからなかった。

右手にサヴェーグルの鉤爪を持ったまま俺の前に立つミイナに、足をモガれ地面に転がるサヴェーグル。

この風景からしてミイナが助けてくれたのだけはわかった。


「大丈夫お兄ちゃん? 」

「あ、ああ。でもお前。なんだよその格好は? 」


そう振り返るミイナの姿は何時もとは別物だ。

ミイナの髪からは金色に輝く猫の様な耳に、腰からは髪と同じ金色の尻尾。

そして手足は金色の毛に覆われ、小さな手には似つかわしくない鋭い爪が伸びている。


「ごめんねお兄ちゃん。私獣人だったんだ。」


申し訳なさそうに目線を下げて俺に目を合わせないようにするミイナ。


「そうだったのか……。なんて嘘言ってんじゃねーぞ。獣人は普段のお前みたいに人間の姿になれない。ずっと今のお前みたいな姿だ。」


だったらこいつはなんなんだ?

その嘘を指摘するとミイナは顔に手を当てて空を仰ぎながら大きく笑った。


「アハハハ! お兄ちゃんは本当に物知りだね! そうだよ私は獣人なんかじゃない! なら何なんだろうね! アハハハ! 」


大きく高らかに笑うミイナ。

そんなミイナから逃げる様に空に飛び立とうとする片足を失ったサヴェーグル。


「いいよね。あなた達鳥は弱くてもそうやって空を飛んで逃げればいいんだもん。でも逃がさないよ。」


ミイナは冷めた目で飛び立つサヴェーグルを見つめ、凄まじい速さで跳ぶと思いっきり地面にはたき落とした。

もう無茶苦茶だ。

相手はBランクの魔物なんだぞ。

なのにここまで圧倒するなんて、なんなんだあいつは。


「ねえ、見て。あなたの血でシャル姉に貰った服がこんなに汚れちゃったよ。着れなくなったらどうしてくれるのかな? 」


地面に横たわるサヴェーグルをミイナは何度も踏みつける。

動けなくなるまで。

それはもう唯の八つ当たりにしか見えなかった。


「お、おいやめろ。もう死んでるぞ。」


俺は痛む身体を起こし、いつまでも蹴り続けるミイナの肩を叩き止めに入った。

するとミイナはため息を付いた。


「お兄ちゃんにはこの姿見せたく無かったんだけどな。」

「お前は何者なんだ? 」


その問いかけにミイナは影を落としながら何時もと違った真面目なトーンで逆に俺に脈絡のない質問してきた。


「ねぇ、お兄ちゃん。ドラゴンって知ってる? 」

「ああ、知っている。むしろ知らない奴なんて居ないだろ。」


通常、魔物はAからEランクにランク分けされるが1つだけ例外がいる。

それがドラゴン。

その鱗は強靭でどんな鉱物でも傷を付ける事はできず、また魔法すらもかき消し、吐出されるブレスは一息で街を丸々焼きつくす程強力だとと言われている。

人類、いや全生物の天敵。

ドラゴンに襲われると為す術も無い為、その被害は天災に数えられる程だ。


「そのドラゴンを倒す。そんな事の為に私達は合成獣キメラに、こんな身体にされたの。出来るわけ無いのにね。」

「そんな身体にされたってどういうことだよ。私達はって事はユウもか? 」

「そうだよ。ユウも同じ。私はオオイカズチって言う魔物を合成された。ユウは……。教えてくれないからわからない。」


唇を噛み締め悔しそうに答えるミイナ。


「人間と魔物を合成? 出来るのかそんなこと!? いや、そもそもそんな事許されるのか!? 」


そんな事聞いた事もないし、道徳的に許されてはいけないだろ。

しかし、雷獣オオイカズチと来たか。

Aランクに位置づけられる雷の化身とも呼ばれる魔物。

ミイナの言ってることが本当ならその強さも納得だ。


「普通の人間は魔物の遺伝子が馴染まずに死んじゃうんだって。でもまだ成長していない子供。それもごく一部の子だけは魔物の遺伝子と同化できるんだって。それが私とユウ。他にも何人かいるよ。お兄ちゃんはこのシラクネ村を守るためにここに来たって言ってたよね。なんで小さな村が次々魔物に襲われていたかわかるかな? 」


ミイナは俺の問いかけに答えず話を進める。


「それはこの辺りでレッドデビルが暴れていたからだろ? それももう駆除したから終わりだ。」


ミイナの質問に口に出して答えるが何か引っかかる。

なんで今こいつはそんな話を持ちだした?

依頼は小さな村が次々と襲われているから護衛して欲しいとの事だった。

村長もそう言っていた。

皆殺しにされるから守ってほしいと。

いや、その後に何か言っていたぞ。

そうだ、何故か子供の死体だけは見つからないと。

……まさか?


「その顔。気がついたみたいだね。そうだよ。私達が襲ってたの。子供を回収するために。」

「嘘だろ? だってお前あんなに楽しそうにしてたのに。村人とも仲良くしてたじゃんか。」


絞るように出した俺の声を悲しそうに首を振り否定するミイナ。


「嘘じゃないよ。本当の事なの。」

「なんで馬鹿正直に目的まで話した? キメラだと言うことだけ話せば俺達はこのまま帰っていただろうに。」

「そうだね。そうすれば綺麗にお別れ出来たと思う。でももう期限も迫ってるの。だから、お兄ちゃん達には明日には村を出て欲しい。知らなかったとは言え、色々お世話になったから殺したくない。だからお願い。」

「そんな事言われてもこのまま帰るわけ無いだろ。帰るのはお前たちを止めてからだ。」

「止める? お兄ちゃんが? こんな鳥に苦戦してる様じゃ無理だよ。」


そんなことは出来ないと苦笑するミイナ。


「俺だって本気出したらこんな奴一撃なんだよ。」


その言葉に一瞬唖然として俺を見つめたミイナだが、今度はお腹を抱えて笑い出した。


「あはは。本当にお兄ちゃんは強がりだね。いいよ。なら本気出してよ。知ってるよ。上級魔法って時間が掛かるんでしょ? いいよ唱えさせてあげるから。でもこれでダメだったら諦めてね? 」

「俺が勝ったらこんなことはもうやめろよ! 」

「いいよ。勝てたらね。」


舐めやがって。

俺はこの生意気娘を止めるために詠唱を開始する。

魔力を蓄えている間、本当にミイナは攻撃を仕掛けてこない。

ニコニコと笑って俺を見守っている。


「古より大地を守護する灼熱の化身よ。我が敵を燃やし、偉大なる大地の一部に受け入れろ。現れ出よ!ラバム・アドラ・ゴルデルド!」


俺が詠唱を終えると大地が裂け、溶岩が勢い良く吹き出し、その溶岩と共に5メートル程の山に手が付いたような生物が現れる。


「コレがお兄ちゃんのとっておき? 随分と可愛らしいね。」

「サヴェーグルなんてこいつを出せれば余裕なんだよ。そういう事はこいつは倒してから……はぁ? 」


ミイナは哀憐の表情で右手を溶岩の魔物に掲げると激しい光と共に稲妻を放出した。

その光に目が潰れないように視線を避け、再び前に向くと魔物は跡形もなく吹き飛んでいた。


「これで分かったよね? 無理なの。……無駄なの。だからもう私に関わらないで。」


冷たく言い放つミイナ。

だがそんな事言われても諦められる訳ないだろ。


「まだ終わってないだろ! ディフォメイション・ジェイル! 」


俺はミイナを閉じ込めるため鋼鉄の檻を作り出すが素早い動きで逃げられてしまう。


「お兄ちゃんは本当にしつこいね。お兄ちゃんが悪いんだよ。」


俺の隣からそんな声が聞こえると脇腹から激痛が走る。

ミイナは鋭い長い爪を俺の脇腹に貫き指すとそのまま勢い良く抜き取り、俺の血を舐め取る。

結構深く傷を負わされ俺は思わず地面に膝をつけてしまう。


「もうわかったよね? お兄ちゃん達じゃ私を止められない。だからもう諦めて。お兄ちゃん達は殺したくない。でも。次にあったら容赦しないよ。私に殺させないでねお兄ちゃん? 」


これだけ戦力差が有るんだからねと言わんばかりに俺を見下してから森のなかに消えていくミイナ。

ふ、ふふ。ふはは。

短い間だけどあんだけ一緒に居たのにわかってないなミイナ。

俺はこんなことじゃ諦めない。

それに俺は負けたけど、俺達リターンズに勝った訳じゃない。

勝ち誇るのはまだ早いんじゃないか?

絶対止めてやるからなミイナ。

泣いたって許してやらねえから。





僕とフルアはガルードの指示した村の東口付近の川辺に到着すると木に寄りかかりながら座り込むガルードがいた。

ガルードは脇腹を押さえて止血しているが止めきれず服に血が広がっている。


「ガロード! 大丈夫!? 」

「ああ、大丈夫だ。来てくれた所悪いがもう解決したんだ。ただ他の問題が起きた。」

「他の問題って言うのは傷が治ったらゆっくり聞くからまず治療するよ。」


そう言うとフルアはガルードの側に行き、回復魔法を唱える。

見た目の割に傷は浅いのか直ぐに完治した。


「はい、終わり。そんで何があったの? 」


完治したことを確認するとフルアはガルードの頭を思いっきり引っ叩いた。


「痛ってなー! 治す度に毎回叩くのやめろって。」

「タダで治すのって癪なのよね。コレくらいいいじゃん。気持ちいいんだよねあんたらの頭叩くのって。」

「頭を叩くのはそういうことだったのか。」


それなら何か見返りを上げれば回避できるのかな?


「それでガルード。他の問題って何があったの? それにミイナちゃんはどうしたの? 」


ガルードは僕の質問に舌打ちし苛立つ顔で答えた。


「この村。いや、ここ最近の事件の犯人が分かった。」

「え、それってレッドデビルでしょ? 」

「ミイナとユウだ。信じられないがあいつら人間と魔物の合成体なんだよ。」

「野生の魔物同士が片方を取り込むって話はたまに聞くね。その話を聞いた学者が人間で同じことをしたら人間側が魔物に耐えられなくて死んじゃったって話は聞いたことあるけど。」


僕もその話は聞いたことある。

結局上手くいかないから中止になったって話だ。

僕ら2人があり得ないと否定するも、ガルードは真面目な顔を崩さない。


「よくわからないが子供は大丈夫らしい。それで合成獣を作るために村を襲って子供を攫っていると言っていた。」

「大丈夫らしいって。大分ざっくりだね。」

「俺も良くわからないんだって。ただ、サヴェーグルを一瞬で倒すミイナの姿を見たら信じざるを得ない。あいつの話だとオオイカズチを取り込んでるって話だ。」


ガルードも混乱しているようだ。


「オオイカズチって……。本当に? Aランクの雷獣じゃんか。その話が本当だったら僕らじゃ相手にならないんじゃ。」

「本物だったらな。いや、本物なんだろう。あの強さは尋常じゃなかった。でもあいつはオオイカズチじゃない。ミイナだ。」


そんな僕らのやりとりを首を傾げて聞いていたフルアが質問する。


「そんでガルードあんたはどうしたいの? ミイナちゃん達を退治するの? 」

「決まってんだろ。あの生意気娘を倒して説教するんだよ。」

「そんだけ? だって村を虐殺してる犯人なんでしょ。」


フルアは乗り気じゃない様子でガルードに問いただす。


「当たり前だろ。俺はあいつから村を守るんじゃない。ただあいつを助けたいんだ。」

「助けるって何からさ? 」


ガルードの表情がドンドン険しくなっていく。


「これは勝手な推測だけどな。あいつにも事情があるんだと思う。だって人を殺すなんてそんなことするような奴に見えなかった。」

「それはガルードを騙してたからじゃないの? 」

「騙されていたとしても俺の中のあいつはそんなことするような奴じゃないだよ。」


その答えを聞いて思わず噴出すフルア。


「なにそれ。あんたそんなんじゃ悪い女に直ぐ引っかかるよ。」

「俺は俺を信じる。それに悪い腹黒女になんか引っかかるかよ。」

「元に引っかかってるじゃない。」

「ミイナはそんな奴じゃないだろ。絶対あいつはこんな事したくないんだよ。時折見せる表情でわかる。でも合成した奴に強要されている。俺がそいつだったら絶対そうする。それが許せないんだ。」

「く、ふふふ。本当にミイナちゃん好きだねガルードは。」


なんだろう端から聞いてる僕が恥ずかしくなってきた。

多分フルアも同じ気持だろう。

いや、楽しんでるから笑っているのか。


「だから皆の力を貸して欲しい。あいつを助けるために。」

「いいよ。」


ガルードの言葉に茶化さず即答するフルア。


「そんな即答していいのか? 楽に勝てる相手じゃないぞ。」

「うん。だって助けたいんでしょ? これでミイナを殺すだの退治するだの言ってたら手は貸さなかったけどね。」

「僕もその意見には賛成だね。シャルルもきっと手を貸してくれる。こんなガルードの気持ち聞いたら手伝わない訳にはいかないって。」


まあ、そんなこと言わなくても仲間なんだから1人が困ってたら助けるのが普通だよね。

僕らがあっさり承諾した事で呆気に取られるガルード。


「ありがとう2人共。」

「しかし、ガルードの話が本当だと厄介な相手だね、4人で勝てるかな? 」

「戻ったら作戦会議しないとね。」


僕らが村に戻ると村人を避難させていたシャルルと出会った。

シャルルはこちらに気がつくと勢い良く駈け出し、ガルードに詰め寄った。


「ミイナちゃんに何したのガルード君!? 私の話も聞かずに血まみれで泣きながらユウちゃんをどこか連れて行っちゃったんだよ! って、ガルード君も血まみれだ! 」

「そのミイナに明日この村が襲われるんだ。」

「えー! どういうことなの!? 」


ガルードはシャルルと正反対に冷静に返すと状況についていけないと頭を抱えるシャルル。


「最近の事件の犯人はミイナだったんだよ。」

「病み上がりで申し訳ないけどシャルルにも力を貸して欲しい。皆で戦わないと止められないんだ。」

「まだよく状況が掴めないけど、私もミイナちゃんにそんな事して貰いたくないもん。頑張るよ。」

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