記者と政治家③

「源田智和ってクリーンな政治家で有名な方だったと記憶していますが」

 あまり政治に明るくないわたしでも源田智和の名前と顔くらいは知っている。

 源田智和は元々岐阜市内の大学の教授を勤め、政治評論家としてローカルテレビを中心に、お茶の間に顔を出していたそうだ。政治に対して視聴者の立場になった意見をストレートに述べる姿は画面を通して視聴者の心に浸透し、四十二歳の時に出馬した衆議院議員選挙では圧倒的な票差で初当選した。その後も、評論家時代と変わらず、「国民的視点」というキーワードで今日まで二十年もの間、任期を全うし、今では「首相に最も近い議員」として国民の注目を浴び、勢力を広げるアクセルになっている。そんな彼が……。

「まあ、火の無いところに煙は立たない、という言葉があるように、俺たちみたいな下衆な雑誌記者が追わないところに、下衆な話題は挙がらないんだよ」

「そんなキャッチコピーみたいに言われても……」

「とにかく、資料を最後まで読んでおけよ。行動パターンに沿って俺たちも動かなければいけないからな」

 わたしたちの雑誌が猟奇殺人などをメインに取り扱っている以上、源田智和の背後に潜む闇も相応にして深いことが予想される。

 テレビの画面を通してにこやかに論ずる姿からは、とても残忍な人物と結びつかないが、人は見た目によらないことを十分に知っている。あの切り裂きジャックですら、未だに捕まっていない。つまりは、それだけ人間から滲み出る残忍さが表に出ていないからだと私は推測する。そういう意外な人物が犯人という往々にしてある。

 資料を読み終えるとほぼ同時に目的地に着いたようだ。

 パーキングに停車した車から降り、周囲を見渡す。

「あそこが源田の隠し別荘の一つだ」

 先輩が指差した先には、地元では恐らく今後もお目にかかることは無いであろう高さのタワーマンションが聳え立つ。あれでは隠せるものも隠せない。

「あれの最上階のフロアすべてが源田の部屋らしいぜ」

 最上階……。わたしは雲にも届きそうな勢いの最上階を見上げて、階数を数えてみる。目算でも六十階近いだろうか。あそこから見える景色を想像してみるが、何分経験が無いもので、無理な話だった。

「源田はあそこで何をあそこでしているんでしょうか」

「それを調べるのが今回の仕事だよ。あの場所に限らず、だけどな。噂はあるが、あくまで噂だ。鵜呑みにして調査をすると、見えるものも見えなくなるから気を付けろ」

 先輩はそれで一度命に関わる事件に巻き込まれたことがあるらしい。詳しくは教えてくれなかったが、そのため前情報に左右されずに正しい情報を入手することを心掛け、わたしにも何度も言って聞かせてくれた。

「何も無ければ、それに越したことはないんだけどな。俺たちの仕事は無くなるかもしれんが、それで幸せなら問題ない」

「まあ、確かにそうですよね」

 特に源田智和が良からぬことをしていることが未だに想像できないわたしはそうであることを切に願うばかりだ。

 資料には疑いとして掛けられている案件が書き連ねてあった。

 一つは強姦。

 一つは売春。

 一つは暴力団との繋がり。

 出世するうえで邪魔になるものを蹴落とす行為――殺人。

 どれも政治家でなくとも目を覆いたくなるような犯罪の数々だった。

 確かにこの資料を読む限り、源田智和の周りには不可解な死や事件が付きまとっていることがわかる。

「こんなことする時間ってどこから生まれるんでしょうか。ただでさえ、政治家はあちことへ飛び回って大変そうだと思うんですけど」

「だからこそ、息抜きが必要なんじゃないか」

「息抜き……ですか」

「日々多忙な毎日を過ごしている政治家さんだ。俺たちには考えが及ばないほどのストレスをお抱えになっているんだろうよ」

「そ、そんな理由で悪事を働くんですか?」

 確定していない噂に過ぎないのだが、先輩が話すと不思議と真実に聞こえてしまうから怖い。わたしはなぜか憤りを強く感じてしまった。

「まあ、落ち着けよ。さっきも言ったが、向こうは雲の上の政治家様だ。俺たちみたいな一般人じゃあ、性根の腐った野郎の思考なんて理解することの方が難しいってもんだ」

 先輩はタワーマンションを睨みながら、冷たい言葉を吐き捨てる。

 わたしは足元を駆け抜ける濁流に身体が思うままに流されていくのを心で感じていた。

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