上司と部下⑥

 目を覚ますと、頭痛により、割れるように痛い。喉もからからに乾き、体中が水分を欲しているのがわかる。

 ――二日酔いか。

 時計を確認すると、通勤にはまだ間に合うが、どうにも復活する気配は今のところない。しょうがない。休むか。俺は電話をかけ、半休を申請した。頭痛薬を飲み、もう一度横になる。横になるだけで、少しは楽になった気がした。

 午後から出勤すると、オフィスは異様な空気に包まれていた。

 俺は小幡さんに声を掛け、何が起こっているのかを尋ねてみることにした。

「なんか、あったんですか?」

「田宮さんが、まだ出勤していなくてな。家にも帰っていないらしい」

 家に帰っていない――?

 俺は小幡さんの発言に耳を疑った。俺にまた明日、と告げたあの田宮さんが家にも帰らずにどこかで遊び呆けるなんてことはどうしても考えられない。それにあの時の田宮さんは酒を飲んでいたとはいえ、足取りはしっかりしていたし、決して泥酔している状態とは思えなかった。あの後、一人で二件目に足を運んだのだろうか。それで酔いつぶれてどこかで……。

「山伏、大丈夫か?」

 考え込んでいる俺の表情はさぞ険しかったのか、小幡さんが心配して声を掛けた。

「あ、すいません。大丈夫です」

「それにしても、田宮さんまで……」

 小幡さんは遠くを見ながら寂しそうに呟いた。

 この中で一番悲しいのは小幡さんかもしれない。

 小幡さんは田宮さんの直属の後輩で、一番田宮さんと接してきた後輩だと言っても過言ではない。上司となり、立場が変わった今でも二人の間柄は決して変わることはなかった。工藤に至っても同じだった。工藤の直属の先輩となった小幡さんは、田宮さんと自分のような関係を構築したのだ。

 その二人が忽然と消えた。

 その喪失感足るや、俺には決して想像することができないだろう。

「山伏、田宮さんに何か変わりは無かったか」

 田宮さんが俺を𠮟りつけていたところはオフィス内の周知の事実だったからだろうか、そんな質問が俺に相次いだ。

「いやあ、そんなこと言われても……いつもと変わりませんでしたけど」

 俺は波風を立てないよう、そう答えるに留めた。昨日の居酒屋の件は特に話すこともないだろうと言わずにおいた。

 この田宮さん失踪事件によってオフィス内は騒々しく一日を駆け巡った。結局、鞄に入れた退職願いは出せずじまいだった。

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