上司と部下②
「おい、山伏」
田宮さんから朝礼後、すぐに呼び出された。さすがに昨日の今日で同じ内容のお叱りを受けたことは一度も無かったはずだ。
「はい、何でしょうか」
「お前、仕事終わってから、工藤と会っていないか?」
工藤は俺と同期で、グループは違うが同じ職場で働いており、まだ結婚もしていないので俺と同じ寮住まいだ。
「あいつ休みでもないのに、まだ出勤していないんだよ」
「え?」
俺は口を開いて驚いてみせた。
「有休申請もしていないんですか」
「ああ、システムでは出勤になっている。山伏、寮であいつを見かけていないか。電話を掛けても出ないんだ」
「そうなんですか。いや、でも昨日は見ていないですね」
「そうか……。わかった。ありがとう。一度、工藤の部屋に行くから、お前も付いてきてくれ」
田宮さんは俺に頭を下げた。こんな姿を見るのは初めてだった。
「わかりました」
俺はそう言って、外出の準備をした。
俺や工藤が住んでいる寮は会社が設営している寮の中でもかなり古い建造物となる。六畳一間のワンルームという間取りで、有体に言えば狭い。一昔前は和室且つ、さらに三人の相部屋だったというから驚きだが、俺たちが入寮する直前に改装工事が行われ、個人部屋となり、フローリング調の床へと進化した。それでも風呂とトイレはもちろん、洗面所までも未だに全寮生共有スペースとなっているし、それらへ向かうのに一旦外へ出る必要がある。夏は暑苦しく、冬は凍えるほど寒く、それはまさに学生寮を彷彿とさせる。
工藤の部屋の前に立ち、インターホンなどという文明の利器を持ち合わせていないため、直接扉を叩いた。
「工藤、いつまで寝ているんだ。早く起きろ」
声も合わせて掛けてみるが、まるで返事はない。扉に耳を当て、中の様子を伺うが、衣擦れの音一つしない。
「大丈夫か、生きているか」
もう一度声を掛けてみたとことで、田宮さんが寮の事務員を連れて部屋の前に来た。マスターキーを貰ってきたらしい。
「工藤、起きているのか? いないのか?」
田宮さんも声を掛けてみる。しかし、返事は相変わらず、ない。
「じゃあ、遠藤さん。すいません」
遠藤と呼ばれた事務員は、はいはい、と持ってきたマスターキーを鍵穴に挿し、ぐるりと回す。がちゃりと冷たい音を立てながら、開錠を合図する。
その時、ざわりと冷たい何かが背中に流れた。それが何を意味しているのかは俺にはまだわからない。
「工藤、開けるぞ」
田宮さんがドアノブを回し、扉を開けた。
中は案の定、もぬけの空だった。工藤の部屋は生活に必要最低限のものしか置かれておらず、綺麗に整頓されている。布団にやや乱れがあるが、どうやら昨日は帰っていないようだ。
「山伏、お前からも工藤に電話を掛けてもらえるか?」
「わかりました」
スマホから工藤へ電話を掛けてみるが、やはり応答は無い。
「駄目ですね。まったくつながりません」
「そうか……」
田宮さんはため息を吐き、腕組みをした。
「まずは親御さんへ連絡しよう。山伏、お前は仕事に戻ってくれ。ただ、定期的に工藤へ電話を掛けてくれないか」
「はい、わかりました」
しかし、工藤と連絡はつかず、今日、翌日、一週間、と音信不通は続き、警察沙汰にまで発展していった。
警察から事情聴取を受けることもあったが、工藤に変わった様子があったわけでもなく、質問を受けても正直言って答えようがなかった。
職場内では、あの事件に関係しているのではないか、という噂が急速に広まっていく。
工藤は俺と違って明るい性格に加え、頭も切れ、幅広い仕事を任されるほど、職場内では有望な社員というポジションを担っていた。
「あいつ……どうしちゃったんだろうな」
「あんなに生き生きと仕事をしていたのに」
そんな言葉が方々に飛び交う。俺には耳の痛い話だった。
「山伏」
そんな時、田宮さんから呼び出しを受けた。最近は特にミスはしていないが、何だろうと田宮さんの後を追う。
会議室に連れていかれた俺は、田宮さんの向かいの席へと座る。
「あれから工藤と連絡はとれたか?」
「いや、全くですね。最近は電源も落ちてしまったのか、繋がることすらできません」
「そうか、GPS機能で警察も追っているらしいが、全く足がつかないらしい」
「そうですか……」
「まあ、その話もそうだが、今回は山伏。お前の話を聞きたくてな」
「はあ……」
「今、工藤がこういう状態になってしまい、彼がやっていた仕事が少し停滞気味になってしまっている。そこで、急で申し訳ないが、山伏に代役をお願いしたいんだ。まあ、最近はミスも少なくなっているし、工藤とも同期なんだろ? あいつに良い思いばっかさせるのも癪だろう? だからこの仕事、やってみないか?」
「え? 僕がですか?」
「ちゃんと俺がフォローはしてやるし、一人でやるような仕事じゃないから、安心してくれればいい」
俺がフォローする――。その言葉に心がずしりと重くなるのを感じた。
「は、はい。わかりました」
田宮さんは俺の肩をぽん、と叩くと会議室を出て行った。残された俺は窓の外を眺める。俺の心を嘲笑うかのような快晴で、陽射しが俺の目を突く。
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