上司と部下③
「おい、山伏。報告はまだか!」
田宮さんの怒号がオフィス内に響く。
「すいません。まだ資料が出来ていません」
俺は間髪をいれずに謝罪した。
「いやいや、お前が今日の昼までに報告できると言ったんだろう」
「そうなんですが……」
「できないなら、もっと早くできないって言えよ!」
「できると思ったんですけど……」
「思うかどうかなんて聞いていないだろう! 出来なくなった時点ですぐに言いにこいよ!」
「はい。申し訳ありませんでした」
もう一度頭を下げる。
「……それで? いつまでに出来るんだ?」
「今日中にはなんとか……」
頭の中で逆算をし、答えを導き出す。
「本当か?」
「はい。できます」
「……とりあえず、目標は今日中だ。だが上には明日の朝一と伝えておこう。これの意味が分かるな? お前のことだから気にしないで待っておくよ」
嫌味と皮肉を込めた発言を残し、田宮さんは上司の席へ足早に向かっていった。
あれからというもの、田宮さんの俺に対する当たりはより厳しくなっていった。ミスをしないように気を付ければ気を付けるほど、視野が狭くなり、新たなミスを起こしてしまう。最悪の悪循環だった。
田宮さんの姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた俺は、急いでトイレに駆け込む。鍵を閉め、大便器の中に向かって激しい嗚咽を繰り返す。
工藤の代わりに着任してからおよそ一ヶ月。俺の心はピークに達していた。
「顔色が悪いけど、大丈夫か?」
戻ると小幡さんが不安そうな顔で話しかけてきた。
「まあ、なんとかって感じですね」
「全然なんとかなっていない感じがするけど……」
「いや、本当に大丈夫です。すいません。心配をかけさせてしまい、申し訳ないです」
「いや、お前が大丈夫ならいいんだ。だけどあんまり無理するなよ」
「はい。わかりました」
俺が空返事だということは小幡さんには恐らく見抜かれている。というより、俺自身が小幡さんとの会話もろくについていけてないことが重症だった。
それでも身体は無駄に丈夫で勝手に動いてくれるが、意識は完全に外へ飛んでいる。それでは駄目だと理解していても、身体は無反応の一点張りだった。
「出来ました」
就業時間ギリギリで何とか田宮さんのところへ提出できた。
「わかった。よくやってくれた。ありがとう」
田宮さんにしては珍しく俺に労いの言葉を掛けてくれたが、当の本人には届いていない。
「ありがとうございます」
形式的な言葉を発するのがやっとだった。
「それじゃあ、後の図面の起こしは明日でいい。まずはお疲れ様。今日はゆっくり休め」
「はい。ありがとうございます」
生返事を繰り返し、俺は帰り支度を始める。
今日は筋トレに行く気力すらない。俺はぐっすりと倒れこみ、死んだように眠りに落ちた。
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