僕は僕《キミ》を、君は君《ボク》を否定する

はいるす

第1話 僕と君が入れ替わった日

瞼を開くと見知らぬ天井が飛び込んでくる。

寝起きで重い頭を起こし辺りを見回してみると、見知らぬ部屋が広がっていた。

昨日は確か大型クエスト完遂の打ち上げでギルドのみんなと飲んでいたんだよな。

それで、古くからの友人であるオーベルが無理やり飲ませてきたんだよ。

僕が酒に弱い事を知ってるのに周りも巻き込んで煽ってきて。

それで飲みつぶれたって訳か。

まったくこうなる前にエレナやマスターが止めてくれればいいのに。

断れない僕も僕なのだけど……。

だからこの部屋は飲み屋の一室で、今まで介抱されていたと考えれば辻褄が合うかな。

それにしても飲みつぶれたにしては頭がスッキリしている気がする。


「ハルト君もう昼になるよ。早く起きなよー。」


突然部屋の扉が開いたと思うと、見知らぬ小さくて可愛らしい長髪金髪の少女が笑顔で挨拶してきた。

どうやらここで介抱してくれた子なのだろう。


「あ、もう起きてたんだ。おはようハルト君。」

「あ、おはようございます。ごめんなさい。わざわざ介抱してくれたようで。」

「ふふ、何訳わからないこと言ってるのハルト君。寝過ぎでまだ寝ぼけてるのかな?」


初めて会うのにやけにフランクな子だ。

そういえばさっきから別人の名前を呼んでいたから、僕と誰かを勘違いしているんだな。


「君こそ何を言っているの? 僕はハルトじゃない。フレーズ。フレーズ・プロミアが僕の名前だ。」


僕の名前を告げた瞬間彼女は何が微笑ましいのか柔らかい笑顔で笑った。


「フレーズ・プロミアってこの国の英雄だよ? 凄いよね同い年位なのにさ。ハルトくんも大好きだよね。隠してるみたいだけど毎回彼が出る闘技大会には見に行ってるの知ってるんだからね。」


英雄だなんて言われると恥ずかしい。

自分はただ死にたくない一心で戦っただけで、そんな大層な事をした覚えはない。


「英雄ではないけど僕がフレーズなんだって。」


僕は面と向って英雄と言われた事がむず痒くなり否定しながらもう一度フレーズだと言うことを伝える。


「もーう。いつまで寝ぼけてるの? ほら着替えて早くロビーに来て。もうみんな揃ってるよ。着替えないなら私が手伝おうか? 」


だけどこの子は優しく微笑むだけで聞いてくれない。


「着替えろって言われたって僕着替えなんて持って来てないぞ。それにみんなって誰のこと?」

「もう。何言ってるの? 着替えならそこのタンスに入ってるじゃない。……ねえ、大丈夫?そういえばさっきからいつもと態度も違うしどこか調子が悪かったりする? 」


心配そうに少女が僕の顔を覗きこんでくる。

目と鼻がくっつきそうな位の距離まで近づいてくるものだから僕は慌てて後ずさる。


「近い近い! ちょっと女の子が初対面の人間にそんな事をするのは良くないよ! 」

「え? 初対面? 何を言っているのハルト君。私だよ。シャルルだよ。もう冗談ならやめてよ。」

「シャルル? 君の名前はシャルルって言うのか。」


記憶を辿ってみても僕の知り合いにシャルルという名前の女の子は見当たらない。

それにこんな可愛らしい子は中々忘れないと思うし。

僕の返答を聞いたシャルルは真っ青になり、その様子はまるで世界が壊れて絶望している表情だった。

綺麗な琥珀色の目に涙が溜まり次第に溢れていく。


「は、ハル君。本当に私の事覚えてないの? シャルルだよ? 小さいころから一緒だったのに。」

「……ごめん。」


彼女を悲しませない様に泣かせない様に空気を呼んで合わせる事は簡単だ。

でもそんな事をしても、直ぐにハルトとやらではないと看破されてしまうだろう。

そうなると結果は同じ。

遅いか早いか。

だから僕は偽らない選択肢を取った。


「うわああああん。みんなあああああ。ハル君が記憶消失になっちゃったよー! 」


彼女は子供の様に喚きながら勢い良く扉から出て行った。

その後ドタドタと階段を降りるような音が聞こえたので、ここは二階にある部屋なのだとわかった。

そんなことわかったからと言って何も関係がないのだけど。

彼女が出て行ってから30秒程だろうか。

階段を駆け上がる大きな音が聞こえ、コレまた勢い良く扉が開いた。


「おい! ハルト! 記憶喪失になったって本当か!! これからリターンズ・ウィンドはどうなるんだよ!? 」

「私記憶喪失になった人初めて見た! 本当に何も覚えてないのハルト!? 」

「うわああああん。ハルくうううううん! 」


勢い良く開いた扉から短髪で大柄の筋肉質な男と赤髪でポニーテールなスラっとした女性が詰め寄ってきた。

その後ろで溢れ出る涙を拭っているシャルルもいる。

この新しく現れた2人も僕には見覚えがない。

そしてこの展開の早さにもついていけそうにない。


「おい、黙ってないで説明しろってハルト! 」

「いや、あんた記憶喪失なんだから説明できないでしょ……。えっと、どこまで覚えてるのかな? 私達のことわかる? 」


そういえば男の方は見覚えがあるな確か僕達の住んでいる都市、`メグリナリア`の名の知れた造形師。

名前は確か……。


「ガルードか。」

「お、なんだ俺のことはわかるのか。」

「うわあああああん。なんでガルード君の事はわかって私の事は忘れてるの……!! 」


ガルードの名前を出すと先ほどから泣いていた彼女が更に泣き崩れてしまった。

それを赤髪の女性が抱きしめて宥めている。


「おお、よしよし。酷いねハルトは。幼なじみのシャルルや私の事は忘れてるのにガルードの事は覚えてるなんて。きっとホモだね。ちょっと前々から怪しいと思っていたけど。」

「そんな不健全だよ! 同性同士なんて絶対だめ! 」


なんだか勝手に盛り上がっている。

そもそもここがどこなのかもわからないのだが、造形師ガルードがいるってことはメグリナリアなのだろう。


「ちょっと待って。僕は記憶喪失じゃない。フレーズ・プロミアって全く別人なんだ。造形師ガルードはメグリナリアでもちょっとした有名人だから分かっただけで。」


その発言がまずかったのか。

赤髪の女性は頭を抱え、ガルードは腹を抱えて大笑いし始めた。


「おいおいハルト! いくら憧れてるからってそれは無いんじゃないか! 」

「どうやら現実と妄想の区別がつかなくなったようね……。」

「いやいや! 勘違いしてるのはそっちなんだって。大体この顔を見ろよ! 全然別人だろ? 」


僕は必死に否定するもこの人達には全く信じてもらえない。


「いや、ハルトそのままだぞ。そこまで演じるならきっちり変装しないとダメだろ。」

「ハル君これ……。」


今まで赤髪の女性の元で泣いていたシャルルが何やら手渡してきた。

手鏡?

渡された手鏡を覗きこむとそこには普段見慣れた自分の顔ではなく全く見知らぬ顔が写っている。

何かの魔法かと思い、試しに自分の顔を触ってみるが同じように鏡の顔も手が触れている。

魔力も感じられないし普通の手鏡のようだ。


「ってなんだよこれ!? 誰だよこいつ! 」


僕が驚いている姿を3人は訝しげに見つめる。


「誰ってハルト本人じゃん。何言ってるの? 」

「……頭でも打ったか? ネタにしては長すぎるし。ハルトはもっとスカしてて物事を屈曲してしか受け止められないような奴だったはず。こんなストレートに感情を出すやつじゃない。」

「ガルード君それは言い過ぎだよ・・・。」

「なあ!? 知ってることがあったら教えてくれ!なんで僕こんな格好になっているんだよ。」


僕は何が何だかさっぱりわからなくなり、パニック状態のまま3人に詰め寄った。


「いやそんなのこっちが説明して欲しいって。なんであんた記憶や性格がおかしくなってるの? 」

「それがわかったらこんなに慌てたりしないって! 」

「そりゃそうか。うーん、しかしさっぱりだ。原因が思い当たらん。昨日も何事もなかったし。」

「うーんと。昨日そういえばハルト君は街から帰ってきたらすごい不機嫌だった。それが関係してる? 」

「そんなのよくあることじゃない。」

「そうだな。日常茶飯事だ。」


おいおい。

ハルトってやつはどんなやつなんだよ一体……。

癇癪持ちか?


「そういえばさっき自分はフレーズだって言ってたよな? もしかして本当にそうなのか? 」

「そう。フレーズだ。カオスアテット所属の。」

「そしてこの街を救った英雄ね。そんなの誰でも知ってることだわ。」


英雄だなんておこがましいと毎回思う。

ただ僕は自分を、街を守るためにがむしゃらに戦っただけなのだから。

それを人々が勘違いしてるだけだ。


「じゃあどうすれば信用してくれるんだ? 」


何をどうすれば信用して貰えるか思いつかないので僕はガルードに尋ねた。


「そうだな。仮にお前がフレーズだとするなら、フレーズにしか出来ないことをやってくれ。フレーズにしか知らない秘密を言われても俺達じゃ判断できないしな。」


それもそうだな。

それに僕もこんなのところでギルドの秘密や個人の秘密をバラすことは避けたい。


「ねえねえ! 本当にあんたがフレーズならあれやってよあれ! 炎がバラバラに散らばって敵に向って一斉に飛んで行く奴! 」


なんだかすごい抽象的に言われたが多分コンヴェルジェンス・コメットの事かな?

火属性魔法を特別な拡散魔術陣に通し分裂させる事で元よりも大きな威力を発揮させる事ができる魔法だ。

確かに良く使っていたっけ。

高範囲高威力な魔法で使い勝手がいいから魔物退治に向いているんだ。

僕のオリジナル魔法なので代名詞代わりにされるのも納得する。


「分かったじゃあ外に行こう。そこで見せてあげるよ。」

「おっし! なんだかわからないがすごいもんが見れそうだ! 」

「うわーい! こんな間近であんなのが見られるなんて楽しみだよ! 」

「大丈夫ハルト君? そんな事言って。」


子供の様にはしゃいで外に飛び出す2人とは対称的に不安そうにしているシャルルさん。


「シャルルさん大丈夫だよ。何度も使ってきた魔法だからちょちょいと見せて上げるって。」

「だってハルト君。そんな魔法使ったことないのに。あっ!待ってそのまま行くのはちょっと……。」


勢い良く出て行った2人を追いかけるよう外に出ようとする僕だったが、シャルルさんは細く柔らかい手で引き止める。


「どうかしたの? 」

「えっと……。その……ハルト君いつも寝る時下着だから……。」

「へ? 」


そのシャルルさんの言葉で自分の体を見つめるとそこには、青年にしては若干細い気がするが最低限の筋肉は付いている健康的な体があった。

パンツ一枚で。

自分の体ではないが非情に恥ずかしくなり思わず手で隠す。

その仕草を見てシャルルさんは子供を安心させるような優しい笑みを浮かべる。


「大丈夫だよハルト君の裸なんて小さい時からずっと見てきてるんだから今更恥ずかしがらなくても。でもそのまま外に出るのはやめてね?」

「はい……。」

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